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6 涙とありがとう②

 





 時は少しだけ戻り・・・・

 夕斗は玄関の扉を乱暴に押し開けた。

 何でこんなにイライラするのだろう。きっとそれは凪沙が原因だ。あいつは・・・きっと死神の事を大切に思ってる。普通の友達のように。だったらこれ以上仲良くなる前に・・・

「兄さん・・何で夕希兄さんの前で、そんな顔するかなぁ」

「!」

 気づくと、仏壇の前に座っている夕斗のすぐ後ろに夕理が立っていた。

「夕希兄さんに心配かけるんじゃない?ほら、兄さんが中学生の時、よく喧嘩して帰って来て、いつも兄さんの話聞いてくれてたじゃん」

「・・・うるさいなー」

 夕斗はそう流すように言うと、いつものようにおりんを一回鳴らす。

 そこにある写真立てには、きまって笑顔の兄貴がいる。夕斗はそれを見ると、微かに表情をほころばせた。

「てか、夕理なんで俺より先に家にいんだよ?部活は?」

「今日から期末テスト前だから休み」

「そーなんだ。んじゃ、俺上行くから」

 夕斗はそう言うと、夕理の頭を軽く叩いてその場を後にした。






 夕斗は自室へ入ると、鞄を机の上に置きベッドの上にドカッと腰をおろす。

「コーガンド」

「・・・・」

「コーガンド!!」

 すると、夕斗のすぐ目の前にコーガンドが姿を現した。帽子から覗くその顔は、夕斗を穏やかな表情で見降ろしている。

「何で最初呼んだ時に出て来てくんないんだよー」

「・・・イライラしている夕斗とあまりかかわりたくありませんからね」

 コーガンドは微笑みながらそう言うと、その場に足を組んで腰を下ろした。

「ってか、俺イライラしてねーし!!・・・そんで今日は、ある決心をコーガンドに伝えたいと思ってな」

「・・・なんですか?」

 すると、夕斗はハーメルンの笛をポケットから取り出した。そしてそれを、コーガンドの目の前まで持ってくると、それを力強く握り締める。

「俺は明日の夜、最後の子供・・あの死神をこの笛に封印する・・・いくら凪沙が嫌がったとしてもな」

 すると、コーガンドは一瞬驚いたように目を見開き、その後いつものように微笑んだ。

「・・・そうですか」






 ティバはいつもの木の枝に腰を下ろすと、夜空を仰いだ。やっぱり月と星々は、あの頃と変わらずそこにありつづける。あの時の私は、泣きながらこの空を見上げることしかできなかった。

 でも今では・・・何故だろう。少しだけだが笑えるような気がする。

 きっとそれは凪沙のお陰だ。凪沙は私を受け入れてくれた。・・・死神である私を、ちゃんと認めてくれた。そして私は、自分を認めてくれる人がいるからこそ頑張る勇気がでた。

 ・・コーガンド様に会いに行こう。

 嫌われても、無視されてもいい。ただもう一度、「私とずっと一緒にいてください」ってお願いするんだ。そして・・出来ることなら、彼と再びメロディーを奏でたい。彼の笛の音に合わせて、あの時のようにお気に入りの歌を口ずさみたい。

「・・・っよし・・」

 ティバはそう呟くと、その場から姿をかき消した。





 ティバは凪沙が寝ているベッドの前に姿を現した。

(やっぱり寝ちゃってるか・・・)

 コーガンド様に会い行く前にもう一度凪沙と話をしたいと思ったが、凪沙が寝ていたのでは仕様がない。

 しかも今の時刻は夜の十二時過ぎ。寝ていても全然おかしくない時間だ。

(・・・また会いに来るね)

 ティバは心の中でそう呟くと、その場から姿をかき消そうとした。しかし次の瞬間、体の力が抜けティバはその場に尻もちをつく。

(!!・・・何これ・・)

 全身に力が入らず、立ち上がることができない。そして、ふと部屋の中をほのかに明るく照らしている電球に目が行った。

(もしかして・・)

