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 翌日の四月一六日、火曜日。余裕を持って目を覚ました久遠は制服に着替え、朝食を取って神薙学園へと向かった。

 ホームルームの始まる時間の一五分前に教室へと着くと、生徒の人数は(まば)らだった。自分の机に鞄を置くと前に座っていた空音が手元の文庫本に栞を挟んで挨拶をする。

「おはよう。久遠君」

「ああ、おはよう」

 二人が雑談していると近づいてくる影が一つ。久遠がそちらに目を向けると、髪を茶色に染め、制服を着崩した派手目の男子がツカツカと歩いてくるのが見えた。心なしか不機嫌そうな表情をしている。

「はよーっす、空音」

「……おはよう。茅原(ちはら)君」

「コイツが転入生の?」

 茅原と呼ばれた男子は座ったままの久遠を見下し、どこか値踏みするかのような視線を向けてくる。居心地の悪い久遠はとりあえず自己紹介をすることにした。

「上倉久遠だ。えーと……」

「俺様は茅原(ちはら)(よし)(ひろ)だ。空音やお前と同じく能運部に所属だ」

 不遜な態度で名前を告げた茅原は久遠と空音を交互に見やる。その後に空音の机の上に置いてある栞の挟まれた文庫本を見る。普段の空音は読書を中断をしてまで誰かと話すことはないということを知っている茅原はギロッとした目で久遠を睨む。

「一日で随分と仲良くなったみたいだな、俺の空音と」

「へ? 空音の彼氏さん?」

 茅原の言葉から久遠は一つの考えに思い当り訊ねてみる。

「そうだよ。つーか、なに人の女を呼び捨てしてんだよ」

「ああ、気にしないで久遠君。彼はちょっと虚言癖があるの」

 しかし、すぐさま否定の言葉が空音から発せられた。まるで地球は青いです、と当たり前のことを言うかのように空音の言葉に茅原の顔が若干引き攣る。

「つれないこと言うなよ、空音……ってか、空音までコイツのこと名前で呼んでるのかよ!」

「それが?」

「なら俺様のことも名前で呼んでいいぜ」

「結構よ、茅原君」

「ぐはっ」

 空音の容赦ない言葉に茅原は奇妙なリアクションを取ってリノリウムの床に崩れ落ちた。見た目の割にどうも芸人気質のようだな、と心の中で思う久遠だった。

「二人ともおっはよ~! 今日もいい天気だね♪」

 大声で教室に入ってきた百瀬はスタスタと久遠と空音の所まで歩いてくる。途中で茅原が床に崩れ落ちているのを一瞥(いちべつ)した百瀬は戸惑うことなく、その背中を踏みつけた。

「ふぎゃっ!」

 百瀬に踏みつけられた茅原は奇声を発する。それを気にするでもなく笑顔でいる百瀬に久遠は顔を引き攣らせる。

「お、おはよう……」

「おはよう、百瀬さん」

「うん、おはよう」

「あのさ、空音……これも日常茶飯事なのか?」

「そうね」

「さいですか……慣れるのに時間が掛かりそうだ」

 久遠が嘆息していると教室がざわめく。視線を上げると来栖川が廊下を歩いているのが見えた。そのまま視線を時計に向けると、長針がホームルームの始まる時間を指していた

「それじゃね~」

 百瀬は再び茅原を踏みつけて自分の席に戻っていった。

「席に着けー」

 ガラッと教室の扉を開けて来栖川が入ってきた。茅原も何とか復活して廊下側の自分の席へと戻っていく。背中に付いた二つの上履きの跡が何やら虚しさが感じられた。

「あー、今日は全員いるな。……お前ら、最近この近辺で婦女子連続暴行事件が起きてるのは知ってるな。昨日、神薙(ウチ)の生徒が被害に遭った」

 教室全体を見回した来栖川は出席簿に記入をする。そして、再び教室全体を見回し、深刻そうな顔つきで告げた。その言葉に教室内がざわめいた。

 転入二日目の火曜日は朝のホームルームでの来栖川の報告以外は恙無(つつがな)く過ぎていった。

 放課後になり、能力運用部の四人は部室へと足を向けるが、皆の口数は少なかった。部室に入ると既に三年生の三人と見知らぬ綺麗なブロンドの髪をウルフカットにした女子がいた。髪型と中性的な美貌に野良猫を思わせる金眼とが相俟って、凛々しいといった言葉がよく似合う。

