廃棄のための世界から
技名はとても適当です。特に意味はないです、語感だけで考えています。
――ガチャガチャ、カチャッ
「ここは、こことつながるね。」
――シャカ、チャクッカッチャン
「おっ、ここもくっつきそうだ。」
カチャカチャと音をさせて錆びついた金属を組み合わせる少女が一人。薄い黄色い髪と少し濃い黄色の瞳、活発そうな見た目。
季節によっての温度や湿度の変化のないこの世界で生きているのだ、小さい破片で怪我するのは馬鹿らしい。長袖は必須の装備の一つであった。
――カチャカッチャン、チャカ
「おー、動いた動いた。」
新しい発見の度に辺りに喜色混じりの声が響く。
それと一緒になって今繋がったばかりの金属塊がカタカタカタと笑ったように動く。それを面白がってまた笑うのだ。
しかし、そんな状態も長くは続かない。
ここは廃棄世界。人智の及ばぬ存在の都合で作り出された世界の廃棄場。
ここには様々な物が落ちてくる、歪な生物や世界を滅ぼす汚染物、エラーの蓄積した自動機械に各種技術の成れの果て。こんな場所では生物など長くは生きられない。
だが、そんな世界でも生き抜くものもいた。落ちてきた廃棄物を組み合わせ、生活に必要な物を生み出していった者たちだ。
そして、ここにもう一つ命が生み出されようとしていた。
――カチャン
――ウイィィン、ディェーン
「おお?なんか動いた。」
ピッカーン!!
「ギャーッ、眩しいっ!見えないよ!せっかく作ったのにさあ。」
突如放たれた閃光により、視界のすべてが覆い隠された。瞳孔を焼かれ辺りを転げ回る。
やっと光が収まったときには、体中鉄くずまみれで肩で息をしていた。
「はぁ、はぁ。なんだぁこれは?」
光の中から出てきたのは、五つの小さな玉。それは紅い燐光をこぼしながら周囲のガラクタたちを集めていた。
「やばい、変なもの作っちゃったかも。」
ガチャンガチャンとガラクタ同士をぶつけながらも、最適な接合部を探しているようだ。
接合できた場所は錆びていた部分は錆が落とされ、白っぽい金属光沢を放っていく。それは次々と接合されるガラクタが積み重なった翼の様にも見えたのだ。
「……綺麗。」
思わず見とれてしまうほどの美しい輝きと人工ではあり得ない自然のランダム性が妖しい魅力を放ち、奪われた目を話すことができないでいた。
――ギャォン
腹の底にまで響くような深い重低音がなると同時に、紅い燐光は点滅を繰り返していた。
一度として同じ点滅をすることはなく、心地よいリズムが安心感を生んでいた。
「これは、……一体なんだっ?」
――デエェン
答えようとしているかのように点滅したのが分かった。もしかしたらこの機械には意志が芽生えているのかもしれない。
「おお!君は意志がある?」
――デエェン
金属を叩いた音が一つ。
「じゃあ、君は生物?」
――ギャウン
今度は擦り合わせた音だ。
「君は、今生まれた?」
――デエェン
「君は、わたしが作った?」
――デエェン
なんとなく分かってきた。おそらく叩いた音で肯定、擦り合わせた音で否定を表しているんだ。
「肯定の音。」
――デエェン
「否定の音。」
――ギャウン
「君は、男の子?」
――デエェン
「間違いない、意思疎通ができてるっ!」
――デエェン、デエェン、デエェン
嬉しそうに点滅を繰り返す機械。純粋な科学だけでは生み出せない不確定な物、だった者だ。
それから沢山の知識を二人で学んだ。貪欲に、なりふり構わず。
ここでは知識は貴重な宝だ。知識もないものが生きていける場所ではないのだ、蓄えられるだけの知識を蓄えなければならなかったのだ。
機械の彼にはルークという名前をつけた。彼はその名前を大変気に入っていた。
「ねえルーク、いつか二人で旅をしようよ。危ないものが落ちてこない場所を見つけてさっ。そしたらわたしは、最高に楽しいと思うんだぁ。」
――デエェン
「お?ルークもやっぱりそう思う?」
他愛もないやり取り、この世界では絶対に叶うことのない儚い夢の話。
溜め込んだ沢山の知識の中には世界の形状についても、当たり前のように残されていた。そして、その中から精巧な地図まで発見したときには夢への第一歩かと思えたんだ。
ただ、調べるうちに分かってしまう。知れば知るほどこの世界に安全な場所などありはしないと。
