第一部 一章 君がもしも主人公だったら
第一部 一章 「君がもしも主人公だったら」
彼女は先ほどから、左の銃しか使っていなかったことに。
右手の銃は先ほどからずっとキュルキュル鳴き続け、その音は膨れ上がるばかり。あんなに静かだったはずの校舎もすっかり過去のものとなっていた。
加えて、はち切れんばかりの光が銃口から溢れている。
見ると彼女の右手人差し指。トリガーに添えられた指は引いたままだった。きっと彼女が俺をゴミ呼ばわりした時から。俺が挑む気になった時から。
ずっと前から彼女は、その引き金に添えた指を曲げ続けていたんだ。
それは普通の拳銃ならありえないこと。だけれど。
いまさら普通が通用するとでも。
引き金を抑え続ける彼女の人差し指。小刻みに震えている人差し指。
ずっと前から彼女は、溜めていた。自身の力を。留めていた。その威力を。そして待っていた、解き放つ瞬間を。
今がきっとその時。
敵を仕留める絶好の機会。
まばゆい光は二人を照らす。轟くキュルキュル。もうそれ以外の音が聞こえない。
最大出力の三発目が、くる。
お い 。 お い お い お い 、 ど う す る。
今から全身を炎に包んで硬化するか。それは果たして、間に合うのか。
絞り出せたとして、そんな急造な鎧で身を守ることができるのか。あまりに薄いそれで、凌げるか。この一撃を。次の一撃を。彼女の本気を。
仮に防げたとして、その次はどうする。そのあとはどうする。どうすればいいんだ。
どうやって反撃する、どうやって。
いや、そんなことはどうでもいい、どうでもよくはないけど今は置いといて。今は目前の事態に頭を使わないと、やばいだろ。おい、働けよ。働かないなら動けよ俺の体!
その無い知恵を振り絞れって。振り絞ってくれよ! 頼むよ。助けてくれよ!
体はもう動かなかった。時が止まったように。
心底怖いと思った。
いや、本当はそんなことを思う暇なんて無かったのかもしれない。
手を伸ばせば届く距離にいる少女。やけにゆっくりと流れる時間。
目の前の唇が微かに動く。閉じていた口が勢いよく縦に開いて、また、しぼむように閉じる。
きっと彼女はこう言った。
「バーン」と。
その顔はにこやかだった。
現実離れした姿をしていて、先ほどはついつい花に例えてしまいたくなるほど美しかった彼女だが、その時は確かに俺と同じ空間に生きて俺と同じように歳を取っていく普通の女子高生だった。
きっと、彼女も心から楽しんでいるのだろう。この状況を、いやこの世界を。「ここが私の生きる場所だ」とその顔は高らかに宣言していた。
勝てないな、この子には。
どこかで諦めてしまった自分がいたが、悪い気はしなかった。思考が止まりかけている頭で、ふと一瞬想像してしまう。
きっとこの女の子は、目の前の女の子は、例えば世界が荒廃して、人類は数を減らして、動物が繁栄して、植物が生い茂って。地球の寿命が終わりを迎える最後の瞬間も同じく、にこやかにしているだろう。
清々しいほど爽やかに。
そんな、妄想をしてしまった。
こんな状況で、なんで俺は。自分に銃口を向ける彼女を可愛いなんて、思ったり思わなかったり。
発射される弾丸。その距離は、無いに等しい。真っ白い視界。
どうしてこうなった。
何を間違えた、何がいけなかった。
いや、何も間違えてはいないし、何もいけなくなかった。初めから分かっていたことじゃないか。自分でもどこかで気付いていただろう。俺じゃあ彼女に敵わないことに。分かっていて、突っ込んだんだろ。玉砕覚悟だったはずだ。
視界が霞んでいく。どこかの山奥みたいに目の前に霧がかかる。
その中でぼんやり。
夢だったら良いのに。
そんな一文が頭に浮かぶ。浮かんだ時どこか遠くの方から、遠くというのは距離的な意味ではなく、なんというか自分の意識の外というか、本当に、ずっと遠くの方から。声が聞こえた。
「わたしと一緒に夢をみましょう」
それは自分がこの世に産声をあげて初めて聞いた声のような気もしたし、目覚ましのアラームに設定して日常的に聞いている声のような気もした。
ああ、そうだ。あの時彼女は、そう言ったんだ。
何が夢だったら良いのに、だ。俺は、まったく。
大事なことを忘れていた。随分と、ずっと前から、これは。
「これは、夢だ」
気づいてぽつり、口からこぼれる。と同時に朦朧とした意識が鮮明になり、視界にかかった霧が晴れて、そして明晰になる。
自分の耳にも届いたかどうか定かでない呟き。
果たして彼女に、聞こえただろうか。
そして、俺は一体どうなってしまうのか。
この夢の続きを語るためにも、もっと前の時間軸から説明しようと思う。




