4 夜の闇と金の瞳①
「お姉さん、大丈夫?」
「!?」
目を開けると、そこには見知らぬ天井が広がっていた。そして初めて見る少年の顔が、心配そうに凪沙の顔を覗き込んでいる。
「えっと・・ここどこ?」
凪沙は体を起こしながら少年に尋ねる。どうやら、ボールを拾おうとしたときに倒れて、この部屋のソファーに運び込まれたらしい。
「ここは俺の家だよ・・ごめんね。俺が飛ばしたボールのせいで倒れちゃったんだよね?」
「ううん、もう平気だから大丈夫」
凪沙はそう言うと、少年の顔をチラッと盗み見た。どうやら、あの時野球をしていた少年のうちの一人らしい。目がクリッとしていて、とても可愛らしい顔をしている。
「名前、何ていうの?」
凪沙は少年に問いかけた。
「五十嵐夕理だよ」
夕理は微笑みながらそう答えた。
「そうなんだ・・私は仲村凪沙」
(それにしても・・・五十嵐ってどこかで聞いたような・・)
すると夕理は、凪沙の隣に静かに腰を下ろす。
「凪沙さんかぁ。じゃあ、凪ねーさんだね」
「はぁ・・・」
凪沙は夕理に向かって微笑んだ・・・少し照れくさい。
「ジュース飲む?」
夕理はそう言うと、立ち上がり部屋から出て行った。
そしてしばらくすると、両手にオレンジジュースを持って戻ってきた。
「どうぞ。凪ねーさん」
「どうも・・・」
凪沙は素直に受け取ると、一口だけ口にそれを含む。それと同時に甘いオレンジの味が口に広がった。
「あっ・・・・」
夕理は何かに気づいたように小さく声を上げると、再び部屋から出て行ってしまった。
(どうしたんだろ)
そしてオレンジジュースを片手に持って戻ってきた。
「・・?」
そしてそれを凪沙の飲みかけのジュースの隣にそっと置く。
「どうぞ。オレンジジュースは好き?」
「うん!ありがとー」
驚いて隣に目を向けると、そこにはティバがいつの間にか座っていた。
(夕理くんにはティバが見えてる・・?)
「凪沙ーこの人には私が見えるんだねー。見えるのは凪沙と、今の笛の持ち主だけかと思ってた!!」
「・・・うん」
「・・・多分俺が見えるのは、兄さん達があのへんな笛の使い手だからだと思うんだよなー」
凪沙は今の夕理の言葉を聞いて確信した。
(夕理くんはやっぱり・・・)
「夕理くんのお兄さんって・・夕斗・・だよね?」
「そうだよ。すごいなー、何で分かったの?」
「んー、ちょっとね・・」
凪沙はこの事実が分かった以上、この家にいるのはまずいと思った。夕斗とはあの時以来会ってない。何となく、会うことが気まずく感じてしまうのだ。
「ねぇ、夕斗は今家にいるの?」
「兄さんなら今朝早く出かけて、さっき帰って来たんだけどまた何か思い出したように出て行ったよ」
「そっか」
「まぁ兄さんの事だから、何か忘れ物でもしたんじゃないかな」
凪沙は心で溜息をつく。少なくとも今の所は安全だ。
「ねー夕理くんのお兄さん怖いよね~。でも夕理くんは優しいから好きだよー。でも私が一番好きなのは凪沙だけどっ」
ティバはそう言うと、凪沙のほうに体を倒す。凪沙はティバの行動を無視してジュースを口に運んだ。
(そう言ってもらえて嬉しいんだけど・・わざわざこの場で言わなくてもいいのに・・)
すると夕理が顔に満面の笑みを浮かべて言う。
「ほんと、凪ねーさんはその女の子の幽霊に好かれてるんだね」
「・・・・」
(夕理くんはティバの事、死神とは呼ばないんだ・・)
凪沙はその事が少し嬉しく感じられた。凪沙はティバを夕斗がいうような死神と認めてしまうのが嫌だった。
だって死神はもっと怖いものだと思う。ティバは死神のような大きな鎌を持っているけど、それは見た目の姿であって本当の姿は普通の女の子と変わらない。
そんなティバを死神と呼ぶのは絶対に間違ってる。
「夕理くん、私の名前はティバっていうんだよ」
「そうなんだ。よろしくね。ティバちゃん」
夕理はそう言うと、ティバに笑いかける。