 ティバの全身から嫌な汗がこみ上げた。もしかして・・・・あの電球のせいなのだろうか。

 今までは光の中にいることが普通だった。でも、シアンやルシウスと行動を共にするようになってから、光の中にいることが少なくなったのだ。そして、今の自分は光の中にいることがほとんどない。

 そして、ティバは右手に大きな鉛色の鎌を握りしめた。そしてそれを凪沙に向かって振り上げた。

(ごめんね凪沙・・ちょっと生命力もらうね)

 鎌を振り下ろすと、ティバの体は一気に自由になった。すぐさまティバはその場に立ちあがる。

(よかった・・・これでコーガンド様に会いに・・)

「!!!」

 ティバは自分の目を疑った。凪沙の勉強机に置かれた小さな手鏡・・・そこに映ったのは今までの自分じゃない。

 金色の瞳を暗闇に輝かせ、悪魔のような黒い翼をもった自分だったのだ。

「いやぁぁぁぁぁ!!!」

 ティバはそう叫ぶと、再びその場にしゃがみ込む。そしてそれと同時に、黒い羽がひらひらと舞い落ちた。

「・・-ティバ・・!?」

 凪沙がティバの声に驚いて目を覚ました。そしてその顔は、みるみる困惑した表情へ染められていく。

「み・・・ないで・・なぎ・・さ・・」

 ティバは顔を伏せると、今にも消えてしまいそうな声でそう呟いた。

「ティバ・・その姿・・」

 凪沙はそう呟くのと同時にティバに駆け寄る。しかしその瞬間、凪沙は誰かに強い力で突き飛ばされた。そして成すすべもなくベッドに倒れこむ。

「そろそろこうなる頃だと思ってたんだよ」

 驚いて見ると、ティバの隣にいつも間にか背に漆黒の翼を持つ男ールシウスが佇んでいた。すると、ルシウスはティバの腕を引っ張り、起き上がらせた。

「人の命を平気で奪うようなお前には、その姿が一番お似合いだ」

「!!何言ってるの・・?ルシウスはこんな事一度も言ってなかったじゃない・・!」

 ティバは震える声でそう呟く。

「お前が聞かなかっただけだ」

「!」

 その時、凪沙は思った。きっとこのままだとルシウスはティバを連れて行ってしまうだろう。そうしたら・・ティバと一生会えなくなってしまうかもしれない。

「ティバ!こっち来て!!」

 凪沙がそう叫ぶと同時に、ティバの金色に染まってしまった瞳が大きく見開かれる。

「凪沙・・」

 その瞬間、ティバの顔が苦痛に歪んだ。ルシウスがティバの腕を力強く引っ張ったのだ。

「だめだ。お前には俺と一緒にきてもらう。俺達の“本当の仲間”になったんだからな」

「-!」

 それと同時に、二人の姿は闇に溶け込むようにしてかき消された。そして、暗い部屋に取り残されたのは凪沙だけになった。

(・・どうしよう・・!)

 凪沙は焦った。全身から嫌な汗がこみ上げる。

 今はとにかく・・・ティバを連れ戻すべきだ。ティバがあのままでは、きっとコーガンドに思いを伝えることさえできなくなってしまう。

(でも・・どうすれば・・)

その時、凪沙の脳裏に夕斗の顔がうかんだ。しかし、それはすぐにかき消された。ティバの存在を確認しているのは、凪沙以外では五十嵐家だけだろう。しかし、五十嵐家とティバの関係は最悪だ。(特に夕斗だが)

(あ・・・)

 凪沙は、雑木林での夜の事を思い出した。その時分かったのは、夕斗とコーガンドが仲がよさそう、ということだ。夕斗とどうにかして会うことができれば、コーガンドと接触できる可能性は十分にある。彼ならどうにかしてティバを救ってくれるかもしれない。

(コーガンドは“優しい人”のはずだから、きっと大丈夫だよね・・?)

