第2話 非日常の始まり
「それじゃ、騒ぐバカもいなくなったことだし、早速だけど説明を始めるよ。」
壇上の少女が、腰に拳銃を戻しながら、話を続ける。
「まずは、この「アビリティ機関」への協力ありがとう!一言、感謝を述べておくね。」
協力・・・というのはここへ来ることだろうか。
どちらにせよ、良くないことへの予兆な気がするけど。
「それでは、キミたちにはこれから、世界を相手に戦ってもらうよ。」
世界を相手に戦う?
その戦う相手がここにいるのに、どういうことなんだ?
そういえば、アビリティ機関に来て、俺は何をするのかを細かく聞いていない。
ただ協力要請を通達する封筒をもらい、宮崎さんに案内してもらってこの島に来ただけである。
・・・こんなことが起きるんだ。
普通の大会じゃないかもしれない・・・用心しておくに越したことはないな。
「キミたちが、世界を相手に勝てば・・・キミたちの願いを叶えてあげる!」
笑顔で言う少女に、嘘は一切ついていないように感じた。
願いを叶えるだって?何を馬鹿なことを。
願いなんてそう簡単に叶えられるものじゃない。ましてや100以上の願いなど無理に決まっている。
・・・最初から、願いなんて叶える気はないんだな。どうせ‘勝てば’の話なんだから、‘負けたら’なんていう場合もあるんだろうな。
「ただし、負けたらそこでおしまい、キミたちの戦いも、負けた時点で全ておしまいだ。」
そりゃ、大会だから・・・負けたら終わりなのは当然だろ?
この説明、ますます意図がわからない。
叶えられもしないことを叶えてやると言ったり、負けたら終わり・・と当たり前なことを説明している。何か、違う意図があるのかもしれない。
「オイラの願いはたった一つ、世界を取ること。そのために、キミたちを呼んだんだ。」
ま、主催者とか、責任者とかそういうのだったらそうだろう。
本人曰く、元帥らしいけど。
世界一を取る以外に俺達を呼ぶ目的なんてない。
しかし、世界をとるために、俺達を呼んだっていうのはちょっとおかしい気がする。
あの少女がどこの国を応援しているのか知らないけど、世界を取れるのは一つの国だけだ。
あの様子だと、まるで誰が世界を取ってもいいような風に聞こえてしまう。
「あ、そうそう。この戦いに終わりはないよ。キミたちが世界を取るまで、永遠に続くからね。」
この話の中で最大の違和感。
おかしい点がいくつも思い浮かぶ。
第一に、世界一はひとつしかない。もしも、ここに集まった人たちで世界一を決めるのであれば、誰かが確実に2位になってしまう。つまりキミたちが世界一を取る、というのは限られた人物しか達成できないこと・・・ということがわかる。
次に、「永遠に続く」という言葉。
大会期間は、何日から何日まで・・・という風に普通は決まっている。
もちろん、永遠に続くわけがない。戦いだっていつかは終わる。
「あの~・・・・。」
「質問かな?騒いでオイラをイライラさせる気なら・・・わかるね?」
「いえ、質問です。騒ぎはしませんので、お答えください。」
ホールの中の群れから、誰かが手を上げて質問する。
声の調子を聞くに・・・女子かな?
「永遠に続く、というのはどういう意味でしょうか?世界大会なら期間は決まっているはずですし、世界一になるのは、私たち全員・・・というわけにはいかないと思うのですけど。」
俺と同じ事を考えていたようで安心する。
やはり、自分も皆も徐々に落ち着いてきていると判断できる。
「アハハハ!ごめん、ごめんねぇ!オイラ説明していなかったよねぇ!!世界大会・・・ププ!」
突然狂ったように笑い出す、少女。
口を大きく開けて、お腹を抱えて笑っていた。
しばらくの笑いの後、落ち着いた少女が話し始める。
「ふぅ、あまりにもおもしろいことを言うから大笑いしちゃったよ。その発想はなかった!とでもコメントしておくよ。えーとね、オイラはの説明が足りなかったんだね。」
少女はそこで言葉を切り、俺達を見回す。
一通り見て、少女は話し始める。
非現実的な言葉を・・・・。
「キミたちには、世界を相手に‘戦争’で戦い、勝ち続けてもらうよ。」
その場にいた彼女を除く全員が凍りついた。
今・・・なんて言った・・・こいつ・・・。
戦争・・・って言ったのか・・・?
