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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【第五回】地の文コンテスト 〜すき焼きが食べたい〜

【すき焼きが食べたい】狩人学校のとある夜

作者: けつ曜日

2,00x年、突如現れた怪人たちは一般人を襲い、その数を増やしていった。


この未経験の大混乱に対応すべく、政府は研究所という研究所と連携し、遂にはとある「対抗物質」を発見した。


そして、その物質を注射して「超人化」させた若者たちに怪人討伐を半強制的に命じることで、『一般人の安全な生活』は安定された。


同時に、毎年全国から学校単位なら6〜7校、人数なら約780名の中学3年生が「超人」になって、命を散らしていくのだった。


ボクらは一般人からハンター、つまり超人にさせられた後は一人前のハンターとして戦えるように、半年間地獄の訓練・学習を乗り越えないといけない。また、素質がない生徒は『強制退学』させられる。

その日常に、警察学校に似ているという先生もいたけど、何点か大きな違いがある。

数えるとキリがないが、そのうちの一つは地方ごとに一校が無作為に選ばれること。別のものは卒業まで家族との連絡は一切取れないこと。

それらよりも大きな警察学校との違いとは_


ボクらは_無駄なことを知ったのだ_一般人にとって、_ボクらは_。



「ねえ」

声をかけたのは、幼稚園からの同級生、鈴音愛弓すずねあゆみだった。

「どうかした? 今更怖くなった?」

「かもね」

勉強は苦手だが、いつも明るく振る舞う小柄な少女が今日は少し憂鬱そうに見えた。いや、憂鬱ってレベルじゃ無いはずだ。ボクに見せる笑顔もポーカーフェイスに違いない。でもストレス耐性では彼女の方が上。ボクなんてこの1ヶ月、微笑み一つすら浮かばなかった。


「誰にだって、恐怖を感じる瞬間くらい、あるよ。怖いなら、やめたっていい」

純粋な彼女に放つには残酷すぎた。「やめる」という選択肢。それは、政府にとっても家族にとっても非常に不利であるものだった。

訓練開始から2ヶ月しか経っていないのに、耐えきれなくなりトイレの個室で首をぶら下げた浅木あさぎまつりの家族がどうなったのかは新聞の記事になったくらいだ。

「でも、やらなくちゃ、ね」

「そうか」

作り笑いをする幼なじみへの励ましの言葉が思いつかなかった。

もう受け入れるしか無い。戦って、守って、そして、平和を脅かす前に_。

それがボクらの運命で、名誉となるのだ。



再び愛弓が呟く。

「ねえ、もし過去に戻ってやり直せるとしたら、君はどうしたい?」

「過去に ......? 」

「そ、過去に。いろいろあるじゃん? あの時ああしといたらなあとか、そういうの」


過去_ね_。うん。いろいろあるよ。

小学校最後の組み立て体操の練習で、もっと言葉を考えて選んでいたらあの女の子は不登校にならなかったんだろうな、という小さな後悔。


勉強を怠らずに毎日数学を復習していたら、中学受験に勝っていた。そして公立のこの学校でこんな悲劇に遭わなかったのに、という後悔。


3回目の現場実習の日、「助けてくれ」と泣き叫びながら、目玉をくり抜かれた侑斗ゆうとがこちらに走ってくる光景が今も脳裏に浮かぶ。触れたら死ぬことも無視して彼を抱きしめていたら。


そんなのに比べたらまだマシだけど、君に本音打ち明けられなかったのも辛かったな。

同じく幼稚園からの知人で、学年トップの佐々木うららがレズビアンだったことを知る前に。

気付いてないかもしれないけど、君ら本当に幸せになれるはずだったんだろうね。

勝手に失恋したと判断するボクも変だけどさ。


「そだね。ボクにもいろいろある」

「ウチもさ、もうちょっと遊んでたらよかったなーとか、親孝行してあげればよかったなーとか」

「結構遊んでたけどね」


そう言いながら、自分もカラオケやボーリング、コンビニアイスを片手に古びた遊具だらけの公園で駄弁ってばっかだった。それ以外は部活と宿題しかなかった。

君や侑斗らと行ったカラオケは最高だった。ボクら男子は有名なポップスを替え歌してふざけて、うららは洋楽のラブソングを二曲ぐらい歌っていた。毎回違う曲を歌うみんなに対して君は、いっつも同じ曲を歌っていたね。

「明日も前に」は君の十八番。みんなうんざりして聴いていたけど、ボクにとってはいつも新鮮で初めての曲だった。多分君の番無しのカラオケはボクのカラオケじゃなかったのかな。

