6 涙とありがとう①
「ティバ、聞いてるかー!?」
「!!」
ティバは自分の顔をまじまじと覗き込んでいるシアンを見て、現実に引き戻された。
「えっと・・・ごめんね、シアン」
すると、シアンは再びその場にドカリと腰をおろした。
「やっぱり遊ぶの止めた!!だって、ティバがそんな元気ないんじゃさー遊ぶ気にもなれないよー」
「・・・・」
ティバはあきれ顔のシアンを見下ろすと、その場に腰をおろす。
「私も本当は遊びたいと思ってたのになー」
「本当かよ?ティバは遊んでても、絶対心までは遊んでないな!」
「─・・・・・」
ティバは、シアンの横顔を見ると軽くため息をついた。何故シアンには、こんな所まで分かってしまうのだろう。やっぱり作り物の笑顔には、限界があるのだろうか。
「あ!!」
「・・どうしたのー?」
「そう言えば、この前ルシウスさんが言ってたんだけど、“光を受け入れる体”というのがあと少しで手に入るらしいぞ」
「!」
ティバはシアンの言葉を聞いてドキリとする。
「その“光を受け入れる体”ていうのは、多分、光の中でも生きていける体っていう意味だろ?」
「・・・うん」
ティバはシアンの言葉に、ドギマギしながらそう答えた。
「俺は別に光の中でも生きていけなくてもいいと思うんだよなー・・・それより俺は黒い翼が欲しい!」
ティバはシアンの意外な発言に驚いた。確かにシアンはルビデ族だが、その背に黒い翼は生えていなかったのだ。
「あえて言うなら、ルシウスさんみたいな翼だな!あんなでっかくてかっこいい翼、俺も欲しい!!」
そしてティバはシアンに笑いかけた。
「きっとシアンにもそのうち生えてくるよー」
そしてシアンもティバに元気に笑いかける。
「そうだよな。じゃあ、俺とティバ、どっちが先に生えるか競争な!!ティバも俺らと一緒にいるんだから、早く皆のような翼が欲しいだろ!?」
「・・・・」
ティバは言葉を詰まらせる。自分にそんな翼、必要ない・・むしろいらない。だって私は、“ルビデ族のティバ”ではなく“ハーメルンの町のティバ”なのだから。
「うん・・・」
すると、シアンはティバに元気がないのに気付いてか意外な言葉を口にする。
「・・そうだ!!アイツの家に行かないか!?」
「アイツ?」
「ああ。ティバが嫌われたーって言ってた人間の家だよ」
ティバの脳裏に、凪沙の顔がうかんだ。今頃、凪沙は何をしているだろう。もしかしたら、こんな私の事なんか、これっぽっちも思ってくれていないかもしれない。
「俺の考えでは、ティバに元気がないのは、あいつのせいもあると見た!だから俺が一緒に行って、仲直りさせてやるよ!」
シアンは元気にそう言う。ティバは驚いたようにシアンの顔を見ると、自然に笑顔になった。
「うん。ありがとー、シアン」
不安はあるが、行ってみようとティバは思った。それに・・・シアンが一緒ならきっと大丈夫だ。
凪沙はカーテンを開けた。初夏の日差しが、サンサンと部屋に降り注ぐ。
(あー・・いい天気)
こんな晴れ渡った青空を見ていると、昨日の事がまるで嘘のようだ。そして昨夜、アニタとレイタにティバについて話を聞き、少しだけだが分かったような気がする。
ティバはある日、笛の音に誘われて姿を消した。その先にいたのがコーガンドという人間だ。そしてティバはコーガンドに恋・・?をしてしまったのだ。
「はー・・・」
凪沙はため息をついた。ティバはきっと、今でもコーガンドを追い続けているのだろう。それはあの時のティバの顔を見れば、一目瞭然だ。
(てか、学校行かないと・・)
今日は月曜日。また同じような一週間が始まる。いや、同じではない。今週は、今まで以上に嫌な一週間になりそうだと凪沙は思った。
