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3 鎌と生命力




 凪沙はいつもの時間に目を覚ますと、朝食をとるため、一階へ向かった。リビングへ入ると、ちょうど父が仕事に出かけるところだった。

「じゃ、凪沙行ってくるからな」

「いってらっしゃい」

 凪沙は流すようにそう言うと、台所へ向かう。父の朝は早い。ほぼ毎日凪沙が起きるのと同時に家をでる。

「おはよ・・・」

 凪沙は台所にいるはずの母に向かってそう言った。だがいつもすぐに返ってくるはずの返事が来ない。

(・・・・?)

 不安になって、いつも母が立っている場所を覗いてみると、そこにはぐったりと横たわっている母の姿があった。

「!!!お母さん?」

 そして凪沙はさらに大きく目を見開いた。倒れている母の隣に、背丈以上の大きな鎌を持ったティバが立っていたのだ。

「あっ。おはよー。凪沙」

 ティバはいつものように凪沙に笑いかける。凪沙はその笑みに思わずゾクリとした。

「ティバ・・・?何してるの?」

 声が思ったように出ない。まるで今のティバは・・・・“死神”のようだ。

「何って・・食事だよ?」

「・・-っ」

 凪沙はティバの言葉もほとんど耳に入らずに、母に駆け寄る。

「お母さんっ!!起きて!」

 凪沙は母の体を思いきりゆすった。・・・・このまま目を開けなかったらどうしよう。

「ん・・・凪沙?」

 母は思っていた以上にすぐに目を開けた。凪沙の顔に自然と笑みがこぼれる。

「あれ?いつの間にか眠っていたみたい。貧血ぎみなのかしらね」


 母は呟くように言うと、何事もなかったかのように立ち上がり、食事の用意を始めた。

「凪沙ぁ。食事の邪魔しないでよー」

 すぐ隣に立っていたティバがイライラしたような声をあげた。もうあの大きな鎌は持っていない。

「食事って・・・」

 凪沙はその言葉に思わずカチンとする。母は食べ物じゃない。

「だって私のご飯は“人間の生命力”だよ?食べなかったらお腹すいちゃうよ」

「・・・だからって・・」

 凪沙はそこまで言うと、口をつぐんだ。母や他の人の生命力を奪われることは、凪沙にとって嫌なことでしかない。でもそれを言ったら・・・ティバに「死ね」と言っているようなものではないのだろうか。

(いや、実際ティバはずっと昔に死んでるのかもしれないけど・・)

「凪沙、何一人でぶつぶつ言ってんの?」

 気づくと、母がじっとを観察するような目つきでこちらを見ているのが分かった。

「あー。独り言だよ」

 凪沙はとっさにそう言う。

「ふぅん・・・幽霊とでも話してたりして」

「あ。はははは・・・」

 凪沙は母の視線から逃げるようにして、その場から立ち去った。幽霊・・・間違ってるわけではないのかも。





 学校に着くと、教室にはすでに美春と明日香の姿があった。凪沙は鞄を自分の机に置くと、話し込んでいる二人のほうへ向かう。

「おはよう。美春、明日香」

「おはよ!!凪沙」

「凪沙、おはよ」

 二人はいつものように言葉を返す。

「凪沙は今日の漢字テストの勉強した?明日香はやったんだって!えらいよね~」

「別に普通じゃん」

「私もやってないから大丈夫だよ」

 昨日の夜、ずっと漫画を読んでいた事を思い出しながらそう答える。今日のテストは一ケタ代かも。

 と、突然自分の右手に目が止まった。そして驚きのあまり息をのむ。自分の手には、今朝ティバが持っていた鉛色の鎌が握られていたのだ。

(え・・・?)

 そして次の瞬間、それは近くにいた美春の背中を切り裂いた。

「!!!!!?」

 美春はそれと同時にその場に崩れるようにして倒れる。

「ちょっと!!美春!?」

 明日香が慌てて美春を抱きかかえる。凪沙は目の前が真っ白になった。

(ティバ・・・!?)