ルークは思っていた、この自分を作った少女を守らなければ、と。それは生み出されたときから刻まれていた本能のようなもので、そこになんの理由も必要なかった。ただ守りたいから守るのだから。
だからこそルークは守り続けた。あらゆる外敵、自然現象、少女自身の過失まで。
ルークは知っていた。少女が知っている以上に世界を理解できてしまった。
だから、少女に伝わることを恐れたルークは少女が見つけないように消していった。書物でもデータでも果ては建造物まで。
なにせ、もう少女以外の人間はこの世界には一人もいやしないのだから。
安全な場所もなく、同族もいない世界にルークは少女を置いておきたくなかったのだ。
――………ディン
たとえ、それを少女が望まないとしても。
「ルークっ、今日も一緒だよっ!」
ただ、この笑顔が見たいだけなのだ。
――デーィン
日が落ちてよりしばらくした頃、かすかな違和感を覚えてルークは意識を覚醒に向かわせる。
少女はまだ寝ているが、遠くでまた落ちてきたのを感じ取った。
どうやらそれは生物であるらしかった。この世界に落ちてくる生物だ、まともであるはずがない。
ルークは少女に気づかれないように動き出す。少女を心配させるのは望むところではないのだ、できれば少女は何も知ることすらなくいてほしい。
浮遊する五つの玉が落ちた場所ヘと向かっていく。向かう間にも相手の生物を調べ続けるルーク。どうやら人型であるらしい相手は、ルークに気づいた瞬間から体中に未知のエネルギーを纏い始めた。
あれは危険だ、とルークは感じていたが、だからこそあのようなものをこの世界に残しておくのは不利益しかないと思った。
なんとしても消滅させる必要がある。そんな強迫観念のような思考に押され、周りのガラクタをすべて纏っていく。何故なのか分からなかったが、ルークはガラクタを集めれば集めるほど自分が強化されると知っていた。今までの相手には大した量のガラクタが必要になることはなかったのだが、この相手は別だ。
ようやく見えてきた相手は黒い布のような物で全身を覆っていた。その布には纏っている未知のエネルギーと同じものが染み込むように馴染んでいる。
「ッハハ!ガラクタがァ、空を飛んできやがったァ!キャハハハッ!」
纏ったエネルギーを後ろに噴出して推進し、こちらに向かって飛んできた相手。その手には大量のエネルギーを集めた剣が握られていて、そこから放たれる禍々しいオーラが周りの鉄くずを分解していた。
あれに触れてしまえば、ガラクタでできたこの体はたちまち塵へと還されてしまうことだろう。
「キャーヒャハハッ!貪れッ、轟赫壱號!!」
赤い、いや赫い波動が空気すら破壊しながら進む。集めたガラクタの全てを防御に回し赫の波動へと向けるが、まるで紙かなにかのように容易く崩壊していく。
その間にも本体の五つの玉は相手に向かって高速飛行する。しかし、それも予測されていたのか、目の前に剣が振り下ろされる。
「ヒャハッ!どこォ見てんだよォッ!ガラクタァ。」
隙も見せない連撃。乱雑に振るっているようにも見えるが、そこには長い年月振るわれてきた確かな技術が存在していた。
距離を取りたい場面ではあるが、取らせてもらえない。このままではジリ貧だ。
「キヒッ!キャハハハッ!裂けろよッ、爪赫弍號!!」
さらにそこに畳み掛けるように幾重にも重なった斬撃が襲いかかってきた。避けられないッ!?
――デェァンッ!?
自分を構成する五つの玉にそれぞれガラクタをぶつけて、斬撃を避ける。ダメージが入ったが背に腹は代えられない。
しかし、依然不利な状況は変わっていない。
なんとかしなければ、こいつを少女の下に行かせるわけにはいかないんだ。
まだ負けられないんだッツ!!!
――ディーッツ!!
その瞬間、体の奥底から力が湧き上がるような感覚を覚えた。これならばあいつを倒せるかもしれない。いつもよりガラクタを集められる感覚がある。ガラクタだけじゃない、塵になった金属まで集められる。
「アァ?なんか変わったかあ?」
――デェァン
今までよりも細かく繊細な動きができる。さっきまで追えなかった縦横無尽の相手の動きが見えている。
行けるッ!
「あア、そういうこと。」
突然逃げるように空を蹴る相手。その向かう方向にいるのは、
少女!
