1-3 一話 「花火はお好きですか?」2
「ねぇ、自堕落な若い男子を世間ではなんて呼ぶか知ってる?」
電話越しに彼女はそう俺に問いかけた───。
二〇十八年七月某日 昼過ぎ
温まり過ぎのコンビニ弁当を平らげ、飲みかけのペットボトルを白く染めていた
露がすっかり滑り落ち、テーブルに小さな水溜りができる頃
唐突にスマホが鳴る。
そこに記された発信者名に、一瞬このまま居留守を決め込んでしまおうかと本気で
考える。が──、
そんな事をした結果どうなるか既に経験がある。
それは一人暮らしを始めたばかりの頃
2度の着信を華麗にスルーした結果、唐突に悪魔は襲来した。
これはその時の記録である・・・
─ 審判の日 ─
降り続いた梅雨特有のしつこい雨がやっと降り止みはしたが、今まで
に増して雨雲よりいっそう黒々とした暗雲が全天を深く覆っていた五月末
学校より帰宅した俺は玄関扉に貼られた見慣れぬメモを発見した。
俺はめまいの後、戦慄し、そして震えた。
「・・・・・・フフッ」母より
何度目を擦って見てもそのメモにはそう記されていた。
部屋に入ると風呂場はもちろん、トイレまで綺麗に掃除され
お勝手の洗剤類、浴室のシャンプーの類、それら水場の用品は
右から背の高い順に整然と置かれていた。
更には我が城塞の宝物庫、冷蔵庫をおもむろに開くと、そこには謎の赤飯。
赤飯?
そんな俺の使いやすさ重視の超現実主義な道具の並びを一切無視し
奴特有の数学的美的センス一色に塗り替えられた品々の陳列にゾッとしながら
俺は恐る恐る自室の扉を開く───
その自室のホコリ一つない部屋の床には、シリーズはもちろんカテゴリ── いや、
“教科別”に分けられて・・・
ボクの───、ボク達の青春のバイブルが全て発売月順に並べられていた。
一人暮らしの健全な男子高校生だ、ともなれば、参考書、ビデオ教材の
たぐいはそりゃもう多数所持していて当然。 だろ?
それらが、文字通り、床一面に──、整然と。
さらにはパスワードロックしたハズのPC内のフォルダ───
いや───、もう思い出したくない。
塞がりかけた深い傷が、トラウマの蓋が開く
何も語らないことによって相手に最大効果のダメージを与える闇属性の攻撃
魔女なんて可愛らしいものではない。
あれはそう、きっと奴の体に脈々と流れるその血潮は限りなく黒に近い紫色。
数多に従えし眷属までも───
一時の空腹の足しと、気まぐれにすべて喰らい尽くしてしまうような一切容赦のない
悪魔の王。
そう、死のトレジャーハンターは北方より新幹線に乗ってやってくるのだ。
─ 審判の日 ─ 回想 終。
イケメン男子のプライドを執行猶予なく即極刑にされた日の事を一瞬のうちに追体験した
俺はその着信音が鳴るスマホの応答スライドマークを、3コール鳴り止む前に
震える指でスワイプした──
「はい貴方の真です。」
『はい貴方の美咲です。』
「・・・・」
「定期連絡にはまだ早いかと思われますが、失礼を承知でお伺いたします
この度はどのようなご連絡でしょうか?」
『定期連絡にはまだ早いかと思いましたが失礼を承知でご連絡致しました
近頃はいかがお過ごしでしょうか?』
「・・・・」
即物的な物言いを極力廃した謙譲を続けた所で見透かされ、そのまんま返しされるので
キリがない。小手先の戦略は切り上げることにする
「何の用?」
『あのねー、学生さん特有の長ぁーい夏休みなのに、一回も愛するママの顔を
見にコッチに帰ってこないのは、一体何故なのかしらぁー?』
それはね母上様── この度のSummerバケーションはNOマネーでFINISHする
予定だからです。
我が愛馬、デュラハンを救うためなのだ、わかってくれ──
だがバイクで事故ったなんて
そんな事を馬鹿正直にも包み隠さずこの電話の相手に伝えようものならば、だ
即日、新幹線で悪魔が来る。
しかしな、オレとてこの相手に対峙すること十数年
スマホ越しにかすかに聞こえる奴のブレスのリズムの合間に、思考を巡らせ
奴の問いに対し最適解を導き出すぐらいは心得ているのだバカめ!
