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深刻なバグが発生しました。  作者: 四片紫莉
第一章

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21/104

21 分断、嗚咽

 目の前の武装集団が人志にぶつけてくるのは紛れもなく悪意であり侮蔑だ。どうやって調べ、認識しているのか皆目見当もつかないが、デザイナーベビーのことも知っているらしい。

 人為的に作り出された生命。異能を持つ化け物。おおよそ人間に対して向けるべきではない言葉の切っ先が人志に振りかぶられる。


 が、その刃物は人志の心に爪跡一つ残すことなくつるりと滑って、からからと虚しく地面に散らばるだけだ。なんか吠えてんな、と大してどころか全く傷ついていない人志はつまらなさそうに目を細めていた。強いて言うなら内容よりも喧々囂々と響く声の大きさの方がやや不快になりつつある。が、ふと未だ足元にいる紬の表情を見て瞳を瞬かせた。


 む、と唇を引き結んだ彼女は怒っている、ように見えた。人志のように不快故に不機嫌になっているのではない。怒っているのだ。


――なんで。


 疑問が頭を過ったところで何事か喚いていた彼らが何某かの結論を出したらしい。現実の刃物と銃器が人志に向けられ、銀光が走り火花を散らした。

 人志は素早くしゃがむと中身を床にぶちまけた本棚に触れる。片手どころか指一本で持ち上げられる重量にしたそれを蹴り上げた。特攻してきた刃物持ちが驚いて足を止めたタイミングで重力を戻すついでに過大に追加してやれば、自重に耐え切れずに轟音を上げて壊れ、辺りに木片をまき散らす。


「紬! 立てる、か……?」


 これ以上滅茶苦茶にされる前に一旦店を出ようと差し伸べた手は先ほどと同じく空ぶった。否、空ぶるどころか虚空に漂うこととなる。


「紬!?」


 無意味に名前を呼び、辺りを見渡す――どこにもいない。ぶわりと背中に嫌な汗がにじみ出た。


『人志?』

「紬が消えた!」


 一瞬息を詰める音がした。が、直ぐに要が指示を飛ばす声が端末から漏れ聞こえてくる。真緒と竜弥、美姫がこちらの応援に来てくれるようだ。


『人志は武装集団の制圧後はその場に待機。僕はタカと一緒に周辺の映像を調べるから――』

「なんかわかったら直ぐ連絡しろ!」


 要の台詞を横取りして今度こそポケットから黒玉を取り出す。殺さないようにね! と要が当たり前のことを叫んだ。

 舌打ちして腕を一振りすれば、飛んできていたあらゆる凶器が人志の数センチ前で床に引きずり降ろされるように沈む。


「お前らのせいで休日台無しじゃねぇか……!」


 思ったより楽しみにしていたが故にそれだけ苛立ちも大きくなる。足元に散らばる本を踏まないように集中するあまり過度に余計な攻撃をしてしまうかもしれないが、それくらいは許されるだろう。

 何せ奥で腰を抜かしている店主と紬が買おうとしていた甘い香りのする本を護るためには致し方の無いことなのだから。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 乱れた息が喉を逆撫でてささくれさせる。どのくらい走ったのだろう、疲労の溜まった足が痛みを訴えだしていた。流れる景色はとうに知らないものに変わっている。

 パイプや外階段が入り組んだ路地裏だ。人の数に比例しているのか街灯の数も少なく、暗い道が多い。


 紬は何とか顔を上げ、引かれている腕を視線で辿る。彼女の腕を引きながら走っているパーカーの少女は見た目よりもスタミナがあるのか、ほとんど呼吸を乱すことなく走り続けていた。

 紬は運動が不得意という訳ではないが、どちらかと言えばインドア派である。少女の速度に合わせて走っていたこともあり、限界が近づいていた。


「ちょっ、と……止まっ……!」


 何とかそれだけ絞り出すと、彼女は振り返った。そうして驚いた顔で立ち止まる。つられて止まった足がもつれ、紬はその場に座り込んだ。


「ご、ごめんなさい……ボク、あの、必死で……」


 少女からすれば本屋に来ていたところを突然武装集団に襲われたのだ。なりふり構わず逃げ出してしまうのは当然の行動だろう。そんな中で紬を気遣い、連れて逃げてくれたのはむしろ人間的に立派だ。


