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 その後、恙無(つつがな)く開かれた久遠の歓迎会も終わりに近づいてきた。机の上に広げられたお菓子の袋や箱も(ほとん)どが空っぽだ。

 時計を見ると時刻は五時半前。

「もうこんな時間か……」

「そろそろ片付けて下校するか?」

「そうだな……」

 三年の二人が話し合っているとコンコンコンと扉をノックする音が聞こえた。

「あれ、優月はCCPじゃなかったっけ?」

「ええ……でも、なんで優月先輩だと?」

 ノックの音を聞いた春日は首を傾げながら疑問を呟く。それを聞いた清澄は春日が何故ノックの主を優月と決めつけたのかが気になった。

「くそ丁寧なノックの仕方。入れよ、優月」

「失礼します」

 静かに扉を開けて部室に入ってきたのは、肌が透き通るほど真っ白で髪の毛も純白の女子。整った顔には一対の紅色の瞳。その姿は美しさを超えて神話に出てくる女神のようだった。

「おう、お疲れ。今日はCCPだろ。どうして部室に?」

「あ、うん。さっき桃ちゃんがツイッターで『新しい部員! 久遠くんの歓迎会なう!』って呟いてたの。だから、わたしも顔を出そうかなって思ったの」

 春日の言葉に女子……優月は朗らかに笑いながら手に持ったスマートフォンを見せて答える。女神は随分と現代っ子のようだ。

「でも……もう終わったところだったみたいだね? ざんねん」

 机の上の状態を見た優月は、少ししょんぼりしている。それから視線を久遠にスッと移して微笑む。

「それで……君が転入生の久遠くんかな?」

「あ、はい……上倉久遠です」

「わたしは()(づき)(なずな)。よろしくね」

「……よろしくお願いします」

 久遠の視線が全身に注がれるのを感じた優月が苦笑する。

「ふふ、やっぱり気になるよね」

「あ、すみません……不躾な視線を送って……」

「ううん、もう慣れたから気にしなくていいよ」

 すぐさま久遠が謝ると、優月は久遠が気に病まないようにと穏やかな微笑みを浮かべた。傍らでは春日が心配そうな表情をしている。

なずな(、、、)……」

「こーたは心配し過ぎ。……ねえ、久遠くん……アルビノ(、、、、)って知ってる?」

「多少は……劣性遺伝子などにより、先天的にメラニンが欠乏する遺伝子疾患ですよね」

「うん。そんな感じだよ。わたしはそれなの」

 アルビノは先天的なメラニンの欠乏により皮膚や体毛が白く、瞳は毛細血管の透過により紅色を表す。

「……」

 優月の崩れない微笑みに、久遠が複雑そうな表情をしていると、黙って傍にいた春日が声を出して机の上を片付け始める。

「さて、そろそろ帰ろうぜ」

「そうですねー」

 それに同調する百瀬も声を出して場の雰囲気を変える。その二人を嬉しそうに眺めていた優月はふと思い出したように春日の名前を呼ぶ。

「あ、こーた」

「あン? 何だ、優月?」

「今日の授業丸々サボったて聞いたけど、何でかな?」

 あくまで笑顔の優月だが、体から闘気が出ている。その姿を見た久遠と空音以外の部員が思いっきり後退(あとずさ)った。そして久遠以外の全員の顔に冷や汗が浮かんでいた。

「へ? それはだな……えーと」

「それから、透哉くんもサボったて聞いたんだけど」

「はひ⁉」

 優月は、春日が冷や汗と脂汗を同時にダラダラと流しながら視線を彷徨わせている姿から視線を外し、今度は清澄に質問の標的を変える。思いがけない質問に元来臆病な性格の清澄が奇声を発した。

 それを見た優月は再び春日に視線を戻した。

「ねえ、こーた……正直に言えば怒らないから」

「そ、その手には乗らないぞ」

 子どもに言い聞かせるような優月の言葉に怯える春日。その姿に優月は思わずため息を漏らした。

「ってことは、後ろめたいことをしてたんだ……」

「な、何のことやら……」

「ていっ!」

 優月の言葉に視線を逸らしながら応える春日のおでこに、可愛い掛け声と共にバチンという音と衝撃が走った。

「ぐはっ!」

 優月のデコピンによって春日は体を浮かせて吹き飛ぶ。優月はリノリウムの床に倒れ込んだ春日に歩み寄ってしゃがみ込んだ。

「よかったね、太陽の下じゃなくて」

「あ、あほ……お、お前が、この部室の照明を……LEDに替えた、から今までの数倍以上の威力だったぞ! 頭と体がさよならするかと思ったぞ!」

「大げさだな~、こーたは。ただのデコピンだよ?」

「ちげーよ! ただのデコピンで人間が数メートル吹っ飛んでたまるか!」

 暢気な優月の言葉に、春日は息も絶え絶えに言い返す。しかし、優月は春日の抗議を笑顔でバッサリと切った。

「えっとあれは?」

「いつもの夫婦喧嘩よ」

「いや、あれって優月先輩の能力?」

 二人のやり取りを見ていた久遠は何事も無いかのように後片付けをする空音に状況を訊ねるが、期待していた返事が返ってこずに困惑する。その様子に気が付いた優月が久遠の質問に答えた。

「これがわたしの能力……赫炳姫(シャインプリンセス)。光を糧に身体的能力を倍増させる能力だよ。大体の目安としては、ルクスの百分の一×(かける)私の身体的能力かな」

 明るさによって、肉体の強度だけでなく視力や聴力なども跳ね上がる優月の赫炳姫(シャインプリンセス)