凪沙はそんな二人の姿を見て自然と笑みが浮かんだ。こうして見ると、ティバが本当に普通の女の子に見えてくるように感じる。
「でもね、ティバちゃん、凪ねーさんの力、あまり取っちゃだめだよ。凪ねーさん疲れちゃってるみたいだから」
凪沙はハッと夕理の顔を見る。
(そんな事まで分かっちゃうんだ・・)
「だいじょぶだよ!!お腹すいちゃうけど、凪沙のためなら少しくらい我慢できるから!!」
ティバはそう言うと、今度は凪沙の腕にしがみつく。凪沙はティバにされるがままにして、軽くため息をついた。
(本当にそうだといいんだけど・・・)
「ねっ!凪沙、家の中探検しよー?」
ティバは唐突にそう言うと立ち上がり、凪沙の腕を引っ張ってきた。
「・・あー・・」
凪沙はチラッと夕理の表情をうかがった。夕理は凪沙の視線に気づくと、微笑む。
「どうぞ。いってらっしゃーい。あ、でも俺の部屋は見ないでね」
「・・・うん」
凪沙はそう言うと、ティバと共に歩き出した。
(ちょっと・・面白そうかも)
ティバは二階にある一室のドアをゆっくりと開けた。今、ティバの心臓は緊張のあまり張り裂けそうなほど高なっている。
・・・この家に来てから感じていた、あの人の気配。それがこの部屋から感じたのだ。
(もしかして・・コーガンド様がこの部屋にいる・・?)
「─・・!・・・アニタ・・レイタ・・・?」
ティバは驚きの余り目を見開いた。そこにいたのはあの人・・・ではなく、あの頃の懐かしい友達だったのだ。
「-っ・・・ティバ?」
真ん中のテーブルでスケッチブックを広げていた、女の子─アニタは信じられない物を見るような眼でティバを見詰め、そう言った。
そしてその隣で、本を読んでいた、男の子─レイタは視線を上げると、アニタと同じようにティバを見る。
「アニタとレイタだー!久しぶりだね」
ティバは驚きを感じながらも、顔に満面の笑みを浮かべそう言った。
「それにしても、二人はやっぱりそっくりだねー!!女の子と男の子なのにー」
ティバはそう言いながら、二人の間に腰を下ろす。
そして二人の顔を交互に見渡した。その顔や身にまとう雰囲気は昔のまま何一つ変わっていない。
二人はティバと同い年で、双子だ。二人とも綺麗な緑色の目と、ウェーブのかかった金髪を持っていて、女の子の方のアニタはそれを二つに縛っている。
「ティバ・・今までどこにいたの?」
ア二タは呟くようにそう言った。ティバはその言葉に思わずドキリとする。そしてあの時の出来事がよみがえった。私は・・・あの時この二人を裏切ったのかもしれない。
「ア二タ達こそ何でここにいるのー?」
ティバは笑顔で二人にそう問いかける。ア二タの表情がかすかに動いたように見えたが、ア二タはそのまま言葉を続けた。
「・・私たちはコーガンドが持っていたハーメルンの笛に封印されているの・・だからこそ私たちはここにいることができる」
「・・・そうなんだー」
ティバは“コーガンド”という言葉にドキリとしながら、できるだけ平常心を装い目の前に広げてあるスケッチブックを覗きこむ。
そこには月や星が色鉛筆らしきもので描かれていた。
(そういえば、あの時もこんな月や星がでていたっけ・・)
「ティバこそなんでこんな所にいるんだよ?」
今度はレイタが、たんたんとした口調でティバに問いかける。
「私は・・・・コーガンド様を探しにきた・・の」
・・・・いると思って来たこの部屋に彼はいなかった。しかし、いなくてどこか安心しているのは気のせいではないだろう。きっと自分は・・・・彼に会うのが怖いのだ。
「コーガンドなら最近見てないな」
「私もよ」
レイタとア二タは声をそろえてそう言う。
「でも笛ならあるわ」
ア二タはそう言うと、静かに立ち上がり、近くにあった机の引き出しを開けた。そしてそこからあの笛を取り出した。
「今の持ち主は、いつもここにしまっているみたいね」
「・・・!!」
ティバは立ち上がると、ア二タから笛を受け取る。確かにその笛は、彼が吹いていた物と同じだった。そしてティバはそれをギュッと握りしめる。
