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「みんな暇なんだな……」
辺りを見回せばちょくちょくとナンパをしている人間がいる。男と女のナンパグループで遊びに行けばいいのにと思う久遠は人知れず嘆息をし、どこで買い物をしようかと考え始める。
「やめてくれないかしら」
「……」
すると、ここ一週間で大分耳に馴染んだ声を聴き、久遠が振り返ると少し離れたところに白色系のティアードスカートのワンピースにカーディガンを羽織った空音がいた。そのすぐ傍にはいかにも遊んでいます、といった風体の若い男がいる。そして、空音がその場から逃げようとするのを妨げていた。
「いいじゃン、遊びに行こーヨ。俺、イイ店知ってんダ」
語尾のアクセントがいかにもチャラチャラしている。服装も着崩してアクセサリーをジャラジャラさせている。
「結構よ。なんならあそこの女の人たちとそこに行けば? 向こうもなんか相手探しに必死みたいよ?」
どうやら空音も久遠と同様にナンパされているようだった。ちなみに久遠はこの街にきたばかりで知らないが、この駅前はナンパスポットで有名らしいというのは後日、百瀬から聞くことになる。
「あ、いや……アイツらは……って俺は君と遊びに行きたいノ!」
「ちょっと放して!」
「ほら、行こうヨ」
どうも空音が指差した女性たちと苦い思い出があるらしく、男は少し逡巡するが、すぐさま立ち直り空音の腕を取る。それに対して空音が文句を言うが男は諦めない。
「空音! ここにいたのか……」
「あン?」
「久遠君?」
その男のしつこい行動を見て、久遠は空音を助けるために声をかける。突然の部外者の介入に男と空音は駆け寄ってくる久遠に視線を向けた。久遠は空音の腕を取る男の手を振り払い、体を間に滑り込ませる。
「悪いけど他を当たってくれないかな」
「ふざ、け……」
「な?」
「あ、ああ……」
久遠の言葉に男が逆上しかけるが、笑顔で圧力をかけてくるその姿に怖気付いてその場をすごすごとと立ち去ることを余儀なくされた。男が離れていったのを確認すると、久遠は振り返って空音の方を向く。
「災難だったな」
「ええ、まあ……ありがとう。助かったわ」
苦笑しながらの久遠の言葉に空音は心底うんざりとした表情でお礼を言う。久遠も先ほどまで似たようなことをされていたのでその気持ちはよくわかった。
「それはどういたしまして……空音は一人なのか?」
「そうよ。久遠君は?」
待ち合わせでもしていたのかと思った久遠が訊ねるが、空音はつまらなさそうに答える。そして、同じ質問を投げかける。
「さっきまでは違ったんだけど……今は一人だ」
「そう……」
久遠の言葉をどこか推し量るようにして空音は伏し目がちに返事した。久遠はその姿を見て少し思案を巡らせる。
「あのさ……もし良かったら俺の買い物に付き合ってくれないか?」
「あら、デートのお誘い?」
どこに何があるかわからない久遠は空音を買い物に誘う。その言葉を聞いた空音はどこか挑発的な笑みで、しかし、少し不安そうな笑みで訊ねる。
「……そう、だな。俺とデートしてくれないか、空音?」
「そうね、助けてもらったし良いわよ」
久遠から目を背けるようにして、空音は踵を返し、歩を進めながらデートの誘いの返事をした。久遠からは見えないその表情は破顔していた。
(わぁ……あの空音ちゃんを口説くとは久遠くんもやるな~♪ まあ、茅原くんはドンマイだけどね~)
茅原と別れた百瀬はすぐさま駅前の噴水近くにいた猫と動物縁で精神を共有する。そして、久遠と空音の会話が聞こえる位置へと向かい、一連のやり取りを見守った。
(わわっ……空音ちゃんの顔が笑顔だよ)
久遠の位置からは見えないが、鞄を両手で後ろ手にしながら歩き始めた空音の表情は破顔一笑といった言葉が良く似合った。
先を歩く空音をすぐに久遠も追いかけて横に並ぶ。その時には空音の表情もいつも通りに戻っていたが、どこか嬉しそうな雰囲気が滲み出ているのを猫は感じた。猫も二人に気付かれないようにしながらも会話が聞こえる位置をキープして後を追っていく。
「それで久遠君は何を買いに?」
「服を買いにな。あんまり服を持ってこなかったからクローゼットの中がスカスカなんだ」
「そういえば久遠君って神薙学園に来る前ってどこにいたの?」
「ヨーロッパ」
「ヨーロッパ!? ……海外にいたの?」
久遠の言葉に空音が驚きの声を上げる。その声に周りを歩く通行人が一瞬だけ二人に注目を向けるので、空音はばつが悪そうにボリュームを下げた。二人の後ろでは猫が目を見開いている。
(へぇ~、久遠くんて海外にいたんだ。通りで調べても情報が出てこない訳だ。お父さんもお母さんも何か知ってるみたいなのに話してくれないし……)
「ん、ああ……二年ちょいな」
「久遠君って帰国子女なのね」
その後も雑談を交わしながら歩く二人は、傍から見るとお似合いのカップルのようだ。実際に二人とすれ違った何人かは振り返って羨望の眼差しを向けたり、声に上げて「さっきのカップル、レベル高いね~」などと話したりしている。
(う~ん……空音ちゃんも応援したいけど本人がまだ認めてなさそうだし……それに、久遠くんにはもう少し神薙の王子様として能運部の地位向上にご協力をお願いたいしなぁ……)
楽しそうに会話している二人や周りの反応を見て唸っている猫もまた通行人から奇異の視線を向けられていた。そんなことはお構いましに考え事している猫の心の声を聞いたら久遠は嫌な顔をするだろうが、知らぬが仏と言ったところだろうか。
「高校生ぐらいの男子が着る服ってどこに置いてあるかな?」
「駅ビルのメンズファッションのフロアかしらね? 一応そこに向かっているのだけど……」
目の前の交差点の歩行者用信号機が赤だったので立ち止まる二人。そこで久遠が思い出したように話題を元に戻して空音に訊ねる。空音も話をしながらも久遠の目的を覚えていたようで、この街でもかなり大きいファッションビルの一つに向かって歩いていた。
「そこって?」
「あのビルよ」
歩行者用信号機が青になり歩き始める二人。空音は久遠の問いに、目の前の建物を指差しながら答える。
猫はというと、横断歩道を渡らずに街路樹の根元で立ち止まっている。
(建物の中か~、ばれるかもしれないけど自分の体で行くしかないかな……ちぇ~、こんなことなら清澄くん連れて来れば良かった……)
清澄の遮断包陣なら姿や音を消せるので尾行に向いている。動物縁も尾行には向いているのだが、人の目が多い建物の中では逆に目立ってしまうという欠点を持っている。しかし、相手が車などの時は、鳥と動物縁ができる百瀬の方が向いていたりするので、無い物ねだりと言えよう。
猫は二人が駅ビルに入っていったのを見届けると動物縁を解除した。動物縁から解放された猫はヒョイッとその場から歩き始めていった。数十メートルほど後ろを歩いていた百瀬は歩調を速めた。