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俺の超常バトルは毎回夢オチ  作者: みやちゃき
第三章
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第一部 三章 「少女が叫ぶ一秒前」


 少したるんだ電線から小鳥が羽ばたく朝七時。


 両翼を広げた飛行機がその軌跡を真一文字な雲として青いキャンパスに描く。

 輝く朝日が差し込む、西向きの一室。その家の表札には「美藤みとう」の二文字。


「お兄ちゃんっ! はぁぁぁ……初日からこれかぁ……。すぅーーっ……レン」


 中学生になった少女の叫び声が、もう一度響く一秒前。


代わりに高校生となった少年の奇声が上がる。アマゾン奥地に生息していそうな、トサカが紫色をしていそうな、そんな鳥が首を絞められた時の断末魔のような叫び声と共にベットからその身を起こす。


「ありゃ。珍しい。名前を呼ぶ前に起きるなんて」


 涼しげな表情の妹とは正反対な面持ちの兄。その額には汗が滲み、瞳孔は開かれ、肩を激しく上下させて息を吐いている。


「……お、にいちゃん? どうか、した?」


 切羽詰まったような兄を不審に思い、恐る恐る様子を伺う。

なにか悪い、怖い夢でも見たのだろうかと心配する妹に、くるりと振り返り見開かれた双眸そうぼうのまま兄は言い放つ。


「君、エルフの子だよね」



「––––は」


 聞き慣れない三文字。


 予想もしていなかったカタカナの言葉の意味を一瞬忘れる。


「ありがとう。倒れていた俺をここまで運んでくれたんだろう? ああ、名前は忘れちゃったんだけど、あの、ドラゴンに化ける竜族の、白髪のおじさんに会わせてくれないかな。あの人に話があるんだ。あとひとついいかな、君たちって下着履いてるの?」

「え。……あの、おにい、さん?」



 あんぐりと開いた口をなんとか動かし、途切れ途切れに言葉を出す。頭の整理が付かないのは朝のだからだろうか、そうか、いや違う。


「え、あの、ちょ。がっこ、にゅーがくしき……」

「ああ、そんなものもあったね。まぁ今となってはどうでもいいことだよ。向こうの世界のことは妹たちがうまくやってくれるだろ。入学早々不登校になっちゃうのは少し残念だけど、でも俺はこの世界を救わなきゃいけないんだ。君たちだって苦労しただろう。でも大丈夫、俺に任せてよ。知ってる? 俺、炎出せるんだよ、しかもただの炎じゃないんだ。しろがねの炎で、それで––––」



 晴れやかな、おめでたいはずの入学式当日。

 妹は兄がおかしくなったと泣き叫び、兄は変わっていない日常を摩訶不思議な異世界と勘違いして歓声をあげた。

 本棚に飾られていた人形は、変わらぬ姿で彼を見つめたままで。



                   ☆    ☆     ☆



 桜が満開に咲き誇る時期とは、微妙に週がズレてしまった。

 まぁ現実なんてそんなもんだろ。


 足元には踏まれてしまって土色を帯びた花びらが、絨毯のようにコンクリートを埋め尽くしている。昨日の俺だったら足の踏み場に気をつけながら足を進めていたかもしれない。けれど今日はその足取りは普段より軽やか、ハミングなんて柄でもなく口ずさんだりしちゃったり。


 木からこぼれた桜色の花びらに、新たな足跡をつけていく。

 その日に見た夢のことをなんて呼べばいいのだろうか。


 昨日の夢? 今日の夢?

 時計がてっぺんを越えれば日付は変わる。


 それ以前に見ていたら昨日の夢と言うべきか。だがそんなこと睡眠中に分かるわけもない。それならやはり今日の夢、か。誰かに語るとき「今日見た夢なんだけど」と枕詞に話し始めたら、なんだこいつ預言者か。なんて思われないだろうか。


 それならやっぱり昨日の夢? 

 まぁどっちでも話は通じそうだけれど。

 そんな小さな違いが気になった四月のある日。


 話すならちゃんと、正しい表現で的確に伝えたい、彼には、龍太郎には。もうあと数分で高校に着く。そしたらいの一番にあいつを見つけて、自分に起きたことを伝えるんだ。


 先ほどまで見ていた自分の夢。

 具体的にはナンバー戦争の夢。


 それもただの夢じゃない、偶然か、その存在を知った翌日、龍太郎から聞かされたばかりの夢、明晰夢。

 あいつは一体どんな顔をするだろうか。

 きっと瞳をクリクリ輝かせて飛びついてくるだろう。食いついてくるだろう。


「ミトゥーそれは本当⁉ それで、それで⁉」と高い声で叫び、話の続きを急かしてくる彼の姿が克明に思い浮かぶ。

体育館に生徒が並んで「あの子が可愛い」「うちらの担任イケメン」だのと、これから始まる高校生活について話す新入生の中で、自分たちだけが明晰夢の話をしている姿を想像すると面白かった。


