第一部 二章 「まったくあなたは素直じゃない」
そして出てくる言葉に身構えた。
「はーちゃんはお兄ちゃんのこと好き?」
キョトン、まるで鳩が豆鉄砲を打たれたような顔をする。
なんで? と問い直すことはできなかった。
千和子の笑顔に陰りが一つもなかったからだ。
きっとこの人は何も他意はなく、探りもなければ疑いもなく、ただ純粋に、単純に、裏表なく思ったことを口にしているのがわかった。
その瞳は先ほど自分が怖がっていた理由すら忘れさせてしまうほどにまっすぐで、話す口調は母親に優しく愛おしいもので。自分の耳が喜んでいるのがわかった。
じっと見ているとなんだか恥ずかしくなって視線を売店へと向ける。何やらパンフレットを眺めている兄たちの姿が今度は見えた。
「ふ、普通……」
「そうなのー?」
「だって、好きな映画なのに素直じゃないし……」
消え入るように口にすると千和子は口元を押さえたははと笑う。
「そうだねーマー君はかまってちゃんだから、かまってあげないとねー」
その視線は同じく売店へと向けられていた。だが、見ているものは自分とは違うような気がした。
かまってちゃん。お兄ちゃんはそうなのだろうか。違う気もする。よく分からない。
「…………おせっかい」
そう呟くことは初にとって勇気のいるものだった。
「かまってちゃんなのは、はーちゃんもだよ?」
優しげな目でそうささやく。
千和子は初の頭に手を伸ばし、その黒髪を撫でる。
「そんなことないもん」
視線を逸らし、ぶっきらぼうに言い返して為す術なく撫でられ続ける初は猫のようだった。
「はーちゃんは誰よりも優しいもんねー」
そう告げる彼女の声は誰よりも暖かく、誰よりも優しく、そして誰よりも初に届くものだった。
そうかこの人はお兄ちゃんのことも、そして私のことも見てくれていたんだ。きっと多分、あんなあまのじゃくのお兄ちゃんよりも、ちわちゃんの方が何倍も分かってくれてるんだ。
どうだ、お兄ちゃんのバーカ。くやしーか!
よしよし、と撫でてくれる千和子に甘えたい気分でいっぱいだった。
だから私はキュンと締め付けるハートの声を聞いて、そのままに、自分がしたいように。
並んで座る隣の彼女にコツンと自身の頭を預ける。預けるっていうよりはグリグリと押し付けちゃったかもしれないけど。ここが私とお兄ちゃんの違いだ。うん。私の方がお兄ちゃんより何倍もオトナだ。
周りの音が小さく聞こえて、全神経で彼女の手のひらの温もりに集中する。ちわちゃんの手が魔法の手のように感じる。触れられるだけで自然と心の中がポカポカとしてきた。
眠たくなってきて、自然とまぶたが閉じてきて、だが入口から中学生くらいの女の子数人がやってくるのが見え、チラと見たモニターが一瞬暗くなり鏡となって自分を映す。
はわわと慌てて姿勢を直し撫でる手を払いのけ、拗ねるようにそっぽを向く。
「…………おせっかい」
そう言うと初は手に持ったジュースのストローを咥え、ズズズと大きく音を鳴らす。その頬はチークとは違う赤色になっていた。
それと同時に売店から買い物を終わらせた二人がこちらへと歩いてくる。「ミトゥー来週もまた来ようよ!」「ヤダ。二度と行かない」と腕を回してくる龍太郎を払いのけ、ぶっきらぼうに誘いを断る錬真の姿があった。
だがその手元にはしっかりと商品の入ったビニール袋が大切そうに握られている。
千和子はポップコーンを一つ頬張り、たははーといつものように笑うとにこやかな口調で呟く。
「ほんと素直じゃないなぁー」