45 学校、封鎖
次の日。要の指示の通りに学校へと向かう紬と人志の元に、純恋が合流した。彼女を送ってきた真緒はそのまま近場で待機しつつ監視につくらしい。
「子供がいっぱい……」
校門の辺りで純恋が感慨深げにそう呟いた。きょろきょろと辺りを見回しながらも紬から離れないようにとしっかりついて来ている。人志はそんな二人の頭上をふわふわと漂っていた。
紬が教室に入ると、それに気づいた瑠璃がぶんぶんと手を振って来る。懐っこい犬のように飛びついて来た彼女を慣れたように受け止め、紬も笑った。
「瑠璃ちゃん、おはよ」
「おはよー、紬ちゃん! ねね、今朝のニュース見た?」
学園生活に人志と純恋の居場所はない。人志は純恋を呼び寄せると、自分も一緒に紬の席の天井近くに浮かせる。そんな異物に誰一人気づくことなく、教室の中では何人かのグループが寄り集まって楽しそうに過ごしていた。
「学校ってこんな感じなんだね」
楽しそう、という呟きは、チャイムの音に掻き消された。わやわやと自席に戻っていく生徒たちを見下ろしていると、教室に入ってきた教師が教壇に立つ。
出席簿はタブレットだが、点呼は口頭だ。教育に関することはまだ比較的アナログな部分が残っていた。とは言え黒板はモニターに代わっているし、生徒一人ひとりにマイクロチップと紐づけられたタブレットが支給されている。板書はこれでメモを取ったり録画録音したりと皆思い思いの方法で勉強するのだ。
眼下で二人からすれば随分と程度の低い授業が始まる。生徒は教師が切り替えていくモニター画面を追いながら真剣に解説を聞いたり、授業と全く関係ないことをしたりしている。紬は前者だ。
あふ、と純恋が一つ欠伸を零した。学校に行くのが楽しみで昨夜よく眠れなかったらしい。子供かよ、という突っ込みは既に道中で人志からもらっていた。
紬の席は大きな窓の傍で日当たりが良い。ぽかぽかと暖かい陽射しに純恋はうつらうつらと意識を揺らしていた。
が、不意に神経を焼くような痛みが脳へと突き刺さる。咄嗟に頭を抱えて身体を丸めた彼女に、人志は驚いたように目を見張っていた。しかし、直ぐに気づいたようで両腕で彼女の頭を包むように抱える。
「予知か?」
「ぅ……ん」
瞼がくしゃくしゃになるほどに目を閉じた純恋が返答とも呻きともつかない声を発した。紬も異変に気付いた様子で天井を見上げている。大丈夫? と口が動いたのを見て、人志は緩く首を横に振ってゆっくりと床に降りてきた。
「水あるか? 薬飲ませないと」
紬が手渡した水で人志が純恋のポケットを探って取り出した薬を飲ませる。利くのにも時間がかかるため、人志がお姫様抱っこの要領で空中に寝かせていた。身を捩るような仕草を見せた純恋に人志が怪訝そうに首を傾げる。
が、直ぐに彼女が何か言っていることに気づき、体勢を変えて口元に耳を寄せた。途切れ途切れの言葉が聞こえてくる。
「どう、して……見え……?」
「何?」
純恋を抱え直し、耳をすませようとしたその時だった。
――日常を裂くような、警笛が鳴り響いた。
耳慣れない大音量のサイレンに、生徒たちはざわざわと不安を零し出す。紬もきょろきょろと辺りを見回していた。
教員はデスクで何か調べていたようだが、焦った様子で扉の方へと小走りで向かう。
「皆さんはこのまま教室で待機していてください!」
そう声を張り上げると廊下へと出ていってしまう。不安からか何人かがその後を追おうとして、扉の前で固まっていた。
「ドアが開かない!」
誰かが叫んだその声を合図にするかのように、教室に影が落ちて来る。皆が一斉に窓の方へと視線を向けた。
注目の先で、ブラインドが窓を覆っていく。あっという間もなく下ろされたそれはモーター音を上げて角度を調整し、日の光が遮断されてしまった。
「な、何? 何が起きてるの?」
「オイ、チャット繋がんねぇぞ!」
誰かの上げた声に、紬も自分の端末を確認した。メッセージ系のアプリは軒並み全滅。ネットに繋ごうとしても砂時計のマークの下でミケが困った顔をするだけだ。
思わず人志の方をうかがう。彼も端末を調べていたようで、フリーズした画面をこちらに見せながらゆっくりと首を横に振った。
「ぅう……」
「純恋ちゃん大丈夫?」
ざわつく周囲に隠れて二人の元に駆け寄ると、純恋がぐったりと呻いた。痛みを訴えていた頭を揺らすようにサイレンが響き渡ったのだから無理もない。
不意に彼女を抱きかかえていた腕に手が添えられる。ぎゅ、と力を込められ、袖にしわが寄った。
「人志、くん……ボクら隠れた方が、いい」
「隠れる? ……チッ、またかよ」
一瞬疑問を覚えたものの、人志はすぐに辺りを見回した。情操教育の一環として用意されている掃除用具入れに目をつけると、二人して入り込む。
騒めきが膨らんでパニックになる直前。タイミングを見計らったように教室のモニターがノイズを映した。二度三度と不明瞭な映像が明滅を繰り返し、ようやっと像を結ぶ。
『こんにちは、お馬鹿な学生さんたち』
赤く艶やかなルージュの塗られた唇が動いて言葉を紡ぐ。ふふ、と笑う口元が上品に手の甲で隠された。言葉と同様に、その目が見下すように笑っている。
腰の辺りまで伸びるウェーブのかかった茶髪をかき上げ、舞台女優のように振る舞うその女に、人志はどこか見覚えがあった。
別にデスゲームとかが始まるわけではない。
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