「おう、お前らか」

「こんにちはっす。春日先輩」

 茅原の挨拶に残りの三人が続き、優月と星崎も続いた。

「昨日はご苦労さんだったな、茅原」

「いや、なんの成果も上げられませんでしたけどね……」

「……」

 春日の言葉に茅原は悲痛な面持ちで言葉を返す。春日の隣に座っている優月も同じ表情をしている。

「……とりあえずお前らも席に座れ。生徒会副会長様が直々に、我らが能運部に相談があるんだとよ」

「フンっ……」

 四人は春日の言葉に従い、それぞれ席に着く。副会長は不機嫌そうに鼻を鳴らし、視線を久遠に合わせて目を細める。

「新顔だな……君が噂の転入生か?」

「はい、昨日二年A組に転入してきた上倉久遠です」

「そうか、私はこの神薙学園高等部の生徒会副会長をしている鷹匠(たかじょう)だ。こいつらと同じ三年A組に在籍している」

 鷹匠はそう言って久遠に手を差し伸べてきた。それに応えるために久遠も手を伸ばして握手をした。

「ちなみに下の名前は茉莉花と書いてルビはジャスミンと読む」

「鷹匠茉莉花(ジャスミン)、先輩ですか……」

 春日の注釈に鷹匠は顔に青筋を立て、口元をヒクヒクさせている。どうやら、相当自分の名前にコンプレックスを感じているようだ。

「おい、そこの年中お祭り騒ぎ金髪馬鹿頭。次、私の名前の話題を出したらその金髪を全て(むし)り取って違う意味でその頭を輝かせてやる。ってか、いい加減黒髪に戻せ」

「お前の髪だって黒じゃねーじゃん!」

「私のは地毛だ!」

「ならオレも地毛だ」

「嘘を吐くな! 初等部の頃は黒髪だっただろうが!」

「オレは今を生きる男だ。過去のことは忘れたぜ」

「ならこれを見ろ!」

 鷹匠は制服の内ポケットから生徒手帳を取り出し、その中に挟まれた一枚の写真をバンッと春日の前に叩きつけた。その写真には幼い頃の春日と鷹匠に優月や星崎、それから見知らぬ二人の男の子と女の子が写っている。

「へ~、懐かしいな……これって小三の頃だっけ?」

「あ、ホントだ。この頃のこーたは可愛かったな~」

 叩きつけられた写真を手に取り、懐かしげに話す二人の言葉に鷹匠も腕を組んで頭を頷かせている。

「確かにこの頃の洸太は可愛か……って違う! 見ろ! この時の貴様の髪は黒だろ!」

「……髪の色なんて些細なことを気にすんな。学生の本分は学業だろ? オレはその本分をちゃんと果たしているぞ? 学年順位四番さん」

「ぐっ……高々数点の差で一つ上の順位だからといって調子に乗るな!」

 神薙学園の学力レベルはかなり高い。その中で春日は見た目や行動からは信じられないほどの好成績をキープし続けている。さらに全国模試などでもかなりの上位に食い込んだり、英語のスピーチコンテストや書道コンクールなどにも積極的に参加したりして多方面で神薙学園の知名度を上げている。だからこそ、多少の好き勝手をしても教師から何も言われないでいるのだが……

