観光の終わり
「で、誰よこれ……」
セリカが、そう言うのは無理もない。
クラウスの腹の肉は、すっかりなくなっていた。
「どうした。さっさと、車を出せ」
「そんな、声まで変わって」
セリカはユーシスに視線向け
「遅いと思ったら……食べましたね」
「いやー、緊急事態で」
あはは、と適当に笑ってユーシスは誤魔化す。
「それに、コウ君も汚れてるし」
セリカにタオルで顔を拭かれ
「じ、自分で……やりますから」
洸は顔を赤らめる。
「あらぁ、照れてる?」
イタズラっぽい瞳のセリカは
「よいではないか。よいではないか」
「そ、そんな……」
「セリカちゃん、いたいけな青少年をからかわないように」
呆れた顔で、ユーシスが溜息をつく。
「はーい。コウ君、右目の色……蒼かったっけ?」
「え?」
そう言われ、セリカから手鏡を借りる。
「いつの間に……」
洸は、自分の瞳の色が変化していたことに気づいた。
「まったく最近の若いのは、左右で瞳が違うのがオシャレだと勘違いをしておる」
けしからん、と後部座席の窓を開けてクラウス。
生死の境をさまよった影響か、クラウスの人格は少し歪んでしまった。
ユーシスは顎に手を当てると
「これは、私の仮説ですが……吸血狼の力がコウくんに混ざったのかもしれません」
「近くで見れたんですか?」
驚いた表情のセリカに
「いえ、私たちが見たのは手負いの吸血狼です。先ほどまで弔うために、コウくんと一緒にお墓を作っていたんです」
ユーシスが説明をする。
「助けてくれたから……あのままは、かわいそう」
洸の言葉を聞いて、セリカは瞳を潤ませる。
「な、なんていい話なの」
「クラウス様を、お待たせさせてはいけませんね。さて、そろそろ町に戻りましょうか」
(また、この人の隣か……)
関わるのは遠慮したい。
視線を逸らしている洸に
「おい、貴様」
「は、ははい?」
「そんな端っこにいては、狭かろう。もっとこっちに寄らんか」
人の良さそうな笑顔で、クラウスが言った。
「そ、そうですね……」
♦︎♦︎♦︎
「何だ、このセンスのない大石は?」
泉の近くにこんなもの作って、と灰色の吸血狼。
「……やめてください。それは、人間がダンタリオンのために作ってくれた墓です」
小柄な吸血狼が言った。
「人間が、墓をねぇ。ちゃんと、死んだのは見たんだろうな?」
「報告は、以上です」
そう言って、小柄な吸血狼は遠ざかっていく車を見据えていた。