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音楽







 あるはずのない風が吹き、色とりどりの草花を揺らす。

 露にぬれた美しい花が瞬きながら花びらを、そしてきらきらと輝く花粉を飛ばし、それを追うかのように蝶や蜂、小さな生き物たちが飛び交う。

 その上……青い青い空には、小さな鳥たちも舞い。


 美しい、生き物たちの調べ。

 しかし今彼……生き物ならざる、機械の『人形』であるローラルの目に映っているそれは。

 真四角の、何もなかった部屋の空間の中に作り出された、幻影。

 失われてしまった緑への郷愁。いつかあったものの思い出。

 その思い出だけでも残そうとしたのか。

 本当の、自然の緑を知らぬ者の記憶の中に残そうとしたのか。

 かつてこの装置を開発した者たちが何を意図したのか、その者たちが死に絶えて久しい今となっては知ることは出来ない。

 視覚に捕らえられた草花たちはその中で風に吹かれて揺れ、彼のその金色の髪も一緒に吹かれて揺れる。

 特殊な機械装置によって脳……彼らの場合は、『人工脳』であるが……にその感覚を与えられていることを知らなければ、それを現実として認識していたかもしれない。

 しかし、彼はそれを知っていた。

 不意に、幻影の中に座り込んでいたローラルは手にした楽器を奏で始める。

 竪琴だ。彼のそのいびつな手……人の素肌の色をしていない、黒く、無数の文字の刻まれた手には、似合わないような美しい竪琴。

 しかしそれからつむぎだされる音色はその楽器にふさわしく美しいものだった。

 手つきは優美とはいえぬものの、瞼を下ろして一心に弦を爪弾く姿は真摯さをうかがわせた。

 しかし、その曲には喜びはない。希望が小さく入り混じった、絶望。

「またその曲なの」

 静かな物言いに、曲は中断された。

「バーラン」

 振り返って見上げたその先には、いつの間にやってきたのか、白い髪の少女が立っていた。

 彼女はその髪を全て後ろに持っていって額をあらわにしている。目はローラルと同じ、青い、瞳のない目だった。

「仕方ないだろ、俺は手先が不器用なんだから」

 と、青く光る文字の羅列が幾重にも施された黒い腕を振って、彼は薄く笑った。

 バーランと呼ばれた少女は彼の物言いにふっとため息をつくと、彼の隣に座った。

「百年も同じ曲?」

「以下同文。……ていっても、これでも他の曲も練習してるんだぜ?」

「……あら、驚きね。貴方に学習機能が付いていたなんて」

 素っ気無く言う彼女に、ローラルは大袈裟にため息をついて見せた。

「そりゃないだろ? どんなヤツだってやる気と練習さえすれば出来るようになるんだって」

「それは『人間』の話でしょう」

 今度こそがっくりと肩を落として、「バーランってば、冷たいよなぁ…」と泣くマネをする。

「……ファーストナンバーズのなかでは貴方が一番最新型だから」

 だから、学習能力くらいはあると思ったんだけどね、とバーランは無表情の中で小さく笑みを浮かべた。

「つっても、バーランが4で、俺が10だろ?大して差があるわけでもないし、むしろ俺はバーランのほうが頭よくて羨ましいけどな」

 竪琴を抱えなおし、隣に座っているバーランに笑いかけるように彼は言う。

 幻影はまだ続いていた。2体が座っている場所ではたくさんの赤い花びらが淡い光を帯びて舞い散っている。


「……私はそういうふうに造られているから」


 表情の消えたバーランがつぶやいた。

「……バーラン」

 ローラルはどう言葉をかけていいかわからず、ただ彼女の名前だけをつむいだ。本来の名である『4体目の人形<フォース>』ではない、彼女の名前。

 しばしの沈黙の後、彼女は少しトーンを上げた声でつぶやく。

「貴方より馬鹿だったらどうしようもない役立たずになってしまうもの」

 抱えていた楽器をずり落としそうになりながら、ローラルは苦笑した。

「……やっぱ?」

「当たり前じゃないの」

 無表情の中にふたたび薄い笑いを張り付かせると、彼女は体を伸ばしながら、こう言ってきた。

「さぁ、弾いて」

 ローラルが目を見開いてそう言った本人を凝視する。しかし彼女は素っ気無い顔だった。

「さっきは途中で止めさせてしまったから。続きを聴かせて頂戴」

「飽きたんじゃなかったのかい」

「そんなことを言った記録はないのだけれど」

 彼はやれやれと肩をすくめ、大袈裟にため息をついて見せたが、すぐに楽器を持ち直す。

「歌はやめてね」

「注文の多いこって」

 息を吸い込んだところで間髪いれずに出てきた言葉に、今度は大きく苦笑し。


 彼はふたたび、美しい幻影の中で竪琴の弦を爪弾き始めた。

 その音だけは、ほんとうの色。彼らの『耳』に届き響く……そして、彼らがもとめてやまない……ひとつの真実まことだった。



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