24 無情、制圧
パーキングの前で手を振る要に気づき、竜弥はゆるゆるとブレーキを踏んだ。誘導されるまでもなく車を停めると、後部座席の二人はすぐに降りて要へと駆け寄る。
「紬は?」
「この路地を抜けた先のビルだ。ジャミングは無効化されるから飛ぶのはまだダメだよ、目立つ」
さらりと先回りされ、人志は大きく舌を打った。少しだけ浮いていた身体を地面に戻し、イライラと貧乏ゆすりをする。
が、ふと視界に入った横顔に薄く目を見開いた。
「要なんかイライラしてる?」
「うん?」
呼ばれて振り返った男はいつも通りの表情だった。しかし、視線の先で真緒も驚いたように眉を跳ね上げているのが見えたので、おそらく人志の勘違いではないはずだ。
「イライラ……というかちょっと緊張してる、かな?」
自分でもよくわかっていないのか、首を傾げながら拳銃のマガジンを確認していた。バグとの戦闘用の特殊弾ではなく、鉛の弾が詰まっている。
「あぁいや、勿論腹も立ってるんだけどね」
がしゃ、と小気味いい音を立ててマガジンが拳銃に納まる。いつもよりやや乱暴なその仕草に真緒と人志は顔を見合わせた。
しかし結局何を言うこともなく、すたすたと歩きだした要の後を追う。
「これから向かうビルだけど、こないだの非登録者の向かった先でもあってね。ちょっと面白い噂もあったから近く調査予定だったんだけど……」
「噂?」
こくりと頷いた要曰く、未来を見通す神さま――先読み様が迷える子羊を導いてくれるのだそうだ。
なんだそりゃ、と人志が胡乱そうに呟く。ふふ、と要が声だけで笑った。
「ま、そんな訳で今回の目的は紬ちゃんの奪還と、先読み様の確保の二つ……気を引き締めて行こうね」
路地を抜けた先に鎮座する、少し古い型のビル。ビルの前には二人の警備が立っていた。例の重たげなヘルメットは被っていない。人目のつくところであの格好をしていれば、警備員とて職質を受ける羽目になるだろう。
要は自動ドアの前で立ち止まると、彼らへと朗らかに声をかけた。
「やぁ、お勤めご苦労様」
「ぁあ、えぇと、どうも」
面食らったのか、なんとも言えない返事をよこした彼らに要は表情の見えない顔で笑いかける。
「ところで君たちは回帰同盟のメンバーなのかな? それとも雇われただけの部外者?」
ヘルメット被ってないから部外者かな、と要がうそぶいたところで警備員の一人が顔を真っ赤にして怒鳴る。
「我々は回帰同盟の同志だ! 貴様こそ何者だ? 部外者を通すことは出来ん、即刻立ち去れ!」
唾すら飛んできそうな至近距離に人志が顔をしかめる。が、要は風に吹かれる柳のようにふわふわと笑っていた。
自然な動作で一歩を踏み出すと、警備員の肩に手をかけた。
「確認完了、制圧します――真緒!」
そう言いながら要は男の足を払い、それとは反対方向に肩を押した。ぐるんと回った男の視界には雲一つない空が映ったことだろう。直後に火花も散ったかもしれない。
真緒は一瞬呆気に取られていたが、身に染みついた武術は彼女の身体を正しく動かした。片割れが倒れるのを認めるより早く地を蹴り、もう片方と距離を詰める。踏み込んだ勢いのまま、脇腹を狙って肘を落とした。
泡を吹いた男が地面に倒れるころには、要は片割れの上着から鍵の束とカードキーを抜き取っていた。
「……こういうことよくすんの?」
あまりの手際に人志が思わずそう尋ねる。ううん、と軽く返事をした要は入口のカードリーダーにカードキーを通していた。ピー、と軽い電子音を立てて自動ドアが開く。
「物さえあれば開くってのは便利だけど、セキュリティとしてはザルだよねぇ」
従来のカードキーや鍵は端末による登録と異なり、持ち主と紐づけられていない。そのため、誰が使っても等しくその効果を発揮するのだ。
しばらく指先で遊ばせていたカードキーをするりと懐にしまう。
「さ、行こうか」
相変わらずひょうひょうと、要は笑う。その奥に押し込められたものは未だ見えない。
無防備に開かれた自動ドアを三人がくぐってしばらく。おそらくは監視カメラで侵入者に気づいた者が手動で発動させたのであろう警報が鳴り響いた。
天井や壁に取り付けられた赤いランプが点灯しながら回転し、アラートが繰り返される。それからさらに少し遅れて通路から例のヘルメットを被った武装集団が雪崩れ込んできた。
「動くな、政府の狗め!」
「ここから立ち去れ! 生命を冒涜する紛い物が!」
武器を三人に向けて構え、怒鳴り声を上げる。当然その中には人志に対する侮蔑も含まれていた。
要が静かに溜息を吐く。片手に握っていた拳銃がゆっくりと、真っすぐに集団の内の一人に向けられた。温度のないエメラルドが薄く細められる。
「今、急いでるんだ」
――パンッ、と乾いた音が木霊した。
暫しの間、誰も状況を掴めなかった。最初に我に返ったのは、真緒だ。おい! と叫んで要の肩を掴んだ。
次点に、声を上げたのは。
「あ゛ぁあああああッ!」
集団の先頭、真ん中あたりにいた一人が獣のように吠え、崩れ落ちた。足を抱えて転げまわっている。押さえた両手の隙間から、じわじわと赤が滲んでいる。
要は細く硝煙を上げる銃を、下ろしていない。目の奥に滲んだ怒りに近い何かが、熱のように周囲に伝播していく。
「武器を捨て、跪いた体勢のみ降伏と認める」
応じなければお前もこうなる。
要が直接そう口にしたわけではなかったが、皆その言葉を聞いていた。手に手に武器を持った集団は震えている。たった一丁の拳銃しか手にしていない男に、心底怯えていた。
真緒も要の肩を掴んだはいいものの、二の句を継げずにいた。彼がその武器を人に向け、あまつさえ何のためらいもなしに引き金を引くところなど初めて見たのだ。
人志も人志でいつもひょうひょうと、困ったように笑みを浮かべる要と目の前の冷徹な男を脳内で結び付けられずにいた。もしかすると別人なのでは? なんて馬鹿みたいな疑問が頭の中に湧き上がったほどだ。
「カウントはいるかな? ――十、」
残り時間が一つ減るより早く、誰かが武器を床に投げ落とした。続くようにがしゃがしゃと、彼らは武装を解除していく。
もう二つ三つ数字を口にする頃には、要の前に道が現れていた。
ゆっくりと、要は銃を下ろす。ホルスターにはしまわずに引き金に指をかけたまま、銃口だけ下に向けて歩き出した。
真緒と人志は似たような表情を見合わせ、一拍遅れて後に続く。
その場には放心状態の集団と、痛みにのたうち回る見せしめに使われた哀れな男が残されていた。
誰に対して怒っているのかしら。




