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にえと狼少年

作者: 良凪 旺

辺境のとある村。

村人同士知らぬものがいない少人数のその村の周りには、大きな森がありました。


大きな森は村の人たちから親しまれ大切にされていました。

その一つの要因が"狼少年"と呼ばれる一人の少年でした。


森を南から少し入ったところにある小さな家に狼少年は住んでいました。

少年の姿をした彼は、少し見ただけでは村の少年とは変わりがありません。

見た目だけはただの日に焼けた少年でした。


ではなぜ"狼少年"と呼ばれるのか。


狼少年には狼と話す能力があったのです。

狼と共に生活をし、彼の周囲は常に狼の群れがいました。


狼と話す能力がいつついたのか。

森で狼と過ごすうちになのか、生まれつきなのかはわかりません。

街一番の物知りの婆さんに話を聞いても、

「あの子はわしが子供の頃からあの姿じゃ」と答えるばかりですから。


誰も知らない頃から少年の姿でいて、狼と話せる……。

一歩間違えれば迫害されていたかもしれません。

迫害どころか神聖視さえされていたのは偏に狼少年の人柄によるものでしょう。

狼少年は素直で明るく、決して嘘はつかない正直者でした。


村から遊びに来た少年少女には手作りのお菓子を出して持て成します。

森へ屈強な男達が狩りに来る時には狼達へ話を通し、狩りのお手伝いをします。

時には街の人らが行くことのできない森の奥深くへ行き、貴重な薬になる草花を採取し街の薬師にあげるのです。


村に原因不明の伝染病が流行った時には、寝る間を惜しみ、死者が出る前に解毒剤の作り方を調べだしました。

動けない村人たちに代わり、必要な材料は自ら進んで採取をしにいきました。


進んで街の人々と係わりたがるおしゃべりで酔狂な狼少年。

いつしか彼は村の大切な住人の一人となりました。


何十年も……何百年も村とともに共存してきた狼少年。

彼は村を愛していました。

何百年、何千年経とうと変わらない。

見た目も中身も。


しかし、変わらないのは狼少年だけでした。


村は変わり発展し、"街"と呼べるような規模となったころには

村の人は狼少年に対する親しみも恩も敬意も、存在すら忘れていきました。


誰も通わなくなった街と狼少年の家をつなぐ道は徐々に木々が生い茂り、昼でも光が差さず、暗いままとなりました。


街を統治する者からすると、自分よりも敬意を持たれている狼少年の存在は邪魔でしかなかったのです。

「南の森には悪い魔法使いがいる」

「捕まったらシチューにされて食べられる」

「狼を連れていて、その狼を使い子供を食らう」

大人達は子供達を脅し、狼少年の存在を隠蔽しました。


実際に、統治者の策略は成功し大人達の脅しは効果を発揮し、街は狼少年の存在を忘れました。


狼少年は来ることのない街の人々のことを不思議に思いながら、

毎日お菓子を作って待ち続けました。

長い時を生きている狼少年からは"時間"という概念が薄れていました。

狼少年がわかるのは朝、昼、夜の違いのみです。

だから、何百年と街の人々が来なくても疑問には思いませんでした。

きっと忙しいのだろう。

また、明日来てくれるかもしれない。

そう願って狼少年は待ち続けました。


最後に南の森へ入った街の人が亡くなってから数百年は経った頃でしょうか。

一人の少女が狼少年の元へ現れました。


白の飾り気のないワンピースを身に着けた黒髪の一人の少女は"にえ"と名乗りました。

「貴方に会うために生まれ育てられました」そう微笑む少女を狼少年は家に連れ帰り、

お菓子を振る舞って持て成しました。

久しぶりの客人に喜びニコニコと話す狼少年。


にえはそんな狼少年に尋ねました。


「いつ私を殺すの?」


狼少年は思いもよらぬ言葉に驚愕し、にえの顔を目を向けました。

にえの表情は至って真面目です。


「殺す?僕がなぜ君を?」