 そして倒れている美春と、それを驚きと不安の表情で見守っている明日香を背にして一目散にその場から逃げ出した。




 凪沙はいつの間にか屋上に来ていた・・・とても息が苦しい。そしてフェンスに寄りかかるようにして、その場に座り込む。

「あー。とうとうやっちゃったんだ」

 突然、少し離れたところで声がした。驚いてその声の主を探すと、凪沙の少し離れたところに夕斗が座っていた。どうやら、もともとここにいたらしい。

 夕斗は手に持っていた、あの不思議な笛をズボンのポケットにしまい込むと、その場でゆっくりと立ち上がる。

「やっちゃったって何が・・」

 凪沙はできるだけ落ち着いた声でそう言った。すると夕斗は口元に不気味な笑みを浮べる。

「人殺し」

「!!私、人なんて殺してない」

 確かにあの時美春は倒れてしまったが、きっと大事には至らないだろう。今朝の母のように。

 すると夕斗の口元に再び笑みが浮かんだ。

「あー。そうだな。まだ、殺してないな。けどそのまま、死神に好き勝手に体を使われ続けたらどうなると思う?」

「・・・・・」

「お腹をすかせた死神は、凪沙の周りの人間の生命力を奪い続けるだろうな。そしたら凪沙も・・死神だ」

「・・・」

 凪沙は唇をかみ締めた。

「それなら・・・どうすればいいの?」

「んなの、簡単なことだろ?」

 そう言うと、夕斗は凪沙の目の前まで歩み寄り、その歩みを止めた。

「突き放せばいいんだよ。あいつは凪沙の言葉には忠実みたいだしな」

「!!・・・だってティバはまだ子供・・」

 その凪沙の言葉に夕斗の目つきが変わった。そして突然、夕斗は凪沙が座り込んでいるすぐ隣のフェンスを乱暴に蹴り飛ばす。

「甘いこと言ってんなよ。あいつは普通の子供じゃない。ただの死神だ」

「・・・・」

 凪沙は口をつぐんだ。確かにこのままの状況が続いたら、友達や他の人々を危険な目にあわせてしまう。

 だからと言ってティバが悪いわけではない・・・ティバはただ単にお腹がすいているだけなのだから。そして次の瞬間、再び凪沙の右手にあの鉛色の鎌が現れた。

「!!」

 凪沙はティバにされるがままに立ち上がり、夕斗めがけてそれを振るう。

「--!!」

 しかし、凪沙の腕は空中で夕斗につかまれた。

「死神、すぐに封印してやるから待ってろよ」

 夕斗は凪沙の瞳をとらえてそう言うと、凪沙に背を向け屋上から姿を消した。






 凪沙は夕斗の姿が見えなくなるのと同時に、その場にしゃがみ込む。

(何で私がこんな目に・・・)

