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5 夕暮れの街の記憶②

 すると、そこから青白い光がみるみる漏れ始める。

(もうだめだ・・・)

 ティバはその時そう思った。そしてかたく目を閉じた。


♪~♪~♪~


「!!」

 その笛の音にティバの心臓が高鳴る。その音は、確かにコーガンドが奏でているものだ。そしてそれと同時に青年の手から解放された。

「-チッ」

 青年は苛立ったように舌打ちをすると、空中へふわりと浮かぶ。そしてティバのはるかか上空で言った。

「この曲を奏でられちゃあ、退散するしかないよなー。ルシウスさん」

 すると、再びあの低い男の声が聞こえた。

「どうやらこの町には、そいつ以外にも美味しそうな若い魂が多くあるようだ。あとでゆっくり頂きに伺おう」

 そしてルビデ達の気配は、一気にかき消された。

 ルビデ達の気配が消えたが分かると、ティバはその場にしゃがみ込む。

(助かった・・)

 すると、少し離れた場所にいたコーガンドと目が合った。ティバは反射的にコーガンドから視線を外す。自分がこうなったのは、コーガンドの言いつけを守らずに来てしまった自分自身のせいだ。怒られても嫌われても、何も文句は言えない。

「ごめんなさい・・」

 ティバは自分の目の前で歩みを止めたコーガンドにポツリとそう言った。

「私が言いつけを守らずに来たから・・・」

 すると、コーガンドはティバの頭にそっと手を乗せる。

「何言ってるんですか。無事で何よりですよ」

 コーガンドはいつもの柔らかい笑みを浮かべながらそう言うと、ティバに手を差し伸べた。ティバはコーガンドの手を借り、その場に立ちあがる。

「でもあなたが私の言いつけを守っていたら、こんな怖い思いをさせずに済んだのですが」

「・・大丈夫ですっ。全然怖くありませんでしたから!」

 そう言うと、ティバはコーガンドにギュッと抱きつく。

「っ・・ありがとう・・ございました・・」

 ティバはコーガンドの優しさと温もりを改めて実感しながら、静かにそう呟いた。





 コーガンドとティバは、再び二人並んで同じベンチに腰をおろした。まだ辺りはひっそりとした暗闇に包まれている。しかし、東の空のオレンジがかった色がもうすぐ朝が近いことを知らせていた。

「・・・何でコーガンド様は手をかけずに、私をルビデたちから救うことができたのですか?」

 ティバはコーガンドの横顔を見上げながら、静かに言った。

 そして暫くの沈黙の後、コーガンドは言った。

「それは・・・この笛の不思議な力のお陰なんですよ」

 すると、コーガンドはポケットから銀色の横笛を取り出した。

「この笛は私がティバさんくらいの時に、父から貰ったものです。そしてそれと同時に私は父から“悪魔狩り”という使命を託されました」

「悪魔狩り・・ですか?」

「そうです。この笛である曲を奏でることによって、ルビデ達をこの中に封印することができるのですよ」

「何の為に・・ですか?」

 すると、コーガンドの表情がかすかに歪んだ。しかしそれは、すぐにいつもの柔らかい表情にかき消される。

「理由はありません。ただ私は、自分の宿命に沿って生きているだけですから・・・世界を回って悪魔を狩り、自分の命が尽きる前にこの笛を子孫に託す。それが私が受け継いだ、そして受け継がせる宿命です・・」