その原因は夕斗だ。昨日の事件のせいで、今まで悪かった関係が、より一層悪くなってしまったことは確かだ。それに夕斗とは隣のクラス。避けたとしても、最低でも一回は会う事になってしまうだろう。
「・・・はー」
凪沙は再びため息をつくと、重い足取りで部屋を後にした。
「おはよう。凪ねーさん」
通学路を歩いていると、突然後ろから声をかけられた。振り返ると、そこには夕理が立っていた。相変わらずその顔には、笑みが浮かんでいる。
「あ・・。おはよう、夕理くん」
凪沙も微笑んで言葉を返す。
「朝から凪ねーさんに会えるなんて、今日はラッキーな一日になりそうだよ」
「あはははは・・・」
そう言うと、二人は肩を並べて歩き出した。
「ねぇ・・昨日、夕斗は怒ってた?」
少し歩くと、凪沙はドキドキしながら夕理に問いかけた。
「えーと・・怒ってたというか、昨日は遅く帰って来たと思ったら、そのまま自分の部屋に閉じこもって出てこなかったよ」
「・・・そうなんだ」
凪沙は内心で落ち込んだ。やっぱり夕斗は怒っているのだ。
「今日って夕斗、普通に学校くるよね?」
「多分、普通に行くんじゃないかなぁ。兄さん、根は真面目だからさぼったりはしなそうだし」
「そうだよね・・」
凪沙はそう言うと、溜息をつく。すると、そんな凪沙をみた夕理が口を開いた。
「もしかして凪ねーさん、兄さんにいじめられてるの?兄さん怒ったら、てがつけられないからなぁ」
「違うっ!」
凪沙はすぐに否定した。
「じゃ、どうしたの?」
「それはティ・・」
そこまで言うと、凪沙ははっとして口を閉ざす。もしかしたら夕理も内心ではティバのことを憎んでいるかもしれない。
不自然な沈黙に、夕理は不思議そうに凪沙の事を見つめている。
凪沙は焦った。何か話さないと・・
「そう言えば、夕理くんのお兄さんって、心臓の発作で亡くなったんだよね?」
言った途端、凪沙は後悔した。きっとこれは夕理にとって、触れられたくない話題の一つだろう。そして、みるみる夕理の表情が暗くなるのが分かった。
「うん。そうだよ。少なくとも医者はそう言ってた・・・でも兄さんは、“兄貴は死神に殺された”って言ってるんだ」
「・・・・」
「この世死神なんているわけないのに、変な話だよね」
「-っ・・そうだよね」
凪沙も何とかそう答えることができた。夕理は少なくとも、死神が直接手を下す所を見ていないのだろう。凪沙は自分が嫌になった。これではまるで、ティバが死神だと疑っているみたいだ。
凪沙は別れ道で夕理に手を振ると、学校へ向かった。
黒一色で染められた空に、生ぬるい風が吹き抜ける。そこには月も星も出ていない。周りにあるのは、ただの漆黒の世界だけだ。
(てか、何で俺空飛んでんだ?)
驚いたことに、夕斗は今空中に浮かんでいた。そして微かにだが、遥か下の方に、白い一本の道が見えた。
(ひとまず地面に降りるか・・)
浮かんでいることは何故か気にならず、夕斗は下にある道を目指す。そして、地に近づくにつれ、道を歩いている人影が見えてきた。その人は大きなカバンを肩に掛け、一定の歩調で歩き続けている。
<コーガンド!!>
夕斗は反射的にそう叫ぶ。しかしコーガンドは夕斗の声に気づく様子もなく、ただ黙々と歩き続けている。
<おい!!聞いてんのか!?>
夕斗は内心でイライラしながら、空中で再びそう叫んだ。
その時、強い突風が夕斗の髪をかき上げる。それと同時に、コーガンドの被っていた帽子が宙に舞った。そしてそれは、地に落ちる前に誰かの手によって捕まえられた。
「!!」
夕斗は自分の目を疑った。コーガンドの帽子を捕まえた人物、それは大きな黒い翼をもった悪魔だったのだ。
