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「ようこそ、神薙学園高等部へ。俺はお前が転入する二年A組の担任の来栖川だ。担当教科は生物。それからお前が入部する予定の能運部の顧問でもある。よろしく」
白衣を着た来栖川は手元の書類を眺めながら投げやりな態度で歓迎と自己紹介をする。
「能運部?」
真新しい制服を着た少年―――上倉久遠は聞き慣れない単語に首を傾げる。
「ん? 能力運用部に入部するのがこの学園に入る条件の一つだっただろ」
能力運用クラブ。略して能運部と呼ばれていることを理解した久遠は頭を頷かせる。
「ああ、はい。よろしくお願いします」
来栖川は手元の書類を机の上のバインダーに綴じると席を立った。
「ああ……これからA組のホームルームだから適当に自己紹介を考えておけ」
そして、スタスタと扉の方へと歩いていくので、久遠も後を付いていく。
校舎内はホームルーム前ということもあってどこか騒がしい。
階を一つ上がり、二年の教室がある三階に来る。神薙学園では廊下側一面が窓のようで教室内の生徒達からの視線が廊下を歩く久遠たちに注がれた。
若干の居心地悪さを感じた久遠はそれを紛らかすように、扉の上にあるプレートに視線を向けると、そこには二年F組とあるので、普段見慣れない生徒が教師と歩いているので珍しがっているのだろう。
久遠がそんなことを考えていると来栖川の足が止まった。視線を扉の上のプレート向ければ二年A組の文字。どうやら碌に自己紹介を考えないまま、教室に着いてしまったようだ。
教室内では教室の外に来栖川が来たことに気付いた生徒たちが慌てて席に着いているのが見える。
「それじゃ俺が合図をしたら教室に入ってこい」
来栖川はそう言うと扉を開けて教室に入っていった。教室の外にいる久遠に視線を向けていた生徒も来栖川が教壇に立つと、そちらに意識を集中させる。
「突然だが、転入生だ」
前置きもなく投げやりな来栖川の言葉を合図に久遠は二年A組に足を踏み入れる。久遠が隣に来たのを確認すると再び来栖川が口を開く。
「あー今日からこのクラスの一員になる上倉だ。上倉、自己紹介」
「上倉久遠です。よろしくお願いします」
結局、何も考えていなかった久遠の自己紹介はとてもシンプルなものだった。だが、A組の生徒は拍手を持って久遠を迎えてくれた。
「はーい、ちょっといーですか?」
拍手が鳴り止んだ頃を見計らって、ピンクのリボンで髪をポーニーテールにした可愛らしい女子が、小学生並に真っ直ぐ手を上げる。身長も小学生並のようだが……
「俺の授業でもそんぐらいの挙手をしてもらいたいもんだな……で、何だ? 百瀬」
「是非、我々に転入生の上倉くんへの質問タイムを!」
百瀬と呼ばれた女子は来栖川の嫌味を物ともせずに発言する。他の生徒は静かに状況を見守っているが、どうも百瀬同様、好奇心に満ちた顔をしているところを見ると大多数の生徒が質問をしたがっているようだ。
義務教育を終えた高校生にもなると転入生など殆どいない。そもそも神薙学園は初等部からのエスカレーター式だ。外部入学でしか新しい人間が入ってこないのだから、転入生が気になるのも仕方がないのかもしれない。
それがわかっていても一クラス三十人分の質問をされると思うと憂鬱な気持ちになる久遠だった。出来ることなら質問タイムは無しにしてもらいたいところだが―――
「少しだけだぞ」
久遠の願い届かず、来栖川は窓際に置いてあったパイプ椅子に座った。教壇に一人残された久遠は嘆息をする。
「それじゃ廊下側から順番に名前と質問してけ」
来栖川の提案により、久遠は全員の名前を知る機会を得た代わりに面倒くさい質問攻めにあうことが決まった。廊下側の一番前に座っていた男子が席を立つ。
「出席番号五番、梅本和樹。そうだな……それじゃ趣味は?」
「読書」
「関川深雪です。上倉君の好きな食べ物は?」
「蕎麦」
「葉山美羽、出席番号は十九番です。えっと……上倉君はどんな本を読むのかな?」
「本なら何でも読む」
その後も当たり障りのない質問が続く中で、先ほど手を上げた百瀬に順番が回ってきた。
「ふっふっふ……この時が来るのを待ちわびていたよ」