 そう言うと、コーガンドはティバに向かっていつものように微笑んだ。

「でも、こんな人生でも少しは気に入っているんですよ。世界を回ればいろいろな人との出会いがある・・私は一時的なものでもそんな出会いを大切にしたいと思っています」

 コーガンドは明るくなり始めた空を見つめながら、力強くそう言った。

 ティバはそんなコーガンドを見て、少しだけ悲しくなった。彼はきっと強い人間だ。でもきっと誰より寂しい人間でもあるのかもしれない。

 するとティバは、少し戸惑いながらもコーガンドの手の上に自分の手をそっと重ねる。

「一時的なものなんかじゃありません」

「・・・・─」

「私は・・コーガンド様とずっと一緒にいたいと思っていますから」

 そう言うと、コーガンドに向かって微笑んだ。コーガンドは驚いたように目を見開くと、困ったようにティバに笑いかける。

「ありがとうございます・・でも私にはその気持ちだけで十分嬉しいですよ」

「・・・・・」

 ティバは沈黙を守りながら、コーガンドの顔を見上げる。コーガンドのその笑顔には、寂しさの一欠けらも感じることができなかった。

 自分はコーガンドをこんなにも必要としているのに、コーガンドにとってのティバとの出会いはたくさんの出会いの中の一つでしかないのだろうか。

 でもティバは思った。きっと強いコーガンドにも寂しく苦しい時だってある。そんな時、そばに居てあげられるのが自分でありたいと、そう思った。

「さて。ここでティバさんにお願いがあります」

「・・?何ですか?」

 すると、コーガンドはその場で立ち上がり、街並みのすぐ後ろにそびえ立っている山を指差した。

「あそこの山のふもとにある洞窟に、明日の夕方行ってもらいたいのです」

「?」

「とてもティバさんにとって、大切な事なので・・お願いできますね?」

 ティバは理由が分からず口を開きかけたが、すぐに閉じた。コーガンドのティバを見下ろす視線が、何か言う事を拒否しているように感じたからだ。

「分かりました・・」

 ティバは静かにそう答える。そしてコーガンドは、いつもの笑顔で言った。

「さて・・・そろそろ明るくなって来ましたし、少し休んでからティバさんにこの町を案内してもらいたいのですが」

 その言葉にティバの心が躍る。

「はい!!喜んで!!」

 ティバは満面の笑みでそう答えた。





 その日一日、コーガンドはティバに付き合ってくれた。ティバにとってその時間はとても楽しく幸せなものになった。

 そして時は驚くほどに早く過ぎ、夕方になった。ティバは一時的にコーガンドに別れを告げると、指定されていた洞窟へと向かった。

ティバはその場所へ向かうため街中を歩いていると、果物などが並んでいる店の前で歩みを止めた。そしてその中の赤々としたリンゴに目が止まる。

(そういえば、アニタとレイタは元気かな・・)

 アニタとレイタとはあの日、コーガンドの笛の音を聞いてから会っていない。二人は自分たちを置いていってしまった自分の事を嫌ってしまっただろうか。それとも・・・心配してくれているだろうか。

 ティバはその店でリンゴを数個買った。そしてアニタとレイタの家へと向かった。





 ティバはアニタとレイタの家の前まで来ると、ドアノブに手をかけた。今までだったら簡単にこの扉を開ける事ができたのに、今の自分は何故かそれをするのを躊躇ってしまっている。

 きっとそれは、自分が二人をある意味裏切ってしまったことに対する罪悪感があるせいだろう。

「--!!」

 その時、家の中からこちらへ向かってくる足音が聞こえた。多分、足音が二つあるのでアニタとレイタのものだろう。それにその音からして二人は急いでいるようだった。

 そしてすぐに、ティバの握っていたドアノブが内側から回される。その時、ティバは思わず玄関先に置いてあった植木の裏に身を隠した。途端にその扉から、アニタとレイタが飛び出す。

 二人はその場で足を止めると、山の方を指差し、レイタが先頭でその場から走り去った。ティバは二人が見えなくなったのを確認すると、二人が走り去った方へ目を向ける。

 もう町はすっかりオレンジ色に染めあげられていた。

(こんな時間なのに・・あんな真剣な顔してどこに行ったんだろう?)

 ティバは玄関の扉にリンゴの入った紙袋をそっと立て掛けると、二人の走り去った方へゆっくりと歩き出した。





 そして歩いているうちに気づいた。微かにだが、コーガンドが吹く音色が聞こえている。その曲はティバのお気に入りの曲でもなく、あの時ルビデを退散させたものでもなかった。ティバが初めて耳にするメロディーだ。

 そしてそれは、歩けば歩くほど大きくなった。

(きっと二人もこの音色を聞きつけたに違いない・・)

 そしてしばく歩くと、その音色は何の前触れもなくピタリと止んだ。ティバは一瞬戸惑ったが、その音色が聞こえていたはずの方向へ向かって歩き続けた。





 もう随分長い間歩いたような気がする。もう太陽はすっかり沈んで、辺りは暗闇に包まれていた。それに今ティバがいる場所は、山のふもとの森の中。辺りは奇妙なくらい静かだ。

 ティバは足の痛みに歩みを止めると、その場にへなへなとしゃがみ込む。

(アニタ・・レイタ・・どこ行っちゃったの・・?)

 すると、ティバから少し離れた所に開けた場所があるのが分かった。ティバは何となくそこが気になって、再び立ち上がるとその場所へ向かった。




(--!)

