3日目①
いつもより早く目が覚めた。
外はまだ薄暗い。時計を見ると、ちょうど5時半になったところだった。
ほんの数秒だけ目を閉じて、深夜はゆっくりと深呼吸する。そして、身体に力をこめて起き上がった。
階下からは暁音が朝食を用意する音が聞こえてくる。いつもより一時間早い。昨夜、明日の早朝に出発すると伝えると、じゃあ明日の朝はしっかり食べなくちゃね、と早起きが苦手な母がにっこり笑っていた。
身支度をして階下に降りると、 すでに朝食の準備ができていた。炊き込みご飯に鮭の塩焼き、味噌汁と、深夜の好物ばかりが美味しそうな匂いをたてている。いただきます、と手を合わせ、これから数日間お別れとなる家での食事を始めた。
皆には7時に駅に集合するようにと連絡してある。そこから電車で千葉にある空港に向かい、目的地に一番近いと思われるモンゴルに降り立つ予定だ。
「-モンゴル、か」
これまで"守人"が大陸で生きていたことは教えられていたが、"守人"関連で具体的な地名が出てきたのは初めてだ。そこに祖先が住んでいた痕跡があるかもしれない。モンゴルというと砂漠で、遊牧民がゲルとかいう組み立て式の家で暮らしているというイメージだけれど、力の泉は山脈にあるらしいし、暮らしぶりは想像もつかない。今もそこで誰かが暮らしていたりするのだろうか。
「いや、こんなこと考えてる場合じゃないよな・・・」
想像がつかなさすぎて現実逃避に入ってしまっている。時間は限られているのだから、ゆっくりしている暇はない。
深夜は考えを一旦頭の中に沈め、手を合わせて食事を終えた。
二階に上がって荷物を取り、一階に戻ると、暁音がちょっと待って、と手のひらサイズの小さな巾着袋を差し出してきた。青を基調として幾何学模様が描かれている。
「これ、"守人"の仕事をする時のお守りが入っているの。時守家に代々伝わってきたものだから。持って行きなさい」
深夜は神妙な面持ちになってそれを受け取った。
持った瞬間、長い間使われてきたということがわかるほど手に馴染んでくる。
「全力を尽くして、絶対に無事に帰ってくるのよ。じゃ、いってらっしゃい」
「・・・ありがとう。頑張ってくるよ。
行ってきます」
* * *
駅に着いたのは7時より少し早かったが、すでに全員が揃っていた。それぞれが思い思いの服装をして、静かに立っている。そこに会話はないが、緊張した空気のもとに一体感が漂っていた。
特別な言葉はいらない。深夜はいつも通り、シンプルに告げる。
「揃っているな。じゃ、行こう」
-世界を救う旅へ。
* * *
とは言っても、モンゴルまでの道のりは長い。
まずは待ち合わせた駅から成田空港まで、電車を一度乗り換えて一時間。それから出国手続きをし、空港を出発するのが9時で、ソウルで飛行機を乗り換えてチンギスハーン国際空港に着くのは16時過ぎになる。それから力の泉へ向かうから、一時間の時差のことも考えると3日目はほとんど移動で終わってしまうことになる。
もちろんその時間を無駄にするつもりはない。
「誰か、昨日探していて良さそうな資料は見つかったか?」
電車で首尾よく席を確保してから、深夜はぐるりと五人の顔を見回した。
「はーいっ。見つかったよー、ほらこれ」
陸が元気よく資料の束を差し出してきた。
「今までに見たことがあるようなやつも一応持って来た。"守人"の歴史と、能力の進展と、トレーニングの方法ね。
後は今回初めて見つけたやつ。力の泉への行き方と、使う時にする儀式、それに力の補強の度合い。ここらへんは深夜の家にもあったかも。
で、最後は多分ウチにしか無いと思う。最近、って言っても一番近くて数十年前だけど、力の泉を使った人の日記。その一番最近使った世代のリーダーが地守だったらしくて、この日記は地守家で保管するって書いてあったんだ」
陸の説明はポイントを掴んでいて、相当読み込んだことがわかった。
「やっぱり地守の家にはそういう資料がたくさん残ってるんだねー」
美波が感心した様子で呟く。
「すごいな。陸、よくやった。確かに俺も行き方と使い方と補強は見つけたけど、それ以外はなかったよ」
深夜もよし、と頷いた。
「他の家は? 何もなかったか?」
「残念だけど、水守家には何も。あ、深夜に昨日言ってた家系図は持ってきたよ」
「火守家にそんなことを期待するのは無駄さ、紙なんて置いてたらすぐ燃えるからな」
「すみません、うちにも特に・・・。ああでも、わたしも能力のトレーニングとバリエーションのことが書いてある資料なら持ってきました」
美波と煌、咲穂がそれぞれ答えた。
視線は自然とまだ何も言っていない凪沙の方に集まる。
「風守家には何もなかったの? 地獄耳の風守さんは情報はいっぱい持ってそうだけど」
美波が棘のある声で尋ねると、
「・・・はぁ。一応持って来たわよ、力の泉とは何も関係ないけど。美波が深夜に言ったってこれでしょ。光守のこと」
「・・・・・・!」
美波の顔に驚きが走った。
「この光守って、美波の同級生らしいね。だからそんなにオーバーな反応するんでしょ。"光守"は"時守"以上に特殊みたいよ、まあとりあえず読んでみて」
凪沙は珍しく口元を緩め、深夜に資料を手渡した。
それを受け取り、深夜は一度美波に目を向けた。
彼女はそれを読みたいような、読みたくないような、どっちつかずな顔つきで深夜の手に渡った資料を眺めていた。