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君の影に。-僕と約束の妹-  作者: メロ
1st.第1話「女の子は、未知で出来ている」
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プロローグ

 "僕には悩みがある"



 ──キィィィンッ!


 放課後。

 グラウンドに金属バットで軟球を打つ小気味のいい音が鳴り響く。それは全力で走り、輝く汗を流しながら体を動かす野球部員達によるもの。


『ハァーッ、ドンマイ、ドンマァァァイ!』


 一丸となって大声を出す球児諸君。

 彼らは、守備練習でミスをした者に非難の言葉を浴びせる事もなく、励まし合い、気持ち良く切磋琢磨する。何て爽やかなんだろうか。

 そんな彼らとは対照的に埃っぽく、ジメジメした雰囲気に覆われた空き教室にいる自分。かつてマンモス校という言葉が使われていた頃は、生徒で賑わっていたらしいが、今ではロクに使い道がない為に陰気くさい美術部の第二活動場となっている。

 ここは四階建て校舎の最上階で窓際の席を陣取ればグラウンドの様子がよく見える。だから、今日も窓から青春球児達を眺めて羨む。

 流石に、ここからじゃ彼ら一人一人の表情までは見えない。しかし、嫉妬したくなる程キラキラしているに違いない。まさに青春の一ページだ。別に、彼らみたいに白球を追いかけて汗を流したい訳じゃないし、胸躍る人間ドラマで青春を謳歌したくもない。どちらかといえば僕は普通に生きて、普通な人生を普通に送れれば満足だ。身の丈に合わない高望みはしない。

 しかし、そんな僕でも好きなものに夢中になれる彼らを心の底から羨ましいと思う。

 だったら、お前も美術部員らしく絵を描く事に夢中になれやっ! なんて言われそうだが、僕にやる気がないのはデリケートな問題で他人に気安く触れてほしくない。まぁ、そのせいでここに隔離されている訳だが。


 美術部なのに第二活動場があるのはプロ野球のように二軍制度があり、活気に溢れていると考えるのが健康的だ。しかし、そんなマンガみたいな話はなく、優等生に悪影響を及ばさない為に問題児を隔離しているだけ。まさに腐ったみかんだ。

 けど、みんながみんな僕みたいにやる気がない訳じゃない。中には美術室に戻りたくて熱心に模写をして修練に励む者、苦手を克服する為に絵の教本を読み頭を悩ましている者もいる。

 無理もない。誰だって落ちこぼれの烙印を押され、他の部員達から冷ややかな目で見られるのは嫌に決まってる。(一部の性癖とかはナシにして)

 だから、真面目な者はここを抜け出したいと躍起になり、そうならない者は潔くやめていく。腹の立つ事に、顧問にとってはどう転ぼうと嬉しい結果になるのだ。本当に腹が立つ。

 だがしかし、世の中には必ず例外がいる。落ちこぼれだろうと、冷ややかな目を向けられようとも平気なやつら──本当の腐ったみかん達だ。

 その中でも取り分け目立っているのは、入り口からすぐ側の机で楽しそうに雑談をしている下級生の仲良し三人娘だ。彼女達の声は対角線上に席が約五つ分離れている僕の元まで聞こえる。

 さぞ楽しい話題なのだろう。彼女達にとっては。


『ねぇ、聞いた? 黒川センパイまたやったんだって』

『聞いた、聞いたぁ。 ほっんと懲りないよねぇ』

『あれだけ描けるのに勿体ない。 私ならちゃんとするのに』

『ハンコウもここまで来るとイタいよね』

『でもさ、そのおかげでウチらはハゲ山に目ぇつけられない訳だしぃ。 ありがたいっちゃありがたいよねぇ』

『それは一理ある』


 僕にとっては否が応でも耳に入ってくる耳障りな雑音だ。


 ──実に、くだらない。


 彼女達が僕の話をするのは今に始まった事じゃない。ここに送り込まれてから幾度となく行われてきた。なので、今さら怒ったりはしない。寧ろ、毎度毎度よく飽きないと感心する。そんなに見下せる存在がいるのが楽しいんだろうか。

 もしそうなら本当に良い趣味をしている。きっと前世は世界童話劇場に出てくる意地悪お嬢様におべっかを使いまくる友人A、B、Cだったに違いない。意地悪お嬢様が『あら、マリーさん。 掃除が行き届いてなくってよ』と言ってヒロインをいびろうものなら『そうよ、そうよ』と後ろから援護射撃。そのくせ意地悪お嬢様の立場が危うくなればすぐに手の平を返して善人面で批判する。正直、意地悪お嬢様よりタチが悪くて邪悪だ。天罰下れ。

「あ、あの黒川くん……ちょ、ちょっといいかな……?」

 おどおどした様子で声をかけてきたのは美術部の副部長である芹沢さん。彼女は前時代的で拘束力のない校則をしっかりと守っておかっぱ頭にする程真面目な性格をしている。絵もそれを体現しているかのように丁寧で上手い。なので、顧問に反抗するような事もなければ、落ちこぼれの烙印も押されない。だから、余程の事情がない限り彼女がここに来る事はない。