「ルビデ族・・・ルシウス」
コーガンドは目の前に現れた人物に向かって微かに表情を曇らせると、呟くようにそう言う。
「ほぉ・・・名前を覚えていただけるとは嬉しい限りだな」
黒い翼をもつ者ールシウスは、口元に笑みを浮かべながら言った。
すると、コーガンドはルシウスの前まで歩み寄り、彼の手から帽子を乱暴に引き剥がした。
「あなたはハーメルンの町にいたルビデですね。わざわざ私の前に現れるなんて・・・消されに来ましたか?」
コーガンドは、ルシウスを鋭い瞳で睨みつけながらそう言う。夕斗はそんなコーガンドに思わずゾクリとした。こんなコーガンドを見るのは初めてだ。
「・・・今日はお前に、ある事を知らせに来たんだよ」
「・・・!?」
次の瞬間、さらに強い突風が吹きつけた。
「!!!」
ピピピピピ・・・・
「--!!」
夕斗は鳴り響いた携帯のアラームにハッとして目を開ける。
(またあの夢か・・)
この夢をいったい何回見ただろう。確か初めて見たのは、兄貴が死んでから数日たってからだ。その時はただの夢だと思い気にしなったが、同じ夢を再び見た時、気になってコーガンドに訪ねたのだ。
・・そして呪いのことを知った。
兄貴が生きていた時、不思議な笛を使っていたことは知っていたが、今度はそれが自分に引き継がれたこと。そしてその日から、笛に封印する最後の子供を探し続ける日々が始まったのだ。
「やばっ」
時計を確認すると、起きてから約十分は経過しようとしているところだ。夕斗は急いでベッドから降りると部屋を後にした。
放課後になると、凪沙は急いで荷物を鞄に詰め込んだ。
(早く部活行かないと・・・)
凪沙は奇跡的に、これまで夕斗に会わずにすんでいた。それに、今夕斗のクラスはHR中。今すぐ部活に直行すれば、もう夕斗と会う心配はしなくてすむ・・・・少なくとも、今日だけだが。
「あれ?凪沙にしては珍しいんじゃない?いつもなら部活行くの嫌がってだらだら準備してるのに」
明日香はバドミントンのラケットを肩に掛け、凪沙の机までやって来るとそう言う。
「うん。今日は何故だかやる気があるんだよ」
凪沙は、顔に曖昧な笑みを浮かべながらそう答えた。
「んじゃ、途中まで一緒に行かない?私もこれから部活だし」
「うん」
すると何かに気づいたように、明日香は、生徒たちの声で溢れている教室を見渡す。
「そういえば、美春は?」
「多分、もう部活行ったと思う。掃除場からそのまま行ってるらしいから」
「そーなんだ。んじゃ、うちらも行きますか」
「うん」
凪沙は鞄を肩に掛けると、明日香のあとに続き教室を出た。
凪沙は、二階から三階への階段の踊り場まで来ると、そこで歩みを止める。
(ここまで来れば安全だ・・)
すると、ちょうど上りの階段から下りてきた人物と目が合った。そしてその瞬間、いやな汗が一気に噴出す。その人物とは、まさしく夕斗本人だったのだ。
「あー・・・」
凪沙は自分の顔を見て立ち止まった夕斗見ると、引きつった笑みで夕斗に笑いかける。
(ていうか、何でこんな所にいるの・・!?八組はHRやってたじゃん・・)
すると、夕斗はそんな凪沙を見て不気味な笑みを浮かべる。
「何?また怒鳴られるとでも思ったわけ?」
「・・・・」
「だいじょーぶだよ。俺はそんなに短気じゃないからな!」
(十分短気だと思うけど・・)
「じゃ、私部活あるから」
凪沙は呟くように言うと、夕斗の隣を通り過ぎ、階段を駆け上がった。なるべくなら、接触をしない方が身のためだろう。
「ちょっと待てよ」
「-!」
凪沙は驚いて肩越しに振り返る。すると、夕斗は人差し指で上を指差した。