 そこには洞窟があった。そしてそれと同時に、コーガンドが言っていた事を思い出した。アニタとレイタのことが気になって、その事をすっかり忘れてしまったのだ。

(きっとコーガンド様が言っていたのはこの洞窟のことだ・・)

 ティバは内心で落ち込んだ。忘れていたとはいえ、また彼の言いつけを破ってしまったのだ。

 ・・・・コーガンドは、自分の事を嫌いになっていまっただろうか。

「!」

 その時、笛の音が聞こえた。それにそのメロディーには聞き覚えがある。それは、あの時コーガンドがルビデから自分を救ってくれた時に聞いたメロディーだ。

 そしてティバは意を決して、そのメロディーが聞こえてくる方へ歩き出した。





 そして見つけた。ちょうど町の中心にある広場で、コーガンドはあの不思議な笛を使い、メロディーを奏でている。

 そして不思議な事に、淡く光る光の玉が次々と笛の中へ吸い込まれていくのが見えた。その光景はとても神秘的で、ティバは奇麗な絵画の中にいるような感覚を覚えた。

 そしてその淡い光が、すべて笛の中へ消えたかと思うと、そのメロディーも同時に終わりを告げた。すると、コーガンドは何事もなかったかのように歩き出した。

「コーガンド様!!」

 ティバは思い切ってコーガンドに駆け寄る。コーガンドは驚いたように肩越しに振り返ると、歩みを止めた。

「ティバさん・・こんな所にいましたか」

「-っ・・・コーガンド様。どこに行かれるのですか・・?」

 すると、コーガンドは困ったように微笑む。

「ティバさんも無事に見つかりましたし・・この町をでます。ここでの仕事は先ほど終わりましたから」

「!!!」

 ティバは驚きのあまり言葉を失った。まさかこんなにも早く、この瞬間が来てしまうなんて。

「ルビデ達に狙われやすい子供たちを、あの洞窟に避難させておいたのですが・・ティバさんが無事で何よりです・・そういえば、お友達がティバさんの事を心配していましたよ?あの洞窟にいると思いますから、行ってあげてはどうですか?」

 コーガンドはティバの顔色も気にせずに、次々と言葉を並べる。そして絶望の闇がティバを支配した。

「行かないでください」

 ティバはコーガンドのローブを力強く引っ張る。

「私は・・コーガンド様とずっと一緒にいたいんです!!」

するとコーガンドは、ティバの手を自分の服から引き剥がした。

「いけません。前にも話したでしょう?私は、自分の宿命に沿って生きて行かなくてはいけないんですよ。それに死と隣り合わせの旅にティバさんを連れていくことはできません」

「・・・・」

 ティバはコーガンドの顔をじっと見上げた。やはりその顔には、悲しみの一欠けらも浮かんではいなかった。そこにあるのは、ただ有無を言わせない冷酷な瞳だけだ。

「ティバさんに最後のお願いがあります」

 コーガンドは表情を和らげ、優しくそう言った。

「この町で今までどうり幸せに暮らしなさい。それが私からのお願いです」

「・・・・」

「ティバさんには私の言う事を聞いてもらったためしが無いのですが・・・最後の願いだけはきいてもらいますよ?」

「-っ・・でもっ・・」

 するとコーガンドは、ティバに背を向け歩き出した。


「最後の願い・・それは私の“望み”でもあることを忘れないでください」

 肩越しに振り返りながら、コーガンドはそう言った。そしてその姿は、夜の闇の中へだんだんと溶け込んでいく。

(私は・・諦めない・・!)

 ティバはコーガンドが消えて行った闇の中を見つめながらそう思った。そして全速力で走りだした。





 少し走ると、コーガンドの後姿が見えてきた。

「待って!!コーガンド様!!置いて行かないで!!」

 ティバはコーガンドの背に向かって、必死にそう呼びかける。しかし彼は歩みを止めようとも振り向こうともしない。

 それでも諦める気にはなれなかった。そしてあと少しで自分の指がコーガンドの手に触れる。ティバは必死で腕を伸ばした。

「!!!」

 その時、ティバは足元の石につまずいて勢いよく倒れた。コーガンドは一瞬立ち止まってこちらを振り返ったが、曖昧に微笑むとそのまま何事もなかったかのように歩き出す。

「--っ・・・」

 ティバは必死に立ち上がろうとしたが、転んだ時に足を捻ったらしく、立ち上がることができない。それに夕方から今までずっと歩き続けてきたのだ。もう歩くことの気力さえ、ティバには残っていなかった。

 そしてさっきまで見えていたコーガンドの後姿は、闇に溶けて完全に見えなくなった。





 どれくらいの時間が経っただろう。ティバは街灯の下にうずくまり、泣いていた。

(っ・・何で置いて行かれなきゃいけないの・・?私はずっと一緒にいたかったのに・・!)