 そもそも、件の集団の言動からして紬は巻き込んだ側の可能性が高い。申し訳なく思いつつも声が出せず、紬は両手でタイムのハンドサインを作ると首を横に振った。大丈夫だから少し待ってほしいと伝えたかったのだが、少女はおろおろと涙目になっている。

 が、不意に顔を上げると紬の手を離し、どこかへ走って行ってしまった。紬がその場に座り込んだまま、ゆっくりと十ほど深呼吸を繰り返していると、足音が戻ってくる。ひんやりと冷気を纏った何かが、目の前に突き出された。


「あの、これ……」


 少女が差し出していたのはよく見るスポーツドリンクだった。近くの自販機で買ってきたのだろうそれは、汗をかいている。

 紬はペットボトルと少女を一瞬見比べ、ありがたく受け取った。干す勢いで飲んでいけば、傷ついた喉が少しばかり癒される。ふは、とだいぶ整った息を一つ吐く。


「あり、がとう……えっ、と」


 そう言えば名前を知らないな、と今更思い出して言葉を迷わせる。向こうも気づいたのか、慌てて頭を下げていた。


「あの、ボク純恋(すみれ)って言います! 相波(あいば)純恋(すみれ)……えっと、その、引っ張ってごめんなさい」


 もじもじと手をこすり合わせながら眉を下げる少女――純恋に紬はゆるゆると首を振った。


「ううん、助けてくれてありがとう。私は豊利紬……えっと、純恋ちゃんって呼んでもいいかな? 大丈夫? 怪我とかしてない?」

「……うん」


 曖昧な返事に首を傾げる。純恋はぎゅっと両手を組んでうつむいていた。既視感を感じた紬はその顔を覗き込む。


「えッ!? えと、どうしたの!? どっか痛い!?」


 慌てる紬に純恋はぶんぶんと頭を振る。その拍子に、名前と同じ花の色をした瞳から涙がはぐれて散らばった。べそべそと幼い仕草で泣く純恋に、紬は面食らいながらもハンカチを差し出した。が、受け取ってもらえなかったため、直接目元にそっと押し付ける。


 元来彼女は世話焼きの気質がある。小さいころから『神社のお姉ちゃん』として近所のちびっこたちの面倒を見ていたのが大きな理由だろう。

 人を甘やかすのが好きな彼女の周りには、甘え上手と甘え下手が半々ほどの割合で集まってくるのだ。


 目尻からぽろぽろと零れてくる涙をポンポンと軽く叩くように拭いながら、頭を撫でる。たまらなくなったのか、純恋はしゃくりあげながら紬に抱き着いた。

 胸元がじわじわと濡れてくるが、紬は気にせずに幼い子どもを優しく撫でるような声を出す。


 よしよし。大丈夫だよ。


 ぎゅうぎゅうとしがみついてくる純恋が泣き止むまで、紬はしばらくそうしていた。


「……落ち着いた?」

「うん……」


 思う存分泣いて少し落ち着いたのだろう。幼く頷いた純恋は、紬の胸に埋めていた顔を上げた。嗚咽がしゃっくりに変わってしばらく、静かなまま時間が流れていく。


「どうしたの? さっきも泣いてたけど……私、何かしたかな?」


 すっかり泣き止んでから、尋ねる。何せ顔を合わせてから三十分足らずで二度も泣かれているのだ。心当たりなど当然ないが、不安にはなる。

 純恋はしゃっくりに喉を塞がれながらも首を横に振る。何とか落ち着こうとしているのか、紬が手を回している背中はゆっくりと上下していた。


「違う、の……ひっく、ボク、っ嬉しかった。ほん、とに、嬉しかったの」


 それだけは何としてでも伝えたかったのか。途切れ途切れになりながらも必死で訴えてくる言葉に紬は首をひねった。が、不意に両手を握られ、ぱちぱちと目を瞬かせる。


「紬、ボクのこと見つけてくれるから」


 潤んだ菫色が縋るように紬を見上げていた。

菫は春を告げるお花なんだそうです。

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