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深刻なバグが発生しました。  作者: 四片紫莉
第一章

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31/104

31 勧誘、お告げ

 純恋がそのフルフェイスヘルメットを見かけたのは単純に偶然だった。未来視で見た()()を探していた折に、路地裏の奥での取引を目撃したのだ。

 ヘルメットで頭をすっぽり覆った男が同じヘルメットを人に勧める姿ははっきり言って異様だった。なんだろう、とどうせ見えもしないのに電柱に隠れてその様子を窺う。


「これで貴方の脳を護ることが出来ます……私の話している内容も理解できることでしょう」


 いっそあからさまなほどに怪しいもの言いだったが、勧められた側は素直にそのヘルメットを被って見せた。何かの詐欺かな、とそんな考えが浮かんだところで、弾けて消える。


「CS対策課には人工的に造られた異能を持つ人間――デザイナーベビーが存在します」

「え」


 純恋の声がヘルメットを身に着けたばかりの男のそれと丸っと重なった。隠れていてよかったと反射的にそんなことを思う。幸い、知覚の外の更に外側にいた彼女の姿が彼らに見えることはなかったのだが。


「この事実が公表されない理由はお分かりでしょう? 私たちは同志を探している。この世界に疑問を持ち、己の目を覆う影を振り払おうとする勤勉な方を」


 何やら小難しいことを並び立てていた彼らはやがてがっちりと握手を交わす。純恋はその様子を端末で撮影し、足音を殺してその場を立ち去った。


「脳を護る……ねぇ?」


 普段なら詐欺の常套句であるそれも、あの場においては真実だった。デザイナーベビーの存在は噂レベルのものでも書き換えが為される。そもそもデザイナーベビーに関する情報を知る者自体、限られているはずだ。


 つまりは彼らの仲間ないしは協力者の中に少なくとも一人以上、デザイナーベビーに関わったことがある人物が存在することになる。純恋の脳裏を真っ先によぎったのは、彼女の元バディだった。

 才覚もないのにバディに食い込んでくるほどの権力を持つ男。直接関わっているかは別として、漏洩元の可能性はある。


 しかし、純恋の興味は男ではなくヘルメットの方へと傾いていた。


 非正規でデザイナーベビーを観測する方法、その技術。あれを改良すれば、あるいは。

 純恋は()()以外に見えた光明を、追うしかなかった。


 独自に調査を重ねた結果、出所はわからなかったが注文方法を知ることに成功した。とは言っても、取引現場を盗み見て同じ手順を踏んだだけではあるのだが。

 そうして今、彼女が手に入れたのが件のダサいデザインのヘルメットだ。


「マフィン、スキャンお願い」

『あい! ……ブロックされたよぅ』


 勇んだ表情がしおしおと萎れる。その辺の対策は流石にされているようだ。が、彼女には幼いころから電子関係の知識と技術が詰め込まれている。()()()()の妨害プログラムでは紙の鎧も同然だ。


「ん、ほらこれで通れる?」

『頑張る!』


 ふんす! と意気込んだ小動物が純恋の開けた穴を通り抜けて内部へと侵入する。画面内を走り回るマフィンに合わせてスキャンされたヘルメットの輪郭、内部構造が表示されていく。


「主原料鉛なんだ。そりゃ重いか……うわー、プログラム滅茶苦茶だ。これは流石にこのまま解析は無理かな」


 ぶつぶつとつぶやく言葉をマフィンが付せんに入力し、ペタペタと貼り付けていく。純恋の頭脳は明晰だが、いかんせん現状の環境が悪すぎる。設備は端末一つだけ、資金も潤沢とは言えず、私室すらない。