 その時、ティバの目の前に何か黒い物が舞い落ちた。手に取って見ると、それは羽だった。

 ─・・・真っ黒な。

「置いて行かれたか。娘」

「!!」

 驚いて見上げると、そこには大柄な男が立っていた。一番最初に目に付いたのは、彼の背から生えている大きな黒い翼だ。一目見て、ティバは彼がルビデという事が分かった。

「本当に可哀想な奴だな」

 そう言うと、彼はティバのすぐ目の前にしゃがみ込む。ティバはドキリとしたが、顔を伏せて、できるだけ落ち着いた声で呟いた。

「ほっといて。私はルビデなんかに用は無いんだから」

 すると、彼は微かに笑い声を漏らす。

「本当に用は無いんだな・・?俺にはその涙、止めてやれるかもしれんぞ?」

「!」

 ティバはハッとして彼の顔を見上げた。すると彼は、微笑みながらティバの目に溜まった涙を人差し指で拭い取る。

「まぁ立て」

 彼はそう言うと、ティバの手を掴んでその場に立ち上がらせた。

「お前の望み・・それはあの笛使いとずっと一緒にいることだろう?」

 ティバは図星をつかれてドキリとしたが、すぐに「ええ」と答えた。すると、彼は口元に奇妙な笑みを浮かべた。

「その願い、俺が叶えてやろう」

「-!!ほんとにっ!?」

 ティバは彼の口から出た信じられない言葉に思わずそう叫ぶ。それが本当になるのなら、これ以上嬉しいことがあるだろうか。

「ただし、条件がある。それを守れるのなら、俺もお前の願いを叶えると約束しよう」

 その言葉も今のティバには関係ないことになっていた。

「分かった・・・条件は何?」

 そして彼は満足そうな笑みを浮かべた。

「それは、俺に定期的に人間の魂を提供する事だ」

「!!」

「そしてその魂は、あの笛使いの血縁者の者に限る・・そうすれば笛使いには“呪い”がかかり、お前から死んでも逃げられなくなる」

「・・・・」

 ティバには、彼の口から発せられる言葉が信じられなかった。彼は自分に人を殺せと言っているのだろうか。そんな事できるはずがない。

「そうだな・・・俺は年をとった魂は好きじゃない。せめて人間の年である、三十歳までの魂を俺に提供しろ」

「ちょっと待って。私に人を殺せとでも言うの?私にはそんな事できないし、そんな力もない」

 ティバは彼の顔を見上げながら、落ち着いた声でそう言った。

「んな事は分かってるよ。お前のそんな小さな体じゃ、人を殺めることもできんだろうよ」

 彼は相変わらず、口元に笑みを浮かべながら言った。

「じゃ、どうやって・・」

 すると突然、頭を上から押さえつけられた。

「!!」

「こうする事だ」

 彼がそう言うのと同時に、その手から淡い光が溢れはじめた。そしてそれは、やがてティバの全身を包み込むようにして流れ出し、少したつと体吸い込まれるようにして消えた。

「これでお前は、“人間の生命力”無しでは生きていけない。そしてお前の意思しだいで、人間の魂を奪うことも可能だ」

「・・!」

 ティバは自分の体をまじまじと見つめた。一見、変わった所は見当たらない。

「あとは・・そうだな。人間から力を取るのにはコツがいる。初めのうちは、何かそれに合った道具を使うといいだろう」

「・・・・本当にあなたの言うことを聞けば、コーガンド様と一緒にいられるの?」

 ティバは彼の金色に輝く瞳を見上げながら、静かに言った。

「ああ。約束しよう」

 彼は何の躊躇いも無く、そう答えた。そして自然とティバの顔に笑みがこぼれる。

(これでコーガンド様と一緒にいられる・・!)