「・・・部活が忙──
『ウソね』
「・・・・」
『まぁいいわ、近いうちにそっちに様子見に行くから』
「あの・・・美咲さん?お越しになる際は是非ともご一報いただけると
幸いです。ご滞在いただくお部屋の準備も御座いますのでね。」
『あら、おもてなしいただけるなんて、随分殊勝な心掛けねぇ』
「つきましては前もってのご予約───」
『気が向いたらねぇ―』
「・・・・」 (食い気味に責められる
『ところで真ぉ、アンタ高3の夏休みよー、何か夏っぽいことする予定あるの?』
「部活の夏合宿──
『ウソね』
「・・・」 (あぁ、早く切りたい・・・
『高校生活最後の夏休みよ、思い出の1つでも作る努力をしたの?』
「・・・」 (も、ね。死んでしまいたい
『ねぇ、自堕落な若い男子を世間ではなんて呼ぶか知ってる?』
「後学のためにお伺いしてよろしいですか?」
『クズって言うのよショーネン!』
「な゛ッ・・・」
母、美咲は度々このような電話をよこす、多分寂しいのだろう。
俺は母子家庭に育った。中でもウチはよく言う一般的な母子家庭とは多分全く違う。
そう、彼女はちょうど今の俺と同じような年齢で俺を産んだ。
そしてまもなく彼女は、それまで住んでいた仙台にある爺さん達の家から出ると
車で一時間ほど離れた所で独りで俺を育て始めた。
オレをここまで育てた人だ。
精神的に遥かにガキの俺が年齢という物を盾にして想像してもだ。
きっと語るに尽くせない程の苦労は多かっただろう。
数年前に仙台のその若干疎遠だった爺っちゃんと婆ちゃんを相次いで
見送った今、オレと母、美咲。たった二人きりの家族が遠く離れた街で
それぞれ別々に暮らしている。
父親?居ない。
昔一度だけ父のことを美咲に聞いたことがあったがその際彼女は彼についてこう語った。
「ヤルだけヤッて子種仕込んだ挙句女作って逃げたのあのクズ」
あのね美咲さん? 6歳の子供に言うならもっとこう・・・
言い方ァ!!
自由すぎんだろ
天真爛漫か!
そんな彼女は、母というより姉と言うのが傍から見て
一番納得されるような背格好で、他人目線で見て、一般的に、まぁ──
美人だと思う。
この際なのでそんな母へ子供からの一方的な意見をさせて頂くとすれば
・・・そうね
その成りで、しかもまだ若いんだから、イケボの美男子高生を
電話口でイビってないでさ、イイ男でも見つけて再婚───
『あースッキリした、職場でちょーとイラッと来ちゃってねぇー』
「・・・・」
『あの部長さぁ、耳の形が激似なのよーアンタに』
「・・・・」
『ジャね!いま仕事中だから・・・あ、ちゃんとお風呂入りなさいヨー』
『だらしないとモテないわよ―』
「・・・・・」
そう言い残すと一方的に電話は切れた
母は度々このような電話をよこす。
多分俺はアイツのサンドバックなのだろう
「ムリだ、あの性格じゃあんだけ見た目が良くても男寄り付かねーよ・・・」
だって!
「精神的に叩きのめされるものッ──!! 」
100%、完全に電話が切れているのを確認した後、俺はスマホに向かって
あえて口に出してそう言ってやった。
スマホをベットに放り投げた後、部屋の隅にそっと腰を下ろす。
そうだな真、少し泣こう───