何やら芝居掛かった振る舞いで席を立った百瀬に久遠は嫌な予感しかしなかった。周りからは「いけーA組のパパラッチ娘!」やら「いっちゃえいっちゃえ!」などと囃し立てられているのを見れば誰でもそう思うだろう。
「出席番号二十三番、百瀬桃花! 人呼んで神薙学園のパパラッチ桃ちゃん!」
しかも、A組から神薙学園へとグレードアップした看板を背負ってきた。周りからは何故か拍手喝采。百瀬も「どうもどうもー」と手を振っている。
「そんな桃ちゃんが上倉くんに訊ねることは、ズバリ! 現在、彼女はいますかっ?」
百瀬の質問にA組の女子は目を輝かせて久遠を見ている。男子からは若干のやっかむ視線が送られているが……
「いない」
久遠が投げやりに答えると女子からは短い悲鳴が上がり、男子からは「同志よ!」という野太い声が上がった。
「そっかー、上倉くんって結構イケメンなのに意外だなー」
百瀬は呟きながら、桃ちゃんのマル秘手帳! と書かれた手帳に何やら書き込んでいる。
そこからは百瀬同様に少し踏み込んだ質問も増え、久遠は暗鬱とした表情でそれらに答えていった。そして、ようやく最後の一人に順番が回る。
「真崎空音。二十一番。……あなた、能力者でしょ?」
窓際の最後尾から一つ前に座っていた空音の質問はいやに断定的だった。周りの生徒も思わずどよめく。
「……」
空音の質問の真意を測りかねる久遠は初めて黙った。何故そんな質問を思いつき、あまつさえそんなデリケートな問題に触れられるのか、と。
「雄弁な沈黙をありがとう」
その沈黙から空音は答えを導き出し、席に着いた。沈黙の理由はどうあれ、結局は久遠が能力者なのは変わらない。
「真崎。それはアウトだ……」
今まで静かに見守っていた来栖川が面倒くさそうに口を開いて空音を諭す。
能力者は普通の人間には忌避される存在だ。それは、能力者の持つ能力が大抵は超常的なものだったり常識外のものだったりするからだ。人間は自分と違うものを認めないし受け入れない。そして、それは差別や迫害へと至ることもある。
そんな世の中でも神薙学園は能力者への理解があり、積極的に能力者の受け入れをしている。久遠もだからこの学園へとやってきたのだ。
「上倉君、能力者なんだ……」と誰かがポツリと漏らす。受け入れをしていると言っても、実際は一般生徒との隔たりがいくらかあるのも現状である。
「ほら、質問タイムは終了だ。後は休み時間にでも各自でやれ。ああ、それから一時間目の俺の授業は生物室でやるから移動な」
来栖川はパイプ椅子から立つとざわざわと騒ぐ生徒たちに言い放つ。
「それと真崎は俺のところに来い」
呼ばれた空音は移動教室の準備一式を手にして、周りが教科書やノートを慌てて準備している横を通り、来栖川の前に立つ。
「なんですか?」
他の生徒達も準備しながら、廊下の外から様子を伺っている。久遠も空音に多少の興味を持ち、改めてその容姿を見る。
窓から入る太陽光に腰まで伸びる綺麗な栗色がキラキラと輝いているように見える。染めているならば髪質が落ちて天然の潤いが無くなる。輝くように見えるということは栗色の髪は地毛ということだ。女子にしてはそれなりの長身と端正な顔立ちが相俟って美人という言葉がよく似合いそうだ。
「真崎、次の俺の授業は出席扱いにしてやるから上倉に学園を案内してやれ」
「何で私がそんなことしなきゃいけないんですか」
「さっきの質問で上倉を案内してくれそうな奴が減ったからだ。能力者の話題っていうのは、扱いが難しいんだから気を使えよ。お前も能力者なんだからわかるだろ……」
面倒くさそうに喋りながら頭を掻いている来栖川の発言を聞き、期せずして空音も同じ能力者だと知った久遠は、あんたも話題の扱いには気を付けろよ、と内心そう思うのだった。
「あ、なら先生! 私も能力者! 私も上倉くんを案内しますよー」
そこで、今まで来栖川と空音の会話に聞き耳を立てていた百瀬が目をキラキラさせて話に割り込んできた。
「お前はダメだ。真崎は成績優秀だからまだいいが、百瀬……一年の時の自分の評定を覚えているか?」
「うぐ……で、でも、新しく神薙にやってきた上倉君に空音ちゃんは荷が重すぎると桃ちゃんは思うのですよ!」
「ダメだ。お前は俺の有難い授業を受けるんだ。ほら、行くぞ」
「そんな殺生な~」
来栖川は百瀬を連れて教室を出て行った。他の生徒も慌てて二人の後を追って出て行ったので、教室には久遠と空音だけが残された。