「その割には一度もオレのこと超えられないな」

「ぬぐっ……って論点を変えるな! 校則で頭髪の染髪は禁じられてる!」

「なぁ……お前の好きなこの日本には、郷に入っては郷に従えという言葉があるよな。その言葉から考えるに、お前のブロンドこそ黒髪に染めるべきではないか?」

「なっ……確かにそうかもしれ―――」

 春日の言葉に鷹匠が(うつむ)いて考え込むが、すぐさまゴスッという音が部室に響いた。

「へ?」

 その音に鷹匠が視線を正面に上げると、机にヘッドバッドをしている春日の姿。その頭の上には隣に座った優月の手がある。

「もう……いい加減にしなさい、こーた。鷹匠さんもそんな綺麗な髪を染めるのは勿体ないよ……」

「い、いや……私の髪なんて……優月さんの方が女の子らしい長くて白い髪で、神秘的なまでに美しいと思うぞ」

「そ、そんなこと言われたら照れちゃうよ……」

「で、相談ってのは婦女子連続暴行事件についてか?」

 女子二人がお互いの髪について褒め合っていると、額を赤くした春日が復活する。そして、先ほどまでの姿からは信じられないほど真面目な表情で鷹匠に訊ねた。

「う、うむ……今までも注意を投げかけていたが、ついに昨日(さくじつ)神薙(ウチ)の生徒が襲われたのは知ってるな?」

「ああ、CCPからも情報が入ってきた」

「やはり能力者絡みだったか……」

 春日の言葉から婦女子暴行事件の犯人が能力者だと確信した鷹匠は静かに呟く。

「こーたのバカ……」

「ぐっ」

「いや、最近の貴様たちの様子を見れば察しはつくよ、優月さん」

 春日の失言に、隣の優月からボソッと非難の声が上げられた。それに対して鷹匠は苦笑しながら話すので、優月も苦笑する。

「そ、それもそうだよね……」

「本来なら警察に任せておくのが正しいのだろうが……私は学園の生徒が襲われたのが非常に気に食わんっ! だから、貴様たち能運部に依頼に来たのだ」

 颯爽(さっそう)とした態度で鷹匠が言い放つと、春日も慨然(がいぜん)とした態度で話し出す。

「俺たちも神薙の生徒が襲われたとあっちゃ黙っていないさ。今まではCCPの仕事でしか動いてなかったが、今日からは能運部としても動くぞ」

「そうか……それは有難い」

 春日の言葉に鷹匠は嬉しそうに微笑む。

「で、だ……まつり(、、、)。それは生徒会の総意(、、)か? 別に黙っててもオレらが動くのはわかってただろ? 副会長のお前が能運部に依頼なんかすれば生徒会内部から批判もされるだろうに……」

「確かに、な……それでも私は同じくこの神薙学園を愛する洸太(、、)に、私個人として頼みに来たのだ。難しいことは知らん。それに会長(アイツ)もわかってくれるさ……」

「そうか……なら、オレらも幼馴染からの依頼とあっちゃ気合を入れるしかないな……」

「そうだね!」

「ああ」

春日の言葉に優月と星崎も同意する。その言葉を聞いた春日は席から立ち上がり、部員の顔を見回す。

「そうと決まれば……星崎は奥のパソコンでCCPの把握している情報にアクセスして通り魔について(まと)めろ! 百瀬は街中に鳩を飛ばして随時、星崎と連携! 茅原は星崎たちの纏めた情報で割り出された、次に犯行が行われそうな場所を重点的に予知しろ!」

 春日の指示に名前を呼ばれた三人は勢い良く返事をした。百瀬は部室から出て鳩を街中に放してくると、星崎と茅原と共に部室の奥にある扉へと消えていった。

ちなみに部室は幾つかに仕切られており、奥にはキッチンや娯楽室、シャワールームなどが設備されている。娯楽室には普段部員がネットサーフィンなどで利用しているかなり高性能(ハイスペック)パソコンが三台あり、有事の際にはそのパソコンからCCPにアクセスしている。

「優月は犯行場所と時刻の予測が立つまで部室で待機! 真崎は……この時間は能力が使えなかったな……お前も部室で待機だ。くそっ、こんな時に限って一年はCCPの研修かよ……」

 次に名前を呼ばれた二人はコクっと頷く。春日は清澄を含めた一年生トリオがいないことについて忌々(いまいま)しげに呟く。その呟きに優月が春日に進言する。

「でも、代わりに久遠くんがいるよ」

「そうだったな……上倉、お前の能力ってのはどんなのだ?」

「……俺の能力は…………物質の時間停止(、、、、、、、)です」

 春日の真剣な眼差しに久遠は少し戸惑った様子を見せた後、自身の能力を伝えた。春日は指先で蟀谷(こめかみ)をコンコンと叩きながら真剣な表情をしている。

「大まかでいいから能力についてと制限や条件なんかを教えてくれ」

「……俺の能力は停視勢(ストップモーション)って言って、視界に映った物の時間……要は動きを止めます。但し、対象は物質……非生物に限ります」

「他に制限とかは無いのか?」

「……視界に入れ続けている間は効力がありますが、視線を逸らしたり封じられたりすると効力は消えます」

 言葉を選ぶかのような久遠の説明。しかし、状況が状況だけにそのことを指摘するものはいなかった。

「なら、お前の能力もそれなりに実戦向きだな。星崎たちの結果が出たら上倉にも現場に行ってもらうぞ!」

 そう言い残して部室の奥へと行った春日の言葉に、何故だか昂揚感(こうようかん)が湧いてくる久遠は少し首を傾げた。その姿を見た優月は久遠の心中を察して穏やかに微笑んだ。

「こーたの能力は御旗煽動(スタンダードスター)って言ってね、ある行動を取るように人の心を掻き立てるの。そして、わたしたちはこーたが旗手となって、先導しているその間は最高のコンディションでいられるんだよ」

「そうなんですか……」

「それに何度助けられ、何度苦しめられたことか……」

 優月の説明に久遠が納得していると、鷹匠がどこか嬉しそうに呟く。

「さて、私はそろそろお(いとま)させてもらうよ。ここにいても何の役にも立てないからな……後は頼んだよ、()

「了解だよ、まつり(、、、)ちゃん」

 鷹匠は嘆息をすると席を立ち、部室を出ていった。優月は穏やかな微笑みを浮かべてその後ろ姿を見送る。


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