――ディエーンッ!?
なぜッ!なぜここに来ている!?
まずい、少女に戦う力などないのだ。
なんのために今まで戦ってきたというのだ、今この瞬間のためではないのか。
守れ!間に合えッ!
「キャハハハッ!!砕けッ、砕赫参號!!」
巨大なエネルギーの塊、質量を得たエネルギーが球を象って少女に向かう。あんなもの少女が受けたら跡形もなく砕け散ってしまうだろう。そんなことルークが許すわけがないじゃないか。
――ディーンッツ!
集めた塵を成形、焼結し回転を加えて飛翔させる。その形は捻れた槍。刺し貫くことだけに特化させた形状と投擲方法。そこに込められるエネルギーに比例して上昇する威力は全ての物を貫くことだろうほどだ。
ヒュッ、ゴッ!!
「かはッ!?なんだ?こりゃあ。なんでからだから生えてんだ?」
ごぽッ、と赤い血が胸の真ん中に開いているにも関わらず、動揺こそすれ意識すら失う様子はない。変わらずエネルギーの塊は少女に向かっており、止まらない。
しかし、精神の動揺によってエネルギーの操作を誤ったのか、球形を保てていない。
――ディェン
もうひと押しかもしれない。だが、もう一度槍を放つには時間がかかる。
ルークは槍で迎撃するのを諦めた。纏ったガラクタすら捨て、重量を下げて突撃する。
「あぁ、ジャマだぁッ!」
禍々しいオーラを纏った腕で軽く払われてしまったが、注意をそらすことはできた。
――ギャィオン
払われたのは五つの玉のうち三つだけ、残りの二つは脇を通り抜け少女のもとへと向かう。
ルークは少女の両腕を周りの塵で固定し、全速力でこの場を離脱しようとした。
「ルークっ、何があったの!?」
――ディェン
落ちてきた外敵に襲撃を受けている状況に気が動転してしまっている少女だが、それを落ち着かせようにもルークに言葉を話すことはできない。歯痒い思いが湧き上がるが、今はそれを考えられる状況ではない。
「アーヒャヒャッ!オメーら仲間かッ、つれーよなぁっ守るモンがあるとよぉ。」
ルークがどれだけ全力で飛ぼうとも、襲撃者の方が圧倒的に速い。刺さった槍を抜くのに時間を使わせたとはいえ、追いつかれるのも時間の問題だろう。今は玉を三つ使って妨害しているからこその距離の差なのだ、あの三つもいずれは落ちる。そうなったときがタイムリミットになるだろう。
「ルーク、死なないよね。一緒に旅できるよね!」
答えない、答えられない。確証がないとかそんなことであればよかった、でも違う。どうしようもないことだ、これがこの世界で生まれたものと別の世界から落ちてきたものの差なのだから。
「ルーク!あんなのに負けないよねッ!」
答えられるわけないだろうッ!?
嫌なんだ、負けたくなんかない!でもどうしようもないじゃないか、どうすればよかったんだ。
しかし、言葉にせずとも伝わるものは伝わる。ましてや言葉なしで会話していた少女とルークだ、伝わらない訳がなかった。
「……ルーク、嫌だよぉ、もっと一緒にいたいよぉ。まだ行ってないとこいっぱいあるよ。したいことも、してあげたいこともまだまだあるんだよぉ。―――
「ごちゃごちゃうるせぇよ、消えろやぁ!滅赫肆號!!」
――こんなことで、諦められる訳ないッ!!!」
煌めく閃光。それは自分が生まれたときの閃光だとルークは思った。機械にさえ命を吹き込む創造の光。
暖かい。
その光はルークと少女を丸く包み込み、赫い爆発から二人を守った。それは真夜中に現れた小さな太陽のようで、禍々しいオーラが触れたところから溶けるように無色になっていく。
「おいッ!何だよそれはぁッ!?」
ルークが防げなかったであろう襲撃者の攻撃すら容易く防ぎ、相殺していく。
ルークはその光景を横目に見ながらも冷静に周囲のガラクタを集めていく。いざというときの手段は多いほうがいいだろうから。
「あなたはいらない。」
右腕を水平に払い、少女は光輪を放つ。さっき相手の禍々しいオーラを相殺した光が集約されて、襲撃者へと向かう。
「キャハッ!いいぜ、おいッ!殼赫伍號。」
先程までのオーラよりさらに濃い、黒いほどのオーラが纏われる。それは関節の可動域を邪魔しない軽装鎧のような見た目で、ところどころ刺々しい装飾がなされていた。
禍々しく、相手の周囲の光度が下がったように感じるほどだ。しかし、まだこんなものは準備なのだと言いたいかのように手を目前につき出す。
「まだだぁッ!顕現しろッ、鎌赫陸號!!」
現れたのはゆるくカーブを描いた二対の鎌。黒をベースに赫い線が走り、そこから赫い燐光が空へと軌跡を残す。
――ディェン
再び集めたガラクタと塵を落ちた三つの玉から不意打ち気味に槍として放つが、虫でも払うかのように鎌で消し飛ばされる。
消し飛ばされたのだ、そらされた訳でも砕かれたりした訳でもなく、消滅した。
質量をエネルギーに換えられて、むしろ相手のオーラの勢いがましたほどだ。
「効かねぇなぁッ!次はこっちからだぜぇッ!!」
だが、そうじゃない。先程飛ばした槍が消される直前、槍から分かれて襲撃者の近くに待機させたもの。それはルークの体の一部で、五つの内の一つの玉。
玉は近ければ近いほどガラクタ、破片、塵に影響を与える。
そして、襲撃者の体の中には胸に突き刺した槍の破片が大量に残っている。
――デェァン!!
