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俺の超常バトルは毎回夢オチ  作者: みやちゃき
第三章
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第一部 三章 「ごめんな、友よ」

 昇降口では人がまばら。

 それもクラスで見たことのある顔ばかり。俺たち四組は一番早くに終了したらしい。

すれ違う生徒の中に聖本の姿が見当たらないのを確認し、ホッと胸を撫で下ろす。

 上履きからローファーに履き替えて、校舎を背にする。


「いやー長い一日だったね」


 校門を出たところで腕を天に伸ばす龍太郎。


「ほんとだな」


 彼に言われてスマートフォンを取り出す。待ち受け画面に表示される時刻は左から一、二、三、三。


「結構かかったな」


 チリンチリンと鈴の音がして、俺たちの横を自転車が通り過ぎていく。漕がれる二輪が横断歩道を渡り切るのと同時に信号が赤に変わり、俺たちは白線の前で止まる。


 向かいの通りにある蕎麦屋の前には行列ができていて、子の手を母親が引く親子連れがその最後尾に並ぶ。

 朝、この通学路を歩いている時はお昼前には終わるだろうと見積もっていた。


「いやいや早い方だと思うよ」

「そうか?」


 信号が青に変わって、小鳥がさえずる。

 ふと辺りを見渡し、先ほど自分たちを追い抜いていった自転車を探すも、全く見当たらない。


「これだけ早く終われば十分だよ。帰ってから寝溜めして深夜のアニメに備えなきゃね」


 ね? とパチクリ、瞬かせて瞳で訴えてくる龍太郎。


「あーはいはいそうですねー」


 はぁ、と。仰々《ぎょうぎょう》しくため息を吐き出し、わざとらしく辟易へきえきとしてみせる。それはいつも通りのやりとり。


 アニメとか漫画とかの話を彼がしだし、自分の世界に入り込んで熱くなったのを、隣で俺が白い目を向けバカにする。一通り終わったら攻守交代のように「ミトゥーも昔は~」「あれ。そう言えばミトゥーは~」と過去の黒歴史を言い出すのだ。

 それに俺がうんざりとして「うるさい」と言って。笑い合うのだ。

 二人でいるときは、ほとんどそれで終わり。


 隣に千和子ちわこがいたら「たははー」と、そんなやり取りを笑顔で見守っているだろう。

 隣にはじめがいたら「ホント。お兄ちゃんだって」と龍太郎の肩を持って二人して暴露大会が始まるだろう。


 それが何回も、何回も繰り返してきた俺たちのノリ。

 だからこの後も。


 俺が一通りバカにして見せたから、呆れて見せたから、何か小言を言って、肘で小突いてくるだろうと、心のどこかで予想していた。「そんなこと言ってミトゥーも」と彼が喋り出すのを待っていた。


 が、信号が青に変わって小鳥のさえずりが流れても、途切れ途切れの白線を渡り終えても、攻守が交代することはなかった。

 電源を押しても黒画面のままのテレビとか、ひねっても水が出ない蛇口とか。

 あれ、と不思議に思う。


 隣で龍太郎はどこか遠くを眺めていた。

俺みたいに隣の蕎麦屋とか消えた自転車など、どこか一点に照準を合わせるのではなくその風景全体を彼の瞳は捉えていた。が、虚ろげな眼をしているわけではなかった。

 もしかしたら流れる雲のどれか一つをしっかり見つめているのかもしれない。


 半開きの口からは俺の過去を掘り返す言葉も辱める言葉も飛び出ず、さもすると結ばれニッと頬が釣り上がる。




「ミトゥーは大人だよね」




 今までのおどけた口調ではない、静かなトーンだった。

 何かを堪えているようなその表情には、見覚えがある。


 昨日の上映後、二人で立ち寄った売店。

 あの時彼が見せた不安げな表情。伏し目がちに呟いた言葉。


 ざわりと、胸騒ぎ。

 今なんて言った?

 俺が大人だなんて。


 何を言っているんだ、お前は。


 その言い方だとまるで自分は大人じゃなく、子どもだと言っているみたいじゃないか。


 それは違う、それは違うよ龍太郎。そんなことはない。あるはずがない。

 お前が子どもだなんて、ましてや俺が大人だなんて。


 それは違うよ。


 今日一日のことを切り取って見てもそうだ。

 お前は俺なんかとは違い男女関係なく、分け隔てなく、初対面の人間とも友好関係を築いていたじゃないか。それはいつまでも、自分の世界に閉じこもって、殻にこもって、妄想にふけったりして、ガキの頃から全く変わらないで、自己完結で終わっている俺なんかとは比べ物にならない。


 好きなものだってそうだ。

 アニメだとか特撮だとか漫画だとか、お前は自分の好きなものに誇りを持っているだろう?

 大きな声で自分の好きなものについて語れるだろう?


