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深刻なバグが発生しました。  作者: 四片紫莉
第四章

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100 羽音、貧血

 竜弥の腕の中を堪能するように目を閉じる。彼女に触れてくる者は少ない。竜弥は時折ためらいこそ見せるが、それが有象無象とは異なる理由であることは彼女が一番よくわかっていた。

 いつの間にか、震えが止まっている。


「あの音、ノイズとはちょっと違う感じがするの。ブーンって感じなんだけど、ざらざらした感じはなくって……」


 自分が得た情報を拙くも一生懸命に伝えようとする美姫。竜弥は彼女を腕の中に収めたまま、考えを巡らせる。


「音割れはしてないってことですか?」


 くるりと竜弥に向き直った幼い顔が勢いよく縦に振られた。


「そう! 大きくなったり小さくなったりはしてるのだけれど……何て言ったらいいのかしら? ぶんぶんいってて少し怖いの」

「ぶんぶん……」


 幼い語彙を繰り返す。ふと竜弥は自分が幼稚園児の頃を思い出していた。そんな歌い出しの有名な童謡があったのだ。


「虫の羽音か?」


 思いついたまま口に出してみたが、美姫は首を傾げてしまう。違ったのかと空振りを恥じる暇もなくきょとんとした顔の少女が口を開く。


「虫さんってあんな音がするの?」


 あまりにも純粋な疑問に、竜弥は気取られぬように息を呑んだ。生育環境のことはわかっていても、この歪さを見ると何とも言えない気持ちになる。

 美姫はその能力が貴重な上に戦闘には不向きということで、外に出ることはほとんどない。精々持ち出しが困難なサイズの証拠品の元へと足を運ぶ程度のものだ。それも建物から建物へ、その間も車に乗っての移動となるため虫と接する機会など全くないのだ。一応知識としてそういった生き物がいることは知っているのだが、実物は見たことがなかったのである。


「あー、えっと……マダラ、蜂の羽音を再生してくれ」


 端末のなかでこくりと頷いた蜥蜴が画面外から虫かごを引っ張り込んでくる。ぺちりと小さな手が虫かごを叩けば、思わず首を竦めたくなるような羽音が鳴りだした。ひゅっと美姫が息を呑む。


「そう、これよ! こんな感じだったわ」


 竜弥はすぐさま画面をタップして音を止めた。言語化が出来てすっきりしたのか、美姫はどこか楽しそうだ。そうした仕草は、幼い少女のものなのだ。


「虫の音とバグに何の関係が……?」

「頭の中で聞こえてくる、それに段々大きくなってくると言っていましたが……何か特別な周波数なんでしょうか?」

「しかし、ノイズとは違うとのことですし……」


 思い思いに見解が並べられていく。美姫が伝えられたとて、大人がその意味を汲み取れなければ結局意味はないのだ。

 ざわめく大人たちを他所に、美姫は一仕事終えたとばかりに竜弥の胸板をペタペタと触りだした。


「竜弥はきたえてるのね。でもシロのがおっきいわ」

「あー……まぁ、身長からして違いますからね」


 ()()によればシロこと立見司狼にはフランス人の遺伝子が混じっている。そもそも、優秀であるようにと操作された存在なのだから当たり前と言えば当たり前なのだろう。

 竜弥はそっと美姫を見下ろした。十歳の子どもと言うのはこんなに小さいものだっただろうか。片手で掴めそうな頭、華奢な肩、たよりないほどに細い手足。ふと思い立って竜弥は彼女の頬に指先で触れた。驚いたのか、丸い桃色の瞳が見上げてくる。


「っ冷たい、ですね」


 よくよく見れば頬に赤みはなく、それどころか青白くすら見える。失礼、と雑に断りだけを入れて了承も取らないままに手首の内側に指を置く。とくとくと感じる脈は随分と早い。

 

「美姫、サンの具合が悪そうなので、戻ります。何かあればオ、私の方へご連絡をお願いします」


 つっかえつつも一息にそう言うと勢いよく立ち上がる。ぐんっと一気に高くなった視界に美姫が一瞬目を白黒させていた。竜弥は美姫を自分の片腕に座らせるようにして抱え上げていた。ぷらん、と編み上げリボンの靴を履いた足が宙に揺れる。