「ちょっとあんたに言っておきたい事があるからな。上のほうで話さね?」
「・・・」
凪沙はこの時思った。今まさに、想像していたような嫌な事が起ころうとしていると。
凪沙は屋上へ続く階段まで来ると、その一番上の段に(夕斗と適度な感覚をあけて)腰をおろした。すると、夕斗は制服のポケットから、古い横笛を取り出す。
凪沙はそれを見て再びドキリとした。
「俺がこの笛を使ってる理由は知ってるよな?」
「・・・ティバをそこに封印するためでしょ・・?」
凪沙はできるだけ落ち着いた声でそう答える。すると、夕斗は微かに笑い声をもらした。
「あーそうだよ。じゃあ、何で、俺がその死神をこの笛に封印しようとしているか知ってるか?」
「・・・・」
凪沙は言葉を詰まらせた。夕斗が何かの目的のために笛を使っているとは思っていたが、その理由を深く考えたことはなかった。
「いったい何なの・・?」
夕斗の次に発せられる言葉は、きっと凪沙にとって悪いことに違いない、そう思っていても、その言葉を凪沙は口にする。
「呪いを解くためだ」
「-・・・・!」
凪沙は夕斗の口から出た予想外の言葉に大きく目を見開く。“呪い”その言葉は、空想の世界の出来事でしかないはずなのに。
「・・・どんな?」
「死神から受けた呪いだよ」
「!!」
「俺はあの死神をこの笛に封印しなきゃあ、三十歳まで生きられない・・つまり殺されるんだ。兄貴と同じように」
「・・・・」
凪沙は何も口にすることができずにいた。今、凪沙にあるのは驚きと絶望だけだ。
「じゃあ・・夕斗がティバをその笛に封印しないと、夕斗はティバに殺されるっていうの・・?」
凪沙は震える声で、とぎれとぎれにそう言う。
「そーだよ」
「-っ・・」
凪沙は今の気持ちを抑えることができず、その場で素早く立ち上がると、一目散に階段を駆け降りた。夕斗の言っていることが信じられない・・・いや、信じたくなかった。
「俺は!!」
凪沙はその言葉に肩越しに振り返る。そして、夕斗は凪沙の瞳をしっかりと捕らえると、言った。
「あの死神を、兄貴のためにも絶対に封印してみせる」
「・・・・」
「だから凪沙はあの死神とかかわるな・・・あの死神が凪沙にかかわればかかわるほど、封印しづらくなるんだよ・・・」
「-・・」
凪沙は夕斗から視線を外すと、階段を駆け降りた。
凪沙はその日の夜、勉強机の前に座ると、漢字のテキストを開いた。しかし、開いただけ。その内容は一つも頭の中に入ってくることはないだろうと凪沙は思った。
何故なら、今日夕斗が言っていたことが気になって仕方がなかったからだ。
そして今はとにかくティバと話をしたかった。仮に、夕斗がいっていたことが本当だったとしても、きっと何か大きな理由があってこそやったものだろうと凪沙はそう思う。
そして、凪沙はティバのことが心配だった。今頃、あの時のように泣いているのではないだろうか。
(ティバ・・どこにいるんだろう・・)
そして次の瞬間、部屋の中が一気に暗くなる。
「!!!」
凪沙は驚いてその場で立ち上がった。
(誰かが外から消した・・?)
凪沙は、高鳴る心臓を押さえて冷静にそう判断すると、廊下のスイッチを入れるため、扉に手をかけた。
「凪沙」
突然、背後から聞き覚えのある声で呼びかけられた。凪沙はその声を聞いてドキリとした。その可愛らしい声はまさしくティバのものだったのだ。
「ティバ・・?」
凪沙は振り返ると、暗闇に立っている人物にそう呼びかける。
そして暗闇になれた凪沙の瞳に、しっかりとティバの姿が映し出された。それと同時に、ティバの隣に立っている男の子に目がいった。
(誰だろう・・?)
