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俺の超常バトルは毎回夢オチ  作者: みやちゃき
第三章
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第一部 三章 「麗らかなホームワーク」

 ぽんと左肩にぬくもり。


「……マーくん?」


 声にハッとして。

 振り向くとそこにいたのは。


 まるで太陽の女王。

 氷が溶けて鎖が切れて。

 地面に足を着けて、立っていたのは紛れもない一年四組の教室。


「ええっとぉ……大丈夫?」


 一岡千和子いちおかちわこは不安げに、俺と聖本ひじりもとの交互を見る。


「わたし、お弁当作ってきたから、おっくんと三人で食べに行かない?」


 千和子の視線が後ろにそれる。そこでは龍太郎が、あははと笑い硬い表情で後頭部を掻いていた。


「ミトゥー、お腹、空かない?」


 僕は空いたなーペコペコだよーと。そう言う龍太郎の姿を初めてサーカスのクラウンみたいだと思った。


「ああ、そうだな。お昼」


 聖本の方を見る。ご主人の期限を伺う犬みたいに。

 フーッと息を吐き、頬杖をついて。彼女はようやく俺から視線を外した。

 勝手にしなさいとでも言うように。手の平に顎を乗せて瞼を閉じる姿は、まるで絵画みたいだ。

 ようやく、彼女からの呪縛が解けて。乾いた口の中に唾を飲み込む。


「マーくん?」


 少し怯えながら、千和子が顔を覗き込む。

 俺は今、そんなにひどい顔をしているのか。


「行こう」


 聖本に背を向ける。

 走り去りたかった。


 その場から。一刻も早く、彼女から逃げたかった。


 けれど俺の足は鉛が付いたみたいにゆっくりとしか動かない。横に並ぶ二人の顔も見れず、自分のつま先を眺めていた。


「宿題よ」


 心臓がトクンと跳ね、肩がビクリと痙攣する。

 俺の背中に、彼女は最後の言葉を突き刺す。


「今日の放課後までに、答えなさい」


 その時、聖本麗がどんな顔をしていたのか。

 二人は振り向いていたが、俺は俯いたままだったので分からない。




 生きた心地のしないやりとりだった。

 教室を出て廊下を歩く。

 廊下を歩いて階段を降りる。

 階段を降りてまた廊下を歩く。

 会話はなかった。


 三人とも、何を言っていいのか分からなかったのだ。

 沈黙。


「マーくん……」


 それを破ったのは穏やかな口調。


「さっきの子と、ケンカしたの?」


 先ほどの困惑げな表情とは一変、千和子にしては珍しく真剣な面持ちをしていた。


 ケンカ、なのだろうか。


 いや、違うな。俺がイメージしているケンカとは、違う。

 では一体、先ほどの俺と聖本は何をしていたのだろうか。

 相応しい言葉が思いつかず、くぐもった声で返事をする。


「ケンカは、してないよ」


 聞き取りづらかっただろう。

 けれど彼女はその答えに満足して、いつもみたいに、花を咲かせるみたいに、明るい笑顔になる。


「だよね。マーくんは人を傷つけることはしないって信じてるよ」


 だから卑怯だ。

 そんな笑顔になった後に、一瞬戸惑ったような不安げな顔をするのは。


「まぁミトゥーには誰かとケンカする度胸なんてないしね」


 手を頭の後ろで組みながら龍太郎が呟く。「あははー確かにそうだねー」千和子が笑って同意する。


「うるせ」


 肘で小突くとお腹が鳴る。申し訳なさそうな音に、三人とも吹き出す。


「千和子ちゃん何作ってきたの?」

「んふふーお楽しみにー」


 二人に挟まれたこの場所は、とても心地が良かった。この数年間で、何十回と、何百回と繰り返されてきたやりとり。それが、慌ただしくざわついていた心を落ち着かせてくれる。

 そして、落ち着いた、幾ばくか冷静になった頭で彼女の言葉を思い出す。


「あんたの憧れってなんなの」

「さっきからぼーっとしてるし」

「あんたみたいなのを見てるとイライラすんのよ」

「宿題よ今日の放課後までに答えなさい」


 それらは頭に、脳にこびり付いて、決して消えない。 


「あんたの憧れってなんなの」


 反芻はんすうしただけで意識が遠くなる。 

 俺の憧れ。ってなんだ。そもそも、憧れ、なんて。


 そんな言葉。

 四文字の単語に当てはまるものなんて、俺には。もう。


 残っているのだろうか。


 様々な思いの果てに、過去にすり潰してしまったそれ。

 まだその残滓ざんしが残っているとでも。

 今日の放課後までの、宿題だなんて。

 一方的すぎるだろ……。

 考えただけで、目眩がした。




 気がついたら四組。自分の席に着席していた。

 時刻は十二時。手元にはプリント。

 今日の日付が書かれた下に入学式と記載され、明日の日付の下に各教材購入、生徒手帳配布云々、明後日の日付の下に健康診断、その次の日の下に……と今後の予定が綴られていた。