そうそう、そのカラオケスタンドの二つ隣のお好み焼き屋で、具の焼きそばにソースを追加して食べたときの味もいい思い出だ。


「それはそうだけど、もー調子狂うな。まあそんなわけで、ちょっと気になっただけ。いろいろ後悔したことはあるけど、それでも今の自分をちゃんと褒めてあげたいし」

そう言って、鍬並みに大きかろう黄土色の金槌を撫でる。目印としてのみステッカーの使用が許されており、愛弓のも柄の辺りに人気キャラのシールが2枚貼られている。だが武器は武器。柄にも頭にも口にも赤黒いものや深緑の古い血がこびりついている。

「愛弓らしいな」

無残な行為はやりたくない。でもそれが生きる為の残された手段。愛弓ももう分かっているようだ。

「はい、この話おしまい。それじゃあ」

そう言って明日の『卒業前』の最終試験に備えて寝室へと向かった愛弓の右腕を捕まえ、こう言ったのだった。



「ボクは、ボクはすき焼きが食べたいな」

目を丸くした。その顔を見るのも明日が最後になる可能性は高い。

「ん、どうかした? というかなしてすき焼き?」

「いや、過去に戻って何がしたいかって。ボクはすき焼きが食べたい。君と一緒にハフハフ言いながらすき焼きが食べたいなって。脂がのった肉をとろっとろの卵に絡めて食べるの。とってもあまじょっぱくておいしいのを、一緒に食べておいしいねっていうんだ」


ここまで言い切って、今日を自分の口の軽さを人生で一番呪った日にしてしまった。


ほんの数秒だった。息が出来ない。


自分だって『彼ら』と同じことをしているではないか。


5分しか時間が無い食事に疲れ、気晴らしに愛弓とおいしい物を食べたかっただけだ。

なのに急に吐き気が込み上げてきた。


すき焼きのお肉。卵。

それらを作った生き物は、最初からそのためだけに生かされ、そのために殺される。

彼らの儚く美しき宝は、欲深く自己中心なボクらには一つの道具でしかない。

しかしハンターは人間でありながら、人間の家畜である。



尊敬していた先生が、痙攣を起こしたあの教室。

「絶対彼に近づくな」と怒鳴った先輩ハンター。

血飛沫と弾丸、そして胃液が先生を壊した、季節外れの通り雨の夕方。

「お前らもいつかはこうなる」と冷たく放った担任。


あの日をきっかけに、ボクらに幸福になる権利は無いと誰もが悟った。

それでも運命を受け入れて、日々己を磨く人。

寝る間を惜しんででも生き延びる手段を探す人。

ああ。

卒業後の希望をあっけなく壊されて、絶望のあまり感情を無くしてしまった人。

教師の代わりに問題児を事故に見せかけてふるい落とす人。

ああ。

慣れたはずの血の生臭さ、飛び散った女子たちの脳漿や内臓の破片に気を失いかけた第二理科室。

ああ。

鬼より慈悲がないんじゃないかと思うくらい厳しかった、哀れな先生方。

ああ。

素質の無いものは退学_処分され、有るものは『期限切れ』まで利用される。

ああ。

母さん。父さん。



「......いいね、それ」

愛弓の反応で我に返った。こんな事実について考えている場合じゃない。

具合が悪いのを隠して続けた。

「デザートはゆずと抹茶のアイス。口の中ちょっとやけどしたところにしみるんだ。そして、そしてさ」


_〆は店を出て家に帰るために別れるあの公園の前で、君にキスをしたい。

この一文の「し」さえも出ず、愛弓に遮られた。

「うん、うん。わかるよ、それ」

少し声が震えていると思うと、愛弓の目が潤んでいた。

「そんなこと、してみたかったなあ」

最後の方は鼻声だった。力の無い声には相応しくない思いが、彼女の頬を伝った。

溢れる感情が激しくなり、しゃくり上げ始めたのにも動じないふりをするのがやっとだった。


二、三分後、ひとまず落ち着いた愛弓は穏やかな口調で言葉を発した。

「......なんかごめんね、あとありがと。そう言ってくれて」

消灯まであと10分。もうそろそろ歯磨きしないと。洗面所に向かおうとしたら、

背中に柔らかく、でも弾力のあるものが触れた。胴囲には細い腕。

自分のものではない汗の匂いがする。

「 愛弓!」

「あはは、そんじゃあねー。さよなら」

そう言い終えるが先か、恋人は寝る支度に取り掛かった。


さて、生きても死んでも明日が最後。万全の状態で戦うためにもう寝ないと。洗面台に着くまでに聞こえたのは、愛弓が寝室のドアを開閉する音だけだった。




時計は23時を指そうと動く。

3つある二段ベッドで、2つが空っぽなのにももう慣れた。

唯一使用されているベッドの上、同じ養護施設に暮らす、いや暮らしていた、の方が正しいのかもしれない。うららが一枚の紙を落としてきた。


そこに書かれた内容は見るまでもない。

必ず、みんなで生きようね。

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