「ここで重要なことがもう一つある」

「!?」

「それには期限があるという事だ・・まぁそれは永遠といってもいいほど、長い時間だがな」

「その期限って・・?」

 すると、彼はさらに言葉を続ける。

「お前が笛使いの血縁者の魂を取ることによって奴には呪がかかる。お前とずっと一緒にいる・・つまり、笛使いはお前の魂が消えるまで、この世を本当に去ることはない、という呪いがな」

「・・・」

「そしてそれは、笛使いに新たな宿命を与える。それは、俺達が食い損ねたこの町の子供たち130人の魂を笛に封印する事だ。それをしなければ、お前から決して逃げだすことはできない」

「・・・・」

「つまり・・・笛使いが130人の子供達を笛に封印するまでが俺がお前に与えた期限ということになるな」

 言い終えると、彼はティバのを見降ろした。

「・・分かったか?」

「・・分かった・・」

 彼が言ったことをしっかりと頭に刻み込みながらティバはそう答えた。

 すると、彼は再び口元に満足そうな笑みを浮かべる。

「いいか。俺がお前に言った約束を守れなければその呪いは無効になる」

「分かってる・・・」

 すると、彼はティバに手を差し出してきた。ティバは少し驚いて彼を見上げる。

「何・・?」

「俺とお前は“約束”をしたんだ。その証明というわけだ」

「・・・・」

 ティバは一瞬ためらったが、彼の手をしっかりと握った。

「俺の名はルシウスだ」

「私はティバ」

 すると、ルシウスはティバに向かって微笑んだ。

「よろしくな。ティバ」





 それからというもの、ティバは人間の生命力を奪い続けて生きてきた。奪い続けなければ自分の命をこの地上にとどめておくことができなかったのだ。

 そしてそれと同時に、ティバは永遠の命を手に入れた。人間の生命力を奪い続ければ生きていける・・・つまりそれをし続ければ、ティバはこの世に永遠と存在することができたのだ。

 そしてもちろん、ティバはハーメルンの町にいることができなくなった。居場所がなくなったティバは、ルシウスについて行くことに決めたのだ。

 ・・・でもなぜだろう。

永遠といっていいほど長い時間を手に入れたのに、今も私はあの頃のまま、何も変わっていない。あの人の背中を今でも追い続けている。

 私の手が、彼の背に届く日は来るのだろうか。そしてもし届いたとしても、彼はこんな私を受け入れてくれるのだろうか。

 ・・・いや、受け入れてくれるはずがないだろう。その証拠に、あの時の彼の瞳は氷のように冷たかった。かつてのように優しく微笑んではくれなかった。

 きっと今の私は“死神”でしかないのだ。人を苦しめ、悲しめる生き物。そしてそんな私は、彼の事を苦しめ、そして自分自身をも苦しめている。

「ねぇ、シアン」

 ティバは、満天の星空を見上げながら呟いた。

「なんだ?」

「・・・私は死神だと思う?」

 するとシアンは瞳を丸くしてティバを見ると、笑い声を洩らした。

「何言ってんだよー?ティバが死神なわけないだろ?そして俺達ルビデも死神じゃない!!」

「・・なんでシアンはそう思うの?だって私もあなたも人の命を奪ってるじゃない」

 ティバはたんたんとした口調でそう言った。

「んー。良く分からないけど、死神は人の命を奪って天国や地獄に運ぶ奴の事をいうんだろ?でも俺達はそんなめんどくさい事はしない。ただそれを吸収して、自分が生きる力にするだけだ」

「・・・・」

「だから俺もティバも普通の生き物でしかない!!」

 そう言うと、シアンはティバに向かってニカッと笑いかけた。そして不思議なことに、ティバもシアンに向かって笑い返すことができた。

「じゃーシアン。何して遊ぼーか?」

 そう言うと、ティバはその場で立ち上がる。

「えっ!遊んでくれるのか!?」

「うん。何がいいー?」

「えっとな・・・」

 するとティバは、シアンに向かって微かに笑みを漏らした。確かに自分達は、死神ではないかもしれない。それをしなければ、自分達のほうが死んでしまうのだから、それは間違っていないと思う。

 でも大切な人を奪われた側から見ればどうだろう。私は、ただの殺人者にすぎないのではないだろうか。

 ティバの脳裏にあの日の事がよみがえった。あの時の青年の泣き叫ぶ声は、今でもティバの耳にこびり付いて決して離れることはない。





 ティバはある日の午後、ある家の屋根の上に姿を現した。右手には鉛色に輝く大きな鎌。それはもうすっかり、自分の板に付いてしまっている。

 もうこれを使う必要はないのだが、この鎌はあの町に住んでいた頃、自分の家の倉庫の奥に眠っていたものをそっと貰ってきたものだ。今ではこれはあの町の思い出に唯一つながる大切なものだ。 だからティバは、この鎌を手放せずにいる。