せん・・・そう・・・。
スポーツでも、芸術でもなんでもない・・・・戦争。
決して世界一を決めるものでもない・・・・・戦争。
自国のために、国が総力を挙げて戦う・・・・戦争。
「キミたち、豆を投げつけられた鳩みたいな顔してるよ?オイラが言っていることが理解できないみたいだね。もう一度言うよ、せ・ん・そ・う!兵隊さんが銃を撃って、相手の親玉を殺すか、降参させれば勝ちが決まるあの戦争のことだよ!もっとも、平和ボケしているキミたちなんかに、戦争の悲惨さなんて実感したこと無いと思うけどね。」
多くの血が流れ、死体が転がる。
戦争の悲惨さは、学校で充分すぎるほど学んだ。
決して繰り返してはならない・・・。少なくとも俺のような日本人のほとんどはそう学んできたはず。
その教えを繰り返していくことで、二度と戦争を繰り返さない・・という狙いがある。
日本人は戦争の悲惨さを充分理解している・・・しているはずだ。
その戦争を‘しろ’と言ったのか?
何が目的で?世界の滅亡?死ぬ前に大罪を犯すとか、そういった理由で?
理解が・・・できない。
「もっと詳しく言うとね。キミたちだけで、アメリカやロシア・・・中国やイギリスなどの数々の国を戦争で破っていく・・・というのが目的かな。結果的に、これらの国を打ち負かしていけば、キミたちは世界を支配したも同然。世界を取るというのは、こういう意味さ。世界一を取るって意味じゃないんだからね、勘違いしないでよねっ!」
つまり、俺達は・・・勘違いしていたのか?
ここに来たのは、なんらかの世界大会に出て、世界一を取るのが目的だと・・・思っていた。
俺達をここへ呼んだのは、そんなもののためなんかじゃなく・・・。
世界と戦争で戦わせるため、だったのか・・・?
馬鹿げている、終わっている。
こんなふざけたこと、やる意味なんてない。
怒りが沸々と湧いてくる。
しかし、相手は拳銃を所持。さらに人を殺すことに何もためらいを持っていない。
それに比べこちらは丸腰。突っ込めば銃殺されるのがオチだ。
必死で怒りを抑えながら、現状の更なる説明を期待し、少女のほうを見る。
「まぁ、そこらへんの詳しい説明は明日するから今日は省略するよ。それよりも、今日キミたちを集めたのはもっと大事なものを配るためなんだよねー。黒服さん、例の物を配ってちょうだい。」
「「「「「「ハッ!」」」」」」
黒服から配られた、謎の手帳。
手帳の中を覗いてみると、1ページ目には大きな字で「軍事規則項目」と書かれていた。
さらにページをめくっていくと、「アビリティ機関規則項目」というものもあった。
他にあったのは、俺の顔写真とプロフィールが載っているページもあった。
まぁ目立つところはこの3つか。
「えーと、もう見ている人もいると思うから、ちゃちゃっと説明しちゃおう。まずは軍事規則については明日説明するから・・・アビリティ機関規則のページを開いてね。」
指定されたページを開く。
規則・・・みたいなものが4つほど書いてあった。
「そのアビリティ機関規則項目は、キミたちがここで過ごすにあたってのルールみたいなものだから、しっかり聞いておいてね。」
ここで過ごす・・・?
なんだか嫌な予感がした。
「まず1つめ。キミたちは世界を取るまで、ここで無期限の生活をしてもらいます。食料とか資源は豊富だから心配しなくていいよ!」
サラリととんでもないことをいう、少女。
‘無期限’・・・?
ここでずっと暮らせ、という意味か・・・?
突然の話に、開いた口が塞がらなかった。
「次に2つめ。ここで過ごす際は、自国の法律に則って生活してください。要するに人を殺さない、泥棒はしない、物を故意に壊さない、といったごく当たり前なことはしっかり守ってくださいね。たとえこの島に居る全員を殺そうとしても、殺している最中にオイラの部下が止めるから絶対無理だからね~。あ、戦争中は別だよ!人殺しオールオッケーだよぉ!どんどんやっちゃって!」
自国の法律に則る。大体の国は人殺しや泥棒は罰せられるから、これについては心配は無いだろう。
しかし、これもここで無期限に・・そして安全に暮らすための措置なのだろうか。
本当に俺達は無期限でここに暮らさなければならないのか?
