第一部 四章 「夢の続き」
先ほどまでツヤのある黒髪だったはずの彼女の長髪は、色を銀色に変えていた。
光を反射し、神々しく輝く銀髪。
言葉を失ってしまった。あまりの麗しさに。
絶世の光景だ。この世のものだとは思えなかった。
呆気にとられてしまい、ただ呆然と見上げることしかできない。
それは奇しくも、初めて俺と彼女が出会った状況をなぞっているようだった。
確かあの時は、唐突に彼女はブレザーの懐に両手を忍ばせたと思うと、何かを宙に投げたんだ。
くるりくるりと空へ舞った二つの黒い物体。あるところまで行くと重力に従って彼女の元まで戻ってきて。
胸のところで両手を交差してそれを掴む。刹那の間に行われた無駄のない所作。そして彼女は両手に握ったものをまっすぐと俺へと向けたんだ。
それはおもちゃの拳銃。その銃口と向かい合う。
記憶の中にある、思い出の彼女はそうしたんだ。
もしや。嫌な予感する。またあの痛みに見舞われるようなことがあれば一溜まりもない。
注意深く様子を伺っていると、スーッと彼女はその片手を懐から離すように天へと掲げる。
よかった。拳銃を取り出す気は無いらしい。
ホッと胸を撫で下ろす。
すると上にあげた手の平が、桃色と紫色を混ぜたような光を帯び始める。
その発光は次第に増し、まばゆいくらいの輝きに思わず瞼を閉じて片腕で双眸を隠す。
なんだ。何が起きたんだ。
目を開くと聖本の片手が放っていた輝きは既に収まっていた。
その代わりに彼女の手の平にあるものが姿を現す。
それは彼女の片腕ほどの大きさをしていて、所々がシャープで所々がカーブで。色は彼女の髪色と同じ銀。たまにピンクが点々。そんないびつな形をした。
銃、だった。
それをまっすぐこちらに振り下ろす。そのメカニックで、幾何学的な銃口と目が合う。
初対面の時、教室で向けられた拳銃。あれは本物そっくりの見た目をしていた。
対して今グラウンドで向けられる拳銃。そのおかしな形をしたこちらの方が「おもちゃ」っぽかった。
けれど、生物の本能か。
本物だ。
確かな直感が走った。
やばい。
逃げなくては。
立ち上がろうとするが、地面に着いた両手は動かない。
せめて距離を取ろうとするが、両足はすくんでいる。
早く、動け。俺の体。
汗が目尻をかすめ流れるのがわかった。
目の前の少女が優しく微笑んだ。
それを合図に体はようやく言うことを聞いた。
全身を起こして、とにかく、どこか遠くに走り出そうとした。
けれど時は遅く。
きらりと銃口が怪しく光り、彼女がトリガーを引く。
迫る輝き。
ああ、死んだ。なんて考える暇もなかった。
銃弾は俺の腹部を捉える。衝撃を真正面から受け止め、後方に体が吹っ飛ぶ。
一撃が筋肉にめり込み、肋骨を軋ませる。
何か酸っぱいものが口のあたりまで登ってくる。
強烈で、猛烈で、痛烈な激痛が俺の呼吸を妨げる。
「ぐおあぁっ」
息が出来ない。苦しい。
その場でもがき、苦しみながらも、両手で患部をこすった。
出血はない。体を貫通していない。
なんだ、今。何が起きたんだ。確かに俺は今彼女に撃たれた。
そんな疑問に答えるように聖本は口を開く。
「ダイジョーブ大丈夫。普通の弾は打てないから」
にこやかに楽しそうに自慢げに。明るい口調で話し出す。
「何も大丈夫じゃねぇよ!」
呼吸が整いカラカラの口で叫ぶ。
「これすごいのよ」
そう言うと俺を向いていた銃口がピタリ90度真横に向く。
その先にあるのは学校の敷地を囲うブロック塀。銃身が光り、彼女はまたも引き金にかけた人差し指を曲げる。
すると握りこぶし七、八個ほどの薄紫色をした半透明の光の塊が射出されズドンと重い着弾音が響く。
ブロックからは煙がたち、ポロポロと破片が落ちる。
大きく抉えぐられ、黒く変色した銃痕。
それがその威力の凄まじさを物語っていた。
「ね? すごいでしょ」
聖本はおどけてウインクをしてみせる。
慣れてないのか、両目を瞑ってまるで出来ていなかったが、それに笑える余裕はなかった。