 凪沙は自分にそう言い聞かせると、ベッドから立ち上がる。時計を見ると、約午前一時を指していたが、気にしないことにした。こんな時に、ゆっくり寝ていられるはずがない。

 そして凪沙は、部屋の扉を開けると、なるべく音を立てないようにして階段を駆け降りた。




凪沙は懐中電灯で足元を照らしながら、夕斗の家へと急いだ。

 毎朝通っている通学路も、真夜中に通るとまったく違う道のように見える。すると、懐中電灯の光が誰かの足元を照らしだした。

「!!」

 驚いて足の主を照らすと、そこには眩しそうにして顔を歪めている夕斗がいた。

「凪沙、何でお前がこんな所にいんだよ?」

「何でって・・・そっちこそ」

 凪沙は光を夕斗から外すと、ポツリとそう呟く。

「俺は・・あの死神の居場所を凪沙に聞こうと思ってな」

 夕斗はそう言うと、睨みつけるようにして凪沙を見下ろした。

(う・・・)

 凪沙は反射的に、夕斗から視線を外す。

「私はっ・・コーガンド・・さん・・に会わせてもらいたくて」

 すると、夕斗の瞳がわずかに見開かれた。

「は?なんで凪沙がコーガンドに用があんだよ?」

「それは・・・」

 凪沙はそこまで言うと、口を閉ざす。

 きっと夕斗に何を言っても、ティバに対しての態度は変わらないだろう。むしろ悪くなるかもしれない。

「あ!!」

 夕斗はそう声をあげると、凪沙の懐中電灯を取り上げた。

「この懐中電灯、俺んちのじゃねーか!」

「!?」

「だから俺は、ここまで懐中電灯なしで来たんだからな!」

「・・・そうなんだ」

 凪沙の脳裏にこの懐中電灯を拾ったときのことが蘇る。この懐中電灯は、美春には入っていたルシウスから凪沙を救ってくれたものだ。

「・・・まさか・・-ンド・・」

「え?」

 夕斗が何か呟くように言ったが、凪沙には聞きとることができなった。

「私がどうかしましたか?夕斗」

 その大人びた声と同時に、夕斗のすぐ隣に帽子を目深に被った男ーコーガンドが姿を現した。

「コーガンド!!」

 すると、コーガンドは凪沙に向かって微笑み、帽子を外して軽く頭を下げた。

「こんばんは、凪沙さん。話はよく夕斗から伺ってますよ」

「・・どうも」

 凪沙も彼の突然の登場に驚きながらも慌ててそう答える。

(じゃなくて・・!)

「あのっ。コーガンド・・さん、ティバ・・」

「コーガンド!何でこんな所に出てくるんだよ。今から最後の子供を封印するんだからな!手出しは無用だぞ」

「-!!」

 凪沙は夕斗の言葉にドキリとした。・・・“ティバを封印する”確かに夕斗はそう言った。

 すると、コーガンドは帽子を被りなおし、穏やかに微笑む。

「おや・・。二人の意見が一致しましたね。二人・・いや、私を含め三人が今会うべきなのは、“ティバ”という人間のようですね・・」

「!!」

 凪沙はその言葉にハッとして彼を見る。しかし、彼の穏やかすぎる表情からは、何も読み取ることができなかった。





 凪沙は夕斗の後に続き、学校の近くにある雑木林までやって来た。コーガンドの話によると、ここにティバがいるらしい。ティバの居場所を知っているなら、会いに行ってあげてもいいのにと凪沙は思ったが、あえてそれは口にしないことにした。

 コーガンドにも、何かそれなりの理由があってそうしているのだと凪沙は思ったからだ。

「どこにもいねーぞ!!」

 夕斗はそう言いながら、暗闇に染まった木々の間に光を当てていく。

「光、消したほうがいいんじゃない?」

 凪沙は呟くようにそう言った。さっき見た、ティバの姿が頭からは離れない。その姿は、きっと光を受け付けないだろう。

「は?何言ってんだ?光消したら、何も見えねーじゃん」

「・・・いいから」

 夕斗は一瞬、その言葉に顔をしかめたが、凪沙のいつもと違う真剣な表情に気づいて懐中電灯の明かりを消した。それと同時に、周りは暗闇に包まれる。そして暫くの沈黙の後、凪沙は口を開いた。

