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カジノ ─ Casino ─  作者: くどい
一章 一目惚れは銃弾と共に
8/99

1-4 一話 「花火はお好きですか?」3



一瞬のうちに全天を覆った光子が降り注ぐ中

彼女は無邪気な微笑みを浮かべ空を見上げていた。それはまるで周囲の光を

全部取り込んでしまったかのように澄んだ瞳に輝きを映しながら──



二〇十八年七月某日 ???時


 一人ぼっちの部屋が茜色に染まる頃、俺は部屋の隅で目を覚ました。

いつの間にか眠っていたようだが、それまで何が有ったかあまり覚えていない。

むしろ、なんとなく本能的に、このまま思い出さないほうがイイような気がするので

心の奥底、忘却の彼方へ追いやっておくことにする。

 

 大の字で横になっていた俺は、ガラステーブル(中二テーブル)に置かれた

そのチラシに再び目が止まる。

ガラス越しに下からそのチラシをなんとなく眺めていると、偶然にも花火大会の開催日が

今日だということに気づく。


 窓を締め切っても侵入してくる、夏の使者(セミ)が奏でる曲調がデスメタルから

バラードに変わる頃、おもむろに俺は部屋を出た。

 昼前のうだるように息の詰まる蒸し暑さは、いつの間にか過ぎ去った夕立が

俺に始まりと終わりを告げぬまま周囲を白く染め、全て(さらって)って

しまったかのようで、今は適度な湿りを帯びた心地よい風が頬を撫でる。


「高校最後の夏、夏らしい事・・・ねぇ── 」


 桂川へ近づくにつれ、次第に人が多くなる。

屋台の準備に勤しむ人の声、(ひぐらし)の声。朱色に染まる土手を一人で歩く俺の横を

浴衣姿の子供達が走り抜ける。いかにも夏といった風情だ。

 絵葉書のような風景より、人の生活に寄り添うような情景の方が俺は好きだ。

思わずスマホでスナップを撮る。


「あとで花火バックの自撮りでも写メっておくか── 」


 まぁ、それがこんな時間に部屋を出た主目的でもあるわけだが

美咲()に夏っぽい自撮り写メを送ったところで

まぁ次回の攻撃が手加減されるとは── 


「思わんがな」


 そんな事を考えながら歩くうち、会場近くに着く頃には朱だった空はすっかり

群青へと色を変え、堰堤はいよいよ人混みの体をなしてきた。

 夏を楽しむ人々に対し、俺はあまりにもな強烈なアウェー感を覚え、

おもわずそのまま会場を通り過ぎると、少し離れた所に葉桜を見つけた。


途中コンビニに寄って正解だった。

ビニール袋からペットボトルを取り出して、雨露で濡れた芝生に袋を敷いて

葉桜の下に腰を下ろすと、取り出したコーラをひとくち口にして

ふぅ、とため息を付いた。


 程なくして会場から聞こえていた喧騒が、ザワツキから秒読みへと

変わる。


『じゅう! きゅう! はち!── 』

人生を謳歌している人たちをなんて言ったっけか、リア充?


『なな! ろーく!── 』

充実していないが俺だってリアルに生きているんだ、参加しなくては


『ごー! よーん! さーん!』

「ゴー、ヨン、サ・・・・」

そう呟いてやめる。寂しくなってきた


『にー! いち! ゼローー!!』《ゴンゴゴゴォォン!》


 想像していたより大きな破裂音に一瞬たじろいでいると、それまで群青に

染まっていたハズの葉桜越しの大空に大輪の花が咲き乱れた───。


 さっきまであまり乗り気じゃなかったのが恥ずかしくなるくらい、不覚にもちょっと

感動的な風景にオレは思わず見とれていた。


「ねぇ、それ冷たくないのー?こぼれてるよ」


突然の声に心臓が止まりそうになる、声の方を向いて今度は心臓が

爆ぜそうになる。


「ふぇぇっ、ちょ、、近っ!」


 あまりに突然のことで変な声が出そうになった。いや出た

そこには桃色の浴衣を着た前髪ぱっつんのショートカット中学生が

しゃがみこんで隣りにいた、耳に息が掛かる位の至近距離で。


「だって、花火の音で聞こえないみたいだったからさぁ」

「それよりねぇねぇ、それ、もしかしてそういうプレイなの?」


 浴衣の裾を押さえたまま、足を揃えてしゃがみ込むショートカットの

その少女はそう言うと、ニッシシという擬音がまさしく当てはまるような

生意気な笑顔でそう言った。

 あれだ、最近の中学生はなんというか、大胆なのか?あっ新手の逆ナン?

それよりプレイってなんだ、このおしゃまさんめ!

 

 打ち上げ音と意外にもちょっと圧巻されたその景色に気づかなかったが

尻付近に置いてあったはずの、コーラのペットボトルが倒れて俺の尻を見事に濡らしていた


「あッ・・・クソッ!」

飛び上がるように立ち上がった俺は、ぱっつん少女の隣に

空を見上げて佇む彼女に思わず息を呑んだ。


一瞬のうちに全天を覆った光子が降り注ぐ中

彼女は無邪気な微笑みを浮かべ空を見上げていた。それはまるで周囲の光を

全部取り込んでしまったかのように澄んだ瞳に輝きを映しながら──


 俺は彼女の周囲以外には、まるで酸素がないような息苦しさを覚え

窒息しそうな感覚に、思わず自分のTシャツの胸辺りを握りしめた。


「あっ・・・の── 」


言葉にならない声が漏れる俺に、澄んだ瞳の彼女は微笑みながら

その瞳をまっすぐ空へ向けながら、こう言った



「花火はお好きですか?」


と──────。

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