最終話 再会
俺は昔の事を思い出しながら、約束の場所まで歩いていた。
最初は約束の場所まで、タクシーで行こうかと思ったが、そこは駅から歩いて行けないほど遠い場所でもないため、歩くことにした。
20分ほど歩くと、約束の場所がある坂のふもとまで来た。後はこの坂を100mほど登ってわき道に入ると着く。
目の前の坂は小学生にころの入退院を繰り返していた体力ではこの坂を登るのは大変であったが、今の成人した体では大した坂ではない。
小学生の頃休み休み上った坂を息も切らさず登りきり、わき道を入ると約束したあの桜の木が見えてきた。
その桜の木は昔と変わらず大きな樹であり、今でも青々しい葉を広げていた。
桜の木の下を見ると女性が立っていた。その女性は俺と同世代くらいで、長くてきれいな黒髪と白い肌をしている。その女性は何かを考えているのか俺には気づいていないようだ。
成長した姿は遺影でしか見たことがなかったが、そこにいるのが鈴音であることはすぐに分かった。
だが、いざ本人を目の前にすると、何と言ったらいいのか分からなくなった。声をかけられずただ立ち尽くしていると、彼女がこちらに気づいた。
「もしかして、とーくん?」
「うん。鈴音だよね」
「そうだよ。ここに来たってことは6年生の頃にした約束覚えていたってことだね」
「鈴音が転校する時にいった約束の事だろ。20歳になったらここに来ようっていう約束だったからな」
「わたしね。今日、とーくんは来てくれないかもしれないと思ったの。だって、6年生の時、あんな別れ方をしちゃって、連絡先も交換できなかったし」
「今になってみるとあれは俺が悪かったよ。あの時の事はすごく後悔している」
そういう俺に鈴音は首を振って反論する。
「私が転校ぎりぎりまでとーくんに転校することを言わなかった私が悪いよ。私も早く言わなくちゃって思っていたんだけど、言いだしづらくて気づいたら、引っ越しの数日前になっていたの」
「俺も転校の事を知った時すごく悲しかった。でもあの時は、鈴音の気持ちを理解できなくて、俺の一方的な感情をぶつけてしまった。そのあと鈴音が引っ越してしばらくたったら俺の頭も冷えて、鈴音と連絡先を交換すればよかったと思ったよ」
俺と鈴音は今まで、一緒に過ごせなかった時を埋めるようにお互いの話をした。
別れた後、どのように過ごしてきたか。どんなことがあったか等。日が暮れるまで話した。
鈴音の話によると高校の時に俺に会いに一度この街に来たが、おれが既に引っ越していていなかったらしい。
だから、会えるとしたらもうこの時しかないと思ったこと。
「とーくん、前に桜の花言葉の話をしたこと覚えてる?」
「確か、葉桜なのに花言葉ってなんだよって言ったとおもう」
俺が冗談でいうと、鈴音が頬を膨らませて怒った。
「もう、それじゃない!」
「ははっ、冗談だよ。君に微笑むだろ」
「そう。ちゃんと覚えているじゃない。そのほかにも意味があってね、私を忘れないでって意味もあるんだって、だから、とーくんとまたこうして会えたのも、この桜の木のおかげじゃないかなって思うんだ」
そう言ってほほ笑む鈴音を見て俺は、今回のタイムスリップは鈴音の願いが起こした奇跡じゃないかと思った。タイムスリップのきっかけはこの日記であるし、そもそもこの日記は鈴音にもらったものだ。しかも今の花言葉の桜も鈴音に教えてもらった。俺は鈴音をもう一度失う経験をしたくない。たしか鈴音が通り魔に刺されるのが23時だった。そろそろここを離れよう。
「いつの間にか、こんな時間になっちゃったな。どこかで夕ご飯でも食べないか?」
「じゃあ、小学校の頃休みに日によく行った定食屋に行こうよ」
「あの店、まだ営業してるのかな」
「とりあえず」行ってみようよ。なかったらまた考えればいいし、とーくんとの思い出の店はいっぱいあるんだから」
そう言って、出口に歩きだし、俺もそれについていく。鈴音は時折振り返りはやくはやくと言って手を振る。
