25 外側、巫女
要はすたすたと廊下の端まで歩いていき、無造作にエレベーターの呼び出しボタンを押した。二人が追いつくころには軽快な電子音を立ててエレベーターの扉が開く。
中を覗き込んだ要がちょっとだけ顔をしかめた。エレベーターの階層ボタンの下に、カードを読み込ませるための溝が入っている。指先でそれをなぞった要が振り返った。首を傾げる人志と真緒を通り超えた視線に、遠巻きに居並んでいた集団が一様にびくりと身体を強張らせる。
「先読み様のところに行くためのカードキーを持ってる人はいる? 借りたいんだけど」
銃口は彼の手元で下を向いたままだというのに、頭の後ろで硬い感触を覚えた気がした。要たちの視界の中に入っていた頭がぶんぶんと一斉に横に振られる。そのうちの一つが震える口を開いた。
「さ、先読み様に謁見できるのは、神官方だけ、です……」
「その神官……とやらはどこにいるの?」
怒りを覚えているような、小馬鹿にするような。そんな響きが要の声に滲んでいた。
「普段は最上階に居られますが……この騒ぎです。もう、地下の方に避難されているかもしれません」
なるほど、と呟いた要は考え込むように顎を撫でた。やがて結論が出たのか、真緒と人志の方へと向き直る。
「二手に別れようか。真緒と人志は最上階の制圧、僕は地下の探索にあたるから――」
「……ちょっと今のあんた一人にしたくないんだけど」
エメラルドがくるりと大きく丸められる。真緒は組んだ腕を指先でトントンと叩きながら言葉を続けた。
「さっきから、なんか変だよ。多分自覚してると思うけど……」
「んー……うん」
「うん、じゃなくてさ」
ぼんやりした返事をよこす要に真緒が呆れている。人志の方もだいぶ落ち着いてきていた。自分より怒れる者が間近にいると、人は冷静になるものだ。
「さっき言った先読み様ってのが、今回の騒ぎの原因なワケ?」
「いや、それは違う」
食い込んでくるほどの即答に人志も目を丸めていた。う~ん、と困ったように唸る要に真緒は溜息を吐いた。
「話せないこと? 伝わらないこと?」
「……後者だねぇ」
おっけ、と短く告げた真緒はエレベーターに乗り込むと最上階のボタンを押した。困惑したままの人志を引っ張り込み、閉じるボタンを押す。
間を開けず上昇を始めたエレベーターの中。人志は少し考えてから口を開いた。
「要の権限範囲の話?」
「そういうことだろうね」
要が抱えているのは秘密ではない。開示を許されない秘匿であり、人志や真緒の知覚の外側の話だ。
たとえ要がその件について話していたとして二人はそれを聞き取れず、認識すらできない。
「要があぁなってるってことは、デザイナーベビー関連ってとこか?」
「さぁね、何にしろ私らの知覚の外の話だ。今は考えても仕方ない」
がこん、とエレベーターが一つ揺れる。真緒の指が開ボタンに触れた。反対の手は特殊警棒を握っている。
「ささっと終わらせて合流すりゃいいか」
手のひらから黒い玉が浮かび上がる。ゆっくりと開くドアの隙間をこじ開けるように一発、弾丸のように飛び出していった。
ぎゃあ! と廊下の向こうで声が上がる。真緒が半目で人志の方を睨んだ。
「どうせみんなヘルメットしてんだろ」
「……いや、いま吹っ飛んでったのしてなかったっぽいよ」
マジで? マジで。
なんとも言えない会話を交わしつつエレベーターから出て、大の字に伸びる男の元へと向かう。二人にはわからないことだが、それなりの地位の者のようだ。神職の中では上位が着る上衣と冠を身に着けている。
玉はこめかみ付近に当たったらしく、冠を押し上げるようにたんこぶが出来ていた。
「神社のやつが着る服だっけ?」
「この階だけかな、内装もずいぶん和風だね」
板の間に偽装された廊下に土壁。ドアもリフォームされているのか、格子の引き戸になっている。ところどころに置かれた照明は行灯だが、中身は電球だ。
ムダに金かかってそー、と人志が呟いたところで近くの部屋で物音が鳴った。
無言で顔を見合わせ、真緒が扉に手をかける。すぱん、と小気味いい音を立てて開かれた部屋の中には、数人の巫女服の女が固まって震えていた。
ぶつぶつと何事か呟いているのに気づき、人志は耳をすませる。
「先読み様、お導き下さい……なぜ、何もおっしゃって下さらないのですか……?」
同じような言葉の繰り返しだった。眉を上げた人志がなぁ、と声をかけるがぶつぶつが悲鳴に変わっただけだ。
真緒が目線を合わせるようにしゃがみ込む。手帳を取り出して彼女らの視界に入るように掲げた。
「警視庁CS課です。その、先読み様のところに行きたいのだけれど、案内してもらえます?」
手帳を眺めていた女は真緒の言葉を聞くと、彼女をキッとにらみ上げた。
「俗物を先読み様のところへなど行かせるものですか! 立ち去りなさい!」
「情緒不安定か?」
突然変わった態度に人志が思わずそう呟くと、また短い悲鳴が上がった。顔をしかめていた真緒がふと何かに気づいたように女の顔に手を伸ばす。
「失礼」
「ッ、おやめなさい!」
真緒を引っ掻こうと伸びてきた手よりも早く、真緒の指が彼女の耳につけられていた黒いイヤーカフを摘まみ上げた。
「お揃いのアクセサリーかと思ったら……」
真緒の呟きに、人志は改めて女たちを見下ろした。髪に隠れて見えにくいものの、皆同じイヤーカフをつけている。
「例のヘルメットの劣化版ってとこか? そういや、こいつらオレの声にちょっと反応してたよな?」
「あ、あぁ……返しなさい、返して……ッ」
「おっと、」
夢遊病者のように伸ばされてくる手を半歩下がってよける。女は勢いのままべしゃりと床に伏せた。真緒はそのまま女の艶やかなつむじを見下ろしていた。
「あぁ、あぁ、先読み様、どうして何もおっしゃって下さらないのですか。どうして、私たちを導いて下さらないのですか。こんなに、こんなに、尽くしてきたのに」
うげぇ、と人志が小さく呟いた。鳥肌が立っているのか、しきりに腕をさすっている。
「どうしたらいいのですか、何も、なにも、わからない。どうしたら、どうして――」
「自分で考えて動けばいいだけじゃんね。頭悪っ」
「頭の出来不出来の問題じゃないんだよ、これは」
人志は不思議そうに真緒を見上げた。彼女は溜息を吐くと、顔を上げて朗々と声を響かせる。
「CS対策課権限において、サイバーテロに加担した容疑で貴方方のマイクロチップに一部制限をかけます。また、許可が出るまでこの部屋を出ることは禁じます……ルビー」
付け加えるように呼ばれた猫が大きく鳴き声を上げる。それだけで、この場の制圧は完了した。
頭の出来不出来の問題でなければこれは……?