「ティバ・・いるなら出て来て」

 すると、凪沙のすぐ後ろから声がした。

「凪沙・・」

 そちらに振り返ると、そこには金色の瞳を輝かせながら立っているティバの姿があった。

「ティバ!」

「死神!!」

 凪沙と夕斗は同時にそう叫んだ。そして、凪沙はすぐにティバのもとに駆け寄る。

「ティバ・・大丈夫?」

 すると、ティバは弱々しく微笑んだ。

「うん・・あのね、凪沙・・」

「凪沙!!その死神から今すぐ離れろ!!」

「!!」

 振り返った先にあった夕斗の顔には、今まで見たこともないような険しい表情が浮かんでいる。

「今からそいつを封印する!!」

「待って!!」

 凪沙は反射的にそう叫んだ。そしてティバを隠すようにして、夕斗の前に立つ。

「・・・まだティバを封印させるわけにはいかない・・だってティバは・・」

 凪沙はそこまで言うと、顔を伏せた。だってティバは、まだコーガンドに思いを伝えてない。ここで封印されてしまったら、ティバが生きてきた意味がなくなってしまう。・・・そんなの絶対に嫌だ。

「どけよ!!」

「・・・・」

 すると、ひんやりした手が凪沙の指先に触れた。

「ありがとう・・凪沙」

 ティバは弱々しく凪沙の手を握り締めると、そう呟く。

「え・・・?」

「私、もういいの。コーガンド様とは会うことはできないけど、ここで封印される」

「!」

 凪沙は驚きのあまり言葉を失った。すると、ティバは凪沙の手からそっと自分の手を外し微笑んだ。

「だってこんな姿、コーガンド様に見られたくないもん・・」

「-・・・」

 凪沙は沈黙を守ったまま、ティバを見下ろした。凪沙を見上げているその顔は、悲しみしか浮かんでないように感じた。

 凪沙は悔しくなった。これじゃ、ティバは幸せではない・・・決して。

「・・それなら遠慮なくいくぞ」

「やめろよ!」

 その声と同時に、ティバと凪沙の前に金色の瞳をもつ少年─シアンが姿を現した。シアンは刺すような瞳で夕斗を睨みつける。

 しかし、夕斗はシアンには目もくれず、自分の口元に笛を近づけた。

 その時凪沙はハッとした。きっと夕斗にはルビデ族であるシアンが見えてないのだ。

「ティバを封印するなんて絶対に許さないからな!せっかくティバとどっちが先に翼が生えるか競争してたのにっ・・・ティバが先に生えた途端、ティバが居なくなっちゃ・・・俺、どうしたらいいんだよ・・!」

「シアン・・」

 凪沙の隣でティバはそう呟く。

「私・・・もういいの。自分勝手ってことは分かってるけど・・・」

「俺はよくないっ・・・それにティバも本当は全然よくないんだろ!?」

 その瞬間、ティバとシアンの背後に大柄な男が音もなく姿を現した。

「!」

 しかし、その姿は何かに突き飛ばされるようにして、その場から消えた。

(え・・・?)