 すると、磨き上げられた鎌の柄に自分の顔が映し出された。そこにいるのは、赤毛とグレーの瞳を持った自分ではなく、黒い髪と黒い瞳を持った自分。不思議な事に、いつの間にかティバの髪と瞳は闇色に染まってしまったのだ。

 しかしティバは、その事をあまり気にすることはなかった。赤毛も気に入っていたが、これもこれで何となくだが気に入っていた。それに今いる国の人は、ティバと同じ色の髪と瞳を持った人たちがたくさんいる。

 実際、相手には自分のことが見えていないのだが、ティバはこの国に来て安心感を覚えた。

(そろそろ行こうかな・・)

 ティバは再び鎌の柄を握り締めると、屋根から家の中へ吸い込まれるようにして姿を消した。




 ティバはソファーに腰掛け、本を読んでいる男性の前に姿を現した。そう・・・今日はルシウスに彼の血縁者の魂を提供する日だ。最初の頃はこの時が嫌で仕方がなかったが、今ではそれも慣れてしまった。彼と一緒にいるためには仕方がない・・・そう思うようになってきていた。

 そしてティバは何の躊躇いもなくその男性に向かって鎌を振り下ろした。

「驚いたよ」

「!!!」

 ティバはあまりの突然の事態に、鎌の動きを止める。

「こんな可愛い女の子が俺を殺しに来るなんて」

 その男性は、読みかけの本から顔を上げると、ティバの瞳をしかっりと捕らえながらそう言った。

(この人には私が見えてる・・?)

 ティバには予想外の展開に息をのんだ。自分が、今を生きている人間に見えるなんて・・今まで一度もなかったのに。

「でも安心したよ。この時が来るまで、毎日びくびくしながら生きてきたんだ。いつ突然の事故に巻き込まれて全身バラバラになって死ぬかとか、こわーい死神がやって来て首をちょん切られるかってね」

「・・・・・」

 ティバはまじまじと彼の顔を見つめる。なぜ彼は、こんなにも明るくいられるのだろう。今、まさにティバに殺されようとしているのに。

 すると、彼はそんなティバを見て明るすぎるぐらいに笑った。

「はっは。何で君がそんな顔しているんだい?殺るなら早く殺りなよ。俺の宿命は果たした。後は夕斗に任せることにしたよ・・・まぁ、あのお馬鹿な夕斗でも残りはあと数人だからきっと死なずにすむしね・・」

 そう言葉を並べると優しく微笑む。

 一方ティバは悲しくなった。彼はきっと恐怖なんか感じていない。彼にあるのは、夕斗という人間を死なさせずにすむという安心感だけだ。

「・・・・・」

 しかしティバはルシウスとの約束を破るわけにはいかなかった。それに彼は、今まで自分のために犠牲にしてきた人たちと同じではないか。彼が“特別”な理由なんてどこにもない。

 そしてティバは彼の体を持っていた鎌で切り裂いた。その瞬間、彼が持っていた本はパタリと音をたて床に落ちる。

 その瞬間、彼は苦しそうな表情を見せたかと思うと眠ったかのように動かなくなった。

「兄貴!!!」

 突然、ティバの耳に叫びにも似た声が飛び込んできた。驚いてそちらに目を向けると、部屋の入り口付近に中学生くらいの男の子が立っていた。おそらく、たった今家に帰ってきたのだろう。

 すると、その青年はティバがたった今鎌を振り下ろした男性に駆け寄った。

「兄貴!兄貴!兄貴!どうしたんだよっ・・・・?!」

 青年は必死になってその彼のの体を揺すっている。しかし、彼の瞳が再び開かれることは決してないだろう。たった今、自分がその男性を殺したのだから。

 そしてティバはその場から姿を消そうとした。

「待てよ」

 突然、呼び止められてティバはドキリとした。

(まさか・・・彼にも私が見えている・・!?)

「あんたのせいだろ!?俺はあんたがそのでっかい鎌で、兄貴を切り裂いたのを見た!!!」

 彼は憎しみと悲しみが入り混じったその瞳で、ティバを睨みつける。

「兄さん、大声出してどうしたの?」

 入口の外の方から声がした。

「夕理!!」

 その瞬間、ティバはその場からすぐさま姿をかき消した。きっと彼にも私の姿が見えている。こんな“死神”みたいな姿、誰にも見られたくない、ティバはそう感じた。





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