すると彼は、凪沙に真剣な眼差しを向けると言った。
「ティバがあんたに言いたいことがあるんだってさ。聞いてやってくれよ」
「・・・・?」
凪沙は彼の予想外の言葉に内心驚いたが、それに「うん」と答える。すると、しばらくの沈黙の後、ティバが口を開いた。
「・・・・凪沙、私の事嫌いになちゃった・・?」
ティバは不安の入り混じった瞳で凪沙を見上げている。
「そんな事ない・・。私はティバのことが心配だった・・」
凪沙は恥ずかしさを感じながらも呟くようにそう答える。するとティバは驚いたように目を見開き、凪沙の所に歩み寄った。
「本当に・・?」
「うん・・」
凪沙がそう言うのとほぼ同時に、ティバは凪沙に抱きついた。
「ありがとー凪沙!大好きっ!」
そして凪沙はティバの肩にそっと手を乗せる。凪沙もティバと同じくらい嬉しかった。ティバの笑顔が自分をこんなにも幸せにしてくれるなんて・・・思いもしなかった。
その時、夕斗の顔が脳裏に過ぎったが、そんなこと今の凪沙には関係ない。
「シアンもありがとー。凪沙とまた仲良くなれたのも、シアンが私についてきて来てくれたお陰」
ティバは凪沙の体から離れると、後方に立っている少年ーシアンに向かってそう言った。
「ティバが元気になったんなら、それでうれしーよ」
シアンは子供らしい笑みを浮かべると、嬉しそうにそう言った。
すると、ティバは凪沙の手を掴み、シアンの隣まで凪沙を引っ張って来た。
「凪沙。紹介するね。この子は私の友達でシアンっていうの」
「・・・・!」
凪沙はシアンの顔を見下ろすとドキリとした。彼の瞳は、この暗闇の中でも美しい金色に輝いている。この瞳は、あの時の黒い翼をもった悪魔たちと同じものだ。しかし彼の背に黒い翼は生えていない。瞳以外は、普通の男の子と変わらないように見えた。
「初めまして。人間さん」
シアンは凪沙にニカッと笑いかけると、手を前に出す。
「あ・・・・」
「人間たちは友好の印にこんな事をするんだろー?だから俺は人間さんと友達になりたいからこうするぞ」
「うん・・・そうだね」
凪沙はシアンの行動に少しばかり驚いたが、シアンの差し出された手を握った。
「あったかいなー。人間さんの手は」
「・・え?」
すると、シアンは両手で凪沙の手を包み込むようにして握った。俯いているせいで表情を確認することはできなかったが、その声には寂しさが入り混じっているように感じる。
「俺と違って力で溢れているから、きっとこんなにあったかいんだよなー」
「・・・・」
凪沙はシアンの言葉に驚いた。自分はただ平凡に生きているだけなのに、こんなことを言われたのは初めてだ。それとも、シアンやティバのような“普通の人間ではない者”にとって、普通の人間は羨ましいものなのだろうか。
そしてしばらくの沈黙の後、凪沙はシアンのひんやりした手を振りほどこうとした。
「・・・!」
そして次の瞬間、凪沙はドキリとした。シアンは凪沙の手を放そうとしない。今まで以上に強い力で握りしめている。
「ちょっと・・・シアンくん・・?」
「─・・・・」
すると、凪沙とシアンの手の間から青白い光が漏れ始めた。凪沙はその光を見て背筋が凍りつく。この光はあの時の光と同じものだったのだ。そして、シアンという名のルビデとかかわってしまったことを、心から後悔した。
「やめて!!シアン!!」
ティバはそう叫ぶのと同時に、凪沙とシアンの手を力強く引き剥がす。
「なにすんだよー!ティバ!!」
シアンは苛立ちの混じった表情で、ティバを睨みつける。すると、ティバは困惑した瞳でシアンを見つめながら言った。
「だって!せっかく凪沙と仲直りできたのに!ひどいよ。シアン・・」
そして、ティバは悲しそうにして顔を伏せた。凪沙はそのティバの表情に心がチクリと痛む。
「ティ・・」
「何言ってんだよー?この人間さんは俺達が生きるのに必要なものだろー?」
シアンは凪沙の言葉を遮るようにしてそう口走る。
「ティバだって、人間の生命力取って生きてるじゃんか!それに俺は黒い翼が生えるような“力”が欲しいんだよ」
「・・・・」
「それにさ、ティバだってこの人間さんを騙し・・・」
「やめて!!」
凪沙はシアンの言葉が聞きたくないあまり、そう叫ぶ。