「ガハァッ!?なんだぁッ?」
襲撃者の体の至るところから血が噴き出す。破片を外側に向かって全力で操作しただけだが、小さな破片だからこそ対処のしようがない必中の攻撃となる。
「てめぇ、………コロスゥ。終焉セヨ、………血赫漆號。」
周囲に飛び散った血液が滞空し、燐光を纏う。
それはそのまま空間に溶けるように消え、空を赫く穢す。赫く穢された空間からだんだんとヒビが入り崩れていき、暗い虚ろな景色が見えている。
「空間を壊したみたいだ。大変なことになったねルーク。」
――デエェン
あれに呑まれてはまずいのは誰でも分かることだろう。さながら世界の終わりと言った感じだろうか。
でも、少女の暖かい光に包まれているとなんでもできそうな気がする。二人なら何者にも負けないと思うことができる。
「いくよッ!ルーク!」
――デエェン!!
「……コロスゥ、…………コロスゥ、…………。」
虚無に心を喰われたように声を漏らし続ける襲撃者。手に持った鎌に虚無を纏わせ空を踏みルークと少女のもとへ駆け出す。
どうやらあの虚無すら操作できるらしい。
しかし、こちらが纏うのは創造の光。襲撃者が纏う虚無の燐光と真逆の力、生命と始原を司る創造の閃光。
――ディイン
「おっけールーク。わたしが合わせるよっ!」
集められるだけのガラクタ、破片、塵を大量に集め、それを特大の槍に整形していく。
そこに少女が槍に創造の光を編み込んでいく。精緻に過密に大端に編み込まれた光のエネルギーは、槍を覆い尽くしこの世のものでないような美しさを醸した。
「……コロス、呑み込め、赫技・魂魄狩り。」
「いっけーっ!ルークッ!光輝の浄化槍!!」
虚無を纏った鎌と光り輝く槍が衝突する。その衝撃波から少女を守るため、なけなしの鉄くずを盾にする。直後に強い衝撃を受け吹き飛ばされる。
エネルギーが質量に、質量がエネルギーに複雑に変換され合って、生じた爆発が何度も轟音を響かせている。
鎌と槍はせめぎ合ったまま動かない。虚ろが光を侵食し、光が虚無を浄化しているためだ。
「ガアァッツ!!!」
だが、確実に光が虚無を消し去っていく。照らされた部分が焼けたようになり、痛みが走ったのか声を上げる襲撃者。焦りを覚えたのか闇雲に鎌を光にぶつける。何度も何度も狂ったように振り下ろし続ける。
そのたびにも光は襲撃者を焼き、苦悶の声を上げさせる。
やがて腕に限界がきたのか、腕の途中から焼け切れる。エネルギーの供給がなくなった腕は光に抵抗できずに瞬く間に燃え尽きた。
「ギャアァァッッツ!!!」
一際響く絶叫と共に膨大なエネルギーが放たれ、槍が押し返される。その隙に襲撃者は残った腕で脚や首を切り裂いて、大量の血液を噴出させた。もはや血液は相手の力の源。
あの状態ではもう助かることはないだろうが、その最後の命を燃やしつくそうとでも言わんばかりに血を出し続ける。体はただの入れ物か何かだったとでも言うのだろうか。
それは槍の形を象った。ルークの槍に強い危機感を覚えたのだろう。だからこそ形を模倣し対抗しようとしたのだ。
――ディェン
「うんっ、負けないよっ!」
それに対抗してさらにエネルギーを込める少女。光はさらに強くなり、逆に相手の力を削いでいく。
「ギャアアァァッッッ!!!」
もうお互い全力は出し切っている。ここからはどちらが強いかの単純な力比べだ。
――ディェンッ!!