 もし余程の事情があるとしたら、それは一つしかない。

「その、ね……影山先生が生徒指導室に来てって」

「分かった。 すぐ行くよ」

 案の定、顧問の呼び出しを伝えに来ただけだった。

 彼女がそれを伝える様子は、どんよりと曇った空のように沈んでいた。別に、彼女は頼まれ事を遂行しただけで気に病む必要はない。だから、そんな顔しなくていいのに。

 それに僕としては仲良し三人娘の耳障りな雑談を聞かなくて済むようになったのは嬉しい。まぁ、彼女達の下らない雑談を聞いていた方がまだマシだったと思うんだろうな。今日も。


 空き教室を後にする際、仲良し三人娘の方へチラッと視線をやると、ばつが悪そうに目をそらされた。それぐらいでたじろぐなら最初からしなければいいのに。

 いや、単に向いていないだけか。



 生徒指導室を目指し、廊下を歩いていると、長いポニーテールを揺らす女生徒──ゆかりと鉢合わせた。歩いてきた方角からして、生徒指導室に呼ばれていたようだ。恐らく僕のせいで。

「またか?」

「うん。 部長からも言ってくれって」

「そっか、悪いな」

「別に、いい」

「……そういえば、また賞取ったんだってな。 相変わらず、すごいな」

「ううん、そんな事ない。 私は描きたい絵を描いただけ」

「それで取れるんだからすごいよ。 僕とは違う。 流石は、我が部の期待の星。 見事だよ」

 心にもないお世辞を言うと、紫はそっと目を伏せ俯いた。

「じゃあ、そろそろ行くよ。 あんまり待たせると余計に雷が落ちそうだからさ」

「待って」

 呼び止められた時、さっきの皮肉まじりのお世辞が気に食わなかったのかと思った。

「私は、真一の絵が一番キラキラしてると思う。 だから、また見せて」

 返事をせずに、その場を後にする。

 ……最悪だ。自分の器の小ささに嫌気が指す。僕も他人ひとの事は言えないな。



「どうして呼ばれたか分かるか? おぉい?」

 礼節を尽くして生徒指導室に入ると開幕早々に喧嘩腰で食ってかかれた。教員とは思えないその勇ましい態度に拍手を送りたいとさえ思う。

 彼にはぜひ転職を勧めたい。教育現場でくすぶるには惜しい人材だ。今すぐにでも別の道に進む事を検討して頂きたい。出来れば、ニュースになる前に。

「すみません、分からないです」

「これじゃぁっ!」

 怒声とともに机に一枚の絵が叩きつけられる。それは影山に強制参加させられたコンテストに提出する予定の僕の絵だった。

「何度も、何度も。 こんなんで出して、おぉい、どういうつもりじゃあ?」

 どうもこうもない。見ての通り。それが僕の意思だ。

「わしは何の為にお前らの顧問やっとると思っとんじゃ、えぇ?」

 何の為? 部費と僕らから余分に集めた交通費で酒を飲む為だろ。そもそも、偶々顧問の席が空いたから座ったくせに。未だに絵の事をロクに知ろうともしてないくせに!

 と、口にするのは火に油を注ぐどころか火災現場でガソリンを撒き散らして踊るくらい愚かな行為なのでしない。だが、そのせいでこめかみが痛くてしょうがない。

「のう、何度目じゃ? えぇ? 怠いのう」

 なら、やらなければいいだろ。権威を示すだけの暇つぶしなんか。

「なーにを気取っとるか知らんが、えぇ加減にせぇよ!」

 何だよ、気取ってるって。どいつも、こいつも、何も知らないくせに。人を見下して……。

「熱心なわしが馬鹿らしいわ、あほんだらぁ」

 来年には、中学ここを卒業していなくなる僕の為に熱心に指導してくれていたとは感激だ。その熱意の十分の一でも美術室の掃除に向ければ少しは好かれるだろうに。

「聞いとんのかっ! おぉいっ!」

 また机を力強く叩く影山。だが、そんな事で怯むようなやつならここにはいない。それぐらい分かってほしい。

「……はぁ……」

 気づかれないように小さくため息をつく。

 何でこんな目にあってまで美術部にこだわっているんだろうか。絵を描くぐらい部活じゃなくたって出来るのに。

 そんな自問自答が頭を過る。だが、その答えはもう分かっており、改めて考えるような事じゃない。

 僕にとって絵を描くのはとても"大切な事"らしい。そして、今は美術部に所属して絵を描く事以上に絵を描く実感を得る方法はない。例え、あんな絵だろうと。

 だから、こうして必死に縋りついている。何とも悲しい絵描き少年の性だ。SNSで呟けば見知らぬ誰かが同情して慰めてくれるに違いない。

 だが、こんな事を呟いても『絵を描く事から一旦離れてみてはどうですか?』なんて当たり障りのない慰めしかこないのは目に見えている。わざわざそんな分かりきった事を言われたくないし、僕だってそうするのが正しいと思っている。

 それでも、それでも──

「描かないと」

「あ゛ん? なんか言ったか?」

「……いえ、何も」

「ったく、何回同じ事言わせるんじゃぁっ! わしかて暇やないんやぞっ!」

 僕だってそうだ。何度も、何度も同じ事を繰り返したくはない。

 でも、絵を描く事がどんなに苦しくても、どんなに虚しくても、どんなにやめたいと心が泣き叫んでも──あの公園で、あの影に止められる。茜色の光の中でキラキラと輝くあの影が頭の中にいる限り、僕は絵を描く事をやめれない。まるで呪いにかかっているかのようにまた描いてしまう。


 "それが僕の──黒川くろかわ真一しんいちの悩みである"


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