「あなたはあの時、きちんと始末しておくべきでしたね」

 凪沙は驚いてそちらに目を向ける。その瞬間、コーガンドがルシウスの首を掴み、木の幹に押さえつけている姿が即座に目に飛び込んできた。

「夕斗が、あなたに受けた、呪いを解こうとしているのです。邪魔をさせるわけにはいきません」

 コーガンドは低くそう呟くと、ルシウスの首をさらに強く押さえつけた。

「くっ・・・笛使い、まさかこんな所に姿を現すとはな・・」

 ルシウスはコーガンドの力に逆らえないまま、顔を苦しみに歪めそう言った。

「夕斗、この前私が教えた曲をお願いします」

「・・─!・・おう。あの曲だな」

 夕斗はコーガンドの突然の行動にも冷静さを失わず、笛の穴に指をかけた。それと同時に、美しい笛の音色が周りを包み込む。

「くっ・・・」

 ルシウスは低くそう唸ると、その場から姿をかき消した。

 そしてシアンもその曲を聴いた途端、ビクッと体を震わせその場から姿を消す。

 コーガンドは木の幹から手を離すと、こちらに振り返り、微笑んだ。

「ティバさん、その姿が一番似合ってますよ」

「!!」

 凪沙はコーガンドの言葉にドキリとして、ティバに視線をうした。そして、驚きのあまり息をのむ。

 そこにいるティバは、凪沙の知っているティバではない。奇麗な赤毛に、薄いグレーの瞳。凪沙が何度か夢で見た、女の子の姿になっていたのだ。

 夕斗も驚いて、その指の動きを止めた。そして信じられないものを見るような目つきで、ティバを見下ろした。

「なっ・・・コーガンド、どういう事だよ!?」

 すると、コーガンドはこちらに歩み寄り、ティバの隣に腰をおろした。そして、ティバの肩に腕を回すと言った。

「・・・ティバさんは決して、“死神”ではありません。ハーメルンの町に住んでいる普通の女の子・・私の大切な“出会い”の一人なんですよ」

すると、ティバは信じられないような目でコーガンドを見つめた。

「・・コーガンド様・・」

 すると、コーガンドはいつものようにその顔に優しい微笑みを浮かべる。

「今夕斗に吹いてもらったのは、昔私がルビデを封印する時に吹いていた曲です・・・今ではもうほとんど使われなくなってしまいましたが・・・・その曲にはまだルビデを封印する力が残っていたようですね」

 次の瞬間、ティバの瞳から涙が溢れ出した。

「-っ・・ごめんなさいっ・・・私、コーガンド様をたくさん・・・傷つけた・・・」

 ティバはとぎれとぎれに、そう呟く。すると、コーガンドはティバの肩から腕を外し、その場に立ちあがった。

「・・・そうですね。ティバさんが私の“最後の願い”も聞いてくれなかった事を残念に思います」

「!・・・・」

 そしてコーガンドは柔らかく微笑んだ。

「でも今は、“ごめんさない”より“ありがとう”と言うべきだと私は思いますよ・・・ティバさんが今まで笑う事ができたのは、私以外の誰かのお陰だと思いますから」

 するとティバは驚いたように目を見開き、その後満面の笑みで微笑んだ。

「はい・・・!」

 ティバはそう言うのと同時に、コーガンドに背を向け、凪沙に勢いよく抱きついた。

「!!ティバ・・」

「ありがとー・・凪沙。私はアニタやレイタ、シアン、そして・・・凪沙にとっても感謝してる・・・本当にありがと。私のそばにいてくれて・・私は凪沙のお陰で頑張る勇気が出たの」