「凪沙、大丈夫?」

 突然、目の前にティバが姿を現した。

「・・・ティバ、何で私のからだを使ってまで美春や夕斗を襲うの?」

 凪沙はため息交じりにそう言った。

「ごめんね。凪沙・・凪沙の体を借りたのは家以外では姿を現さないって凪沙と約束してたから・・あと襲ったのはお腹すいてたから・・」

 ティバはすまなそうにそう呟く。そして凪沙は思わずティバから視線を外した。

 そんな顔しないでよ・・私が悪い人みたい。

「でもねっ凪沙。私の鎌は特別だから血はでないの。私のご飯は生命力だから」

「・・・うん」

 凪沙はそう言うと、顔を伏せた。確かにティバの鎌は人を傷つけるためのものではない。けれど・・・使い続けたら夕斗が言っていたように結果は同じになるだろう。

「でも学校ではやめて」

 凪沙はそれと同時に顔を上げる。しかし、そこにティバの姿はなかった。





 教室に戻ると、普通に授業が行われていた。凪沙はクラスメイトの視線を感じながら、自分の席につくと一番前の列の美春の席に視線を移す。

 美春は何事もなかったかのようにして、凪沙に向かって軽く手を振っている。凪沙はそれに曖昧に微笑みを返した。やはり軽い貧血で済んだのかもしれない。




 その日、凪沙は勉強にも部活にも身が入らなかった。脳裏に浮かぶのはティバの顔。・・・・・私はティバに何をしてあげられるのだろう。






 その日の夜、凪沙は知らない街に立っていた。辺りは静寂と闇に包まれており、空には半分の月が浮かんでいる。そしてよく目を凝らしてみると、周りには可愛らしいつくりの木組みの家が並んでおり、下にはまっすぐに石畳の道が続いているのが分かった。

 そして私はなぜかその中を必死で走り続けていた。そして目の前を行く人影が見えた。どうやら大きな帽子をかぶった男の人のようだ。

「まって!!コーガンド様!!」

 私は必死でその人に呼びかる。しかし自分はコーガンドという人は知らない・・・いったい誰なのだろう。

「置いて行かないで!!」

 それでも私は必死で叫び続ける。しかしその人は、歩みを止めようとも振り向こうともしない。

 あと少しで自分の手があの人の手に触れる。私は必死になって腕を伸ばした。





「凪沙」

 凪沙は突然呼びかけられて目を覚ました。目の前に広がるのは、見慣れた天井・・・・どうやら夢を見ていたようだ。

「おはよ~」

 ティバは凪沙を見降ろしながらそう言う。

「もう学校行く時間だよー」

「・・・・・うん」

 凪沙はのろのろと体を起こす。それと同時に昨日のことがありありと頭の中に流れ込んできた。

 凪沙は、昨日のあの時から寝るときまでティバの事について考えていた。ティバが生きるためには人間の生命力が必要だ。その生命力をどこから手に入れるか・・・。

「ティバ」

「なーに?」

「ティバの食事・・生命力なんだけど、私から取っていーよ」

「え?」

 ティバは目を丸くして凪沙を見る。

「だって他人から取らせるわけにはいかないでしょ」

 ティバはしばらく黙っていたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。

「うん。ありがとー。凪沙」

 凪沙はその素直な答えに安心してティバから視線を外す。

 だから気付かなかった・・・・・ティバの笑顔が悲しみに歪んでいることに。





「どうしたの?凪沙。顔真っ青だよ」

 部活が終わり、(今日は土曜なので学校はない)音楽室から出ようとすると、美春が心配そうに声をかけてきた。

「別に平気だよ」

 凪沙は流すようにそう言うと、「ありがとうございました、さようなら」と出口で挨拶をして音楽室を出る。

 振り向くと、美春が手を振っていたので、凪沙も手を振ってそれに答えた。




 凪沙はいつもの通学路に出ると、ため息をつく。

(うー、気持ち悪い・・・)

やはりティバに生命力をあげているせいだろうか。くらくらして、時々視界が真っ黒になる。

 しかし、凪沙は倒れるわけにはいかなかった。自分からあげると言って倒れてしまってはティバに嫌な思いをさせてしまうし、周りにも迷惑がかかってしまう。

 それに・・・家に帰って少し休めば、すぐによくなるだろう。

 とその時、何かが凪沙の足にぶつかった。足もとに目を向けるとそれは・・・

(・・・ボール?)

