55 変な子、実験
案の定復活していた男が階段を上ってきていたのを適当に処理し、二人で連れ立って五階へと向かう。階段の途中で何人かゾンビもどきに出会ったが、対処法がわかっていれば何ということはなかった。
「今更だが、その恰好は?」
「これ? 紬と交換したんだー」
歩きながらそう尋ねれば、かわいいよね、と純恋がその場でくるくると回る。プリーツスカートが遠心力に引っ張られてふわりと広がった。
「監視されてるんなら、いつもの恰好だと目立っちゃうしー。紬も狙われてたから、入れ替わっちゃおうと思って……まぁ、早々に意味なくなっちゃったけど」
別種のバグによって赤城心結のプログラムは創造主の手を遠く離れてしまった。そもそも彼女がばらまいたバグによって生徒や教員は部屋に閉じこもらざるを得なくなっている。
「探して連れて来いーって言った割には自分でお邪魔虫配置してるんだもん、よくわかんないや。孤立させてやるみたいなことも言ってたけど、ボクらいるし……後、秋野さんも」
「誰?」
知らない名に司狼が首を傾げる。紬の友だち、と簡単に答えた純恋はとことこと階段を駆け上っていく。
「あ、そう言えば……」
不意にそう呟いた純恋が足を止めた。見上げないようにしながら続いていた司狼も倣って立ち止まる。
「ちょっと変な子だったなぁ」
「変な子?」
うん、と頷いた純恋は幼い表情のまま警棒を振り被った。ヘルメットごと床へ叩きつけるように振り下ろすと、続けて動きの止まった頭部をかすめるように振るう。
司狼は外れたヘルメットが身体の脇を転がり落ちていくのを何となく視線で追っていた。
「だってボクと別れた後も一緒に居たんだよ? 危ないの、分かってるのに。それに、別に強い子ってわけでもなさそうだった」
「あー……」
司狼は炎を灯した手を振り向きざまに突き出した。テニスボールほどの大きさの炎が放たれ、迫ってきていた影の頭部をかすめる。熱波によろめいた身体は本来なら生存本能に従って蹲ったりするだろうに、こちらへと手を伸ばしてくるのだ。
伸ばされてきた手を掴んで強く引く。体勢を崩して倒れ込んでくる身体をかわして、頭を抱えるようにして首に腕を回した。ジッ、と小さく音が鳴ってたんぱく質の焦げる音が立ち昇る。同時に顎の下に回した手で留め金を外した。
どさっと男の身体が床に投げ出される。抜け殻のように手の中に残ったヘルメットを適当に放り捨て、司狼は考え込むように顎を撫でた。
さて、その秋野という娘は本当に変なのだろうか。
司狼は今年で三十二歳になる。実に純恋の二倍以上の年月を生きているのだ。いかに外界と隔たりのあるデザイナーベビーと言えど、それだけ生きていればそれなりの教養は身についているものだ。
「……友達だからじゃねぇの」
「そういうもの? あぁでも、ヤナギもそうだっけ」
誰? と二度目の質問が飛び出そうになったところで思い出した。ヤナギは紬の小説に出てくる白い男の子の名だ。重力を操る特別な異能を持つユウキと一緒に世界を旅する、何の力もない男の子の名前。
「何にも出来ないのに、ボクらよりずっとスゴイんだ」
何か得心が行ったのか、純恋はどこかすっきりとした表情をしていた。司狼は少しだけ目を見開いて、目じりを下げた。ポンポンと暖かい手で純恋の頭を撫でてやる。
「俺らは俺らのお仕事しような」
うん! と元気よく頷いた純恋は笑顔で向かってくる男を殴り飛ばした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そんな微笑ましいとも勇ましいともつかない光景から、時間は少し遡る。司狼と別れた要は端末を弄りながらのんびりと廊下を歩いていた。堂々たる歩きスマホである。
「ん?」
ふとその足元に影が落ちる。要は片眉を上げて流れるように半歩後ろへと下がった。その爪先数センチ手前に銃身が叩きつけられる。要はそこでようやく端末から視線を外して顔を上げた。