 それに基づいて教卓では宇佐美先生が話している。

 聖本麗から出された宿題。


 それについて考えていたせいで、お昼の間の記憶が曖昧だ。千和子が作ってきたのはサンドイッチの気もするしちらし寿司だった気もする。

食べた場所さえも、校庭のベンチだったか賑わう食堂だったか。


 ってか俺ほんとに飯食べたのかな。

 なんて突拍子も無いことを思いお腹の辺りをさすると、どこからともなく満腹感が湧く。どうやら食事をしたという事実は変わりないようだ。


 聖本麗から出された宿題。

 それについては、記憶が曖昧になるほど思考を巡らせてはみたが答えを出せないまま。

 当の本人は、今朝と同じく両腕を枕代わりにスヤスヤと机に伏せている。こちらの気などつゆ知らず。


「今みんなの名前、住所、電話番号が書かれた紙を回しているから。自分のものに誤りがなかったら名前のところに丸印をつけるように。間違っている場合は訂正してください」


 先生にそう言われ、前の席の女の子からプリントが回ってくる。

 ああ、初めてのコミュニケーション。錬真くん泣いてしまいそう。

 けれど少女はこちらを振り向きもしない。ツンデレなのかな、きっとそうだ。

 どうだ、ヒョロガリメガネ、羨ましいか。と、右隣を見やるとまさかの彼も机に伏せて旅立っていた。いや、お前も寝てるんかい。


 そのあとも何枚かのプリントが配られ、私の担当科目は国語です。大学はどこぞこを出ました。皆さんの自主性を尊重していきたいと思ってます。始まったばかりで色々不安もあるでしょう。何かあったら気軽に声をかけてください。一年間の付き合いとなりますがよろしくね。

 と、簡潔にまとめて「今日はこれにて解散です」とお開きになる。


 その一言を待っていたように、タイミング良くチャイムが鳴り銘々《めいめい》立ち上がる。


 龍太郎が駆け足で側まで来て「さぁ帰りましょうか」と伸びをする。そうだな、と一言口にしてから横を見やる。

 ってか。なんだよこいつ、結局眠ったままじゃねーか。


 そこそこの音量のチャイムが響いた後でも、聖本は相変わらず寝息立てたまま。

 カバンを手に取り席を立つ。


 何が今日の放課後までの宿題、だ。言うだけ言いやがって。

 このまま立ち去ろう。

 明日になってそれを咎められたとしても、彼女にも非はあるはずだ。


 そうだ、このまま。このまま帰ろう。

 言い聞かせて席を離れる。龍太郎の後ろを歩く。

 出口まで来たところで一度、振り向く。

 彼女の姿勢は変わらぬまま。


「ミトゥー行こうよ」

「……ああ」


 俺はそっと後ろ手で教室の戸を閉めた。




「ああ、ごめんねー私たちのクラスこれから席替えなんだー」


 階の反対、一組の千和子を迎えにいく。一緒に帰ろうと誘ったところ両手をパチンと合わせて謝られた。


「席替えってこれから?」

「そうなんだよーなんか担任の先生が、高校生活といえば青春、青春といえば席替えだろーって張り切っちゃって」


 たははと小さく笑う千和子の後ろではショートカットで白衣姿の女性が拳を掲げてクラスの真ん中にいた。クラスによって何をするか、その一存は担任の先生が決めてことになっているのか。

 というと宇佐美先生は少し、面倒臭がりなのかもしれない。まぁ、今日はそれに助けられたのだけれど。


「楽しそうだね」

「そうだねー」

「千和子ちゃん、千和子ちゃんクジ何番だった⁉」


 話していると、背の小さいポニーテールの女の子が千和子の元まで駆けてくる。「十八番だったよー」「うっそ、やったーめっちゃ近いじゃん!」


 妹ほどの身長の彼女はその場で飛び跳ねると「男子—千和子ちゃんは十八だぞー」と叫んでクラスの輪の中に消えていった。

 するとどこかから歓声がわき、ため息が漏れる。

 一組はそれこそ今日が初日のはずなのに、何年来の友人達かのようにはしゃいでいた。

 端から見て単純に羨ましかった。

 そしてその中に千和子が溶け込んでいる様子を見て改めて安堵の気持ちがこみ上げる。


 騒ぐクラスの様子を、聖母のような微笑みで見つめる千和子。


「「「母性が強い……」」


 意図せず龍太郎と声が重なる。


「たははー。だからごめんね、先に帰っちゃっていいよ」


 顔を二人で見合わせ「そうするか」と言うと「それじゃあまた明日」龍太郎も手を振りカバンを肩にかけ直す。


「じゃあねーまた明日」


 笑顔で手を振る彼女は、すぐに腕を引かれ教室の中へと消えていった。

 

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