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深刻なバグが発生しました。  作者: 四片紫莉
第二章

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42 甘酸っぱい話、闖入者

 紬はゆるゆると頭を振った。彼らが一般人の日常に侵されているのと同様に彼女もまた、非凡・非日常に思考が浸されているらしい。

 そんな暗い考えに割り込むように目の前に青いメッシュが垂れ下がる。逆さまの灰色と目が合うと、ゆるりと手がこちらへと伸びてきた。


「頭痛ぇの?」


 前髪を払った手が頬を包む。こつ、と額に小さな衝撃。じわりと肌に熱が上る。


「だ、いじょぶ……」

「でもちょっと熱ぃ」


 大丈夫! と少し語気を強める。人志は納得していないようではあったが一先ず身を引いていた。そんな様子を不思議そうに見ているのは純恋だけだ。大人たちはそんな思春期の男女のうっすら甘酸っぱい様子を生ぬるい目で微笑ましく見守っている。

 不意に何かを思い出したように司狼が鷹彦へと視線を投げた。


「っと、そう言えばタカの方はどうなんだ?」

「何がだ?」


 彼の方には思い当たる節がないらしく、怪訝そうに眉を上げる。ちょっともじもじしている司狼に首を傾げていた。


「ほら、こないだ言ってたろ。お見合いの」

「あぁ。それなら断った……今それどころじゃないからな」


 そうか、と相槌を打った司狼はどこか落ち込んでいるように見える。少し下がった肩を要がポンポンと叩いていた。そうしてふと真緒の方へと顔を向ける。


「そう言えば、真緒の方は大丈夫? 例の仲人おじさん、しつこいようなら色々手はあるけど」

「あー……受けるだけ受けて相手酔い潰して帰ってきたらドン引きされて以来声かけられてない」

「あ、そぅ……」


 組んだ両手に顎を乗せた要が遠い目で呟く。大人って大変なんだなぁ、と紬が視線を明後日の方角へと逃がした。

 そんな生ぬるい空気の中、聞き慣れた鳥の鳴き声が響き渡る。いつものように画面をスワイプして耳元に当てた要が一言二言話して人志と純恋、紬の方へと向き直った。


「バグ?」

「はい、そうです」


 先回りされ、要は苦く笑いながら頷いた。そわそわしている純恋の頭を撫でて、細かい説明を始める。


「今回も純恋は紬ちゃんの護衛ついでに見学ね。身体はもう大丈夫だろうけど、戦闘面のブランクは大きいから。もうちょっと様子見ようか」


 はぁい、とふんわり返事をして紬に抱き着く純恋に怯えの色はない。バグに襲われたときのことは記憶が曖昧らしかった。その上()()()()()()()()のだから、トラウマになどなるはずもないのだ。


「ならさっさと行こうぜ……にしても」


 ひょいと床に足を下ろした人志が言葉を切る。続く言葉を予想しているのだろう。要は険しい顔で端末の画面を睨んでいた。


「最近ちょっと多くね?」

「そー……なんだよねぇ。しかもほぼアレなんだよね? 虫の姿じゃないやつ」


 確認するように視線を向けた先で紬がこくりと頷く。要は端末で地図を開き、ここ数週間にバグが発生した地点にピンを打っていた。虫ではないバグを示す赤い丸が警視庁のほど近くに集まっているのも気にかかるところだ。


「こればっかりは紬ちゃんじゃないと判別できないからね……本当に助かってるよ」


 曖昧に笑う紬の両手がそれぞれ人志と純恋に引かれて立たされる。ここ数日ではもう見慣れた光景だった。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 いつものように要の運転する車に乗り込んでバグが観測されたポイントへ向かう。その道すがら、不意に狐が一つ鳴き声を上げた。

 起動させた端末の画面には、ぶるぶると身体を震わせるAIが表示されている。しきりに身をゆすり、後ろ脚で身体を掻くその様子に紬は困惑する。


「ミケ? どうしたの?」


 持ち主の呼びかけにも答えず、狐は何かを振り払うように一際大きく身を捩った。キィキィと声を上げるのが気になったのか、両側に座っていた真緒と純恋が端末を覗き込む。そうして目の色を変えた。


「紬、ちょっと貸して!」


 そう言うや否や純恋が紬から端末を取り上げ、自身のものをかざした。きりりとした表情で頷いたロボロフスキーが画面端へと走っていき、紬の画面へと駆け込む。そのまま身を捩る狐の背に飛び乗って身体中をちょろちょろと駆け回っていた。が、やがて動きを止めた。


「いた!」


 純恋の言葉とともにロボロフスキーが身を起こした。『獲ったどー!』とでも言わんばかりのドヤ顔の頭上に掲げられた小さな両前足には四足歩行のドローンのようなものが捕まえられている。


「潰しちゃだめだよ、マフィン。そのまま持って来て」


 ちぃ、と鷹揚に頷いたマフィンが純恋の端末画面へと戻ってくる。そのころには異常事態に気づいた要が車を路肩に停めていた。


「何事?」


 後部座席を振り返った要が眉間にしわを寄せて問う。助手席の人志も怪訝そうにしていた。保存のためなのか、純恋の端末画面を撮っていた真緒が険しい表情で口を開く。


「紬の端末に侵入者だ」

「もう捕まえたけど……あ、ダメだ」


 顔をしかめた純恋の端末画面で小さな爆発が起こった。もうもうと立ち込めた煙の中でハムスターがちゅんちゅんと鼻を鳴らしている。あらら、と呟いた真緒が労うように少し焦げた毛皮を撫でた。


「真緒、後でその動画僕にも送って。紬ちゃんと純恋は念のため一旦端末の電源落としておいてね」


 流れるように指示を出した要が再び車を走らせる。法定速度ぎりぎりのスピードを保ちつつ、当然のように道を開ける車の間を縫ってバグの発生地点へと急行した。

 紬もどこかすっきりした様子で毛づくろいしている狐を一度撫で、電源を切った端末をポケットにしまい込んだ。


 車が停まった先は小さな公園だった。どういう話があったのかはわからないが、人払いがされているようで休日の昼間だというのに人影はない。

 その代わりのように、ブランコにまとわりつく影が紬の瞳に映っていた。ゆらゆらと定まらない姿のまま宙を漂っている。


「これ、虫じゃないやつです」

「言われてみれば、動きちょっと変なんだよな」


 言われなきゃマジでわかんねーけど、と。そう言った人志が車を降りてずかずかと近づいていく。霞は人志の存在に気づかない様子で変わらずふわふわと漂っていた。


「見えてるのわかっててもこっちに向かって来ねぇし……すげぇ脆いし」


 ひゅん、と黒い玉が空を切る。手のひらから放たれたそれは吸い込まれるように霞の中心を捉え、火花とともに霧散させた。不完全燃焼なのか、不満そうな顔で車へと戻ってくる。要が労いの言葉をかけるが、むすっとしたまま助手席に腰を落とした。


「マージで何なんなの、アレ。バグのなり損ないみたいだけど……」

「ボクに取り付いてたのもアレなんだよね? 何とか捕まえて解析とか出来ないかなぁ」

「……捕獲かぁ。純恋のデータもあるし、ちょっと検討してみようか。まぁまずは帰って二人の端末のチェックだね」


 少し端末を弄った要が再びアクセルを踏む。今度も法定速度ぎりぎりでの走行だった。

色々は色々だよby要


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