18 同棲、予定
食事を終えた人志と紬は洗い物を雄利に任せて部屋に戻っていた。人志は相変わらずベッドの上でスケッチを眺めたり、紬の書いた小説や彼女が集めた小説をぱらぱらとめくっている。
紬もスケッチの続きに取り掛かっていたが、ふと口を開いた。
「そう言えば、人志君ってどこに泊まるの?」
「お前の部屋だけど?」
「え?」
「あ?」
思わず気の抜けたような声が出たところ、何言ってんだとばかりに単音が返ってくる。続けて護衛なんだから当たり前だろ、と呆れたような声すら飛んできた。
「や、でもベッド一個しかないけど……?」
「要が着替えとか一式と一緒に折り畳み式のベッド手配したっつってた……一緒に寝ればいいじゃんっつったら真緒がキレてたな」
真緒さんグッジョブ。口をついて出そうになったのを寸でのところで飲み込んだ。流石にこの歳の男女が同じベッドで寝るのはいただけない。
同じ部屋での雑魚寝がセーフか? と問われればそれはそれで口ごもってしまいそうではあるが。
「あ、つーかもう来てんじゃん。取りに行ってくる」
端末を確認した人志がバタバタと階下に降りて行った。ぽかんと見送ってからさほど間を開けずにいくつかの浮いた段ボールを従えた人志が戻ってくる。紬は数年前の引っ越しのことを思い出して便利だなぁ、と呟いていた。
――壊れてしまったもの、証拠品として押収されたもの。それらを除いて段ボール一箱に収まってしまった。そのたった一箱だけが、あの時の紬に残された全てだった。
ぷるぷるっと頭を振って暗い考えを追い出す。変なところに引いてしまった線に消しゴムをかけていると、荷物を開けていた人志が首を傾げていた。
「何これ、カーテン?」
人志が広げていたのは厚手の大きな布だ。同じ箱に組立式の支柱も収めてある。気になった紬が箱のバーコードを読み取ってみると、どうやら部屋用の間仕切りらしい。
バーコードには要からのボイスメッセージも添付されていた。
『人志は他人と生活するの初めてだからね。デリカシーないとこあると思うから、上手く使って。後、人志も紬ちゃんが嫌っていうことは見たりしたりしないようにね』
ぷつりと音声が途切れると同時に人志が紬の方を見やる。えぇと、と。時間稼ぎのように呟いて、組立方法を確認した。
「着替えとか、そう言うのはちょっと見られたくないから……ベッドの間に立てようか」
「ん」
思ったより素直に頷いた人志は紬の手元を覗き込んだ。手分けして間仕切りを組立て、ついでに折り畳み式のベッドも広げればそれなりに広い部屋でもやや手狭になる。
「明日は人志君の方は予定とかないの?」
「ねぇよ。お前にくっついてるだけ……あぁ、呼び出しあったら行かなきゃだけど」
そっか、と答えた紬も明日は特に予定はない。提出間近の課題もないし、試験はまだまだ先だ。バグのスケッチも丸一日かかるようなことはないだろう。
いつもなら小説のアイデア出しも兼ねて遠出したり散歩に行ったりするのだが、あんまり出歩くのはよくないだろうか。悶々と考え込んでいると、不意に声がかかる。
「紬は?」
「え?」
「学校って土日は休みなんだろ? ずっと家にいんの?」
人志のもの言いに僅かに違和感を抱く。が、直ぐに彼は学校に通ったことがないのだとそんな考えが浮かんだ。好奇心に近いものがその灰色の目に浮かんでいるのに気付いて、少し微笑ましい気分になる。
「スケッチも午前中には終わりそうだし、午後は出かけようと思ってるよ……あ、でも護衛の負担になったりするなら――」
「オレ強いからよゆー」
不安を即座につぶされ、紬はくすりと笑う。笑われていることに気付いた人志はむすりと頬を膨らませた。
「人志君はお休みの時は何してるの?」
「……この辺りのビルとかはよくうろうろしてっけど」
彼のことを元気な幽霊と勘違いしていたことが頭をよぎった。最初はパルクールをしているのかと思ったのだが、彼が転落防止の金網を垂直ジャンプで超えた時にその考えは蒸発したものだ。
「じゃあ、明日は隣町行ってみる? 私も久しぶりに源さんの本屋さん行きたいからさ」
「本屋……って紙のか?」
人志が驚くのも無理はない。現在では小説、絵本、教科書すら電子書籍化され端末一つで読めるのだ。保存に場所を取り、経年劣化していく紙の本は現在ではほとんど需要がない。
かと言って全く売れていない訳ではないらしく、その本屋には中学の頃からお世話になっているが未だに健在している。紬のような数少ない趣味人が贔屓にしているのだろう。
「面白そうだな……この辺のもそこで買ったの?」
「そうだよ。鉛筆とかノートも売ってるからよく行くの」
へぇ、と言いながら人志は持っていた小説をぱらぱらとまくる。感触が面白いと気に入っている様子だった。
「結構古い本ばっかりでね。電子書籍とは微妙に表現違ったりして面白いよ。同じ本でも出版時期によって違うこともあるし……遊び紙とか、ハードカバーとか、紙特有の文化みたいなのもあるんだよ」
これとこれとか中身は一緒だけど装丁が全然違うんだよ、と。紬は二冊の本を並べている。なんだか饒舌だな、と思いながら人志はふんふんと話を聞いていた。促されるまま表紙を触ってみれば、片方はなんだかつるつるしたカバーで覆われておりもう片方は随分分厚く硬質でざらざらしていた。
「紙ってこんな色々種類あるんだな……知らなかった」
人志は感慨深くそう呟いた。これから先、紙の需要が増えることはないのだろう。現状でも和紙などの手漉きの技術は失われつつある。現役の職人が亡くなればそれまで、という工房もそう少なくはない。
遠い昔には自由研究で牛乳パックから手漉きのはがきを作る子供もいたのだそうだ。今となっては信じられないような話である。
そんな訳で人志にとっては必要のない知識だったのだ。これから先も役に立つ場面はほとんどないと言える――それでも。
「明日楽しみになってきたな……早くスケッチ終わらせよ」
わくわくと手を動かす紬と同じように楽しめたら。きっと面白いのだろう、とそう思ったのだ。
私はコミックは電子書籍で、小説は紙がなんとなく読みやすく感じます。




