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 時刻は午後八時五分。

被害に遭う筈だった女子を事前に特定し、事情の説明をした能力運用部。現在はその女子がいつも通っている道を空音が犯行予測地点まで歩いてきているところだ。

 空音以外の部員は犯行予測地点の道に面した建設中の家の敷地内で待機している。僅かな月明かりの下、目を瞑り意識を動物縁(アニマルリンク)に集中している百瀬に状況を訊ねる春日。

「そろそろ時間だな……百瀬、真崎の周りに不審人物はいるか?」

 コンビニで買い漁ってきたおにぎりを無理やりお茶で流し込みながら訊ねる春日。百瀬はチョコレートで糖分を摂取しながら目を瞑り、意識を集中している。

「……いえ、特に怪しい人物が空音ちゃんをつけているってことはないみたいです」

「その情報の信用度は?」

「犬の嗅覚と蝙蝠の超音波なので間違いはないかと」

「ふむ……この辺りでオレたち以外に怪しい奴は?」

「……特には」

「そうか……とりあえず警戒だけは(おこた)るなよ」

「モチのロンです」

 春日の言葉に緊張を隠すかのようにいつもと同じ調子で返す百瀬だった。

「……そろそろあのT字路を空音ちゃんが曲がってきます」

「変わったことはあるか?」

「……そのT字路を直進してくる人間……何だろ? 棒状の物を持っていますね。嗅覚と聴覚では確認が取れますが視覚では見えない(、、、、)ですね……通り(ビンゴ)です」

 春日は時計を見ると時刻は八時八分。犯行予測時刻通りのようだ。春日は繋ぎっぱなしだった携帯電話に喋りかける。

「そうか……真崎、通り魔が釣れた。今後ろを通り魔が歩いている」

 長い髪で隠された空音の耳にはイヤホン。春日の言葉に返事をするために空音は歯を鳴らした。

『カチッ』

 空音からの合図も得られた春日は視線を携帯電話から周りの部員に移す。

「初めから姿を消してるってのは随分と慎重……いや、卑怯だな。しかも、自分より弱い婦女子ばかり狙う。必ずここで捕まえるぞ、お前ら」

「ああ」と星崎。

「うん」と優月。

「おう」と茅原。

「りょーかい」と百瀬。

「はい」と久遠。

 春日が喝を静かな声で入れると見事にバラバラな返事が得られた。

「いや、そこは合わせようぜ……なんか締まらなねーけど、それじゃ作戦通りに征くぞ」

 その言葉を皮切りに百瀬の動物縁(アニマルリンク)で集まった犬と蝙蝠が通り魔の後ろ数メートルの位置を確保する。そして、動物縁(アニマルリンク)に集中させるために星崎が百瀬を背中におぶり、部員全員で空音の前に飛び出る。空音もすぐさま春日たちのところへと走った。

「そこの姿を消した通り魔野郎。大人しく投降するってなら危害は加えねえ……ただし、抵抗したり逃げたりしようってなら……潰す」

 春日は皆より一歩前の位置に立ち、言葉を投げかけるが通り魔からの反応は無い。

「……百瀬、ヤツは今どこにいる?」

「こっから前方約五メートルの位置にいます」

「見えないってのは厄介だな……確か棒状の物を持ってるんだっけか?」

「はい、そうで……あうっ!」

「ぐっ……」

 眉間に皺を寄せながら呟く春日の言葉に百瀬が答えようとすると、その言葉が途中で小さな悲鳴に変わった。そして、星崎からも呻き声が上がり、ドサッと百瀬が地面に落ちる音が聞こえる。その異変にすぐさま振り返り、二人の心配をする春日。

「百瀬、星崎、どうした!」

「多分……エアガンか、何かで、頭を、撃たれ……た」

「大丈夫なのか!」

 春日の言葉に星崎が顔を手で押さえながら自分の推測を述べる。百瀬も額を手で押さえている。心配する春日の言葉に百瀬はすまなさそうな顔をしながら言葉を細々と紡ぐ。

「それ、より……も、動物縁(アニマルリンク)が、解けちゃ……いました」

「そんな事ぁいい! くそ! 女子は男子の後ろに……ぐうっ!」

「こーた!」

 百瀬の弱々しい言葉に春日は声を荒げて指示を出すが、その言葉の途中に再度、通り魔の攻撃が襲いかかった。呻き声を上げる春日に優月が叫び声を上げながら駆け寄る。

『変な正義感振りかざしてるからそうなるんだ』

 そこで初めて通り魔が声を出す。その声は幼く、しかし、春日たちをせせら笑うようものだった。

「ッ痛……通り魔か? ぐっ!」

『だったら何だ? 僕を潰すんだろ? どうした、早くやってみろ! それができるならね』

 通り魔からの言葉に春日が声のする方向を睨み付けるが、再び攻撃を受ける。

「こーたに何てことするの!」

「やめろ! なずな!」

 春日への攻撃に普段は温厚な優月の沸点が超える。春日の制止の言葉を無視し、優月は怒りに身を任せて胸元から複数のフラッシュバンを取り出し、時間差をつけてピンを抜き投げつける。

