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「夏葵さん、ご馳走様でした~」
「あ、いや……」
にこやかな笑顔でお礼を言う優月に引き攣った笑顔の夏葵。少し離れたところでは久遠と春日が声を落として会話する。
「俺、優月先輩が能運部で一番まともな性格だと思ってました……」
「アホか……お前も優月のオレへの攻撃性を見ただろ」
そう言葉を発した瞬間、春日の頬を何かが高速で通り過ぎた。ちなみに久遠の目で確認したところ、アメリカンヘアピンだった。そして、飛んで行った方を見ればコンクリートの壁に突き刺さっていた。
しっかりと自分への発言を耳にしていたらしい優月の威嚇射撃に、春日は開いた口が塞がらない。久遠は春日の心情を気にするでもなく言葉を紡ぐ。
「……それは春日先輩への愛情表現じゃないんですか?」
「……お前も大概良い性格してるな。ハァ、能運部で一番まともなのは真崎と星崎くらいだ」
お前はまだわからねーけど、と再び溜息を吐いた。久遠は少し声のボリュームを下げて春日に訊ねる。
「で、本題なんですけど……先輩方と夏葵さんの間に何があったんですか?」
「別に……夏葵さんが言った通りだよ。俺らがまだ幼い時にお世話になったってだけだ」
「それだけですか?」
久遠の真剣な表情を見て春日は何度目かわからない溜息を吐く。
「本当にお前は良い勘してるな……それでどうしてそれを知りたがる?」
「……」
「ハァ……第一世代ってのはまだ能力自体が良くわかってない時の能力者たちだろ。オレたちは実験体だったんだよ。昔は研究所での検査が必須で夏葵さんはオレらの担当だったんだ」
「だから昔馴染み……」
春日の言葉に久遠は先ほどの会話を思い出した。春日はさらに言葉を紡ぐ。
「そうだ。周りの大人たちからの扱いはあんまり良くなったけど、夏葵さんだけはオレらのことを良くしてくれたんだ。年齢も近かったしな。ただ、その時の良い思い出なんか殆ど無いから夏葵さんとの距離感も微妙ってのが本音だろうな、オレも優月も……」
「そうですか……」
「ただ、夏葵さんがいなきゃ優月も……ああやって笑ってられなかったって思えば、感謝はすれど恨んではないから安心しろ」
和やかな雰囲気で会話している優月たちを一瞥し、最後の言葉を笑顔で言う春日に久遠は首を傾げる。
「安心って……」
「ん? お前の心配はそこじゃなかったのか?」
「……そう、ですね」
春日の核心を突いた言葉に久遠は言葉を詰まらせた。確かに夏葵が非人道的なことをしていたとは考えられなかったが、二人が不遇な子供時代を過ごしていたのも確かなのだ。その原因の一端を夏葵が担っていたとは思いたくなかった自分の心情を察した春日を改めて見直した久遠だった。
「話はこれでしゅーりょー! 向こうも待ってるみたいだし戻るぞ」
「はい」
二人は優月たちに合流し、会話をいくつか交えて解散した。それを見送った夏葵は首を回して溜息を吐く。
「ちょっと疲れたからあたしは帰るよ……」
「なら俺も……」
「あんたは残りの買い物を済ませてきてよ。荷物はあたしが持って帰るから」
久遠の言葉を遮って夏葵は荷物を受け取る。
「え、あ……うん」
「これお金な。そんじゃあんまり遅くならないうちに帰っておいでよ」
「わかったよ」
夏葵は財布からお金を取り出して久遠に渡す。そして、夏葵はタクシー乗り場へとのろのろと歩いていった。その後ろ姿を見送り、久遠は駅前へと歩き出していった。
能力運用部の面々に片っ端から声をかけた百瀬だが、戦果は芳しくなく、最後の手段として茅原で諦めることにした。
そのことを面と向かって言われた時の茅原の顔はとても素敵な引き攣り笑いだったらしい。
「あれ、久遠くんだ」
しかたなく茅原と共に駅前へと遊びにやってきていた百瀬は視線の先に久遠を捉える。茅原も百瀬の視線の先を追い、雑踏の中に佇む久遠を見つけた。
「んあ? 本当だ。休日の駅前に一人って寂しい奴だな……よし、俺様が声をかけてやるとす……」
「あ、待って……なんか女の人たちに声かけられてるよ」
何やら腕を組み、同士を見つけたと言わんばかりの茅原の様子で頷いている茅原の言葉を遮り、百瀬は久遠について実況をする。茅原もその言葉に目を見開いて久遠の方を見れば、大学生らしき女性二人組に声をかけられているところだった。
「なっ……ホ、ホントだ」
「あ、断ってる」
「なんだ根性ねーな」
女性に腕を組まれて親しげに話しかけられてる久遠の姿を信じられないといった様子で見つめる茅原と、冷静に観察している百瀬。久遠が女性二人の誘いを断るのを見て急に態度が大きくなる茅原に、百瀬は静かに溜息を吐いた。
視線を戻すと今度は、百瀬たちと同い年ぐらいの女子のグループが久遠に声をかけていて、その内の何人かは神薙学園で見かけたことのある顔だ。
「あ、また声をかけられてる。今度は神薙の女子だね」
「ぐはっ」
百瀬の言葉に意味不明な呻き声と共に地面へと崩れ落ちる茅原。百瀬はいきなりの奇行に、茅原から少し距離を取る。
「流石は神薙学園内での男子人気ランキング急上昇なだけあるね~」
「な、なあ……そのランキングに俺様は……?」
「ん~、入ってないね」
「……」
容赦のない現実に茅原は絶句するのだった。
「あ~あ~、また断ってる……意外とお堅いみたいだね。まあ、とっかえひっかえしてるよりかは女子ウケがいいけどね」
「話が見えないんだけど……」
百瀬の独白のような言葉に茅原は額に皺を寄せる。しかし、そんな茅原の言葉を百瀬は無邪気な笑顔で無視する。
「あ、もう暇潰しに付き合わなくても大丈夫だから、今日はありがとーね♪ 後は一人寂しく駅前で黄昏ててくれたまえ!」
何か面白いこと見つけたと言わんばかりの表情をして「じゃっ」、という言葉と共に走り去っていく百瀬と置き去りにされる茅原だった。