洸とセーレ
海底都市アトランティスから戻り、数日後。
セリカは魔法車の車検、ユーシスはクライアントとの打ち合わせ。
洸は、銀行に料金の支払いに来ていた。
マイム商会のテオ社長の援助により、海底エレベーターの定期メンテナンスは一般の企業が引き受けた、と新聞に大きく記載されていた。
銀行を出て戻る途中
「セーレ様、どうか私の血を」
「いいえ、わたしの」
「今日は、俺ですよね」
若い男女とサラリーマンに追いかけられてる、狼耳の少女を見つけた。
「……困りました」
「セーレ、こっち」
洸は、セーレの手を引いて狭い路地に隠れてやり過ごす。
「あら、わたしったら?」
「これから、デートだってのに」
「会社の昼休み終わってる!!」
正気に戻ったのか、それぞれ戻って行った。
「普通じゃない感じだったけど……」
「ごめんなさい。暗示ミスです」
シュン、セーレは耳と尻尾を下げる。
「暗示?」
洸が聞くと
「私たち、吸血狼に噛まれると人間には自然と暗示がかかるんです」
どうも、誤作動して三人の人間が同時に来てしまった。
「吸血狼って、相手を豪快に襲うんじゃ……」
「そんなことをしてるのは、バアル側の吸血狼です。私たちは確かに血を飲みますけど、複数の人間から少量ずつもらっています」
「そう、だったんだ」
洸は頭を掻くと
「吸血狼にも、色々いるんだな……でも、暗示って」
ひょっとして、自分が噛み付いていることでユーシスの体に悪影響が出ているかもしれない。
不安そうな表情をした洸に
「人間に暗示をかけているのは、私たちの唾液に含まれる成分です。コウさんは、人間ですしユーシスさんの吸血時の痛がり方から見て心配はありません」
吸血狼の吸血は痛くないんです、とセーレ。
「でも、狼の姿になれない分、燃費が悪いかもしれません」
「うん……ミネラルウォーターないとすぐに喉が渇くから」
それは感覚でわかる、と洸は頷く。
「てっきり、森に帰ったらと思ってたから……会えて良かった」
「……その」
セーレは眉を顰めると
「戻れないんです……」
「え?」
驚いた表情の洸に
「吸血狼にも色々いるんです。森は私たち、ダンタリオン側の吸血狼が元々住んでいたんですけど……急にバアルが率いる吸血狼がやって来たんです」
縄張りを争い、バアルとダンタリオンは決闘した。
「だから、あんなに傷だらけで……」
「はい、私たちは負けました。決闘前に、ダンタリオンは私たちには絶対に手を出すなと言ってくれたおかげで……でも、森にはいられません」
アトランティスから戻った後、仕事を探してみたが上手くいかなかった。
「レアとかいう肉が食べたいと言うので、客を釜に入れようとしたら怒られました」
「そ、そりゃ……」
洸は苦笑いすると
「泊まる所あるの?」
「野宿です。狼の姿だと、変なのは寄って来ません」
得意気に話すセーレに
「セーレのような可愛い女の子が野宿なんて危ないよ……」
洸はため息をつく。
「その、ユーシス社長に事情を話して見るから一緒に来て」
セーレの耳には「可愛い」と「一緒に来て」しか聞こえていなかったらしく
「これは、愛……愛ですね!?」
「そ、そういうのじゃ……ないから」