その後、鈴音が刺されることも、俺がもとの世界に戻ることもなかった。
4年後の2014年
俺と鈴音はタイムスリップをしたあの文房具屋に日記を買いに歩いていた。
俺は鈴音にタイムスリップの事を話してある。俺達は今から文房具屋に日記を買うのと前のお礼をしに行こうとしている。
「文房具屋さんがタイムスリップをしたところなんだっけ」
「そうだよ。おばあさんが日記の声がするっていって日記を開いたらタイムスリップをしてたんだ」
最初は、俺のタイムスリップの話を聞いて、冗談を言っていると思ったらしいが俺があまりにも本気に話すから信じることにしたらしい。
「っていうことはさ。とーくんが約束の場所に来てくれたのって、覚えていたからじゃなくてタイムスリップしたからなんだね。私約束を覚えていてくれたんだぁって思ってうれしかったのにな」
そう言って両手で顔を押さえてうずくまる鈴音に俺は泣いたのかと思い、あわてて言い訳をする。
「別に忘れていたんじゃなくて覚えていたんだけど、あんな別れ方をしたからたぶん来ないんじゃないかって思っていかなかっただけで……」
「それ全然言い訳になってないから」
泣いていたと思っていたのが、その眼には涙のなど全くなく、ただじと目で俺を見てくる。俺は人間は素直か一番とおもったので謝った。
「ごめん」
「ちゃんと来てくれたから許してあげる」
そういうと鈴音は俺に微笑んでくれた。俺が一番好きな表情である。俺はいままでこの笑顔に救われてきたような気がする。
そんなことをしている間に目的地である文房具屋に着いた。やはり前回と同じで時代に取り残されたような建物であった。
「なんていうか話では聞いていたけどすごい古い店だね」
「まあね、今にもつぶれそうだけど、それでも俺の人生を変えてくれた場所だから」
そう言って店の扉を開けた。
「ごめんください」
「いらっしゃい。なにを買いに来たんだい?」
「今日は、前回のお礼とこの日記を買いに来ました」
「お礼?はて以前にどこかであったかね?」
「この時代でははじめましてになりますが前の時代でお世話になったのでお礼を言いに来ました」
おばあさんは何を言っているのか分からないのか首をひねっている。
「私が何をしたのか分からないが、何かの役に立てたのならとてもうれしいよ、なんだっけ確かにっきをかいにきたんだったかい」
「はい、この日記なのですが……」
そう言って前回のように日記を差し出す。
「随分と古い種類の日記だね」
「彼が小学生のころから使っている種類の日記ですから」
おばあさんはそうかいといって、奥の方に日記を探しに行った。
「ここ、いいところだね」
そう言って鈴音は店の中を見学していた。その姿は俺が全壊したものと同じだった。
そうこうしているとおばあさんがやってきた
「この日記であっているかい」
「はい。これです。ありがとうございます」
「礼には及ばないよ」
日記を受け取り、俺と鈴音は文房具屋から出て行った。
帰る途中、公園の中の一本の桜の木を見つけた。
「この樹、あの場所の桜の木に似ているね」
「そうだね」
それだけいうと俺達はしばらく無言で桜の木を見つめていた。
その桜の木は前回俺を不快にさせた樹であるが、いまは正反対の気持ちにさせてくれる。
俺は今日この場所であることを言うことを心に決めていた。
「鈴音、じつは聞いてほしいことがあるんだ」
鈴音は無言で俺の方を見てくる
「俺は一度お前が死んでしまってとても後悔した。俺はもうあんな思いはしたくない。だからここではっきり自分の気持ちを伝えようと思う。ずっと俺の隣で微笑んでいてください」
「私でよければずっとあなたの隣で笑っています」
そして鈴音が俺の胸に飛び込んできた。
絶対に離さないという気持ちが伝わるほど抱き合っていた。
そんな強く抱き合う二人を桜の樹が葉を風に揺らして嬉しそうに見ていた。
ありがとうございました