 数秒後、辺り一面は(まばゆ)い光の世界で満ちる。優月は先ほどまで声が聴こえてきていた位置に向けて突っ込む―――

「あ、れ?」

 ―――が、それは空振りに終わった。

『今のは閃光弾、ていうやつかな? ゲームでは良く見るけど実物を見たのは初めてだ』

 通り魔の声は優月の真横から。既に(ゆづき)の世界は終わりを告げ、優月の身体的能力はそこらの女の子と変わらないものになっている。そこへ通り魔の無慈悲な一撃が襲いかかる。

「きゃあっ!」

『声を頼りに特行をしてきたみたいだけど、いつまでも同じ位置にいると思う?』

「く……あっ!」

「「優月先輩!」」

 脇腹を思い切り殴られて道路に倒れ込んだ優月をせせら笑う通り魔。そして、道路に横たわる優月を踏みつける。その姿を見て空音と茅原が叫ぶ。

「ならこれはどうだ!」

 苦しむ優月を見て茅原は犯人対策として持っていたペンキを思い切り通り魔の声がする位置へとぶちまける。

『消えろ』

「なっ……」

 しかし、その行為も通り魔の一言で無駄に終わる。ぶちまけられたペンキの大部分は透明になり、ビッシャっという音以外大きな変化は起きなかった。ただ、数多の飛散したペンキが放射状に道路へと広がっている。

『なかなかいいアイディアだったけど、僕の触透色(クリアオブタッチ)は触れた物を透明にする。残念だけど僕に色は付けられないよ』

「うがっ!」

「茅原君!」

『狩りはこうでなくてはね』

 茫然としている茅原の顔へと数発の攻撃が襲いかかり、思わず道路へとへたり込む。その姿を見て通り魔は満足そうに呟いた。

『けど、いくら透明にできるからといってもペンキを体にかけられるのは不快なんだよね』

「うっ!」

 通り魔は苛立った声を上げながら茅原へと追い打ちをかけた。

「だったらこれは?」

そこにきて、今まで傍観していた久遠が初めて行動する。

「ポップコーン?」.

 空音は道路に撒かれた白い粒を見て呟く。空音の言う通り、道路には多数のポップコーンが撒かれていた。

「これでお前がその場から動けば地面に撒かれたポップコーンが教えてくれる。どうやらお前の能力は物を透明にするだけで実体は透過しないみたいだしな」

小癪(こしゃく)な……』

「声で何となく思っていたが……まだ、ガキだな。話し方もアホ臭い」

 久遠の挑発に通り魔が声を荒げて攻撃する。

『黙れ!』

「BB弾、か……ひとまず殺傷力まではなさそうで安心したよ」

 しかし、その行為も虚しく、全て久遠の目の前で停止している。通り魔がどうやら引金を引いているようだが、弾切れのようだ。

『な……くそ!』

「……」

 通り魔は怒りに我を忘れたのか、ポップコーンを踏み潰しながら久遠へと襲い掛かる。

『あ、れ……どうして動かない、んだ?』

 が、その手に持った凶器を久遠の振り下ろすことは叶わない。

「その手に持ってるの……少しペンキ付いてるぞ」

『それが、どうして……動かない、ことに、関係……するんだよ!』

 久遠の指摘に通り魔は声を荒げる。どうも空中に固定された凶器を無理やり動かそうと奮闘しているようだ。ただ、怒りに我を忘れているとはいえ、その行為は明らかに失策としか言いようがない。

 相手に姿が見えないというアドバンテージを自ら捨てているのだから……

「それを教えてやるほど俺はおしゃべりじゃないんでな」

『ぐはっ!』

 久遠は見えなくてもわかる目の前の通り魔に対して強力な蹴りを繰り出した。その蹴りは見事に通り魔の脇腹に当たり、思い切り吹き飛ぶ。

 通り魔は道路に倒れ込む。突然の痛みで触透色(クリアオブタッチ)の効力が切れたか、通り魔の姿が現れる。その姿はどこにでもいるような少年の服装だが、顔には目出し帽を被っていた。