「これ絶対貫通はしないの! 打撃って感じ? 例えるなら刀じゃなくて木の棒と一緒だから! そう木の棒とおんなじなの。だから安心してっ! 体に命中しても穴が開くことはないし。死ぬ……こともきっとないと思うし。うん」
弾む声音で嬉しそうに語る口調はまるで深夜のショッピング番組みたいだ。
何も安心できないし、何も大丈夫ではない。
「なんで……」
どうして一体、なにゆえに。
「なんでこんなことすんだよ」
彼女はなぜ俺に攻撃するのか。
その疑問は愚問であるかのように。彼女はさも当然とばかりに胸を張る。そして悪戯げに微笑む。
「あんた……いいえ失礼したわ、ゴミトウくん」
「言い直すなよ!」
「主人公になりたいんでしょう? だったら私と勝負しなさい」
「なんでそうなるんだよ!」
そこで彼女はちょこんと小首を傾げる。
きっと可愛いと思ってやっているのだろう。実際様になっていて何も言えないのが悔しい。
「主人公っていうのはピンチをくぐり抜けるものよ?」
澄んだ声で口にすると横を向いていた銃口をこちらに正す。
「強敵を倒すことも主人公には必要だわ」
やっぱり彼女は一方的だ。
徹頭徹尾、終始一貫して。
再び光る銃口に恐怖し、考える前に走り出していた。
とにかく身を隠さなくては、そびえ立つ灰色の校舎へと駆ける。
途中、彼女は数発を俺に向けて発射したが先ほどより距離が開いたため寸前のところで反応して、かわすここができた。
裏口から校内へと入る。
追ってきては––––いないようだ。
ふと心を休めれば、その場にへたり込んでしまいそうだ。
それでも恐怖と焦りが俺の狭い心の中で暴れ、足を止めることを許さない。
けれど、自分の高校とはいえ、俺はこの建物のことをまだよく知らないのだ。
どうしよう。
どこかに隠れようか。物陰に姿を隠そうか。
どこか隅で暗闇の中膝を抱えて体育座りする自分を想像したが、そんな風に怯えながら何時間も耐え凌げる自身はなかった。
どうしよう。
悩んでいる間も足は止まらず。
階段へと向かっていた。
生物の帰巣本能というのだろうか。
気がつけば四組の教室へと逃げ込んでいた。見知った場所、一番長くいた場所。
少し心が落ち着く。
どうしてこうなった。
教室には誰もいない。
自分の席まで足を進める。
ここに来る前まで、そうだ。気が付いたらグラウンドにいた。
なんでだ。それまでは、確か龍太郎と一緒に帰って、そしてこの教室まで引き返して。そこには俺を待っていた聖本がいて。考えても頭が混乱する。頭痛がマジで痛い。
あいつは今どうしているのだ。
俺は少し態勢を低くして、窓際まで近づいた。そこから先ほど俺たちがいた場所を見ようとしたんだ。
聖本がもしあの場所にまだいたら、その位置から見えないように恐る恐る足を進める。
そして、あと少しの距離まで来た時。
目の前に彼女が現れた。
現れたと言っても瞬間移動をしたわけじゃない。
下から、姿を現したんだ。
下から、そう地面から。
聖本麗はその両腰に先ほどのメカニックな銃を地面に向けて装着していた。
そして二丁の銃口は薄紫色に発光しながら、まるでジェット機のエンジンみたいに噴流を生成し、エネルギーを噴射してその出力で彼女は空に飛んでいた。
「そんなのアリかよ……」
つーかその銃、何個も出せるのかよ。
爆音を轟かせ、彼女の銀髪が舞う。
けれどなぜかスカートはめくれ上がらない。
ガラス越しに彼女は「すごいでしょ?」と勝ち誇った顔で両手をこちらに伸ばす。
右手と左手。その手の温もりを俺は知っている。
両方の手の平が眩しく光る。
手に持つものが機関銃なら君は平成の薬師丸ひろ子だ。
まぁうちの服はブレザーだけど。
ああ、空飛ぶ女の子っていうのはこんなに危険な存在なのか。
だから幾人の主人公たちはトラブルに巻き込まれるのか。
「平穏な毎日が過ごしたかっただけ」そんなことを口にする彼らの気持ちが少し理解できた。
振り返らず教室の出口へと急ぎ、勢いよく引き戸を引いた。
そして、俺は。
生徒も教師も誰もいない。
無人の廊下を走るんだ。
これでようやく。
夢の続きを話せる。