「すみませーん、それ、こっちに投げてください!」

 声のするほうへ視線を走らせると、遠くのほうで野球のユニホームを着た少年が手を振っていた。

(中学生か・・)

 凪沙はボールを拾うため、腰をかがめる。

 その時、視界がグニャリと歪んだ。その後、凪沙の視界は真っ黒になった。






 ここは学校の屋上。

 そこからは風と共に、優しいメロディーが聞こえてくる。屋上の隅に佇んでいる青年は指の動きを止め、そして再び音を奏で始める。

「そこ、また違いますよ。夕斗」

 いつの間にか青年─夕斗の前に現れた暗い色のローブに身を包んだ男─コーガンドは、落ち着き払った声でそう言った。

「分かってるよ」

 夕斗はそう言うと、ため息をつく。夕斗が練習しているこの曲は、凪沙(凪沙に憑いている死神)を呼び出した時のとまた違う。

 これは・・・封印するための曲だ。

「何で兄貴やコーガンドは、こんなに笛が上手く吹けるか不思議だよ」

 すると、コーガンドは微笑んだ。

「・・簡単なことですよ」

「?」

 すると、コーガンドはベルトに掛けてあるナイフを取り出し、それをポケットから取り出した布で磨きながら言う。

「夕斗に足りないものは“楽しむ気持ち”です・・・・・あなたのお兄さんはいつも楽しそうに私と練習していましたよ?」

「・・・は?」

「・・・まぁ、あせらずゆっくりいきましょうって事ですね。最近の夕斗はどうもイライラしているようですし」

 そう言い終えると、コーガンドはナイフの刃を太陽の光にかざし満足そうに微笑んだ。

「・・・・」

 夕斗はコーガンドから視線を外す。こんな時思い浮かぶのは兄貴の顔だ・・・そしてその顔はいつも何故か笑っている。兄貴の顔といったら、笑顔しか浮かばないのだ。

(兄貴はこんな運命でも、楽しめたのか・・?)

 少なくとも、自分は楽しめない。だから一刻も早く、あの死神をこの笛に封印したいんだ。

「俺はゆっくりなんかしてられない・・兄貴のためにも・・・・・・っていないし!」

 さっきまでいたはずのコーガンドの姿がいつの間にか消えていた。

 ・・・・話を聞いているのか、いないのかよく分らない奴だ。

 夕斗はその場で伸びをする。そして青すぎるほどの空を仰いだ。







 目を開くと、そこにはまたあの町並みが広がっていた。

 でも今度は私は走っていなない。街灯の下にうずくまり、震えている。そして何故か私の目からは止まりそうにもない涙が次々と溢れ出ていた。

 (-っ・・・。何で置いていかれなきゃいけないの・・?私はずっと一緒にいたかったのに・・!)

 あの人は私に優しくしてくれた。始めてあった時だってそうだ・・・やさしいメロディーが聞こえてきて、行ってみると、そこにはあの人がいた。

 ・・・・私はあの人に一目惚れしてしまったのかもしれない。

 夕日を背景にメロディーを奏でるその横顔は、とても綺麗だった。彼は私に気づくと、メロディーと同じようにやさしく微笑んでくれた。

 でもその彼はもういない。私をおいて行ってしまった。

 今まで優しく接してくれたのが嘘のように私を冷たく引き離した。きっともう彼とは思い出の中でしか会うことはできないだろう。

(ぜったいやだ・・・私はいつまでもあの人と一緒にいるって決めていたのに)

と、その時頭上から何かがひらりと舞い落ちてきた。何かと思い手にとって見ると、それは羽だった。

 ─真っ黒な。

「置いて行かれたか。娘」

「!!」

 驚いて見上げると、そこにはいつの間にか大柄な男が立っていた。

 彼は背景の闇に溶け込むような、真っ黒な髪に真っ黒な服、そして真っ黒な翼を持っている。

 しかし彼の瞳だけは唯一、綺麗な金色に輝いており、とても綺麗だ。

 私は今自分の目に映っている光景に息をのむ。

 ─彼の姿はまるで“悪魔”のようだ。

「本当に可愛そうなやつだな」

 彼はそう言うと、私の前にしゃがみ込む。そして彼の瞳と眼が合うと思わずドキリとした。

 見た目からして、彼はあの人と同じくらいだろう。しかし、あの人とは正反対といってもいいほど全然違う。

 その人を射抜くような鋭い瞳がそれを物語っているように感じた。





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