第二話 パイロンとダンテ
全四話の話です。2/4
「で? 結局これからどうするんだ?」
安酒を飲ませてくれる路地裏のパブで今後の事を考えていると、俺が座っているカウンター席の隣に髭面の巨漢が入り込んできた。
「オイ! 俺にもコイツが飲んでるのを一つ」
「かしこまりました」
そう言いながら、キンキンに冷やしたジョッキに樽から安酒を注ぎ入れる。
「お待たせしました」
「おう。ありがとよ」
まずは一口とばかりにジョッキに口を付け、ゴクリと喉越しで味わう。
「……というかパイロン、よくこんな酒精で満足できるな」
「ウルセェ」
いきなりな御挨拶である。
「それよりも聞いたぞ。チームをクビになったんだってな。どうだ。俺達のチームに来るか?」
「お誘いは嬉しいんだがな……止めておくよ。それよりも俺とアンタがこうして一緒に酒を飲んでいるのはマズくないか?」
「何だ。そんな事を気にしてるのか? 一部にはお前の事を気に入らないのはいるが、俺のチームは大体お前の事『根性ある奴だ』って言ってるぞ。それよりも火、持ってるか?」
「ああ」
丁度俺も吸うつもりだったので、マッチに火を点けダンテの咥えているタバコへと近付ける。その後は自分のタバコへ。一息吸って、同じタイミングで煙を吐き出していた。
そう。コイツはダンテである。普段俺が何かと反目しているチーム風林火山のリーダーだ。いがみ合っている仲なのにこうして安酒を一緒に飲むのは少し理由があった。
「まあ、お前もチームをクビになったんだ。気にするな。それにしても本当にいがみ合っているなら、全員に動員掛けて追い込みをするだけなのが分からないかねぇ」
溜息を吐くように白い煙が宙に漂う。要は俺達のいがみ合いは単なるパフォーマンスであった。
「その通りだな。アンタ等は武闘派だからメンツに拘るからな。それなのに手を出さない、もしくは手を出せない。アンタのチームと真正面から張り合ってるんだから、他のチームから一目置かれるとか考えないんだろうな。やり方次第だが、包囲網組んで風林火山をこの町から追い出す事もできた筈だぞ」
「何だ愚痴か? それにしても恐ろしい事を言うな。アイツにそれは無理だな。そういや、ウチの跳ねっ返りが随分世話になってたらしいな。時々タイマンで伸してたと聞いたぞ」
「まあな。これくらいならお安い御用さ。アイツ等も少しは丸くなっただろう」
種明かしをすると俺達は裏取引をしていた。
組織が大きくなるという事はその分統制が取れなくなってくる事も意味する。そうなると言う事を聞かない奴が出てくるのは良くある話だ。実はコイツ自身もそういう奴等に頭を悩ませており、以前からどうにかしたいと考えていた。
そこで俺という分かり易い標的を作る。そうすると、俺はそんな奴等と喧嘩となる。当然勝つ。跳ねっ返りは身の程を知り大人しくなる、という寸法だ。
さすがに俺も大人数で囲まれたり闇討ちされたりするとどうにもならないが、そこら辺は事情を知る風林火山の幹部が上手く段取りをしてくれていた。個人同士の喧嘩なら後の処理も大事になる事はない。自慢じゃないが、一対一のタイマンなら相当な実力者以外には負けない自信はある。
俺が元いたチームは所詮中堅止まりだ。これくらいのチームなら町にはゴロゴロいる。その中から抜きん出るには何かが必要となる。そこで選んだのがチーム風林火山と対抗して名を売り、存在感を増す事であった。当たり前の話だが、突出した何かを持たない限り、名を売るというのは意外に難しかったりする。
お互いがお互いを利用しあう。俺とダンテはそんな関係である。この事を知っているのは数名。俺もチームメンバーには誰一人として言っていない。本当はこの事をチームに話しても良かったのだが、メンバーは腹芸の一つもできない奴等ばかりなので、町の連中に茶番がバレるのを恐れて黙っていた。
所詮、冒険者稼業というのは公平ではない。実力が正当に評価される事なんてまずない。舐められたら終わりの世界。まあ、俺の場合はチーム内から舐められた形だが。
「確かにな。ただ、お前のお陰で『チーム風林火山は大人しくなった』なんて言われて依頼の報酬を渋った奴が出てきたぞ。まあ、俺達はやられたら百倍にして返すから、最終的には追加報酬まで貰ったけどな。俺達みたいなのに依頼を持ってくる連中は海千山千ばかりだから、ちょっと気を抜くとこういうのがすぐ出てくる」
ジョッキに口を付けガハハと笑う。仕事の契約は少しでも良い報酬、良い条件を得ようとするなら戦いとなるのは言うまでもない。
金を出す方は基本少しでも安くしたい。これが分からない奴等は意外と多い。「自分ほどの実力があれば報酬は高額になって当たり前」と勘違いする。
