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通り魔事件を解決した翌日。久遠が登校すると、犯人逮捕の知らせを聞いた神薙学園では浮ついた空気が流れていた。どこからか能力運用部の活躍によって通り魔が捕まえられたことを知られたらしい。
恐るべき情報化社会。
「号外~、号外だよ~、神薙新聞の号外だよ!」
いや、随分とアナログな方法によって広まったらしい。手渡された新聞を見ると昨夜の能力運用部の活躍についてこと細やかに書かれており、でかでかと写真まで載っていた。
久遠の。
その所為か、久遠は教室に行くまでかなりの視線に晒されることになり、居心地の悪い道のりになった。教室に入れば入ったで二年A組のクラスメイトには質問攻めにあった。
それに対して久遠が取った行動は―――
「ハァ……初日に続いて二度目のサボりか」
久遠は屋上のフェンスにもたれ込んでいた。空を見上げながらボーっとしていると扉の開く音がする。久遠は視線を空から屋上に姿を現した三人に移した。
「よお」
「茅原……それに桃花に空音まで……一体どうしたんだ?」
「お前と一緒だよ」
「大きな事件解決すると大体ああなるんだよね~、もう参っちゃうよね」
久遠の問いに茅原はうんざりといった表情を浮かべる。空音も同じような表情を浮かべている。ただ、百瀬だけは笑顔でいる。
どうやら百瀬は質問攻めが嫌で教室を抜け出したのではなく、二人に付き合ってきただけのようだ。言葉にもそんなに苦労は滲み出ていない。
「……あなたが元凶じゃないの? 新聞部所属の百瀬さん」
「ギクッ」
気楽な様子の百瀬に空音が静かに言葉を放つ。指摘された百瀬は擬音を口に出して大げさなリアクションを取る。
「口で言うなよ、口で……」
それに今度は茅原がツッコんだ。
「えへへ……」
百瀬は何故か照れ笑いを浮かべる。久遠は制服のポケットに入れていた神薙新聞の号外を取り出す。
「お前がこの写真載せたのか?」
「うん」
「ハァ……どうしてこんな真似を?」
「そうだね~、……能力者の存在意義をアピールできる時はしておかないとね」
「なるほどね」
前半は笑顔で、後半は真面目な顔で答える百瀬の言葉に納得した久遠は苦笑を浮かべた。以前に空音が言っていた言葉を久遠は思い出す。新聞に目を通せばみんなが興味を持つような文章が書かれている。それに、新聞をそれなりの生徒が受け取っていたのを見ると、百瀬は神薙学園での能力者の地位向上に尽力しているのだろう。
「シャッターチャンス!」
効果音にシュピーンとでも入りそうな勢いで百瀬は目を光らせ、パシャッといきなりデジカメで久遠のことを撮影する。久遠は突然の百瀬の行動に目を白黒させる。
「えーっと……」
「いや~、通り魔事件で久遠くんが大活躍したって号外に乗せたら反響がすごくてね~」
朝からの短い間でどうやってその反響を集めたのか気になるところである。
「はい?」
「ほらほら、このツイッターのタイムライン見てよ。みんな号外のこと呟いてるよ♪」
どうやらしっかりと情報化社会を生きているようだった
「で?」
「今、久遠君の株が急騰中なんだよ! だ か ら この機に一儲けしようかなって……」
百瀬の言葉に久遠が固まる。誰しも肖像権を無視して商売はされたくはないものだ。
「桃花」
「ワオ! すっごい良い笑顔だね……でも、なんか久遠君の背後に闘気が見えるのは気のせいだよね?」
その言葉に久遠は女子十人が見れば七、八人は赤面しそうな笑顔を見せる。が、背後には鬼が見えたとは後の空音の言葉。
しかし、百瀬はそんな姿に怯えることもなく、再び写真を撮り続ける。その姿に久遠の闘気が増したのは気のせいではないと感じる茅原。
「いや、気のせいじゃなさそうだぜ、百瀬。俺様にも見える……へへっ、こんな闘気を優月先輩以外出せるとは思わなかったぜ」
そして、膝がすごい勢いで笑っていた。
「ちなみにこの写真売買の元締めは茅原くんもだから!」
「な、裏切ったな!」
何だかんだで容姿の優れている能力運用部の面々の写真を売り捌いている二人であった。稼いだお金の使い道は一応部費にはなっているらしい。
「三十六計逃げるに如かず!」
「お、俺様も!」
二人は脱兎の如く走り去る。が、久遠の能力は……
「あ、れ……?」
「動けない?」
扉に駆け込む寸前に百瀬と茅原の動きが止まった。久遠は二人に静かに歩み寄っていく。闘気を屋上に撒き散らしながら……
「さて、そのデジカメを渡してもらおうか……」
「久遠くんの能力は生物に使えないんじゃなかったの?」
百瀬が声を震わせながら背後から近づく久遠に問いかける。
「……ああ。でも、お前らの着ている制服は生物じゃない」
「あ、確かに……」
「と言うことで……」
屋上に二人の悲鳴が叫び渡った。
放課後になり、二年の四人が能力運用部の部室に顔を出すと、既に三年の三人がくつろいでいた。そして、百瀬が話のネタに朝の出来事を話す。
「ハハハ、そりゃ上倉も災難だったな。茅原と百瀬もドンマイだったな。やるんだったらオレみたいにバレないようにやらなきゃ」
「むー」
結果、予想以上に響く春日の高笑いに百瀬は頬を膨らました。
「……これに懲りてもうやるなよ、桃花に茅原」
「はーい」
「報復が怖くてできねーよ」
と言いながらも既にかなりの枚数を売り捌いている二人だった。
「「ハァ……」」
空音と久遠の溜息が被る。
昨夜の事件で誰一人と大怪我を負わず、軽傷で済んだ能力運用部の面々はその日の放課後をダラダラと過ごすのだった。