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4 夜の闇と金の瞳②

 





 凪沙はすかっり暗くなった自宅への道を、一人とぼとぼと歩いていた。

(どうしよ・・。逃げてきちゃった・・)

 ティバのせいだとはいえ、自分がやったことに変わりはない。凪沙は自分の手の中にある笛を握りしめる。

(月曜日、ちゃんと返さないと・・)

 今返しに行ってもいいのだが、そんな勇気自分にあるはずがない。

(夕理くん、大丈夫かな・・)

 辺りはすっかり夜の闇に包まれていた。ただ、それぞれの家庭から漏れる光が遠くの方に見えているだけ。凪沙はその暗闇に不気味さを覚えて、自然と歩調を速める。

 その時、凪沙の手に何か冷たいものが触れた。ビクリとして振り返ると、そこにはティバが立っていた。

「ティ・・・」

 凪沙は口を開こうとして、すぐその口を閉ざす。ティバが、あまりにも悲しそうな表情で凪沙を見上げていたからだ。

「ごめんね・・・凪沙」

 ティバはひんやりとした弱々しいその手で、凪沙の手を握りしめながら今にも消えてしまいそうな声で呟く。

「・・・・?」

 次の瞬間、後ろの襟をつかまれ乱暴に後方にに引きよせられた。そしてほぼ同時に凪沙の手から笛が抜き取られる。

「-っ・・・」

「お前が仲村凪沙か」

「-!!」

 凪沙はそこにいた見覚えのある顔とその声に思わず目を見開く。不気味な笑みを浮かべる彼女は、間違いなく友達の美春だ。

「これが俺たちの求め続けていた“ハーメルンの笛”・・よくやったぞ。ティバ・・これで俺たちが“光を受け入れる体”を手に入れる日も近い」

 凪沙は美春の口から発せられる信じがたい言葉に思わずその口を開く。

「美春・・何言ってんの?」

 そしてその瞳と眼が合い、息を飲む。今の美春の瞳は、この世のものとは思えない美しい金色に輝いていた。

「美春・・?そんな奴は知らんな」

 そう言うと、片手に持っていた笛を空中に投げ、数回まわったところを再び手に取った。そして再び口元に不気味な笑みを浮かべる。

「お前の事はティバに聞いて知っている。お前も本当に運の悪い奴だよ。俺の仲間に気に入られちまったんだからな」

「─・・・・」

 すると、静かに今までの様子を見ていたティバが口を開いた。

「ルシウス。私は仲間じゃない。ただ協力しているだけでしょ」

「ああ、そうだったな。昔からの付き合いだからついつい忘れちまったよ」

 美春・・・・・ルシウスは、ティバをからかうかのようにそう言う。

 凪沙はティバの視線をとらえようとしたが、ティバは凪沙を見ようともせず、ただ自分の前の方をじっと見つめているだけだ。

「行くぞ。ティバ」

「・・・・」

 そう言うと、ルシウスは凪沙に背を向けて歩き出した。当り前のようにその後にティバも続く。

「待っ・・・!」

 その時、強い光が凪沙の顔を照らした。そして眩しさのあまり、目を反射的に閉じる。そして少しの間の後、何か重たいものがコンクリートの地面に落ちる音がした。

「・・・・・?」

 目を開け、落ちた物を手にとってみると、それは懐中電灯だった。

(何でこんな物が・・・)