「そして3つめ。規則を破ったものには罰を与えます。たとえどんな小さなことでもね・・。あと、例外により、オイラが殺す、と判断したら殺されてもらいます。大丈夫、理不尽に殺したりは絶対にしないから!それに・・・200人もいるし・・減ったほうが快適でしょ?」
罰を破ったものへは罰。この罰・・・というものは先ほど見たようなものとほぼ同じだろう。
つまり規則を破れば100%殺される。おまけに元帥様が殺すと判断したら殺される。
規則を破らなければいいのだが、これだけ人数がいると誰かは破りそうな気がしてならない。
元帥が殺すか判断・・・というのはもはや回避のしようが無い。
元帥をあまり刺激しないほうが身のためかもな。
「最後に4つめ。これが重要だからよく聞いてね。この生活は何年続くかわかりません。よって、なんらかの不具合がでる可能性があります。それに柔軟に対応するためにも、規則はこれからも追加されていく場合もあるので気をつけてね!というもので~す。キミたちがバカなことしなければ別に増えないんだけどね・・・。」
これでとりあえず全部か・・・。
話が本当に突然すぎる。
周りを見渡しても、理解できていない奴はポカーンとしているし、理解した奴は顔を真っ青にしている。俺も理解はしているが、信じられない・・・信じたくないと、頭が叫んでいる。
「ふぃ~疲れた疲れた。新庄ー、ジュース持ってきてー。」
「ハッ!」
元帥がジュースを飲みながら、話を続ける。
「チュートリアルは、明日まで続くんだけど・・・今日のはもう終わりなんだよね。だから、キミたちは個室に戻ってもらうんだけど、その前に注意!」
「この規則は今から適用されます!これから破ったものには容赦なく罰を与えるよ~!あ、ちなみに夜中にこっそり脱走しようとか考えても無駄だよ。不審な動きがあれば、殺しに行くんでよろしくぅ~。」
決めポーズをとる元帥。
つまり、今から規則を破れば殺されるってことなのか・・・。
まぁ法律は破ったことないし、これは特に問題はなさそうだけど、万が一ということがある。
いまだはっきりしない、この状況の中でヘマして殺されるのだけは御免だ。
「それでは、キミたち・・・また明日だ!」
そのまま元帥は立ち去る。
顔に冷笑を浮かべながら・・・・。
その場に全員が立ち尽くす。
自分の顔にはどんな表情が浮かんでいるのだろうか。
・・・きっとひどい顔なんだろう。
こんなわけわからない状況の中で平然としているほうがおかしい・・・と信じたい。
だって、こんなのおかしいじゃないか。
あまりにも、俺の日常からかけ離れすぎているではないか・・・・。
「伊藤君、個室へ案内するから、ついてきてくれ。」
宮崎さんが声を掛けてきた。
「・・・・・。」
「信じたくないかもしれないが、これはまぎれもない現実だ。君たちはここで世界と戦争で戦い、勝つまでここを出ることができない・・・永遠にな。」
「・・・・・・・。」
「君はここで生活しなければならない、勝つまで。・・・場所がわかるようなら、案内はしないが。」
「・・・・いいえ、わかりません。お願いします。」
「宮崎さんは、最初から知っていたんですね・・・・。」
「・・・ああ。ここの目的が世界と戦争をして勝つということも、ここに呼んだのがその戦争に必要な人材であることも、な。」
少しひっかかった言葉があった。
「・・・・戦争に必要な人材?つまりここに俺が来たのも戦争に必要だったからですか?」
「そういうことになる。」
「・・・・・・・。」
無論、俺の能力なんてたかが知れている。
勉強、運動は普通だし、これといった突出したところなんてない。
チェスは好きだが、俺より強い奴なんてごろごろいるだろう。
そんな奴が戦争に必要なんて・・・・どこをどう考えたらそうなったんだ?
「・・・宮崎さん。俺は、もしかして・・・捨て駒として必要なんですかね?」
能力が無い=戦場では使えない。
しかし、敵地の視察とか、けっこう殺される危険がある場合、捨て駒は大いに役立つ。
殺されても、あまり痛手は負わなくて済むからだ。
「・・・さぁね、それはわからないよ。だけど、捨て駒要員として200人の中に選ぶというのも、あまり賢いやり方ではないと思うけどね。」
「そうですか。・・・宮崎さんは、戦争をすることが本当に正しいことだと思うんですか?」
これは、本当は元帥に聞きたかった質問。
ぶつけることの出来ない怒りを、誰かにぶつけたかったのかもしれない。
「・・・・。ここが君の個室だ。集合は明日の朝6時。遅れないで来てくれたまえ。遅れたら・・・どうなるかわかるね?」
「・・・・わかりました。案内、ありがとうございました。」
宮崎さんは、俺の質問に答えることなく、去っていった。
「ここが・・・俺の部屋か。」
部屋の中に入ってみると、テーブルが目に映った。
テーブルの中央においてあるのは、鍵。おそらく、ここの鍵だろう。
鍵から目を離し、部屋全体を見回す。
「意外と・・・広いな。」
部屋はなかなかの広さで、さらに置いてある家具もけっこう立派なものだった。
シャワー室だろうか、あいていないドアがあった。
ソファ、絨毯、冷蔵庫。ベッドもかなり高級そうだ。
テレビが無いのが少々残念だが。
「・・・どうなるんだろう。俺は・・・。」
ベッドに仰向けに倒れ、自然とそんな声が漏れる。
いままでの人生において、もっとも訳のわからない出来事が起きているのだから無理も無い。
「永遠にここで暮らす、世界と戦争をして、勝てば出れる。逆らえば、殺される・・・。」
今日言われたこと。全てが俺の中の常識とかけ離れすぎている。
いままで、平凡な日常を生きてきた俺にとっては、まるで世界が変わってしまったように感じる。
こんなこと、信じたくない。夢だと思いたい。
「夢じゃないよな・・・。夢ならよかったんだけどな・・・。あんなリアルに人が殺される場面、夢で見るほうがおかしいか。」
なんにせよ、紛れも無い現実である。
それも、俺の常識が通じない、まるで異世界のような現実。
あの元帥を名乗る少女だって、よくよく考えればおかしい。
拳銃を普通に撃っているし、なにより人を殺すことにまったくためらいが無い。
あの狂気じみた顔を思い出すだけで、背中に悪寒が走る。
あんな小さな子が、普通に人を殺せるのだろうか?