ライフルを鈍器のように振り下ろした男は既に誰かが一度叩きのめした後なのだろう。ぎこちない動きが更にがくがくと揺れている。ヘルメットから微かに見えている首筋を血混じりの涎が伝っていた。
「……ちょっと色々試して見た方がいいかな?」
殴りかかってくるのを避けつつ端末をポケットにしまう。下から振り上げられた銃身を片手で受け止めると、空いた片手で胸の中心を殴り飛ばした。
背中から倒れた男は少しだけ廊下を滑っていき、直ぐに止まる。が、さほど間を置かずに見えない糸に吊り上げられるように立ち上がった。
重たげに湿った咳が聞こえる。呼吸の音が先程とは変わっていた。動きも鈍いが、止まることはない。
「声も上げないか……初手で肺狙ったのは失敗だったかな」
ぼやきながら腰に下げていた折り畳み式警棒を軽く振って展開する。再び向かってくる男をマタドールのような動きでひらりとかわし、首筋を狙って警棒を横薙ぎに振るう。バチッと覚えのある手応えが腕に伝わった。ゴン、と大きな音を立てて男が俯せに倒れ込む。
「……おっ」
倒れた男の首筋を観察していると、もやもやと黒い霞がまとわりつき始めた。それはやがて色濃く収束し、見慣れたバグの姿を取る。その様子を動画撮影しながら見守っていると、投げ出されていた男の手が床を引っ掻くように動いた。
「なるほど、ゾンビだねぇ」
誰かと似たような言葉を呟いた要がつかつかと男の傍らに歩み寄った。腕を突っ張って起き上がろうとしている男の肩に足を乗せ、床へと逆戻りさせる。当然抵抗してくるのを感じるが、要にとっては些末なことだ。
肩に乗せていた足を前腕の中ほどに移動させる。一度持ち上げられたそれが、勢いよく振り下ろされた。
呆気なく、鈍い音が鳴った。
声は一つも上がらない。折った方も折られた方も言葉を発さなかった。要はただ、男が尚も立ち上がろうとするのを見下ろしていた。
痛くないわけはないのだろう。男は冷や汗をだくだくと流して震えている。皮下出血が始まった患部はじわじわと膨らみ始めていた。
「んー……操作されてるのは身体の動きだけっぽいかな。声を制限されてるのはなんでだろ」
うるさいからかな、と予想を上げながらよろよろと向かってくる男を避けつつ足を払う。男は勢いのままべしゃりと床に伏せていた。
床に打ち付けた腕は激痛を訴えているだろうに、男はただただ立ち上がろうともがいていた。それを要は観察するように見下ろしている。翠の目はどこか眠たげで、そこに感情は存在しない。
なんとも異常な光景だった。
幸いにして廊下に他の人影はなく、要の蛮行が人の目に触れることはなかった。ただ、近くの教室からは何の音かと怯えの声が漏れ聞こえてくる。
要は何倍もの時間をかけて立ち上がった男に流れるように一歩を踏み出した。が、端末の震えと鳥の鳴き声に意識をそちらへと向ける。
取り出した端末の画面をタップすると、浅葱色の鷹が緑のインコに封筒を渡しているところだった。画面から去ろうとする鷹を一撫でして要は封筒のアイコンをタップする。画面に広げられた紙面には、相対しているゾンビの対処法が書かれていた。
「おぉ、流石」
仕事仲間への賛辞を口にすると、片足を真上に振り上げた。爪先が男の顎をかち上げ、足が地面から浮き上がるほどの衝撃を脳へと伝える。
床に転がった男が立ち上がるより先に歩み寄る。がくがくと揺れる身体を無視して頭に手を伸ばし、ヘルメットの留め金を外した。ついでのように男の身体をひっくり返すと、首の後ろで蠢いていたバグを警棒で払う。
「……動かない、ね」
息はある。が、先程までのように起き上がる気配はなく、床に投げ出された身体は荒い呼吸に合わせて揺れるだけだ。
「いやー、早めに対処法が見つかって良かったよ」
要の台詞を噛み締めていたのは他でもない床に転がる男だったことだろう。
強いおじさん二人。
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