「ちなみに真夏の日中の太陽光は約十万ルクスだ」

 優月の説明に空音同様、机の上を片付けていた星崎が補足を加える。それを聞いた久遠は目を見開いた。

「え、それって……真夏だと身体的能力が千倍ってことですか?」

「ああ」

ゲームセンターによくあるパンチングマシンで、優月が仮に三十キログラムしか出せなくても、千倍すると三万キログラム……単位を変えると三十トン。力士の張り手が五百キログラムほどなので、約六十倍はある。

 頭の中でそんなことを久遠が考えていると、春日が額を押さえながら立ち上がった。星崎たちはいつもの恒例行事と言わんばかりに片づけを黙々と続け、最後に空音が机の上を布巾で拭いて終わった。

「あー痛ぅ……さて、そろそろ帰るぞ」

 部室内を見回して綺麗になっていることを確認した春日はゴミをまとめたビニール袋を持って部室から出ていく。他の部員たちも鞄を手に持ち、部室から出て行った。

 星崎が鍵を閉めている横でビニール袋しか持っていない春日の姿に優月が頭にクエスチョンマークを浮かべる。

「あれ? こーた。鞄は?」

「きょーしつ」

「もう! ほんとに今日何してたの?」

「ひ・み・つ」

「てい!」

「ぶるげはっ!」

「さて、俺は職員室に鍵を返してくるよ。それじゃ」

「あ、僕も教室に鞄を置きっぱなしなので先に失礼します」

 再び優月に春日が奇声を上げながら吹き飛ばされるのを気にするでもなく、西日に照らされた廊下を歩いていく星崎と清澄。

「それじゃ、部長に優月先輩。桃ちゃんたちもこれで失礼しまーす」

「失礼します」

「また明日ね~」

 百瀬と空音も春日のマウントポジションを取っている優月に疑問を感じるでもなく、ごく普通の挨拶をして歩き出す。優月も手をヒラヒラさせる。

「久遠くんも帰ろうよ」

「あ、え? ……おお。春日先輩に優月先輩、失礼します」

「うん、バイバイ。久遠くん」

「オレを見捨てるのか、後輩たフゲッ!」

 別れの挨拶をした三人は夕焼けに染まる廊下を歩いていく。角を曲がったところで何やら断末魔のようなものが聞こえてきたので、思わず久遠は訊ねる。

「なあ、あれって……」

「う~ん、……アレがあの二人の日常茶飯事だからそのうち慣れるよ」

「そ、そうか?」

「うん」

「ええ」

 二人に頷かれたら久遠も納得するしかなかった。その後も度々、校舎内には男の悲鳴が響き渡った。

 三人は下駄箱で靴に履き替えて下校する。前方には、久遠たちと同じように部活を終えた生徒がちらほらと歩いている。すると、数歩前を歩いていた百瀬がいきなり走り出した。

「あ! みゆみゆ~」

 突然の大声に数人の生徒がこちらを振り向く。その中には二年A組に在籍する関川がうんざりした顔をこちらに向けてた。

「その呼び方はやめなさい、って」

 飛びつかんばかりの百瀬に関川は頭をペシッと(はた)く。

「あうちっ! う~、なんで叩くのみゆみゆ?」

大して痛くない筈なのに、叩かれた場所を両手で押さえて(うずくま)る百瀬。

「ほう……まだ言うかね、バカ桃ちゃん?」

「さようなら、関川さんに百瀬さん」

「あ、さようなら、真崎さんに上倉君」

「ああ、また明日」

 肩をフルフルと震わせる関川の横を空音は、二人に別れの挨拶をして通り過ぎ、関川も挨拶を返す。久遠も挨拶をして横を通り過ぎる。それを見た百瀬がまるで、貫一に許しを乞うお宮のようなポーズで二人を呼び止める。

「ちょっ! お二人さん、桃ちゃんを忘れてるよ~」

「間に合ってるわ」

「そ、そんな~、く、久遠くんは?」

 しかし、空音に素気無く断られた百瀬はターゲットを久遠に変えた。

「あ~」

「アレも日常茶飯事だからいいのよ」

「だそうで。それじゃまた明日」

 立ち止まりどうしたらいいか、と迷っている久遠に空音が先ほどの百瀬のように言い歩いていく。久遠も原因は百瀬にあると思っていたので笑顔で挨拶をもう一度した。

「か~、無駄に良い笑顔だね、桃ちゃん惚れちまうよ」

「間に合ってるわー」

「ちょっ!」

「冗談だ、ジョーダン」

 その笑顔を見た関川が少し顔を赤らめるその横で百瀬がふざけると久遠から先ほどの空音と同じセリフが返ってきた。それに対して、思わず大声を出す百瀬を見て、悪戯(いたずら)を成功させた子どものような表情をする久遠。

 そのまま久遠は(きびす)(ひるがえ)し、手をひらひらさせながら歩いていった。

「もう、久遠くんったら……うん、ばいば~い」

 百瀬も手を振って別れの挨拶をする。

「朝とは随分と雰囲気が違うね、上倉君」

「そうだね。あれがきっと素の久遠くんなんだろうね」

「そうかもね。さてと……」

「あ、ねえねえ深雪。帰りにどっか寄ってかない?」

「いいわよ。って……あれ? 私たち何か忘れてない?」

「へ? う~ん……」

「「あ⁉」」

 二人が声を出して顔を見合わせる。

 その頃、職員室に鍵を返しに来た星崎はやたら機嫌の悪そうな顧問を見たという。



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