「もうその事はどうでもいい・・・私はティバと普通に話せるようになって、それだけで嬉しいんだから」
「凪沙・・・」
ティバは戸惑いの入り混じった表情で、凪沙を見つめている。すると、ティバの隣で不機嫌な顔で立っていたシアンが口を開いた。
「・・・もーいーよ。俺先に帰ってるから・・ティバ、後からちゃんと来いよなー」
次の瞬間、その姿は闇に溶けるようにしてかき消された。
そして暗い部屋に取り残されたのは、ティバと凪沙だけになった。
「凪沙、ごめんね・・でもシアンは本当はいい人なんだよ・・私の悩みもいつも聞いてくれて・・」
「分かってるから・・」
凪沙は安心感を抱きながらそう答える。正直シアンの行動には度肝を抜かれたが、決して彼は悪い人ではないだろう。それは、身にまとう優しい雰囲気と、ティバの友達ということだけで明らかだ。
そして凪沙は暗いままでも話しづらいと思ったので、部屋の電気をつけた。それと同時に部屋は眩しいくらいの光に包まれる。
そして今度はティバの姿をしっかりと確認することができた。黒い髪にふわりとしたワンピース。そしてそこから覗く白い肌。久しぶりに見るティバの姿だ。
すると、ティバは苦しそうに表情を歪めた。
「ごめん・・凪沙、電気消してもらえる・・?なんか眩しくて」
「あ・・。分かった」
凪沙はそう言うと、再び電気を消した。そして部屋は再び暗闇に包まれる。
すると、ティバはベッドに飛び乗るようにして腰をおろした。その顔にはいつもの明るい笑みが戻っている。
「凪沙の部屋久し振りだなー。前は、いつものようにここにいたのにねー」
「あはは・・そうだね」
そして凪沙もティバの隣に腰をおろす。その時、凪沙はティバの横顔をひっそりとうかがった。
(今なら、あのこと聞いても大丈夫だよね・・?)
「ねえ、ティバ」
「なーに?」
「・・・ティバが夕斗の家系に呪いをかけたって本当?」
その瞬間、ティバの表情が一気に凍りつくのが分かった。しかし、すぐにその顔は弱々しい笑みに染められる。
「・・・凪沙、その事知ってたんだねー・・でも凪沙に隠し事するなんて、やっぱり嫌だから別にいいや・・・」
「・・・・」
「今まで黙ってたけど、私はハーメルンの笛を受け継いだ人間たちの命を奪ってきたから、今でもここにいることができるんだ・・・最初に言った、あの時の笛の音が忘れられないってのもあるけど・・」
凪沙は悲しみに歪んだティバの横顔を見て、心が痛んだ。
「・・・ティバはコーガンド様、とずっと一緒にいたかったから、悪魔と約束をして夕斗にとっての死神になったんだよね?」
「!」
「でも何人もの人の命を犠牲にして生きても、この世に繋ぎ止めているコーガンド様、と一緒にいつことはできない・・そうだよね・・?」
「-っ・・・」
次の瞬間、ティバの黒い瞳から大粒の涙があふれ出した。そしてそれと同時に、ティバの顔も今までにないような悲しみに歪む。
「-っ・・私、怖いのっ。コーガンド様に会うのがっ。本気で探せばきっとすぐに会える所に彼はいる。でもっ・・・コーガンド様にとって私は、呪いをかけた人物でしかない・・・コーガンド様は前みたいに私に優しくしてくれるはずがないっ・・」
ティバは震える声で、一つ一つの言葉を噛みしめるかのようにそう言った。すると、凪沙はティバを引き寄せ、優しく抱きしめた。
「・・・ティバ、ありがとう。話してくれて」
「-!!」
「私、ずっと気になってた。ティバが私に何か隠し事してるって」
「なぎ・・・」
「でも私は、ティバがそんなに泣く必要なんてないと思う・・」
そして凪沙は、ティバの体から手を放し、ティバの涙の溜まった瞳をしっかりと捉えて言った。
「コーガンド様は“優しい人”なんでしょ?」
「!・・うん・・」
「その“優しさ”をもうちょっと信じてみてもいいと私は思うんだ」
「・・・・」
すると、微かにだがティバの表情が柔らかくなったような気がした。そしてティバは、凪沙に向かって微笑んだ。
「・・・・ありがとう・・凪沙」
ティバは呟くようにそう言うと、その場に立ちあがる。そしてティバは、凪沙の手を力強く握りしめた。
「私、凪沙の事もっと大好きになっちゃった!!」
満面の笑みでティバはそう言った。