普通に考えれば、高値になっても依頼を受けて欲しいというのは何らかの事情がある。そうした事を考慮せず、「町で有名なラルフさんのチームに是非受けて頂きたいんです」というリップサービスをアイツはずっと真に受けてきた。
「そういう分かりやすいのなら良かったんだがな。ウチのは巧妙に仕掛けてくるのが多かった」
「俺の所はそういうのに強いメンバーがいるからな。後ろで俺が得物を振り回していれば大抵は何とかなる。どうしても駄目な場合は向こうが先に手を引く」
前にラルフと口論になったのもこの類だ。おだてに弱いものだからすぐ舐められて、騙しのような依頼を持ってくるのが多かった。その都度俺が喧嘩腰で相手していたが、それがアイツにとっては邪魔で仕方なかったんだろう。
「……まあ、俺ならそんな胡散臭い依頼を受けるくらいなら、まだギルドの下請けやってる方がマシだな」
「アイツ等か。仕事を回してくるのは良いんだが、しっかりと自分達の利益だけは確保しやがるからな。お陰で大した金にならねぇ」
「そんな事言いながらチームの新人にはギルドの仕事させてるじゃないか」
「新人にはまず現実を教えてやらないとな。多少腕がある程度で食っていける程この業界は甘くないと体で分からせてやらないと勘違いする。そういやラルフは殆ど下請けしてないんじゃないか?」
「俺がいたからな。アンタの所のアランは昔馴染みだ。ソイツから裏で仕事を回してもらっていた」
俺達が中堅ながらも頭一つ出ていたのはこういった理由もあった。このアランはさっきダンテが言った交渉事に強い人間で、仕事を取ってくるのが上手い。そのお零れを貰っていた形だ。例えお零れとは言え、駆け出しの頃の俺達には破格の仕事で随分と助けてもらっていた。
ダンテが言うように冒険者稼業、特に駆け出しの頃はそう簡単に生活は成り立たない。現実は厳しいものだ。風林火山はチームが回りのサポートをするので何とかなっているが、そうではない奴等は駆け出しから抜け出す事自体が困難である。
「アランか。俺にお前の話を持ってきたのもアイツだったな。友達想いじゃないか」
「……意外だ。怒ったりしないんだな。さっき『現実を教えてやらないとな』とか言ってたのと大違いだぞ」
「当たり前だろ。良い奴じゃないか。大事にしろよ。まあ、お前がラルフみたいな馬鹿なら違ったが、そうじゃないだろ」
「アンタがラルフをそう見てたとは思わなかった。まあでも……ありがとな」
「うん? これでも俺は人を見る眼はある方だと思うんだがな。お前もそうじゃないのか」
武闘派チームを率いるリーダーともなれば、世間一般からすれば悪魔のように思われているだろう。だがダンテはそうではない。情に厚い親分肌で人の見る目もある。しかも、部下に仕事を任せられる。実際にこうして話をすると違う意味で凄い人物なのだと何度も思った。
こんな奴から認められるというのはとても幸せな事だ。惜しむらくは同じチームのメンバーからも同じように認められていればクビにされる事もなかったのだろう。
けれども、
「もうその辺は終わった事だ。そう言えば質問に答えてなかったな。これからは……古巣にでも戻るさ」
「拳闘か?」
「そうだな。前のボスに頭下げて一からやり直すさ。拳闘が嫌になってコッチに来たんじゃなく、勝てなくなって悩んでた時にアイツの勧誘に乗っただけだからな」
いつまでも済んだ事ばかりを考えていられない。まずは今後の身の振り方を決める必要があった。
幸いと言えば良いのか、俺は特殊な経歴の持ち主だ。冒険者稼業をする前は拳闘をしていた。二年前までの話である。
最初はダンテの誘いにも惹かれたが、まだ拳闘の世界に未練が残っていたので最後にもう一度だけ挑戦しようと思っていた。役に立つかどうかは分からないが秘策を手に入れる事ができたというのも大きい。
二年もあれば拳闘の事は忘れるかと思っていたが、離れてみて初めて自分がこの世界を好きなのだと思い知る。
「そういやお前、拳闘の世界では騒がれていたらしいじゃねぇか」
「昔の話だ。一度怪我してからは見る影もなくなったけどな」
あの時は本当にひどかった。格下と思っていた奴にもあっけなく負ける。俺は本当は弱いんじゃないかと思っていた時期である。そんな時に声を掛けてくれたラルフ。しばらく拳闘の世界から距離を置こうと考えていたので、とてもありがたかった。お陰で道を踏み外さずに済んだ。そういう意味では今も感謝している。
だが、結果から見ると……もう少し力を抜いていた方が良かったのかもしれない。
そんな風に煙を吹かしながらつらつらと考えていると突然大きな音を立て店の扉が開いた。