「いや、考えても仕方ないか。それより・・・これからどうするかだ。」
アビリティ機関に身をおいている以上、ここで暮らすしかない。
脱走はたぶん殺されるし、今日のところはおとなしくしているしかないのか。
そういえば・・・今は何時だろう?
壁にかかった時計を見ると、短針が4のところで止まっていた。
船で仮眠をとったばかりだし、いますぐには眠れない。
「部屋をいろいろ調べてみるか。」
手始めに、あいていないドアを開けてみる。
開けてみるとやはりシャワー室だったようだった。それ以外は特に何も無い。
冷蔵庫を開けてみる。
なかには、パッケージに入った弁当。お茶。その他色々な食料が入っていた。
「ちょうど腹減ってたし、弁当とお茶、頂こうか。・・・・ん?」
弁当の上に紙切れが乗っている。
紙切れにはメッセージのようなものが書かれていた。
≪この冷蔵庫は、6時間ごとに中身が変わります。何が入るかはわかりませんので、あしからず。≫
6時間ごとに中が変わる冷蔵庫・・・・。
一体どんな原理で出来ているのか、見当もつかない。
これはおもしろいものを見つけたな。
次に調べたのは、机。
木製の机は高級感が漂っている。
とりあえず、引き出しを順番に開けてみることにした。
上、中、下と順番に開けてみたが、下以外に物は入っていなかった。
下に入っていた物は・・・。
「蛇さんが教える!戦場の歩き方完全版!・・・・馬鹿にしてんのか?」
ふざけたタイトルが書かれた本だった。
なんか戦争に関するいろいろなことが書いているらしい。
もちろん、読むはずが無いが。
一通り調べ終え、弁当を食べたところで、時刻は6時になっていた。
いままで無理やり自分を元気付かせ、歩かせてきたが、もう限界だった。
目の前で殺人が起き、戦争を強いられ、脱出不可能な場所に連れてこられて。
「・・・・・。」
何も考えたくない。こんなの夢だ。俺は何も関係ない。
そもそもおかしいだろう。なんで何も能力が無い俺がこんなところに・・・・。
だから嫌だったんだ。平凡な日常が壊されるって知っていたのに・・・。
「くそっ・・・!くそぉぉぉ!!」
意味も無く叫ぶ。叫んだところで、何も状況は変わらないのに。
怒りが止まらない。早く帰りたい。怖い。色々な感情が混ざり合う。
「はぁ・・・・はぁ・・・!・・・・・・・。」
俺は、意味も無くただベッドにうつぶせになった。
この夢と思いたくなる現実が終わるのを待った。
こんなのおかしい。全て夢だ。
---夢じゃない。現実だ。
自分の声が頭の中で囁く。
違う。これは夢だ!俺はうなされているんだ!
---現実を見ろ。これは夢じゃないんだ。
嫌だ・・・。信じたくない・・・。
こんなの悪い夢なだけなんだ・・・。
目を閉じる。
時計の針が動く音しか聞こえない。
チッ・・・チッ・・・
この悪い夢が覚めることを祈りながら・・・ただ時間が過ぎるのを待った。
しかし、時間は残酷。
過ぎれば過ぎるほど、これが現実だということを理解させる。
もう本当はわかっていた。
今日から、俺の日常なんて終わる。
これから・・・非日常が始まることを・・・。
人生で一番、最悪で、腐った時間を過ごすことを・・・。