「あれ?何で凪沙がここにいるの?」

「!!」

 声の主を懐中電灯で照らしてみると、そこには先ほどの面影はすっかり消えた、いつもの美春がいた。

「ちょ・・凪沙!眩しいよ!」

「ごっごめん・・・」

 凪沙は慌てて光を美春の顔から逸らす。

「部活で先生に練習みてもらってたら、こんなに遅くなっちゃたんだ」

「・・・・そうなんだ」

 凪沙はそう答えながら、こっそりと美春の瞳を観察する。その色は金色ではなく、いつもの黒色だ。

「凪沙-?どうしたの?私の顔に何か付いてる?」

「な・・何でもない・・」

「・・・あれ?なんだろ。これ?」

 美春はそう言うと、片手に持っていた笛を不思議そうに見つめた。

「あっ・・・・!」

「この笛凪沙のなの?何で私が持ってるんだろ」

 凪沙の反応に気づいてか美春はそう言うと、凪沙に笛を差し出した。凪沙は戸惑いながらもそれを素直に受け取る。

「ありがと・・」

「どういたしまして!じゃ私、もう遅いし帰るね。凪沙も気をつけて帰ってねー」

 そして美春は、凪沙に背を向け夜の闇に消えていった。

「─・・・・・」

 凪沙は美春の背中を複雑な気持ちで見送ると、片手に笛、もう一方の手には懐中電灯を持ち家路を急いだ。





凪沙は自室へ戻ると、笛を鞄にしまい込んだ。

(月曜日、ちゃんと返さないと・・)

 そして机の上に置いておいた、懐中電灯に目が止まる。

(そういえば・・この懐中電灯誰のだろう?)

 凪沙はそれを手に取ると、よくよく観察してみた。しかし名前らしきものはどこにも見当たらない。

 何となくだがこの懐中電灯が凪沙を救ってくれた・・・そんな気がした。持ち主の顔を見ることはできなかったが、凪沙はこの懐中電灯の持ち主に少しだけ感謝した。





 夕斗はその日の夜、暗い天井を見つめながら考えた。いつもその暗闇に浮かんでくるのは兄貴の顔だ。そして次に夕斗の心を支配するのは、強い憎しみと怒り。それはあの時から決して消えることはない。

(凪沙の奴・・・いつまであの死神といやがるんだ?)


 無理やりにでも死神と凪沙を引きはがしてやろうと夕斗は思った。

 ・・・・・それには大きな理由がある。死神が凪沙にとりついたまま封印すると、凪沙の魂まで封印しかねないからだ。それに、今日あの大切な笛を凪沙・・いや、死神に取られてしまった。

(すぐにでも凪沙から取り返さないとな・・)

「困りましたね」

 突然、左手側から発せられた声に振り返ると、そこには足を組んで、わざとらしく人差し指を顎に当てながら座っているコーガンドの姿があった。

 夕斗はそんなコーガンドを見て一瞬、顔をしかめるが、その場で起き上がりあぐらをかく。

「すぐにでもあんたの笛は俺が取り返して・・」

「私が言っているのはその事ではありませんよ?」

「!?」

 するとコーガンドは軽くため息をついた。

「私の笛は夕斗がいずれ取り返してくれればよいだけの話です。私が心配しているのは“笛を狙ってくる者”の事ですよ」

 夕斗はその言葉により一層顔をしかめる。

「誰だ・・そいつって」

 次の瞬間、コーガンドの表情がかすかに歪んだ。

「黒い翼と金色の瞳を持つ者・・“ルビデ”という種族です」

「ルビデ?」

「はい。彼らは私が生きていた時代から・・いや、そのずっと前からこの地球に存在しています」

「・・・・で、なんでそいつらはハーメルンの笛を狙ってるんだよ?」

 コーガンドは片手の指で自分の帽子をくるくると回しながらそれに答える。

「彼らが狙っているのは笛ではありません。・・・笛の中に眠っている子供たちの魂です」

「・・・・!」

「彼らの命の源・・つまり食糧ですね。それは“人間の魂”なんですよ。だから彼らにとって、百以上の若い魂が眠っているハーメルンの笛はごちそう以外の何でもありません」

 そこまで言うと、コーガンドの指から帽子がポーンと離れた。そしてそれは夕斗の顔に見事にぶつかる。

「おっと。すみませんね。夕斗」

「・・・・」

 夕斗は黙って帽子を手に取ると、それをコーガンドに投げ返した。

「・・・で、コーガンドはどうやって、そいつらからその笛を守ってきたんだ?」


 コーガンドは帽子を受け取ると、それをいつものように目深に被る。

「簡単な事ですよ・・・彼らの体は“光”を受け付けません。つまり、“闇”を避ければいいのです」

「・・・・・」

「そうですね・・もしもの時は・・あの・・何でしたっけ・・・そう・・懐中電灯を使っても効果的ですよ」

「・・懐中電灯?」

「はい・・私の知らない間に、あんな便利な物が発明されたんですね」

 そう言うとコーガンドはいつものように微笑んだ。





 そして月曜日。凪沙はいつもの時間に家を出た。

(今日、笛を夕斗に返しちゃえばもう変な事は起こらないよね・・・?)