狼少年は尋ねました。

できる限り優しい声で。

テーブルに隠れたにえの手が震えているのを見たからです。


「貴方は悪い魔法使い。百年に一度生贄を捧げないと街は滅ぼされてしまうと聞いて育ったの。

なのになぜ私にお菓子をくれて紅茶をいれてもてなすの」


にえの言葉を聞き、狼少年は悟りました。

長い間街の人々が会いに来なかった理由を。

狼少年は思い出しました。

過去に数回、森の街近くにある湖で少女の遺体を見つけたと狼が話してくれたことを。


「僕は君を殺さない。街のことを教えてくれないか」


にえは最初は警戒していたが、大人達から聞いた"魔法使い"とはまったく違う狼少年のことを次第に信用していきました。


「……生贄は、決められた年に生まれた女の子から選ばれるのかい?」


「そう、"にえ"を生んだ家には多額の報酬が与えられるから……みんなその年に子供を産みたがるわ」

にえは俯き蚊の鳴くような声で答える。


「"にえ"は生まれた後、どうなるんだい?」

オオカミ少年がにえに問いかけます。


「街一番の修道院で育てられるの。不便なことはない。欲しいものはすべて与えられる」

にえはクッキーを一つ食べた後、続けて言いました。

「だけど自由もないわ。十二歳になる日に南の森……ここに生贄として捧げられる。

街の統治者に湖へ落とされるの。足を縛られて」


「にえは落とされる前に逃げたのかい?」


「今の街の統治者様……、あの人は酔狂な人だったの。足の縄を解いて逃がしてくれた」


にえが教えてくれた街の情報は大きく三つありました。

街は狼少年が知っている頃とは違って、歩けば知らない人にばかり出会うほど人が増えたこと。

百年に一度、生贄が出されること。

……そして森を切り崩して街を広げる計画が出ていること。


「街は……変わってしまったんだね」


「貴方はどうするの。ここにいたら森を切り開く際に殺されるかもしれないわ」


「人間程度が僕を殺せないよ。でもそうだね、僕がもうここに居続ける理由はないな」

一つため息を吐いた後、狼少年は街を捨てる決意をしました。


「にえ、一緒に来ないかい?」

狼少年はにえに目を合わせ問いかけます。

「仲が良かった村人達がいなくなったここに居続ける理由はない。

 だから、旅をしようと思うんだ」

ふんわりと微笑んだ狼少年は傍らにいた狼を撫でながら告げました。


「連れて行ってくれるなら、ついていきたい。もう私に居場所はないから」


にえの回答を聞いた狼少年は、荷物をまとめて狼達とにえを連れ、街の近くの森から去っていきました。


長い間狼達によって統制がとれていた森は、狼達がいなくなったことにより少しずつ荒れていきました。

街の人々が主に使う川の水源までもが荒れ、穢れていきました。

穢れた水を飲んだ街の一人の青年がある伝染病を発症した時には、狼少年はすでにはるか遠くへ旅立っていました。


街の半数以上が病に倒れ、死者が出始めた時に、街の統治者である青年はこの伝染病を止めることができるかもしれない一つの方法を見つけ出しました。

古い古い書物に書かれたそこには"狼少年"の話がありました。


今流行っている伝染病と似たような病が昔も流行りかけたこと。

流行を止めたのは狼少年であったこと。

狼少年が伝染病を治療する薬を作ったこと。

そのようなことが書物には記されていました。


その書物に書かれた狼少年の話は街に伝わる魔法使いの話とはまったく違っていました。

統治者の青年は「無駄だ」と止める他の権力者の言葉を聞かず、狼少年に会いに行くことにしました。


しかし、統治者の青年が狼少年の住処を訪れたときには時すでに遅し。

空っぽの住居があるのみでした。


唯一の手段を失った街の行方はいまだ誰も知りません。


そして、にえと狼少年の行方もいまだ誰も知りません。

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