 少しでも先ほどまで自分が体験していた夢の記憶を思い返すと、自然に頬が弛緩していく。頬が緩んで、歯がむき出しになって、鼓動が早くなって、ああ油断をすると叫びながら走り出してしまいそう。

 他のことなど考えられないほど爆発してしまいそうな感情を、なんとか抑えるので精一杯だった。


 早足気味で歩いていると、そびえ立つねずみ色の校舎が見えてきた。

明晰夢のことに夢中になっていたが周りには自分と同じ制服を着た生徒たちが、頬をわずかに紅潮させてぞろぞろと歩いていた。

 不意に俺も今あんな顔をしているのだろうかと思い、不動屋さんの窓ガラスに映る自分の姿をちらりと見る。


 住宅の外観と間取りが書かれ、その横にでかでかと値段が載っている張り紙の隙間から覗く自分の表情は、いつもより黒目が大きい気がした。

 まぁ普段から頻繁に鏡を見ているわけではないのであくまで気のせいだろうが、見開かれた両目はどこか私立の小学生みたいな、お利口な坊っちゃんみたいに映った。そんな自分が面映くなって、小さく深呼吸し、なんとなくあくびを一つ。


 自分の右手で口を覆って咳き込みを一つ、それにはなんの意味もない。触れた自分のほっぺたはわずかな熱を帯びていた。

 追い抜いて先を行く自分よりも背の高い男子生徒、スカートの裾をいじりながらゆっくりと歩く女生徒。

 俺も今あんな顔をしているのだろうか。


……していた。


 けれど、周りを行く彼ら彼女らと俺とでは、頬を染める着色料が違うのだ。

 高校へと続く最後の交差点、その信号が赤色に変わって白線の前で止まる。


 同じように立ち止まる人垣の中に、千和子ちわこや龍太郎の姿がないか背伸びをしたり、ゆらゆら横に揺れてみたが、見慣れた背中はどこにもなかった。

 チュンチュンと電子音で小鳥のさえずりが流れ、信号が変わり途切れ途切れの白線を踏んで行く。


 ブレザーのポケットからスマートフォンを取り出すと、何件か新着のメッセージが表示された。

 朝から慌ただしかったからなと、開いて見る。千和子と龍太郎からは「今どこにいるのか」と所在を問うメッセージが届いており、はじめからは謎のURLが送られて来ていた。なんだろうかとタップすると近所の精神病院のサイトへと繋がっていた。


 やかましいわ、とお返しに「入園おめでとう」の言葉と共に保育園のURLを送りつける。そんなことをしていると自分のすぐ横、白地に見事な習字で「入学式」と書かれ周りを飾りつけられた看板が立てかけられていた。

 天を仰いでから校門をくぐり「いまついたとこ」と二人に返信した。


奥の方では何やら人だかりが出来ており、人波もそちらへと向かって行く。長いものには巻かれる精神の俺もその流れに従い歩を進めると、どうやらクラスの割り振りが貼られた掲示板の前に人が集まっているようだった。


 有象無象の群衆をわざわざ掻き分けてまで見に行こうとは思わず、後ろの方で人が去って行くのを待つ。

知り合いと同じだったのか、たまにキャーキャーと高い歓声があがったり、その逆で「残念だったねー」という声が聞こえる。

 その友情、持つといいですね。と、自分の中にいるオカマ評論家みたいな毒舌錬真がぼやいたと思えば、ドン。


 背中に衝撃を受ける。

あ、今「芸能界のドン」と「効果音のドン」が掛かったね。

 ぴえええっ、入学早々絡まれちゃうんですか錬真れんまさぁんと心中で悲鳴を上げ、びくりと振り向けば見知った顔。

 不良の類と真反対。


背が低く線の細い男がいた。


「龍太郎、聞いてくれ!」 


 背中を叩いたのが中学校からの知り合い、乙訓龍太郎だと判明すると、「痛いな」とか「昨日ぶり」とかそういう最適な言葉をすっ飛ばして、一目散に先ほどの出来事、明晰夢についての話がしたかった。


矢継ぎ早に続きの言葉を、「俺、昨日、いやさっき、そう、今朝! 明晰夢を見たんだ!」って、そう口にしようとした。

直前になって「今朝」なんて絶好の単語も思いつき、あとは喉元から上がり歯茎の裏まで来ていた言葉を吐き出すだけだった。


「俺、昨日、いや––––––」



「僕たちおんなじクラスだよっ!」


 形作られて、口から飛び出ていった言葉たちがジェンガのように、もしくは砂の城みたいに崩れていくのが見えた。

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