 土曜日の帰りの出来事は、この“ハーメルンの笛”が原因で起こった。だからこの笛を元の場所に返してしまえば安全なはずだ・・・少なくとも自分は。

「闇に気をつけて・・」

 突然背後から声がした。凪沙はドキリとして後ろを振り返る。そこにはウェブのかかった金髪の髪を二つに結わえた少女が立っていた。

「アニタ・・?」

 アニタはその緑がかった大きな瞳で凪沙を見上げると、再び口を開く。

「・・・闇はルビデを呼び覚ます」

 凪沙は大きく目を見開き、アニタを見下ろした。“ルビデ”とはいったい何なのだろう。それに・・闇に気をつけて・・・?

「光はルビデを退ける・・・」

 今度は凪沙の正面の方から声がした。向き直ると、そこにはアニタと同じ顔の男の子ーレイタが立っていた。

「光があればあいつらは存在できない」

 凪沙はその言葉に再び目を見開いた。光はルビデを退ける・・・?

「─・・それってどういう・・?」

 しかし次の瞬間、凪沙は口をつぐむ。二人とも幻のように姿を消してしまったからだ。




 ブーブーブー・・・・

「!」

 授業中、机に入れておいた凪沙の携帯のバイブが鳴った。皆に背を向けて、黒板に一生懸命文字を並べている先生を確認すると、凪沙は机の下でこっそり携帯を開く。

メ ールの送り主は美春だった。内容はこうだ。


・・・・

 暇だよー。この先生の授業退屈なんだよね;

 なぎさぁ~!何か楽しい話ない!?

・・・・


 凪沙はメールの文章を一通り読むと、携帯をパタリと閉じる。楽しい話といっても何も思いつかなかったからだ。

(というか・・最近は嫌なことしか起こってないような気が・・)

 貧血になって倒れたり、美春に突然襲われたり・・それにあの時、ティバの様子も変だった。いったいティバは何を隠しているのだろう。

 そしてその時の美春は、見た目は確かに美春だったが・・・美春ではなかった。確かティバは、彼女のことを“ルシウス”と読んでいたような気がする。

 そのルシウスは、ア二タとレイタが今朝言っていた“ルビデ”と関係があるのだろうか。

(それに夕斗にあの笛を返さないといけないし・・隣のクラスだから行きづらい・・・)

 凪沙は再び携帯を開くと、美春にメールを打つ。


・・・・

 お願いがあるんだケド・・。

 隣のクラスの五十嵐夕斗って知ってる?

 そいつに返したいものがあるから、昼休み一緒にきて!