「いっけえぇぇッッッ!!」
「ガアアァァァッッッ!!」
ザグンッ、と槍が突き刺さる音が聞こえ、続いてビチビチ、と肉が引き裂かれる音がする。
その腹に深々と突き刺さるのは、光を纏った巨大な槍で、完全に体が二つになる前に槍が纏う創造の光によって浄化されて襲撃者の体が消滅していった。
「……終わっ、た?」
――デエェン
そこに襲撃者の姿はなく、あの禍々しいオーラもどこにも存在しなくなっていた。
二人は勝利した。どちらか一人だったならば勝つことなどできなかったであろう。それほどの実力差が二人と襲撃者の間にはあったのだから。
彼方から風が吹き、塵や煙を吹き飛ばす。そこに現れたのは凄まじい戦闘が行われていたことがありありと分かるような破壊痕。破壊の上から破壊されて大地は砕け、繰り返し歪まされた空間は戻らなくなり歪な力場を発生している。
しかし、二人の実力以上の能力を出したのだ、その対価が小さい訳がない。
突然、少女は糸が切れたようにその場で意識を失った。ルークも湧き上がっていた力がなくなるのを感じていた。
――ディェエン?
ルークは少女がただ眠っているだけなのだと思っていた。眠っている様に見えるのは確かだったが、使い慣れない力をさらに限界以上に行使した脳は溜め込んだ膨大なエラーを処理し始めていた。
ただ普通に処理できていればそれは夢を見るだけでなんの支障もなかっただろう。たとえそれが悪夢だったとしても。
暗い、
何も見えないよ、
ルーク?どこっ。
さっきまでいつもそばにいたはずのルークがいない。それだけでどこまでも不安になっていることに気づいた。光の見えない真っ暗な場所に一人、不安がむくりと顔を出してくる。
光がないのは使い果たしたからだろうか?
「ヒャーハハハッ!!」
突然、さっき戦っていた襲撃者が現れてゾッとする。あのときのような勝てる感覚はもうなくなってしまっていた。
しかし、襲撃者は幻だったかのように薄くなって消えていく。
「キャハハハッッッ!!!」
再び現れる襲撃者だが、今度は最初から薄く消えかかっているようだ。それもやはり霧のようにすぐに暗闇に溶けていった。どこかで見たことがあるような既視感、襲撃者が現れた訳じゃなく記憶を見ているだけのような感覚。
これは、夢?
今自分は眠っているのだろうか、だとすれば起きるまで待てばいいだけのことだ。不安に思うこともないだろう、起きれば変わらずルークがいて楽しく一緒に暮らせるのだろうから。
パキリッ、と音を立てて暗い空間にヒビが入る。欠けた空間には少女の大切な記憶がいくつも映し出されていく。それは次々に映し出され、割れていく。
割れた記憶が思い出せなくなっている。記憶のつながりがない。行動の過程の記憶が欠落している、結果だけの記憶が残っているのは不自然すぎるだろうから。
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だッ!わたしの記憶を消さないでよッ!
暗い暗い空間に悲痛な叫びが響く。嫌だと思う気持ちすら記憶とともに消えていくのを感じて、吐き気すら催す嫌悪感が襲う。
脳はエラーを起こした記憶の処理をしていた。それがどんな記憶だとしても脳はただシステマチックに記憶の整理をするだけだ、それを止めることなどできるはずもない。
お願いッ!やめてよ!わたしとルークの思い出を消さないでよッ!