(私・・・コーガンド様に嫌われちゃったかな・・・)
「ティバの髪って黒かったっけ?」
いつの間にかベッドに腰をおろしているレイタが突然口を開いた。
「いいえ・・・確か前は奇麗な赤毛だった。そして瞳の色も黒じゃなく、薄いグレーだったわ」
ア二タが読み上げるようにスラスラと言う。ティバはその言葉に凍りついた。そしてあいつの顔が脳裏に浮かぶ。
「気づいたー?髪の色、黒く染めたんだー!でも瞳の色はもともと黒だったよ?」
ティバは二人に向かって笑いかけた。・・・ちゃんとした笑顔、になっている自信はなかったが。
『・・・・』
アニタとレイタはティバの顔をどこか悲しげにじっと見つめるだけだった。
時は少しさかのぼり・・・・。
凪沙は部屋を出ると、歩みを止めた。
「凪沙ー何してるのー?先行っちゃうよ?」
「行ってていーよ」
「はーい」
ティバはそう言うと、階段をパタパタを駆け上がって行った。
(何だろ・・この匂い)
そして凪沙は隣の部屋を覗き込む。
(あ・・)
それは線香の香りだった。その部屋は畳になっており、その部屋の端っこに仏壇が置かれている。そして、その仏壇の中に立てかけてある写真に目が止まった。
その写真の中で笑っている彼は夕斗と夕理にそっくりだ。違う所といえば、夕斗より大人っぽい顔をしているということと、髪型くらいだ。(彼は前髪を分けて、おでこを出している。)
(お兄さん・・かな?)
「うちの一番上の兄さんだよ」
「!」
肩越しに振り返ると、いつの間にかそこには夕理が立っていた。
「といっても、四年前に死んじゃったんだけどね」
「そうなんだ・・」
凪沙は顔を伏せた。まだ若いのに・・こんなの悲しすぎる。
「・・・・交通事故?」
すると、夕理の表情が今までにないような色に染まる。
「違うよ・・夕希兄さんは死神に魂を持っていかれたんだ」
凪沙は大きく目を見開き、夕理の顔をみた。
(死神・・?)
彼は何かの例えでそう言っているのだろうか。それとも・・・・本当に死神に魂を持っていかれたとでも言うのだろうか。
凪沙の脳裏に大きな鎌を持ち、黒いフードを被った人の姿が浮かぶ。そしてそいつは写真の中の人物に向かって何のためらいもなく、鎌を振り下ろす。
凪沙はその考えを頭から追いやった。そして次にティバの笑顔が浮かぶ。
(そういえば何で夕斗はティバの事を“死神”って呼ぶんだろう)
「って言うのは冗談だよ」
「は?」
顔を上げると、そこにはいつもの夕理の顔があった。
「夕希兄さんは心臓の病気で突然亡くなっちゃたんだ」
「そう・・なんだ」
「・・・」
そしてしばらくの沈黙の後、夕理が静かに口を開く。
「そういえばティバちゃんは?凪ねーさんと一緒に出て行ったのに」
「あ・・」
一瞬、ティバの存在を忘れていた。確か最後に見たのは、階段を上る後姿だ。
「多分、二階」
「そうなんだ。んじゃ、行ってみようよ」
夕理はそう言うと、先頭をきって歩き出す。そして凪沙もその後に続いた。
(ティバ・・。変な事してないといいんだけど・・)
夕理は階段を上がりきると、すぐ左にある部屋の前で歩みを止めた。その部屋の扉には『YUTO』と書かれたプレートが引っかかっている。
「俺の部屋は駄目だけど、兄さんの部屋ならいくらでもみていいよー!」
夕理はニヤーと笑いながらそう言うと、扉をなんのためらいもなく開けた。
(まっ、いっか)
そして凪沙は夕理越しに夕斗の部屋を覗き込む。
全体的に殺風景な印象を与える部屋だと凪沙は思った。扉の向かい側にはベッドが置かれており、右手側には勉強机が置かれている。そして左手側には本棚が並べてあった。
そして、その間には・・・
「ティバ!」
「あ!!凪沙だー!」
ティバは凪沙を見つけると、こちら側に駆け寄ってきた。
「何してたの?」
するとティバは、ニッコリと微笑む。
「アニタとレイタと一緒に遊んでたー」
「?」
凪沙がふと視線を下に向けると、見知らぬ女の子と男の子が凪沙をじっと見つめていることに気づいた。