・・・・


 凪沙はそこまでメールを打つと、送信のボタンを押した。

すると、すぐにバイブが鳴り返事が来た。そこには「もちろん行く!」と書かれていた。





「へぇー凪沙って五十嵐くんと知り合いだったんだ!」

 昼食を終え、隣のクラス3-8の前まで来ると、美春が驚いたようにそう声を上げる。

「まぁね・・」

 凪沙は適当に言葉を返すと、教室の廊下側に付いている窓から中を覗き込んだ。

「凪沙が男子と友達なんて珍しいね?」

「・・・別に友達ってわけじゃ・・」

 凪沙は口ごもるように言いながら、教室の中に視線を走らせる。しかし、どこを探しても夕斗の姿が見当たらない。その時、急に肩をバシッと叩かれた。

 反射的に振り返ると、そこには夕斗の顔があった。

「やぁーと・・返しにきたな!」

 夕斗は顔にわざとらしい笑みを浮かべながら言った。

「・・うん」

 凪沙はそう答えるのと同時に、今まで張りつめていた何かが一気に緩んだような気がした。

 ・・・やっとこの“変な笛”を返すことができる。それに夕斗は怒ってない?らしい。凪沙は片手に持っていた紙袋に入っている笛に素早く手を伸ばした。

「五十嵐くん、ごめんね!凪沙が迷惑かけちゃって!」

 隣に立っていた美春が妙にテンションの高い声でそう言う。

「大丈夫。凪沙がきちんと返してさえくれればね」

 夕斗はたんたんとした口調で言った。

 最後の言葉に刺があるのは気のせいだろうか。凪沙は内心で毒づきながら、夕斗に古い横笛を差し出した。

「は・・・」

「こら!!五十嵐!!」

 突然の怒鳴り声に振り返ると、そこには先生が立っていた。確か、熱血指導で有名な八組の担任の先生だ。

「先生!!何か用ですか!!」

 夕斗は早口でそれに答える。どうやら今の状況を早く終わりにしたいらしい。

「何ですか!!じゃないだろ!!呼び出されていてすっぽかすとはどういう事だ!!」

 先生は顔をほのかに赤らめながら、再びそう叫ぶ。

 凪沙は夕斗の顔を横目でうかがった。その顔には、明らかにヤバいという表情が浮かんでいる。

 凪沙は内心で深い溜息をついた。

「行けば・・?何か先生怒ってるみたいだし」

 凪沙はそう言うと、笛をもとの紙袋に戻す。

「・・悪い!じゃ、放課後、教室で待ってろよ・・逃げたら怒るからな!!」

 夕斗はビシッと人差し指を凪沙に向けると、先生の後について去って行った。

 凪沙はその遠ざかっていく背中を見て再び溜息を洩らす。午前と同じ不安を抱えたまま、午後を過ごすことが今確定した。





 凪沙は長い午後の時間を過ごし、そして放課後、教室で本を読みながら夕斗を待つことにした。

 今日の部活動開始時間は、四時四十分。今は三時三十分なので、まだ一時間以上ある。教室内には、凪沙以外におしゃべりを楽しんでいる生徒が何人かいるだけで、他には誰もいない。

 凪沙は本から視線を外し、ふと窓の外を見た。まだ外は明るかった。もうすぐ夏になるのだから、当たり前なのだが。

 でも時期に夜はやって来る・・闇は必ず凪沙を包み込む。凪沙は幼い頃から、“闇”というものが苦手だった。何も見えない闇は、恐ろしいものでしかなかった。

 そして今の凪沙は夜になると、あの時の金色の瞳を思い出してしまう。あの金色の瞳の本当の持ち主は、いったい誰なのだろう。

 そして次の瞬間、凪沙は立ち上がった。

片手には、ハーメルンの笛が入っている紙袋がしかっりと握りしめられている。





 凪沙は校舎を出ると、学校の裏にある雑木林までやって来た。そしてしばらく進んだところで歩みを止める。

「ティバ・・・今度は何をするつもり?こんな所まで私を連れて来て」

 凪沙は前を見据えて、しっかりとした口調でそう言った。

「やっほー凪沙!!」

 すると、凪沙の視線の先にティバが現れた。その顔には、あの時の悲しい雰囲気は消えて、満面の笑みが浮かんでいる。

「凪沙にはちょっと用事があってここに来てもらったの」

「・・どんな?」

 凪沙はティバの黒い瞳をしっかりととらえて、静かに言った。

「・・大丈夫。私は凪沙が大好きだから、何も悪い事しないよ?」

 ティバは凪沙の冷たい言葉にも動じずそう言うと、いつものように腕を凪沙の腕に絡めてきた。

「!!・・・」

 凪沙は反射的にティバの腕を振り払おうとした・・・が、できなかった。ティバが以前のように親しく接してきてくれた事に、少しの嬉しさを感じてしまったかもしれない。

 たとえそれが、凪沙を騙すためだとしても。

「良かったぁ~私、凪沙に嫌われたら、どうしようかと思ってたの!」

「・・・」

 凪沙は黙って俯く。そして片手に持っていた紙袋を、ティバの目線まで持ってきた。

「ティバの本当の目的はこれなんでしょ?」

 そしてしばらくの沈黙の後、ティバはクスリと笑う。

「うん。そーだよ・・・でも凪沙の事も同じくらい私にとって必要な存在なんだー」

 そして次の瞬間、ティバの手に大きな鉛色の鎌が現れた。そしてそれをゆっくりと凪沙の頭上まで持ってると、それを勢いよく振り下ろした。

(うっ・・・)

 凪沙は一瞬の目まいと吐き気を感じたかと思うと、その場に崩れるようにして倒れる。そして意識を失った。






(いないし!!)