 そして、凪沙もティバをそっと抱きしめた。

「ティバ、よかったね・・」

 すると、ティバはさらに強く凪沙の体を抱きしめた。

「うん・・・!」

 その時、今までの状況を茫然と見守っていた夕斗が口を開いた。

「コーガンド・・・これで俺達にかかった呪いは解けた・・・わけじゃないよな?」

 すると、コーガンドはにっこりと口元に笑みを浮かべる。

「いや、まだですね。最後の子供であるティバさんを封印しなければ、呪いは解けません」

 すると、夕斗は顔をしかめた。

「なんでそんなに楽しそうなんだよ!?」

 すると、コーガンドは夕斗からそっと笛を取り上げた。

「この封印の曲は私に吹かせてください」

「なっ・・・!」

 そして夕斗が何かを言う間もなく、コーガンドの笛からメロディーが流れだす。

 その曲を聴いて凪沙はハッとした。

 自分はこの曲を知っている・・・・・・この曲は夕焼けに染まった街並みを背景に、コーガンドとティバが奏でていたものだ。

 ティバはその曲に気づくと、凪沙から離れ、嬉しそうに微笑んだ。そしてそのメロディーに合わせて歌を口ずさむ。


 ♪

 私の孤独な微笑みを

 誰が気づいてくれるだろう

 涙に濡れることもなく

 闇に染まることも決してない


 もし気づいてくれるなら

 貴方の為に泣きましょう



 その歌が終わりを告げる頃、ティバが青白い光に包まれた。

「ティバ・・・」

 しかし、ティバは凪沙の不安な顔とは対照的に優しく微笑んだ。そして凪沙の手をギュッと切り締める。

「いいの、凪沙。私、嬉しいよ?やっとコーガンド様が呪いから解放されるんだから・・・それに私のお気に入りの曲がコーガンド様を救うなんてもっと嬉しい」

「・・・・・・」

「凪沙、ありがとう。大好きだよ」

 その瞬間、ティバの体は全身眩しいほどの光に包まれ、そして凪沙の手は空をつかむ。

 そして凪沙の前からティバの姿は完全に消え失せた。

 すると、今度はコーガンドの体が青白く輝く。

「さて・・・私の長かった人生もやっと終わりのようですね・・」

 すると、コーガンドが持っていた笛から次々と青い光の玉が溢れだした。そしてそれと同時にコーガンドの体が空中にふわりと浮きあがる。

 そしてコーガンドのそばに浮かんでいた光の玉の一つが輝いたかと思うと、それはティバの姿になった。

「ティバ!」

 凪沙はティバの姿を見るなり、そう叫ぶ。そしてティバは凪沙に微笑みかけると、その口を開いた。

「コーガンド様・・・これからも私とずっと一緒にいてくれますか?」

「そうですね・・私の宿命も無事、夕斗達のお陰で終わりましたし、“大切な人”とずっと一緒にいることもいいかもしれません」

 ティバはその言葉を聞くと、何も言わずに、ただ本当に嬉しそうに微笑んだ。

 そして凪沙はそのティバの顔を見て、心の底から安心した。

 ティバ・・・やっと・・幸せになれたんだね。

 するとティバとコーガンドをまとっていた青白い光がさらに強くなった。

「ティバ!!」

「コーガンド!!」

 凪沙と夕斗は同時にそう叫ぶ。

「凪沙、またね。私、凪沙と出会えて本当によかった」

「夕斗、お世話になりましたね。これからはイライラして、凪沙さんに当たらないようにして下さいね」

 そして次の瞬間、凪沙の瞳から涙が溢れ出した。

(ティバ・・私もティバと出会えて本当に良かった)

 次の瞬間には、二人は綺麗な光の玉に変わり、周りに浮かんでいた光の玉と共に夜空高く上り消えていった。

 そして、寂しすぎるほどの静けさと暗闇が、凪沙と夕斗を包み込んだ。









 あの日の夜以来、ティバは決して凪沙の前に姿を現すことはなくなった。

 そしてその数日後の夜、凪沙の前に現れたシアンは、寂しそうな笑みを浮かべ「ティバが幸せなそれでいいんだ。だから人間さんもあまり悲しむなよ」、そう言った。

 凪沙はシアンの言葉が嬉しかった。ティバにこんないい友達がいたなんて、安心した。ティバが笑っていられたのは、きっと彼のお陰でもあるのだろう。

 そしてそれ以来、ルビデという生き物の気配も消えた。









 ♪~♪~~

 初夏の日差しは、もうすっかり真夏の日差しに変わり、凪沙をサンサンと照らし出す。そして登校中、、知らず知らずのうちに凪沙はある歌を口ずさんでいた。

「またその歌うたってんのか?」

 後ろから歩いてきた夕斗が、凪沙の歩調に追いつくと、肩を並べ歩きながら言う。

「・・・私のお気に入りの曲だから」

 凪沙は呟くようにそう言った。

「あ~。俺もまた呪いの笛、が吹きてーな!」

 夕斗はそう言うと、背伸びをする。夕斗の話によると、ハーメルンの笛はコーガンドと一緒に消えてしまったらしい。

 でも凪沙はそれでいいと思った。だってそうしないと、ティバがコーガンドの笛の音に合わせて、歌を歌えなくなってしまうだろうから。

「・・・・でもちゃんと覚えてる」

 凪沙はポツリとそう呟く。

「は?」

 そう、あの笛の音は今でも凪沙の心に流れている。

 そして凪沙は、その音色に合わせて静かに歌を口ずさんだ。




end.

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