 けど俺はどうだ。


 中途半端に周りの目とか、そんなどうでもいいものばかりを気にして。

 嘘の言葉を自分に言い聞かせ、口にしているうちに引っ込みがつかなって自分の首を絞めるんだ、そのうちうそぶいていることさえも忘れてしまって。それが本心からの言葉のように振舞って。



 龍太郎、実はな、本当はな。俺だって異世界とか、異能力とか邪気眼とか神の代理人とか……そういうの、良いと思うよ。


 ぶっちゃけるとさ、今でもたまに妄想しちゃうよ。こんな俺が主人公になったら、とかさ。笑えるだろ? おかしいだろ? 馬鹿馬鹿しいだろ?


 本心では俺もお前みたいになれたらって。


 余計なものに囚われず、自分に素直になれたらって。好きなものを好きなように見て、好きなものを好きなように読んで、好きなものを好きと言う、そんな簡単なことができなくて。



 ミトゥーは大人だよね。もう一度そんな声がどこからか聞こえた。

 頭の上から降ってきたみたいだ。

 違うよ龍太郎、お前の方が大人だよ。


 俺がしたことは言わば諦めだ。


 俺は諦めたんだ。自分が好きなことから。目を背けたんだ。自分が夢中になったものから。そして嘘つきの自分から。捻くれたままの自分を、しょうがない、俺はこういう人間なんだって、無理やり納得させて肯定したんだ。


 俺は諦めただけだ。


 諦めることが大人なことだなんて、そんなの。諦めないでいるお前の方が大人だよ。


 世の中にはもしかして、そんなお前を子供と言う人間がいるのかもしれない。こんな俺を大人と呼ぶ人間がいるのかもしれない。けど、絶対、そんなことないよ。そんなことは、ないんだ。少なくとも俺よりは、お前の方が大人だ。


 いや、もう、大人だとか、子供だとか。そう言うんじゃないんだよ。

 目の前がぼやける。もしかして泣いているのか。

 視界が霞む。その先で、隣の龍太郎は笑っていた。


 顔の造りに関係ない、とても綺麗な笑顔をしていた。

 眩しすぎる、俺には、俺なんかには眩しすぎる。その笑みを向けられる資格なんて俺にはないんだ。


「龍太郎、お前の方が、」


 なんだ。なんて言えばいいんだ。

 こんな時に言葉が見つからないなんて。

 口にすることを戸惑っているなんて。


 呆れた馬鹿野郎だ。


「お前の方が、俺なんかより、」


 お前は、俺よりも、なんだ。その続きに来るのは。

 俺が言うしかないんだ。誰かに俺の代わりは務まらないんだ。

 簡単な言葉なはず、単純な言葉なはず。

 それがどうして思い出せない。

 もう自分に失望したくはない。いいところを見せて、お願い。

 頼むから勇気を、出して––––。



 その時ふと頭の中で、一人の少女の声が聞こえた。

 脳裏に焼きつくような綺麗な声。

 けれどうっかりしていると、二度と思い出せなくなってしまうような、繊細な声。


 ああ、そうだ。お前は、俺なんかより。



「カッコいいんだよ」



 ずっと言いたかった言葉。

 言わないといけなかった言葉。

 呟きは自然と口から溢れた。


 目の前の少年から一筋、涙が流れる。

 彼の雫には、どんな想いが込められているのだろうか。涙の意味は。

 俺には想像すらつかない。

 友達なのに。最低なやつだ。


 今まで彼はどんな思いをしていたのだろう。

 昨日久しぶりに、一緒に好きだったアニメを見て。

 そして二人きりで売店に行って、龍太郎はパンフレットを手にしながらなんと呟いたか。

「憧れだよ」

 そう言ったはずだ。


「龍太郎、ごめん、俺行かないといけない場所があるんだ」


 こくり、彼は笑顔で頷く。

 俺は、来た道を逆行した。

 全速力で駆ける。


 今日は走ってばっかだな。


 朝、鏡代わりにした不動産屋さんを通り過ぎ、交差点。

 信号は幸運にも行く手を遮ることはしなかった。

 肩に掛けていたはずの鞄がない。龍太郎の元に置いて来てしまったのか。


 けれど、今となってはそんなことはどうだっていいんだ。


 灰色の校舎が見えてきた。その校門を抜ける。走りながら俺は自分の周りの人間のことたちを浮かべていた。


 龍太郎は、自分を信じる。

 自分が好きだと思ったものを、まっすぐな瞳で見つめ続ける。

 千和子は、人を信じる。

 俺を含め、みんなのことを信じて疑わない、強い人間だ。

 初は、夢を信じる。

 あいつなりの理想像を追い求める。そうなれると信じている。


 では美藤錬真みとうれんまはなんだ。


 俺はなんだ。

 何者なんだ。


 きっとまだ、何者でもない。


 そして何者にでもなれるのかもしれない。

 昇降口まで来たところで、目眩がした。

 なにかに殴られたように頭に衝撃が走る。

 意識が遠くなりながら、何となく思う。



 また気がつけば四組にいるんだろうな。

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