 教室を覗いた夕斗は愕然とした。そこに居るはずの凪沙の姿がなかったのだ。

「おい!仲村凪沙って何処に行ったか知ってるか?」

 教室の後ろの方で、話をしている何人かの生徒に入り口の方からそう声をかける。

「ん~。さっきまで机で読書してたけど、急に何か持って出て行ったぞ?なあ?」

「ああ。そうだな」

「ありがとな!」

 夕斗はそう言い終わるか終わらないかのうちに走り出した。

 凪沙が教室から消えたのはおそらく死神のせいだろう。もう凪沙は死神の操り人形にすぎない。夕斗はそう思った。

(何でそんな死神と一緒にいたがるんだよ・・・!)

 そして次の瞬間、何かに思い切りぶつかった。

「コーガンド・・!」

 そこにはとんがり帽子を深く被り、長いローブを羽織った男ーコーガンドの姿があった。コーガンドは夕斗の顔を見下ろすと、微笑む。

 夕斗はそんなコーガンドに苛立ちを覚えた。・・・こっちは今、必死なのに。

「今、急いでるんだよ!!」


「まぁ、そんなに慌てないでください。それに彼女と・・私の笛が何処に行ったか見当は付いているのですか?」

「それはっ・・・」

 夕斗は口をつぐんだ。焦っていて何も考えていなかったのだ。

「分かりました・・それでは私が案内しましょう。私には笛のある位置が自然と分かりますからね」

 するとコーガンドは、背をむけスタスタと歩きだす。そして何かを思い出したかのように、立ち止まると肩越しに振り返り言った。

「それと一応言っておきますが、ティ・・あの子と友達の彼女の生命力はもう限界ですよ?早くしないと彼女はルビデたちの餌食になってしまうでしょうね」

「!!・・どういうことだよ?」

「・・・・前にも言ったと思いますが、ルビデが求めているのは私の笛に眠っている子供たちの魂です。そしてそれらを手に入れれば、彼らは同時に“光を受け入れる体”を手にする事ができるのですよ」

夕斗はその言葉に大きく目を見開いた。






 凪沙はひんやりとした空気に目を覚ました。

(うそっ・・・)

 辺りはとっぷりと夜の闇に沈んでしまっていた。きっとこの場所が雑木林の中だからだろう、少しはあっていいはずの光が全く見当たらない。

そして自分の体までもが、暗闇に染まってしまったかのように認識することができなかた。

(怖い・・)

 凪沙はその場所から動けなくなっていた。一歩でも進んでしまうと、この闇にすべてを囚われてしまうように感じたからだ。

「凪沙」

 突然、その闇の中から声が聞こえてきた。その可愛らしい声は、間違いなくティバのものだ。

「私に近づかないで」

 凪沙はできるだけ力強い声でそう言った。ティバは自分を今の状況に陥れるためにここへ連れて来たのだ。今のティバを信用してはいけない・・凪沙は自分に必死にそう言い聞かせた。