「困ったな……」

「え?」


 不意に聞こえてきた声に純恋は弾かれるように振り向いた。そこにいたのは彼女が手に持つヘルメットと同じものを被った人影が二つ。


「い、今なんか言ったか?」

「い、いや……でも何か聞こえたよな!?」


 色の濃いシールドのせいで視線や表情は窺えないが、顔を見合わせて辺りを見回しているらしい。目の前に立っている純恋の姿は見えていない様子ではあったが。


 どくどくと鼓動が逸る。からからに乾いてひりつく喉を、唾を飲んでしのいで口を開いた。


「ボクの声、聞こえてるの?」

「ひぃッ!」


 はっきりと、怯えた反応。あちこちに泳ぎ回る視線は相変わらず純恋を捕らえることはしないが、それでも。


「お願い、返事して。聞こえてる?」


 また悲鳴を上げた彼らはヘルメットの上から耳を抑えた。耳が気持ち悪いのか、仕切りに引っ掻くような仕草を見せている。まるでノイズに耳を犯されているかのようだ。


「……言葉が伝わってない、のかな」


 ぎゅ、と拳を握り締める。ぬか喜びだったか、と落胆しかけてうつむいた視線に、手首で心配そうにこちらを見上げてくるマフィンの姿が映る。

 震える指で端末を操作する。読み上げアプリを立ち上げ、先ほど口にした言葉を打ち込んだ。すがるようにマイクのアイコンをタップし、不安げに辺りを見回す二人を見つめた。


『聞こえる? お願いだから、返事して』

「え? え?」

「だ、誰だ?」


 先ほどとは反応が違う! 緊張か歓喜か、細かく震える指で再び文字を打ち込んでいると、ぐらりと視界が揺れた。

 こんな時に、と頭をかすめた考えは、目の前に広がったビジョンに掻き消えた。


 ぷつりと頭上で何かが切れた。ヒュッ、と鞭がしなるようなそんな音がして、目の前でスパークする何かが地面を大きく叩いた。

 悲鳴は上がらない。びくんっ、と大きく痙攣した身体が二つ、折り重なるようにコンクリートの上に倒れ込んだ。


「――ッ!」


 目の前に現実が戻ってくる。純恋は反射的に空を見上げた。今日は風が強い。電柱から近くのビルへと伸びている古い引き込み線が妙な揺れ方をしていた。


『声に向かって走れ!!』


 反射的に打ち込んだ文章を大音量で再生する。びくっと肩を揺らした二人は訳が分からないだろうに、その言葉に従った。本能的に何かを感じたのだろうか。

 そして、それは正しい判断だった。


 ビジョンと同じように目の前に千切れた引き込み線が落ちてくる。バチィッ、と激しく火花を散らしながらコンクリートを叩いて、焦がした。

 声を荒らげたわけでもないのに激しく息が乱れる。こちらに走ってきた二人はその比ではない。肩で大きく呼吸をしながら、切断面から時折散る火花を呆然と見つめていた。


「な、え?」

「た、助かった……のか? え、誰が……」


 純恋は地面にへたり込んだ。助けられた、役に立てた。声が届いた! 目の前がじわじわと溺れていく。


「その……誰か知らないけど、助かった。姿を見せてくれないか?」


 シールド越しには周りが良く見えないのだろう、彼らはヘルメットを外そうとする。純恋は慌てて文字を再生した。


『ヘルメットは外さないで。ボクの声聞こえなくなっちゃう』

「え? そ、そうなのか?」


 外しかかっていたヘルメットの留め金を締めなおしているのを確認して、ほっと息を吐く。アプリ越しとは言えやっと意思疎通のできる人間に出会えたのだ。頭の中は話したい事が山ほど溢れ出してくるが、優秀な脳みそはきちんと優先順位を定めていた。


『君たちは一般人ではないよね? 回帰同盟かな、それとも人類解放の会?』


 電波遮断のヘルメットなんてものを欲しがるのはその辺りだろうと尋ねる。二人は回帰同盟の同志だと答えた。そうして地面に身体を投げ出すように伏せる。


「君は――貴方様は命の恩人……いや、我々の神だ!」

「え」


 一瞬の間に神格にまで昇りつめてしまったらしい。拝むように虚空に手を合わせる彼らを見下ろして、目を伏せる。


――あぁ、また人間でなくなった。


 ずきりと頭が痛む。日に二度もビジョンを見たせいか、全身から気持ち悪い汗が噴き出していた。どこか、身体を休められるところに。


『ねぇ』

「は、はい!」


 ぽたりと端末に落ちた汗を拭う。仕方のないことだと自分に言い聞かせながらも、罪悪感を拭い去ることは出来ない。


『ボクには、未来が見えるんだ……キミたちにすべて教えてあげる』


 おぉ、と感嘆の声が足元から上がる。

 だって、誰も探してくれなかった。見つけてくれなかった。だから、仕方ないことなのだと。


『キミたちの集まりに案内してくれるかい? ボクが導いてあげる』


 こうして少女は神さまになる決意をしたのだ。

神さまは人でなし。


評価・ブクマ等していただけると、とても励みになります。

これからもよろしくお願いします。

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