「あっ・・どうも」
凪沙はぎこちなく二人に笑いかける。
「あ。夕理だわ」
「本当だ。夕理だ」
「・・・?」
気づくと、二人の視線は凪沙の隣に立っている夕理に向けられていた。夕理は二人を見るとニッコリと微笑む。
「アニタとレイタじゃん。何して遊んてたんだ?またお絵かきと読書?」
「ええ」
「うん」
二人はそれぞれそう言うと、女の子が立ち上がり、夕理を引っ張って部屋のほぼ中央に置かれているスケッチブックの前に座らせた。
「夕理も何か描いて」
「いいよー」
凪沙はそんな二人の様子を少し離れた所で見つめる。
(仲・・いいんだ)
「あの二人は女の子の方がアニタで、男の子の方がレイタっていうんだよー。二人は私の友達なんだー!」
ティバが凪沙の腕にしがみ付きながらそう説明する。
「そうなんだ・・」
凪沙はふと思った。ティバの友達って事は二人はつまり・・・
「アニタとレイタは幽霊・・?なの?」
「うん、そういう事になるね!・・二人はこの“ハーメルンの笛”に封印されてるから、今ここに居る事ができるんだって!」
ティバは嬉しそうにそう言うと、片手に持っていた古い横笛を、凪沙の前に見せるようにして出した。
(ハーメルンの笛・・?)
凪沙はこの笛に見覚えがあった。たしかこの笛は夕斗が吹いていたものだ。
・・・それにティバの言ってい意味がよく分からない。この笛には優しい音色を奏でる以外にも特別な力があるとでもいうのだろうか。
「この笛は私の憧れの人が持っていた笛なんだよ!」
ティバはそう言うと、その笛をギュッと握り締める。
(・・・・憧れの人・・?)
「ティバ。それちょっと貸して・・」
「いいよー」
ティバは素直にそう言うと、その笛を凪沙に手渡す。
そして凪沙はその笛を目の前まで持ってくると、観察するようにじっと見つめる。
・・・この笛には特別な秘密がありそうだ。その秘密がもしかしたら分かるかも。
とその時、凪沙の目の前の風景が一瞬にして変わった。似たような造りの木組みの家が並ぶ通りに、街灯がぽつぽつと見え隠れしている。
(またあの街か・・)
凪沙はこの街を知っていた。確か、誰かの背中を必死で追いかけて、そして闇の中泣いた。そして真っ黒な翼を持った天使が現れた。
天使・・?本当にそうだっただろうか。彼は悪魔のような黒い翼を持っていたけれど、私を本当の闇から救ってくれたような気がする。
そうだ・・私は彼のお陰でやっと流れ出る涙を止めることができたのだ。
その時、どこからか微かなメロディーが聞こえてきた。
そして凪沙はその音に吸い寄せられるように、ゆっくりと歩き出した。
(・・・いた)
もう日は沈みかけて町全体を淡いオレンジ色に染めている。 そしてその夕日を背景に、一人の男性と一人の女の子が優しいメロディーを奏でていた。
二人はちょうど、町全体を見渡せるような高台にあるベンチに腰掛けている。
そして女の子は嬉しそうに、男の人が奏でている笛のメロディーに合わせて歌を口ずさんでいた。
二人はとても幸せそうに見えた。そしてふと、何か違和感を感じ女の子の背中に目が止まる。
二人とも顔を確認する事はできなかったが、確かに女の子の背中に見覚えがあったのだ。
すると、女の子の口の動きが止まった。それと同時に笛のメロディーも止まる。そして女の子の口が再び開かれた。
「コーガンド様」
不思議なことにそう言う声がはっきりと自分の耳に伝わった。“コーガンド”その名は、あの夜私が叫んでいた名前だ。
(違う・・叫んでいたのは私じゃない・・あの子だ)
凪沙は何となくそう思った。それではあの子はいったい誰だろう。見覚えのある背中。微かに聞こえた可愛らしい歌声。
そのすべてが、凪沙の知っている誰かに繋がっているように感じてならなかった。
「凪ねーさん」
「!」
気が付くと、夕焼けの街は消えていた。変わりに目の前に広がっているのは、なんのへんてつもない、部屋だ。
(戻って・・来た?)
