39 灰色の世界、濡羽色
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こめかみを伝って地面に染み込む血の色が、僕の目の色と同じだと皆が言う。血の穢れの色。それが僕が白以外に唯一持つ色なのだと。髪も肌も真っ白な僕はいつもまだらに染められていた。
真っ白なままだと血の穢れの色が目立つから、それを好きな悪鬼が寄ってきてこの村に悪さをするのだそうだ。
その日は、小さな子どもが遊んでいる途中でお堀に落ちて亡くなった。僕が白かったせいで血の穢れの色に誘われて寄ってきた悪鬼が彼の足を引っ張ったのを一緒に遊んでいた別の子どもが見たのだそうだ。
お前のせいで、と叫んだ顔も知らない大人の足が丸めた背中に落ちてくる。多分に死んだ子どもの親なのだろうと、頭を庇って地に伏せながらそんなことを考えていた。
誰かが投げた石ころが当たって切れた肌からとろとろと血が流れ出す。地面に落ちて広がるそれは昨日の雨で出来た濁った水たまりとさほど変わらないように見えた。
ただただ身体を丸めて痛みに耐える。繰り返されるいつものこと。物心ついた時から始まった、一種の儀式のようなもの……もしかしたら僕が覚えていないだけで、産まれて直ぐにでも始まっていたのかもしれない。
「血の穢れの子よ、お前が生かされている理由をとくと考えよ。生まれた罪をこの世にて清算するのだ。さすれば浄土の片隅にでも引っ掛けてもらえるだろうて」
生まれ落ちたことこそ罪なのだと、だから暴力はお前の為の罰なのだと。いつもの口上をいつもの誰かが述べる。これが終わりの合図だった。
そろそろと顔を覆っていた腕を地面に下ろして、視線だけを上に向ける。ぼろぼろと泣く一人の大人を何人かがなだめるように抱えている。僕の視線に気づいたのか、忌々しそうにこちらを見下ろして唾を吐き捨てた。目の前の地面にべちょりと落ちたそれをぼんやりと見つめる。やっぱりそれも、僕の肌を伝う血と同じように見えた。
――僕の世界は、いつだって白と黒の濃淡だけで出来ている。
開けているのがおっくうになってきた目を閉じる。太陽の光を遮断しきれずに瞼の裏が薄く白く光っていた。ひゅるひゅると風の音が耳を通り過ぎていく。
不意に不思議な匂いが降ってきた。閉じた視界が暗くなる。目を開いても暗いままで、きょろきょろと辺りを見回した。
――ぱちん、ぱちん、と。手拍子の音が鳴った。僕の頭の上、空から降ってきた。そろそろと頭を上げる。
雲に繋がれた糸にぶら下がるように、逆さまになった顔が目の前にひょいと現れた。垂れ下がった髪が風に吹かれてゆらゆらと揺れている。悪戯っぽく笑う彼は、太陽を背にひどく眩しかった。
少しの間、全身の痛みを忘れていた。清らかな黒を纏った子ども、この世のあらゆるものとはまるで違う灰色の目がゆるりと細くなる。
とうとう浄土とやらからお迎えが来たのだろう、と思った。こんなにきれいに笑う子どもを寄こしてくれるなんて。いるのかもわからない神さまとやらに心の底から感謝を。
あぁ、手を伸ばせば引いてくれるだろうか。どこでもないどこかへ、連れて行ってくれるのだろうか。
そっと伸ばした手が柔らかな肌に触れた。その下でとくとくと穏やかに血の巡る音がする。くるりと灰色の目が丸くなった。
「生きてる……」
「……まぁ?」
思わず零した言葉に怪訝そうな声が返ってくる。手のひらに生き物の体温が滲んでくる。
不意に子どもがくるりと上下を正した。とん、と砂煙を上げた足が視界に入った。ふわりと簡素な袖がはためく。
鴉のようだと思った。どこまでも不自由に地面を這いつくばる僕をいつも見下ろす濡羽色。僕とは正反対の色をした、空を舞う自由な生き物。
「いい、なぁ……」
中途半端に掲げていた手が地面に落ちる。もう瞼を上げているのにも疲れた。彼が鴉の化身なら、眠っている間についばんでその羽の一部にしてはくれないだろうか。
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「白い子供、ねぇ……」
はい、と紬は微かに頷く。腕を組んだ要は険しい顔で低く唸った。
回帰同盟の起こした事件の処理を終えてから数日。深刻な表情の紬に袖を引かれた要は、彼専用の部屋に彼女を連れ込んでいた。ローテーブルとイスが二脚だけの殺風景な部屋だ。
ここは内緒話にはうってつけなのだ。来る途中で買った缶コーヒーのプルタブをかりかりと爪で引っ掻きながら、ココアで手を温めている紬を見下ろす。
「日本の能力持ちデザイナーベビーは間違いなくあの四人だけだよ。非能力者ならもう少しいるけど……」
政府の認可外で生み出されたデザイナーベビー。非能力者と思われていた誰かが能力に目覚めて暴走、あるいは。
可能性を頭の中で並べ立てる。どちらにせよ彼を野放しにしておくわけにはいかない。
「理由の方はやっぱり思い出せない?」
「……はい」
こめかみに差し込むような痛みを感じ、紬は短くそう答える。今は約束を破ったことを彼がひどく怒っていた――いや、悲しんでいた? ことだけしかわからないのだ。
「例の事件については存在する資料を片っ端から調べてるんだけど、その白い少年の目撃情報は一切無い。衛星映像も当たってみるから、その時は協力よろしくね」
こくりと黒い頭が上下するのをじっと見つめる。力が入っているのか、缶を握る指先は白い。要は一度目を閉じると、努めて明るい声を出した。
「辛い記憶なのに話してくれてありがとう。他にも何か周りとズレを感じるようなことがあれば僕に言ってね」
にこ、とエメラルドが細く笑う。どういうわけか知らないが、彼もまた特別な人間らしかった。
第二章開幕!
ヴェルタースオリジナルをまともに食べた記憶がない。あれ、おいしいんです?
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