「凪沙・・私の事嫌いになちゃったの?」

「・・・・」

 凪沙は口をつぐむ。嫌いになったわけじゃない。ただ・・・今のティバは何かを隠している。

 凪沙の知らない“何か”を。・・・それが凪沙にとって怖いものであるように思えてならないのだ。すると突然、前から腕を回され優しく抱きしめられた。

「!!-」

 そして耳元で声がした。

「凪沙・・。私、凪沙のことが大好きだよ。あの海に行った日から私はずっと凪沙と一緒にいたんだ─・・」

「・・・─!」

 凪沙の脳裏に合宿での出来事がよみがえった。あの時の“もう一人の自分”は確かにおかしかった。自分の体が勝手に動いたのも・・・ティバのせいだったのだ。

「何で・・・ティバは私を選んだの・・?」

 すると、ティバの体がわずかに震えた。

「─・・・それは・・」

 そこまで言うと、ティバは凪沙からそっと離れ立ち上がった。

「・・・?」

 その時、凪沙の目の前に背景より黒い何かが舞い落ちた。凪沙はドキリとしてそれを手に取る。

 凪沙は今、自分の手の中にある物を知っている。

 ・・だってこれはあの時見た光景と同じだ。木組みの家が建ち並ぶ通りに、夜の闇。うずくまっている自分。

 ─・・・それは羽だった。真っ黒な。

 そして気づくと、目の前に大柄な男が立っていた。彼は闇のような黒を身にまとい、そしてその背中からは悪魔のような漆黒の翼が生えている。

 そしてその金色に輝く瞳を歪ませて不気味な笑みを浮かべた。

「これでお前と会うのは二度目だな」

「・・・・」

 凪沙は彼の金色の瞳に見覚えがあった。彼はあの日の夜、美春の体にとり付いていた。そしてティバが彼のことを“ルシウス”と呼んでいたことを思い出した。

「あら?彼女には私たちが見えるのね?普通の人間は見えないはずなのに」

 見上げると、ちょうど凪沙が座り込んでいる真上の枝に若い女性が足を組んで座っていた。彼女の背にも、ルシウスと同じように黒い翼が生えている。

「おそらく、ティバ・・俺たちの仲間に関わりすぎたせいだろうよ。ティバはこいつを気に入って、いつでも一緒にいたからな」


「へぇ─・・・そうなの。面白そうね」

 そう言うと、彼女は凪沙の脇にフワリと着地した。

「どう?やっぱり私たちのこと、怖い?」

 凪沙は震える体を必死に抑えた。視線だけを動かしてみても、人間ではない者の雰囲気をそこらじゅうに感じる。

「いったい何が目的なの・・?」

 凪沙は声を絞り出すようにして、そう呟いた。するとルシウスは、凪沙の隣の紙袋に手を伸ばす。そしてその中から古い横笛を取り出した。

「俺達の目的はこの“ハーメルンの笛”を使って光を受け入れる体を手にする事だ」

 凪沙は“光を受け入れる体”という言葉に聴き覚えがあった。いったいそれはどんな意味なのだろう。

「俺達ルビデは生まれたから今まで光というものを知らずに生きてきた。俺達のからだがその光という奴を受け入れなかったせいでな・・でも最近気づいたんだよ。お前たち人間の体を手に入れれば、光の中でも存在できるとな。これで飽き飽きしていた闇と違った世界を生きることができるというわけだ・・・」

「・・・・」

 勝ち誇ったような笑みを浮かべ、ルシウスは言葉を続ける。

「しかし、自分自身の魂だけでは人間を完全に乗っ取ることはできない。そこで必要になるのはこの笛に眠っている130の魂だ」

 そしてルシウスは、より一層不気味な笑みを浮かべた。

「これらの魂を食いつくせば何もかも俺の思い通りになる」

 その時凪沙はハッとした。すぐにここから逃げ出さなくては。今自分がやばい状況にあるのは確かだ。

(・・・ー!!)