懇願しても、声を枯らすほど叫ぼうとも所詮は夢の話。無慈悲にも記憶の消去は行われていく。本当は声すら出ていないのだから、届く筈もないのだから。
嫌だよ、………忘れたくないよぉ、……ルークとの約束、忘れたくない。
そんな願いも虚しく、記憶は力を使う前まで消去されていく。つまりルークとの記憶のすべてが消えていくのだ。
記憶を整理し終えた脳は覚醒を促し始める。それは空間に光となって降り注ぎ、意識を覚醒へと強制する。
あれ?なんでこんなに悲しいんだろう。
――ディェン………。
あれから何日も少女は目覚めない。口から栄養を摂取することができない状態が続き、栄養状態が悪くなってきたため、直接血管に栄養を送っているが。
「……うぅ、…………いやだよぉ、……………………。」
毎日うなされて汗も止まらずにいる。これでは体力が持たないだろう。早く起きて欲しい、食事を取らせないと保たないだろから。
――デェァン……。カラカラカラカラ
ルークは少女を助けることができない。体内には侵入できても、思考にまでは入ることはできないのだ。もどかしい思いが身を裂くような痛みとなってルークを侵す。その痛みよりも少女が死んでしまうのではという恐怖がカラカラと体を震わせる。
今はできるだけ少女の体を冷やさないようにするくらいしかできない。ただ時が過ぎていくだけだ。
「……んぅ?………誰?」
起きたばかりで自分のことを認識できていないのか、とルークは思っていた。だが、少女の意識が鮮明になっていくとともに違和感は強くなっていった。
――ディェン
「え?なにこれ!自動機械!?どこから来たのっ?」
ルークはありもしない血液がさぁーっとありもしない頭から抜けていくのを感じた。悪い冗談だと思いたかった。しかし、少女がそういうことをしない人物だとルークが一番知っていたのだ。
「なんで動かないの?壊しちゃった?」
不安そうに自分を見つめる瞳に、自分が知らないものとして映っているのが何よりも怖ろしかった。
どうして消えてしまったのか、やはりかなり無理をさせてしまったのか。自分では力不足だったのではないか。自分が守ろうとしたものは容易くガラクタの間をすり抜けて、手の届かないところまで落ちていってしまった。
「ねえ、生きてる?起動してる?」
自分を構成する五つの玉で優しく抱きしめる。思わずした行動だが、そうせずにはいられなかった。顔が見られない、悲しくなるから。見ていると胸が張り裂けてバラバラになってしまうような気がしたから。
そうしていると、少女の体が震え始めるのを感じた。
「……あれ?どうして涙が、……。」
拭っても拭っても溢れ出てくる涙に困惑している様子の少女。きっとそれは記憶の残滓、楽しかった思い出の残り香だ。
「……どうして?止まらないよ、……。」
ゆっくりと安心させるように優しく撫でる。そのたびに涙が溢れる様子の少女、溢れて溢れて止まらなくなった涙で顔はぐちゃぐちゃだ。
ルークはそれでも嬉しかった。少女との約束はまだ少女の心に消えることなく残っているのだと分かったから。涙はその証拠だ。
――デェァン……
「………スゥ、スゥ、……。」
さっきまでとは大違いの穏やかな寝息。安心しているのを感じる静かな眠りだ。
旅に出よう、この世界には見つからないかもしれないが、違う世界なら二人で穏やかに生きられる場所が見つかるかもしれない。
世界を渡る方法など既に見つけてある。今まで何度も落ちてくるものを解析してきたのだ、登る方法くらい作り出せる。
起きるまでに準備をしておこう、約束のために。
これが最も少女の笑顔が見られる方法だとルークは信じているから。
「あー、これ超えてくるね世界。」
ここはどこかの神様の空間。けだる気で小柄な白髪の幼女がPCのような画面を眺めながらつぶやいた。
「管理サボりすぎたかな?擬似的に創造の力が発現してるじゃないか。」
「だから仕事はしてくださいと言っているではありませんか。」
「えー、でも面倒くさいじゃん。」
どこまでも面倒くさがりで快楽主義、それが彼女の行動理念である。仕事はしないが遊びはする、そのために部下に迷惑がかかる。そんな生活サイクルが回される毎日だった。
「しかし、あんな廃棄のための世界から創造の力が生まれるとはねぇ、面白いのがいるね。」
「はぁ、後始末はご自分でお願いしますね。」
「もちろんさっ、繋ぐ世界はあそこでいいね!何かあってもあの娘がいるしね。」
世界を渡るには神様の許可が必要だ。地上の者たちはそれを知ることはないが、この神が許可しないことはほとんどない。そんな面白そうなことを邪魔しようとは思わないのだ。
こうして、二人が渡る世界が本人たちの知らないところで決められていたのだった。
そして舞台はあの世界へ。
もしかしたらこのあと連載の方に出てくるかもしれないですが、出ないかもしれません。