「無駄口が過ぎたな。声で場所が丸わかりだ。さてと……」

「うぐぐ……」

「無駄な抵抗は止せ……俺の能力は力任せじゃどうにもできない」

 呻き声を上げながらも、何とか立ち上がろうとする通り魔に対して久遠は静かに冷たく言い放つ。

「……そ、それが久遠君の能力?」

 今まとは違う雰囲気の久遠に恐る恐る空音が訊ねる。

「そう、さっき説明した通りだ。空音、スタンガン貸して」

「え、どうして?」

 通り魔に接するようなトゲトゲとしさは無くなったが、冷たさは消えていない。そんな久遠にスタンガンを貸すべきかどうかを悩む空音。

「こいつを一旦気絶させる。そうしないとこいつから目が離せない(、、、、、、)から」

 ―――皆の手当てもしないとな、という久遠の言葉に空音は少し安心する。

「……はい」

「ありがとう」

「ひっ……く、来るな!」

 空音からスタンガンを受け取った久遠は通り魔の下へと歩いていく。

通り魔が怯えた声を出す。

「そう言った被害者たちにお前はどうしたか思い出せ。そして猛省しろ」

「あぐっ!」

 バチッという音と共に通り魔が気絶する。

「……こいつどうしようか?」

「……CCPに引き渡すのが一番じゃないかしら……」

 今までとは一転、自分の知る久遠の雰囲気に戻ったことで、空音は場にずっと張りつめていた緊張の糸が切れたように感じた。

「CCPの電話番号わかる?」

「ええ」

「ならちょっと報告してくれる? 俺はみんなの介抱しておくから」

「わかったわ」

 CCPに空音が電話をかける姿を尻目に、久遠は一番重症そうな優月の下へと歩み寄る。

「大丈夫ですか?」

「う、ん……どうかな? ちょっと肋骨(ろっこつ)(ひび)が入ってるかもしれないや……」

 意識はあるようだが、優月の顔は痛みで(ゆが)んでいる。

「救急車を呼んでおきますんで、少し横になってた方がいいですよ。犯人も捕らえましたし」

「うん……そうしておくね」

 久遠の言葉に安心したのか、優月は目を(つぶ)り意識を落とす。その姿を確認した久遠は優月の殴られた部分に手を当てる。

「……」

「セクハラか?」

 すると、背後から春日の半ば茶化すような声が聞こえてきた。

「違います。どうも肋骨に罅が入ったかもって言っていたので確認です。春日先輩の怪我は大丈夫ですか?」

 久遠はその言葉にまず否定して説明をした後、春日の心配をする。その様子に春日は苦笑しながら答える。

「優月に比べれば大したことねーよ。他の奴らもとりあえず平気だ」

「それは良かったです」

「それにしても……お前すごいな」

 安堵(あんど)の溜息を吐く久遠を見て、春日は思わず賞賛(しょうさん)の言葉を贈る。

「別に……こいつの詰めが少し甘かっただけですよ」

「そうは言うが……」

 久遠の謙遜に春日が言葉を返そうとするが、そこに空音が携帯電話片手に割って入ってくる

「久遠君、CCPの課長があなたと直接話したいそうよ」

「俺と?」

 久遠が頭を傾げながら訊ねると空音が頷いて携帯電話を渡す。久遠はそれを受け取り、通話口の向こうへと声をかける。

「はい、上倉です」

『よう、久しぶりだな。久遠』

 携帯電話からは久遠にとって聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「……どちら様ですか」

『おいおい、俺だよ俺』

「俺さん、ですか……そのような名前の人を知り合いに持った覚えはないんですが」

 懐かしい声に久遠は昔を思い出して微笑する。

『つまんないボケかますな、ドアホ! 今からそっちに迎えを寄越すから通り魔を連れてくるついでに顔見せに来い』

「わかったよ、えーっと……課長殿」

『なっ、お前もしかして俺の名前忘れ―――』

 ブツっと携帯電話の通話を切る久遠。

「携帯ありがとな」

「……どういたしまして」

 久遠と課長のやり取りを不思議そうに見ていた空音に携帯電話を返す久遠。そして、苦笑いをしながら空音に訊ねる。

「……あのさ、課長の名前って何だっけ?」

「え? 課長の名前は―――」

 空音の言葉に久遠は目を見開く。

「それって……」

「ええ、久遠君の想像した通りだと思うわ。世間は狭いのよ」


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