 凪沙は愕然とした・・・体に力が入らない。全身の力が抜けおちてしまったように自分の体はとても重く、少しも動かすことができなかった。

「残念だったな。もうお前の生命力はほとんど残っていない。ティバが食事として食べていたお陰でな・・・・それにお前に逃げられちゃあ、俺も困る」

「・・・・・?」

「この笛に眠っている130の魂・・その130個目はお前なんだからな」

「!!」

 凪沙の心臓が一気に跳ね上がった。

「お前には悪いがティバの代わりになってもらう。ティバとはある約束をした・・それにティバは今はもう俺達の仲間と同然だしな」

 その言葉に凪沙の心臓の鼓動がさらに早くなる。そしてそれと同時に嫌な汗がどっと噴き出した。

「何も心配することはない。お前の体は、俺達の誰かが大切に使ってくれるだろうよ」

「─・・・」

 凪沙は何も言わずに、ルシウスの隣に佇んでいるティバに視線を走らせた。

「・・・ティバ・・ずっと私を騙していたの?」

「ごめんね。凪沙」

 ティバは顔色一つ変えずにそう呟いた。

「私は・・このために今まで生きてきたの」

「・・・・」

「だから凪沙のために諦めることはできない」

そして次の瞬間、ルシウスの持っていたハーメルンの笛が青白い光を出して輝き出した。

「さよならだ・・・仲村凪沙」

 ルシウスがそう言うのと同時に、その青白い光はより一層強くなる。そして気づいた。自分の体もその光に同調するかのように青白く輝いていることに。

「凪沙!!」

 突然、聞き覚えのある声がその場に響き渡った。

「こんなところで何やってんだよ!!」

 視線を走らせると、ルシウスごしに息を切らしながら立っている夕斗の姿があった。

「ゆうとっ・・・!」

 凪沙はとっさにそう叫ぶ。

「ティバ・・やれ」

 ルシウスがそう低く呟くのと同時に、ティバの片手に大きな鉛色の鎌が現れた。

「分かってる・・」

 ティバはそう呟くと夕斗の方へ素早く移動し、鎌を振り下ろした。しかしそれは虚しくも空中を切り裂く。

 そして夕斗はティバの背後に素早く回り込み、その小さな背中を蹴り飛ばした。ティバは成すすべもなく木に叩きつけられ、その場に倒れ込む。

「凪沙!笛、持ってるんだろ!?早くこっち来い!」

 夕斗は怒鳴るようにそう叫んだ。

「え・・・」

 凪沙は夕斗の言葉に違和感を覚えた。今、そのハーメルンの笛は凪沙の目の前に立っているルシウスが持っている。

 ・・・夕斗にはルシウスが見えていないのだろうか。

 すると、ルシウスが静かに口を開いた。

「言っておくが、俺達は普通の人間には見えない。まあ、お前は俺たちに関わりすぎたから特別だ」

「-・・・」

 すると、凪沙の不自然さに気づいた夕斗がゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。

「もしかして・・“ルビデ”なのか?そこにルビデがいるのか!?」

「─・・・!そう・・ここにいる・・」

 凪沙はルシウスをできるだけ見ないようにしてそう恐る恐る呟く。

 その時、凪沙は驚きのあまり目を見開いた。今、まさにティバが夕斗の背後で鎌を振り下ろそうとしていたのだ。

「!!!!」

そして次の瞬間、ティバの腕が誰かにつかまれた。暗闇でよく見えなかったが、帽子を被った男の人のようだ。

「やめなさい」

 彼は低い声でそう呟いた。

「コーガンド様・・!!」

 その声と顔を確認した途端、みるみるティバの表情が穏やかになる。だが、腕を掴まれているせいで完全に振り向くことができない。

(コーガンドって確か・・)

 その名は凪沙が夢の中で叫んでいた名前だ。いや、凪沙ではなく他の誰かが。

(もしかして私が夢で見ていたのって・・)

 そして次の瞬間、ルシウスの持っていた笛がブルブルと震えだした。コーガンドが手を前にだすと、それは彼の手に吸い込まれるようにしてその中に収まる。

「私の笛は返していただきますよ。大切な子供たちがこの中に眠っていますから」

 すると、ルシウスは不気味な笑みを浮かべた。

「笛使い・・やはりこの近くにいたか。それとも何・・少しはお前も、ティバの事を心配してるのか?」

 途端にティバの表情が凍りつく。

「コーガンドさ・・・」

「私はただ単に夕斗たちの事が心配なだけです」

「・・・ほう、そうか」

 ルシウスはより一層、皮肉のこもった笑みを浮かべた。

「ティバ。今回は引き返すぞ」

「─・・・・」

 ティバはコーガンドの手を払いのける。そして何も言わずにその場から姿を消した。続いてルシウスも背景の闇にとけるようにして姿を消す。

 コーガンドは二人を静かに見送ると、笛を夕斗にしっかりと手渡した。

「夕斗、今度はしっかりと持っていてくだいよ」

「分かってるよ・・」

 そしてコーガンドもその場から溶けるようにして姿を消した。




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