それにしてもあの光景は何だったのだろう。私じゃない、誰かが感じていた記憶。
それは確かにこの笛から伝わってきた。
「凪ねーさん!」
「・・・!」
名前を呼ばれて、凪沙はっと我に返る。
「えっと・・何?」
夕理は苦笑すると、右手を手前にさしだした。
「その笛、ちょっと貸してくれない?兄さんに机から勝手に出した事がばれたら、怒られちゃうからさ」
「・・うん」
「まぁ、俺は机の引き出しにしまっておく兄さんが悪いと思うんだけどね。学校で貰ったプリントじゃあるまいし」
「あはは・・。そうだね」
凪沙は笑い混じりにそう言うと、笛を渡すため夕理に歩み寄る。
「おい!!お前ら、俺の部屋で何やってんだよ!?」
「!!」
弾かれたように振り返ると、そこには仁王立ちで立っている夕斗の姿があった。その顔には明らかに苛立ちが混じっているよに見える。
(ヤバ・・)
いつの間にか部屋には三人だけになっていた。あのアニタとレイタとかいう双子の幽霊もいなくなってるし、ティバの姿もない。
(ティバまでいないし・・・)
「お帰り。兄さん」
そう言うと、夕理はいつも以上の笑みで夕斗に笑いかける。
「忘れ物は見つかった?」
「ていうか、何で俺んちに凪沙がいんだよ?」
夕斗は手に持っていた漢字のテキストをベッドに放り投げると、(凪沙はそれを見て月曜日漢字テストがある事を思い出した)凪沙に視線を移す。
「・・・どうも」
凪沙は呟くようにそう言った。
「あ!!凪沙、その笛勝手に机から取っただろ?」
「えっと・・・ごめん」
凪沙は正直にそう謝罪する。それはティバから受け取ったものだったが、今の夕斗にそれを言ってもこの状況は変わらないだろう。
「ていうか、兄さんがもっと見つからない場所にしまっておくべきだと俺は思うよ。そんなに大切なものだったらさ」
「うるさいなー」
「今返すから」
凪沙はそう言うと、夕斗に笛を差し出した。
「おう」
夕斗は凪沙が握っている笛に手を伸ばす。
「!!」
「!!」
凪沙は驚きのあまり息を呑んだ。笛が手から離れない。凪沙はしっかりと笛を握り締めている。
(まさか・・ティバ!?)
夕斗は眉間にしわを寄せ、力強く笛を引っ張る。
「凪沙!!離せよ!!」
「あ・・・これには理由が・・・」
と、その時凪沙の左手に鉛色の大きな鎌が現れた。
「!!!」
その瞬間、夕斗の目つきが変わる。
「夕理!!凪沙から離れろ!!」
「!?」
しかし遅かった。凪沙は夕理めがけて鎌を振り下ろす。それと同時に夕理が床に崩れるようにして倒れた。
(・・・どうしよう!!)
凪沙には今の状況をどうすることもできなかった。ティバにされるがままに動くことしかできない。そして今度は夕斗めがけて鎌を振るった。
しかし夕斗は鎌の柄の部分を素早く押さえつける。
「凪沙・・!まだあの死神と一緒にいんのかよ!?」
「・・・・」
凪沙は黙って俯いた。こんな状況に陥っているのが自分のせいだということが、ひしひしと夕斗から伝わってくる。
「生命力、全部取られてもしんねーぞ」
その時、凪沙が持っていた鎌が消えた。そしてそれと同時に逃げるようにして部屋から飛び出した。