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俺の超常バトルは毎回夢オチ  作者: みやちゃき
第二章
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第一部 二章 「麗らかの意味」

挿絵(By みてみん)

 そして少し自慢げに、ニコリと笑って答える。

「映画だよ」



                   ☆     ☆     ☆



 麗らか、という言葉を俺は知らない。

 いや、知らないというのは語弊があるな。分からない、というのがきっと正しい。その言葉を俺は日常で使ったことが多分ない。


「麗らかな日だ」と口にしたことなどないかもしれないし、自分が書いた文章に使った記憶もない。まず、「麗らかだ」と言いたくなったことがないんだ。代わりに「今日はいい天気だね」「のどかだね」と会話をしてきた人間だ。だから俺は麗らかという言葉を使ったことがないのだ。


 言葉でも文字でも表現したことのない言葉をなぜ知っているのか。それはきっと読んだり聞いたりしてきたからだろう。


 麗らかの意味……俺には言葉で説明できない。なんかこう、気持ちよくて、暖かくて、優しいような。色で言うとオレンジじゃなくて橙色というか、感じろ! と、稚拙にしか伝えられない。


 麗らかという言葉を聞いて連想するのは説明的な文字ではなく、自分の見てきた、例えば何年か前に家族でお花見をした時の桜だとか、中学の教室から見えた田んぼだとかそういう光景が浮かぶ。


 そんな受動的にしか関わってこなかった「麗らか」という言葉を俺は今初めて能動的に使った。


「麗らかだ」


 気温とか、すれ違う人々の表情だとか、隣で聞こえる笑い声だとか、漂ってくるクレープの香りだとか。自分の五感全てで感じるこの瞬間はきっと「麗らか」だと思う。何か意図があってその言葉を選んだわけではないが、反射的に口からこぼれでたのがそうだった。


 きっと人には頭とは別に、体に命令する場所があるのだろう。


「いきなりどうしたの?」


 数秒前まで笑顔で談笑していた妹が眉をハの字にして怪訝そうにする。ベタベタと塗りたくられた化粧品はすっかり落とされ、今は普段より二、三割増しでまつ毛が上を向いていてほっぺがほんのりと朱を帯びている程度に収まっている。


 背中にはランドセルの代わりに、ハート型のリュックを背負って、レースのワンピースにライダースジャケット。ピンクのパンプスが少し歩きづらそうだが春らしく、年相応な格好をしている。


「どうしたミトゥー、無重力の個性の持ち主でもいたのかい?」

「いやそんなジャンプ漫画のヒロインはいねーよ」

「マー君がそんな難しい言葉使うなんて珍しいねー」


千和子ちわこお前は俺をバカにしようとしたようだが間違いを犯したな。いいか、まず『麗らか』という言葉はさほど難しくない。それを難しい言葉だと思っている時点でまずお前もバカだ。いや、お前もってなんだ。俺はバカじゃねーよ。だって『麗らか』みたいな難しい言葉使えるもの。わっははは。て、あれ、いま俺日本語喋れてる?」


「なに早口になってんの。きもっ」


 老若男女でいうところの「幼」に当たる女子小学生のゴミを見るような蔑んだ表情。あぁその筋の人間なら札を積んでくれるんだろうなぁ。しかもこんな可愛い妹だもの。


 新たなビジネスの可能性を実の妹に感じながら歩いていると、大通りに入り、家を出た時よりも高いビルが目立ち町行く人々も増えてきた。


「見えてきたよ」


 龍太郎が指差す先は駅と隣接したビル。地下は二階まであり地上は十一階まである大きな建物だ。食品売り場や呉服店。家電量販店や飲食店などが入った複合施設。その最上階に行き先である映画館が先月からオープンしたらしい。


 エスカレーターに乗り込み目的地を目指す。


「なんだっけこういうの。お兄ちゃんとこの状況がピッタリ合う言葉があった気がする。なんか煙がどうのみたいな」

はじめちゃんそれはきっとバカと煙は高いところが好きってやつだね」

「そう! それですそれです」

「バカじゃねーし好きじゃねーよ! 知らずに連れて来られてるだろうが!」


 そう、先ほどまで俺は行き先どころか今日出かけることさえ知らなかった。なんの映画を見るのかさえ聞かされてないのだ。当日にいきなり誘われても問題ない俺の暇人スキルやべぇな。ほんとお前ら感謝しろよ。俺が休日に遊ぶ友達がお前らしかいないことにな!


 良いことを言っているのか悲しいことを言っているのか自分でもわけがわからず、このまま考え込んでいると自分を攻撃してしまいそうだから「なんというか、哲学だなぁ」と結論付けて虚空を見つめた。

 

映画館に着くまでの間も三人が俺のことをディスっていたような気がしたが気にしない気にしない。ピースやで。


 長いエスカレーターの終点。シアターとネオンが光る看板が見えてくる。


 黒の壁に囲まれ薄暗い空間にポップコーンの香ばしい匂いが充満した映画館につく。そこには休日だけあって人が多く、眩しい電光掲示板を見ると公開中のタイトルの横に三角やバツ印が並んでいて混んでいることが容易にわかった。


 これだけの人がいるのに不思議と騒々しさはない。誰もが静かにするという暗黙の了解に縛られているようだった。飲食物を売る店員さんの声もどこか静かで、ベビーカーに乗った赤ちゃんさえも、周りの空気を察してかお行儀よくしている。


「混んでるなぁ四人分も席取れないんじゃないか」


 そもそもなんの映画にするの? 俺アクションがいいんだけど。あのキーファーサザーランドが出てるやつ。あれならまだ空席あるみたいだし。と言おうとしたところ、龍太郎が人差し指と親指が曲がりOKポーズを作ると「大丈夫大丈夫、予約しておいたから」と言いスタスタ発券機まで歩いて行った。


 スマホと機械の画面を交互に見て予約番号を入力している華奢な背中を後ろから三人で見る。


「なぁ、なんの映画観んの?」


 二人のうちどちらかに聞いたわけでもない。初か千和子、二人の顔の間くらいを見ながら聞いた。知っているなら教えてくれるだろうし、知らないなら答えは返って来ないだろう。


「んふふーどーでしょうねー」

「まぁまぁお楽しみだよお兄ちゃん」


 そう言うと二人は目を合わせ意地悪く笑いあった。答えを知っているのに教えない、という予想にない結果だ。


「は? なんだよお楽しみって」

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