「では」


 職員たちが二の句を継げない内に短くそう言うと、小走りでドアへ向かう。引き留める声が聞こえた気がしたが無視して自分の端末をパネルへとかざした。薄く開き始めた扉に身体を捩じ込むようにして外に出ると、更に足を速めて地下へと向かう。


「竜弥?」


 途中で我に返った美姫がそっと名を呼ぶ。彼は少しだけスピードを緩めつつ、美姫に振動が響かないようにと反対の腕を彼女の背中に回してしっかりと支えた。


「身体が冷たくて脈が速い……顔色も悪いですし、多分貧血です。祇式先生に診てもらいましょう」

「あらぁ」


 わかっているのかいないのか、微妙な反応を見せる美姫。疑問に思いつつもエレベーターに乗り込んでボタンを連打する。

 静かに降下し出した箱の中、竜弥は美姫を抱え直して、視線を合わせる。


「……能力を使った後はいつもこうなのですか?」

「んー……そうね、ちょっと寒くなってふわふわするのよ」


 小さな手が確かめるように自身の頬を包む。むいむいとマッサージするように動かすと、ほわりと小さく息を漏らしていた。


「御部さんとか祇式先生に相談とかは……?」

「……放っておけば治まるもの」


 そう言った桃色の目がぷいとあらぬ方向へ向いてしまう。体調不良は彼女にとって恥ずかしいことなのだろうか、とそんなことを考えている内にエレベーターが止まる。薄暗い廊下を突き進み、パネルを操作して扉を開いた。


「おかえりー、早いね……どうかした?」


 要が扉に向かって視線と声を向ける。竜弥の腕の中にちょこんと納まっている美姫に少しだけ頬が緩んでいた。


「美姫、サンが貧血っぽくて……祇式先生って今おられますか?」


 要が表情を変える。直ぐに呼ぶよ、とそう言って端末をいじり、数分と経たない内に鷹彦が到着した。美姫をソファに横たえていると、他のメンバーも何だ何だと集まって来る。が、鷹彦が手を振って追い払ったので竜弥と要以外は遠巻きに様子を窺っていた。

 視線が集まる中、鷹彦は竜弥がやったように脈を取り、下瞼をそっとめくる。予想していた通り、粘膜の色は白っぽかった。


「うん。宮杜君の言う通り貧血だな……この間出した薬は飲んでいないのか?」


 むい、と小さな唇が尖った。察したらしい鷹彦が溜息を吐く。だって、と美姫がすねたような声を出した。


「あれ、変な味だし可愛くないんだもの」

「まぁ、鉄分補給用の薬だからな……君はまだ小さいし、なるべく食事で補うように努めたいんだが」


 どうやら美姫の体質には医者である鷹彦も頭を悩ませていたらしい。美姫はいやいやとクッションに顔を埋めている。

 竜弥は鉄分豊富な食材を頭に思い浮かべていた。ぱっと思いつくのはレバーやホウレン草だ。この辺りのラインナップは確かに可愛くもお姫様らしくもない。


 考え込む横顔を、要が観察していることに竜弥はついぞ気が付けなかった。


――翌日、美姫は夢の中に漂ってきた甘い香りに目を覚ました。寝ぼけ眼を擦りながら、ベッドから出る。もぞもぞと着替えを終えると、ノックの音が聞こえてきた。


「美姫様、おはようございます」

「……あら、おはよう。入っていいわよ」


 美姫が声をかけると空気の抜ける音がして扉が開いた。案の定そこにいたのは竜弥だった。片手に恐らく朝食らしきトレーを持っている。


「朝食をお持ちしました」


 竜弥はテーブルにトレーを置くと、椅子を引いた。美姫は座った途端、目を輝かせる。


「今日はいつもと違うのね、かわいいわ!」


 感激したように両手を合わせ、笑顔を咲かせている。朝食の内容自体はいつもの栄養が考えられた支給の弁当なのだが、竜弥は盛り付けを替えたのだ。


 白く丸いプレートにはパンケーキとポーチドエッグ、少量のサラダがバランスよく盛りつけられている。同色のカップに琥珀色のスープ、同じく小さなボウルに果物の入ったヨーグルト。

 トレーの方にも薄桃色のレースが引かれている。傍らには銀色のカトラリーが行儀よく並べて置かれていた。

祝・100話!


閲覧ありがとうございます。

更新のたびに読みに来てくださってる方がいることが励みになっています。

これからもよろしくお願いします。

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