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02 捜し人、探し物

「で、実際のとこどうなの? 装置がイカれた可能性ってあんの?」


 件の高校へと行く道すがら、真緒と連れ立って歩いていた人志は暇つぶしにと彼女に声をかけた。真緒はちらりと人志の方へ視線をやった。人志よりも背の高い彼女はさらにヒールの高いブーツを履いているため、視線は自然と下の方を向く。


「ありえないね。お前は存在自体が国家機密なんだから」

「そりゃそうか」


 尋ねておいて興味のない素振りで石ころを蹴飛ばす。それは不自然なほどの長距離飛行を遂げると、壁にぶつかってようやっと止まった。


「人志、みだりに能力を使うんじゃない」

「別にいいだろ。どうせ見えてやしねぇ」


 ぱちんと指先を弾いた人志の前で、件のノートが()()()()()()()()()()()

 お説教を諦めたのか、ため息を吐いた真緒はそのノートをひったくるように取り上げる。肩にかけていたカバンにしまい込むと、流れるように人志の脇腹に拳を打ち込んだ。


 ヴッ、と身体を二つ折りにしてもだえる彼を置いてけぼりに、真緒はすたすたと歩いていく。それなりに人通りの多い道にしゃがみこんだ人志にぶつかる者は何人かいたが、気に留めるそぶりを見せる者はだれ一人としていなかった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 人志がノートを拾った南条高校はこの地域では人気の高校だ。進学校の部類に入るが部活動も盛んで、全国大会出場を告げる垂れ幕がよく下がっている。

 真緒は校門近くにいた教員の一人を捕まえると、目の前に小さな黒いデバイスを突き付けた。画面には真緒の顔写真とCとSを重ねたデザインのエンブレムが映し出されている。


「失礼、警視庁CS対策課の祢岸(ねぎし)と申します。この学校の近辺で電波の乱れが確認されましたので調査に来ました」


 教員は少し驚いた顔で真緒を見ていた。CS対策課は警察組織の中でもエリートが集まる部署として名高いのだ。


 CS――サイバースペースは世界のネットワークを統括した仮想空間だ。ここ数十年で飛躍的に向上した技術でもって、全ての電子的サービスはこのサイバースペースにて一元管理されている。

 当然膨大なデータが蓄積・処理されるこの空間は犯罪者やテロ組織にとって宝の山だ。故に管理は厳重に、かつ人数を絞って行われている。


 そんな限られた特別な人間が目の前にいるのだ。しかも、学校の調査をしたいと言っている。不安を滲ませる教員に、真緒は穏やかに笑顔を浮かべた。

 その後ろで人志はおえ、とジェスチャーをしていた。


「問題ないことはもう調査済みなのですが、念のため周辺への影響がないか調べなくてはならなくて……それで私のような若輩者が派遣されたという次第なんです」


 笑顔でそう言いながら、真緒はさりげなく肘を引く。真後ろに控えていた人志の鳩尾にそれなりの勢いで吸い込まれ、彼は声もなく崩れ落ちた。

 そんな光景が()()()()()()かのように教員はほっとした様子で校長に許可を取ってくると走っていった。


「ぽこすかぽこすか殴るんじゃねぇよ、このゴリラ女!」

「うるっさいよ、クソガキ」


 立てないのか、涙目でにらみ上げてくる人志をすげなく躱したところで、教員は校長らしき男を連れて戻ってきた。

 一言二言確認のために言葉を交わしているのを後目に、人志は何とか立ち上がると膝の土を払う。つまらなそうに頭の後ろで手を組んで唇を尖らせていた。


「ほら、行くよ」

「へーへー」


 校舎の方へと歩き出した真緒をのろのろと追う。帰路につくのであろう生徒とすれ違うと、真緒はその視線と黄色い声を一身に浴びていた。

 凛と背が高く、切れ長の瞳も相まって中性的な雰囲気を持つ彼女は、明日にでも女生徒の間で噂として飛び回ることになるのだろう。


 なんとなく面白くなくなった人志はとん、と地面を蹴った。


「おい!」


 真緒は焦った様子で手を伸ばしたが、すり抜ける。これまでとは打って変わって見上げることとなった顔は随分と高い位置に行ってしまった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 雲に繋がれた糸にぶら下がるように、逆さまになった顔が目の前にひょいと現れた。垂れ下がった髪が風に吹かれてゆらゆらと揺れている。悪戯っぽく笑う彼は、太陽を背にひどく眩しかった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 件の小説の少年のように、重力を失ってくるくると宙を舞った身体が逆さ向きで真緒と向かいあった。


「いいじゃん。見えてる奴がいるなら、この方が反応わかりやすいだろ」


 舌打ちした真緒は人志のパーカーの紐をまとめてひっつかんだ。ユニークな風船か犬の散歩を彷彿とさせる姿だが、周りの生徒たちは気にも留めていない。


「なぁ、アレ」


 不意に人志が真緒の肩を叩いた。彼女の肩にぶら下がるように体勢を変えた人志は校舎の近くの茂みを指差していた。

 一人の女子生徒がその茂みをがさがさとあさっている。規定通りの長さのスカートはしゃがみこんでいるせいで地面を擦っていた。肩の辺りで揺れる黒髪はハーフアップに結われ、白いバレッタで飾られている。


「何か探してるね」

「ね、何探してんだろーね?」


 確かめてみよっか、と楽しそうに身を乗り出す人志を押さえ、真緒はその学生の様子を観察する。

 探し物は見つからなかったのか、ため息を吐いた彼女は落胆した様子で立ち上がった。そうしてくるりと向きを変え、その場から立ち去ろうとする。


「ねぇ、そこの君」


 唐突に声をかけられ、彼女は振り返った。ぱちぱちと瞬きを繰り返す瞳は黒かと思ったが、よくよく見ると青を煮詰めたような藍色をしている。垂れ気味のそれは、見る見るうちに大きく見開かれていった。

 その反応に人志と真緒は顔を見合わせる。にぃ、と唇を吊り上げた人志は藍を見据えて口を開いた。


「なぁ」


 固まっていた彼女に近づこうと身を乗り出せば、我に返ったように飛び退かれた。確かに交差したはずの視線が、人志の奥の方へと不自然にずらされる。


「お前、オレが見えてんだろ?」


 ぷるぷると震えながら一歩、後ずさった彼女に人志は同じだけの距離を詰める。ひ、と上がり損ねた悲鳴がこぼれた。


「なぁ、主人公にしといてその反応はひどいんじゃないの?」

「え……?」


 座るような恰好で空中に固定された人志は笑いながら首を傾げる。真緒のカバンを勝手にあさり、取り出したノートを目の前に掲げて見せた。

 あっ、と小さく声が上がる。


「これ、君のノートだね?」


 人志を押しのけた真緒が問いかける。ついでにノートをひったくって差し出せば、彼女は恐る恐るといった様子で受け取った。そうしてほっとした表情を浮かべる。


「それについてちょっと聞きたいことが――」

「あ、あの!」


 核心に触れようとした真緒を遮り、彼女は真緒の手首を握った。目を丸めて彼女を見下ろせば、何か決心したように強い瞳が見上げてくる。


「お、お祓い行きましょう!」

「は?」


 間抜けな声を上げたのは、真緒だけではなかった。

主人公登場!

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