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深刻なバグが発生しました。  作者: 四片紫莉
第一章

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33/111

33 幼い子、大きい人

 はく、と純恋は言葉にならない息を吐いた。この瞬間まではどうでも良かったその他全てが、今更になって両肩にのしかかってきて、息が苦しい。

 純恋が話す間、紬はずっと黙っていた。質問も、相槌すら差し挟まずに彼女の声を聞いていた。


 涙に溺れながら、息を詰まらせながら語られた、純恋の過去。これは、きっと、懺悔だったのだ。


 人志の、美姫の能力をずるいと思った。護られている彼らを羨ましいと思った。放っておかれたことが許せなかった。自分が、自分だけが悪いのではないと思いたかった。

 まるで叱られるのを恐れる子供だ。実際彼女は子供だったし、今も依然変わりなく()()だ。


 同じ子供の紬には彼女の震える背中を撫でることしか出来なかった。同じようにほろほろと涙が流れる頬を互いの肩にしばらく押し付けあっていた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 もはや大したことではなかったのだ。変わらない過去のこと、栓のないこと。自由を得た今となっては、思い出すことも久しくなかったようなちっぽけな(世界)の話だった。

 だから、ちょっとした世間話と乞われるままに話してやったのだ。間抜けに開けられた口からぽろぽろと握り飯だったはずの米粒が零れている。


「昔の話だよ」


 黙りこくったソイツに決まり悪くなったのだろう。ヤナギが口の中のものを飲み込んで、オレの話にそう付け加えた。相変わらずこいつは食べるのが遅いから、大方オレが語る羽目になったのだ。


「…………なんで泣く」


 大人のくせに。ほたほた涙を落とすソイツにそう言ってやればぶんぶんと首を振った。何が違うんだ、と尋ねる前に大きな身体が間近に迫っていた。びくりと肩を揺らしたヤナギを反射的に腕の中にかばう。


「辛かったなぁ……頑張ったなぁ……」


 そんな言葉を零す口が頭の上にある。二人まとめて抱き込まれて、塩辛い雫がぽたぽた頭に落ちてくる。

 かちこんと固まったヤナギが黙ったままこっちを見るのでゆるゆると首を振った。コイツの行動の意味なんざ、分かるわけもない。


 頭より上に振り上げられた手が、痛みを伴わずに触れてくる意味など知りもしないのだ、オレたちは。


「こんな小せぇのに、苦労したんだなぁ……」

「昔の話だぞ」


 耳が当たった場所がどくどくとうるさい。暖かい手のひらにたまらなくなって胸板をぐいと押す。泣いてるくせに腕はちっとも緩まずに、むしろぎゅうぎゅうとくっつかれた。


「昔の話なものかよ。お前らは今だって小せぇのに」


 二人まとめて腕の中に納まるくらいだから、確かにオレたちは小さいんだろう。


「あん時よりは背だって伸びてる」

「そう言う話じゃあ、ねぇ」


 なら、オレたちよりずっと図体のでかい()()のコイツが餓鬼みてぇに泣く理由ってのは、一体何なんだろうか。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ずび、と大きく鼻をすすった純恋がゆっくりと顔を上げる。ずきずきと頭が鈍く痛みを訴えていた。紬もおおよそ同じ状態らしく、目を赤くしてすんすんと鼻を鳴らしている。


 どれくらいそうしていただろうか。廊下の方から足音が近づいてきて、何かしらの口上を述べた誰かが障子を開いた。

 膳を持ってきた人だ、と紬はそんなことをぼんやりと考えながら、彼女の動きを目で追う。心なしか抱きしめてくる腕の力が増しているような気がしていた。


 その女性は持ってきた時と同じようなことを仏壇に唱え、半分ほどに量を減らした膳を下げた。あ、と紬が声を上げる。まだ途中だったのに、と言うよりも早く、彼女はかたりと障子を閉めてしまった。

 どういう感情で食べかけの膳を回収していったのだろうか。どういった処理が彼女の頭の中に施されたのだろうか。


 ぐるぐる回る思考はどうしてか、おかしな方向に傾いたのだ。鞄の中に雄利へのお土産にと買った某ヒーローを模したパンが入っていたのを思い出したのがきっと一因だろう。


「純恋ちゃんお腹減ってない?」


 純恋はぽかんと口を開けた後、小さく小さく頷いた。泣くとお腹減るもんね、と紬は鞄から紙袋を取り出した。

 パンを例のヒーローがやるようにちょっとだけちぎる。出来るだけ笑顔が欠けないように。大きい方を純恋に差し出せば、彼女はおずおずと受け取った。


「中身チョコじゃん、詐欺だ」


 左の側頭部辺りから覗いた濃い茶色に文句をつければ、純恋はふすりと笑った。もぐ、と大きく齧って溢れそうになったチョコクリームを舐める。紬もチョコクリームがちょっとだけついた生地を三口ほどで胃に収めた。


「まぁでも実際子供ってあんこよりチョコのが好きそうじゃないかな?」

「う~ん……でも、チョコパンマンはちょっと語呂悪い」


 くすくすと二人で笑う。涙の跡は残っていたし瞬きすればいくつか零れたが、なんとなく頭の中はすっきりとしていた。甘いものは脳にいいのだ。


 紬は純恋がパンを食べ終わるのを待って、彼女に向き直った。なんとなく正座になった紬に釣られたのか、純恋も座り直す。

 言葉を選んでいるのか、視線が迷う。


「……純恋ちゃん、神さま辞めたい?」


 あ、と小さく声が零れたきり、暫し静寂が漂った。


「……、めたい」

「うん」


 ぱたぱたと固く握った拳の上にまだら模様が散る。真っ白になるほどに握り締められて血が通わない冷たい手に、そう大きさの変わらない手のひらが重なる。

 大きくしゃくりあげた純恋が、顔を上げた。宵と薄明の空が交わる。


「辞めたい……っ、人志君と、美姫とおしゃべりしたい、要さんに撫でてもらいたい……ッ!」

「うん……うん、助けてもらおう」


 ()()に戻りたいのだと泣きじゃくる純恋をぎゅっと抱きしめ、紬は考えを巡らせる。

 何をどうしようにも、彼女の存在を認識できるのは紬一人だ。


 現実的に考えて彼女の現状を改善する方法は二つだ。

 彼女のマイクロチップに入り込んだバグを排除する、もしくは彼女の存在を登録し直す。だが、紬にはそのどちらも出来ない。出来るのは要や、それよりも立場が上の人だけだろう。


 紬はとにかくバグを認識してみようと純恋のうなじの辺りに目を凝らす。薄ぼんやりとまとわりつくような黒い靄が見えるような気がした。


――と、同時にノックの音が空を割った。

大人と子供の境界線とは。


本作公開して約半年となりました。

いつも読んでくださっている方、ブクマ・評価してくださった方、本当にありがとうございます。

これからもよろしくお願いします。

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