第一話 パイロンとラルフ
全四話の話です。1/4
ランプから零れる明かりが周囲を暖かくさせようとしている中、その男は抑揚のない声で冷たく言い放った。
「パイロン、もう私達はお前と一緒にやっていくのは無理だ。今日限りでチームを抜けてもらう」
ついに来たか。以前から皆の態度のよそよそしさには気付いていた。それに俺を除け者にして何度も集まって話し合っていた事も知っていた。何となく「こうなるのではないか」と以前から思っていたが、今日それが現実のものとなる。
「今更俺が何を言った所で、それは変わらないんだろう? なら、俺の何が悪かったか教えてくれるか?」
分かっていたとは言え、実際にそれを目の当たりにしても感情が何も動かないという図太さを俺は持ち合わせていなかったようだ。
手持ち無沙汰な右手に役割を与えるべく、懐から安物の紙巻タバコを取り出し口に咥える。合わせて取り出したマッチを床にこすり付けて火を点けた。
フー。
沈黙が続く木のテーブルの上に燻らせた紫煙が俺と対面にいるラルフとの間に壁を作り出す。一息吹けば霧散しそうな壁だが、現実には巨大なハンマーでも壊せないほどの強固さがあった。
「ふん、余裕だな。私にクビを言い渡された所で『大した事でもない』と言いたげだ」
「そうでもないさ。だから、クビの理由を知りたいんだがな」
少しでも冷静さを保とうとタバコを吸い始めた事が癇に障ったらしい。苦虫を噛み潰しながら、俺を鋭い目線で睨みつけるラルフがいる。
「一言で言えばそういう態度だよ。こんな大事な話をしている時でも平気でタバコを吸う。失礼だとは思わないのか?」
「俺達はチームじゃなかったのか? 勿論タバコの煙が駄目なら俺だって無理に吸おうとはしない。だが、そうじゃないんならタバコくらいで目くじらを立てるなよ。大事なのは中身だろう。命を預けあう仲で形式に拘っていたら助かる命も助からないぞ」
「それはお前がリーダーである私を敬う態度を見せてから言う台詞だ。何故タバコを吸う前に一言言えない」
この時点で分かる。俺とコイツは決して交わる事のない平行線であるという事を。思えばずっとコイツは体面を気にしていたような気がする。勿論俺だってずっとこんな態度という訳ではない。時と場所に応じて変える事くらいはできる。そう。時と場所に応じて変える必要があるんだ。
「ラルフは皆の纏め役なんて面倒な事をしてくれているんだ。充分に敬意は払っていたつもりだがな」
「なら、今私が『三回回ってワンと鳴け』と言えばするか?」
「それは敬うとは言わないだろう」
「そういう所だ。お前はすぐ私の言う事に盾突く。今まで何度私の決定に異を唱えてきた? 一度や二度じゃない」
俺からすれば、軍じゃないんだから納得行かない事に異を唱えるのはごく当たり前だ。ましてや俺達は自分の命をベッドにする冒険者稼業である。一歩間違えば死んでしまう。それなら少しでも分の良い方に賭けるのは普通の事になる。
理不尽に要求されるのではなく、例え間違っていても自分の納得できる選択をしたいと考えるのはおかしい事なのだろうか?
「それにお前は余計なトラブルを増やす。この前の仕事の契約の際も、もう少しで破談になっていた。相手の方が譲ってくれたから何とかなったが、そうでなければどうなっていたか」
「……あれか。破談になった方が良かったんじゃないのか。隅の方に付帯事項が細かく書いてあって、かなり怪しげな内容だったぞ。きちんと読む気はなかったが」
「相手方も言っていただろう。『付帯事項は念のためです。普通なら適用されないでしょう』と。それをどうして取り下げさせるような真似をした! 凄く良い条件の仕事だったんだぞ! 分かっているのか!!」
「……適用されないなら要らないだろ? 疚しい所がなければ最初からああいうのは書かない。むしろ本契約は良い条件にして付帯事項でひっくり返すとか汚いやり口の常套手段だぞ」
「付帯事項に明らかにおかしい点があるなら分かるが、それを見つけられなかったのによくそんな事が言えるな。今回はどうにかなったが、お陰で信用がガタ落ちしたじゃないか。次の仕事を回して貰えるか分からなくなったぞ」
幾ら俺達が命知らずな冒険者稼業とは言え、依頼が無ければ仕事もできない。仕事ができなければ日々の生活に困ってしまう。そうである以上は契約を取るためにある程度足元を見られるのは理解できるが、焦って胡散臭い仕事にまで手を出してしまうのは御免だ。所詮は命あっての物種である。
「仕事がなければどこかのチームの手伝いをさせてもらえば良いんじゃないか? もしくはギルドの仕事の下請けもあるぞ」
ただ、だからと言って仕事自体が完全に無くなる訳ではない。こうしたやり方もある。特にギルドの下請けは稼ぎは少ないが支払いはキッチリしているのが大きい。こんなヤクザな世界では気を付けないと支払いになった途端人が変わる奴までいる。冒険者稼業というのはこんな所だ。
「お前がそれを言うのか! チーム風林火山といつも揉め事を起こしているのはどこのどいつだ!! お陰で他のチームが私達のチームと仲良くしたがらないんだぞ! それに、ギルドの仕事が割りに合わないのはお前も知っているだろう」
チーム風林火山というのはこの町で一番と言われている冒険者のチームだ。武闘派で鳴らしており、誰もが一目置く存在。人数も多い。そんなチームに目を付けられている……という訳ではないが俺と相性が悪く、何かにつけて反目していた。
俺達のチームもこの町では有力な部類ではあるが、まだ中堅クラス。トップの仲間入りをするには、後一歩足りない形だ。実績であり、実力であり、そんな感じだろう。
「よく分からないがそれこそリーダー様の出番じゃないのか? きちんと交渉すれば良い仕事があるかもしれないぞ」
「いけしゃあしゃあとよくそんな事が言えるな! とにかくこれ以上はチームでお前の面倒は見られない。数日中にも荷物を纏めて出て行け!!」
俺としては本当に時と場合に応じて適切な対応をしたつもりである。
しかし、そうした俺の考えとは別にこの度の話し合いというのは表向きの単なる喧嘩別れ。時間にしてタバコ一本分。ゆっくりと吸う暇さえ無かったが、気が付けば火を点けたタバコはほぼ灰へとなっていた。