第三話 パイロンとサラ
全四話の話です。3/4
「師匠!! 良かった。やっぱりここにいた!」
「何だ小僧! ここはお前みたいな子供が来る場所じゃないぞ」
ランプによる逆光のシルエットが入口付近に躍り出る。詳細は分からないが、短く切り揃えられた髪と活動的な格好。まるで少年のような姿。
「小僧じゃない! サラです! それに来年で十六です。もう充分に大人ですから」
「十五でどこが大人だ」
「悪い。ダンテ。俺のツレだ。一杯奢るから許してくれ」
「まあお前がそう言うなら俺は良いんだが……」
だがその声を俺は知っている。声の主は少年ではなく少女。年頃であるというのに髪を伸ばさないし、着飾ったりする事に興味を持たないからか、良く少年に間違えられてこのやり取りをする。今年に入って何度目だろうとつい余計な事を考えてしまっていた。
「飯炊き! 良いからコッチ来てここに座れ! 他の客に迷惑掛けるな!」
いつもはサラの迎えで宿に帰っていたが、もうそこに俺の場所は無い。サラの顔を見るのもこれで最後だと思い、バーテンにウィズアウトキックのカクテルを頼んで気紛れに隣の席に誘った。入口に立ったままだと他の客への迷惑になるというのもある。
「はーい」
結構強い口調で言ったと思ったのだが、間延びした返事で嬉しそうに俺の隣へとやって来る。もしかしたら、こういう店で一度飲んでみたかったのかもしれない。
安酒しか飲めないボロい店だから女の子には不似合いだと思っていたが、違ったのかもな。
「アイツは元チームの飯炊きでな。以前遠征に行った時、モンスターの被害に遭った村に立ち寄ったんだが、全滅していて……」
「それで生き残りを拾ってきたのか?」
「まあそんな所だ。以来、飯炊き兼荷物持ちをさせている。アイツは俺とは違ってチームでも上手くやっているので、クビにはなっていないと思う」
呆気にとられているダンテに軽く彼女の紹介をしておいた。
平たく言えばサラは戦災孤児のようなものだ。本来なら町まで連れて行き、施設に預かってもらえば良い。しかし、親を亡くし兄弟を亡くし友達を亡くした彼女がそれで簡単には立ち直れない事は目に見えて分かっている。俺自身が早い時期に親を亡くしたからその辺は経験済みだった。
こういう時にベターなのは忙しく日々を送る事。勿論、彼女自身の不安や悩みを取り除けるならそれに越した事はない。だが、そんな器用な事は俺にできない以上、まだマシな選択となるのが「何も考えられないくらい」の状況にする事だと思った。そこでラルフに言ってサラを雇う。現実問題として、荷物持ちや飯炊きがチームに必要だったというのも大きかったが。
俺達の稼業ではこういう話は身近にありふれている。だが、それを何とも思わないダンテではない。チームのリーダーだけあって情を持っている。サラを見る目が変ったのが分かった。
「師匠、心配したんですよ。部屋に行ったらもぬけの殻で、他の人に聞いても『知らない』としか言わないから……」
「ああ、昨日クビにされた。荷物も大した物は無いから、今日荷造りして出て行ったな」
そんな事はお構い無しに席に付いたサラが一口カクテルを飲み、一気に捲くし立てる。喉が渇いていたのか酒だというのに一切の躊躇がない。
「……やっぱり。あっ、師匠。私こういう店で初めてお酒飲みましたが、全然大丈夫ですよ」
「いや……それ、酒精は無い。それと俺はクビになったから、もう師匠は止めてくれ」
この場には似合わないにこやかな笑顔でいつもの大人アピールをしてきたので、残酷な現実を教えておく。酒の味を知らない人間は加減を知らないから、この判断は間違ってなかったろう。
一瞬驚愕の表情となるが、この辺もいつも通りと言うか、すぐさま、
「私にとっては師匠は師匠ですから。それに師匠がお腹を空かした私にご飯をくれた時に言いましたよ。『ご恩はいつか返します』って。なのに師匠は仕事もくれたし、体術とか色々と教えてくれたじゃないですか。まだ私は何も返せてないんですよ」
こうして反撃がやってくる。人の話を聞かないというか、意思が強いというか、本当に相変わらずだ。これでは最後の別れだというのにしんみりとした雰囲気にさえなりそうもなかった。
「気にするな。単なる気紛れだ」
「いいえ。そうはいきません。……分かりました。今度は私が師匠に恩を返す番です。付いていきます。この一年間で多少の蓄えもできましたから安心して下さい。生活には困りませんよ」
「何言ってんだサラ。どうしてそうなる」
今言った言葉は物凄く重要な内容の筈だ。なのに、考える間も無く簡単にそれを口にする。しかも表情は真剣そのもの。嘘や冗談で言っているようには聞こえなかった。
「ガッハッハッ! 良かったじゃねぇかパイロン。このお嬢ちゃんがお前の面倒を見てくれるってんだから。よお嬢ちゃん。コイツの事、よろしく頼まあ」
「サラです。でも、はい。頼まれました。師匠の事は私が一生面倒見ます」
当然のように話に入って、重大な決断をさも既成事実にするかのようにダンテが纏めようとする。それに返事をするサラもサラだ。にこやかに至極当然とばかりにダンテの言葉を受けていた。
…………このやり取りの中に俺の意思は全く反映されていない。
ただ……何故だろう。昨日同じく俺の意思を無視した話をされた時と違って、今は同じ事をされている筈なのに不快感を感じる事はない。むしろ「こういうのもアリかな」と思ってしまう。つい口から笑いが零れてしまっていた。
「ああ、もう。後悔するなよ。お前等二人とも馬鹿じゃないのか」
「一番の馬鹿はお前じゃねぇか」
「そうですよ。馬鹿な師匠には私がいないとすぐ駄目になってしまいます」
「お、お前等なぁ……」
本当にコイツ等二人は俺の言う事を一切聞こうともしない。けれども俺の門出を祝ってくれる。酒代は全て俺の財布から出す羽目になったが、それでもお釣りが来るほどの楽しい酒が飲めた。こんな美味い酒は久々だ。
「そう言えば……」と飲んでいる最中にダンテがとても素敵な爆弾発言を提供してくれる。
「ああ、お前に言い忘れていた。ラルフな、アイツ酒場の女に入れあげているって話だぞ。そこは会員制の所だから一回で物凄い金額を請求されるんじゃないか?」
幾ら俺達がヤクザな冒険者稼業をしていたとしても、中堅クラスになればそれなりの蓄えができる。生活に余裕はあるので無理に急いで仕事を回す必要は無い。例え胡散臭くても依頼を取る事に拘っていたのには理由があったというオチだった。
「マジか……」