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2 笛使いと不思議な女の子

 



 そして気がつくと、今朝と同じ場所に来ていた。あの青年は同じ場所に座ってる。そして同じように彼はメロディーを奏でていた。

(何故かまたここに来てしまった・・・)

 凪沙は笛を奏でる青年を遠くから見詰めながら、軽くため息をつく。

 ・・・早くここから離れよう。彼に聞いていた事をきづかれると、やっかいな事になりそうだ。次に凪沙はすぐさま彼に背を向ける。

 とその時、メロディーが止んだ。

「おう。来たな」

「!!」

 弾かれたように振り返ると、凪沙の背後には今朝と同じような笑みを浮かべながら立っている青年の姿があった。

「・・・・」

 凪沙はただ黙って俯く。やっぱりこの人は変だ。”来たな”って・・・まるでここに再びやって来るのを分かっていたようではないか。凪沙は無意識のうちに後ずさる。

「あ・・じゃ、失礼しま・・・」

「やっと見つけた。あんたが最後の子供だろ!?」

 彼は、長めの前髪の間から見透かすような瞳で凪沙の事を見下ろす。

(は・・・?)

「あれー?ばれてた?」

 突然、すぐ隣から可愛らしい女の子の声が聞こえた。驚いて隣に目を向けると、そこには見覚えのある子供の姿・・・合宿の時見た、あの不思議な女の子がいた。

「・・・-!」

「なつかしいメロディーが聞こえてきたから、ついつい近づきすぎちゃった・・ねー凪沙?」

 そう言うと彼女は、凪沙の腕になれなれしく抱きつく。

「ちょっと・・・」

 凪沙は内心で驚きながらも、反射的に彼女の腕を振りほどこうとする。しかし、彼女は手を放そうとしない。

 いったいこの子は何なのだろう。少なくとも普通の子ではない事は確かだ。すると、青年は鼻で笑う。

「・・あんた、ずいぶんその“死神”に気にいられたみたいだな」

「死神じゃない~!!ティバ!!」

 ティバという名前らしいその女の子は、青年に視線を向けると怒ったように言う。

「へー。ティバっていうんだ・・・で、そっちのあんたは、凪沙、だっけ?」

 凪沙は自分の名前が出された事にドキリとして、「はあ、まぁ・・」と呟くようにそれに答える。

「じゃ・・さよなら」

 凪沙は、今度ははっきりと相手に伝わるように大きめな声で言った。そして返事を待たずに踵を返し歩き出す。

 ティバの手は以外にもあっけなくほどけた。大声を出したから驚いたのかもしれない。

 凪沙は後ろを振り返らずに、前だけを見て家への道を急いだ。







(それにしても何だったんだろう)

 凪沙は家へ帰ると、自室のベッドに腰を下ろした。後から考えてみてもあの二人は絶対に怪しい・・・もしかしたら人間じゃないかもしれない、凪沙はそう思った。

(でもま・・・もう会わなければいいことか・・)

「無理だと思うけど」

 突然、目の前にティバが現れた。凪沙は一瞬、彼女の漆黒の髪とそこから除く白い肌にドキリとする。

「・・・私の考えてること分かるんだ」

 凪沙はできるだけ平常心を装ってそう言った。

「うん。だって私、凪沙のことが気に入っちゃったの。だから、顔見れば考えてることくらい分かっちゃうよ?」

 ティバはそう言うと、うれしそうにその瞳を歪ませる。

「だから私、凪沙から絶対離れないから!」

「・・・・」

 凪沙は彼女の真っ黒な瞳をじっと睨み付けた。そして静かに、しかしはっきりとした口調で言った。

「・・・離れないって言われても困るんだけど」

 すると、少しの沈黙の後ティバはクスッと笑い声を洩らす。

「そんな事言っちゃっていいの~?私は凪沙の事が大好きなんだよ?凪沙が望めば何でも願いを叶えることだってできるのに」

「─・・・・」

 その時、頭に過った考えにハッとした。今まで続いてた運のいい事って・・・

「今までの凪沙の願いを叶えてきたのは私。だって凪沙の悲しむ顔なんて見たくないもん」

「・・・」

 凪沙はティバの言葉に戸惑わずにはいられなかった。

(・・・ティバは少なくとも悪い子ではないのかもしれない)

 するとティバは、満面の笑みを浮かべ凪沙の隣に腰を下ろす。そして体の重心を凪沙にあずけた。その体の意外な軽さに凪沙は再びドキリとする。

「でも凪沙っておもしろいよね。はやく合宿を終わりにしたいとか、風邪を引きたいとか・・でもそういう所に私は魅かれたんだー」

「うん。・・まぁ・・」

 凪沙そう言いながら、自然と笑みをこぼす。それには自分自身でも驚いた。

「凪沙~!!ご飯よー」

 一階から母親の声が聞こえてきた。時計を見ると、約六時半。夕食の時間だ。

「あ・・・・」

 凪沙はティバに一声かけようと、口を開く。が、そこにティバの姿はなかった。

(神出鬼没なのか・・・)





「凪沙、一人で何話してたの?」

 食卓に着くと、母が待ってましたとばかりに口を開く。

「べっ別に・・・」

 凪沙はできるだけ母と目を合わせないようにしながら、急いでご飯を口に運んだ。ティバは(何となく分かっていたが)自分と彼以外は見えないらしい。

「ふーん・・・・で、合唱部の合宿はどうだったの?楽しかった?事故があって早めに終わっちゃったみたいだけど」

 凪沙の脳裏にあのときの出来事がよみがえった。・・・もうあんな怖い経験したくない。

「別に。普通だよ」

 凪沙はたんたんとそう答える。あんな事を話してもきっと信じてもらえるはずがないだろうから。

「ふーん。部活と学校以外では外に出ない凪沙のことだから、寂しがってるのかと思ってた!」

「違うし!!」

 凪沙はきっぱりとそう言うと、今度はおかずに箸を伸ばした。外出しないのは、人ごみが苦手という理由があるからだ。

「凪沙も明日から高校三年生なんだぞ。反対に、あと一年もすれば一人暮らししたいとか言いだすんじゃないか」

 今まで2人の会話を黙って聞いていた父が、突然口を開いた。

「おっ!!出ました!父の名言!」

 母は父をからかうかのように言う。

「そーだよ。私、別に寂しいとか思ってなかったし」

「凪沙がいなくて寂しかったのは、母さんの方だったりしてな」

 父はそうたんたんと言った。

「違いますー!」

 母はそう顔を赤らめて言った・・・どうやら図星だったらしい。そして凪沙はさっきの父の言葉で嫌な事を思い出してしまった。明日は始業式。学校が始まるのだ。

 ・・・それにもう一つ。凪沙の頭に響いてさっきから離れない言葉。

 “彼に会わないようにするのは無理”とティバは言っていた・・・・・それにはいったいどんな意味があるのだろう。




「おかえりー凪沙」

 自室に戻ると、ティバに笑顔で迎えられた。

「ティバ・・」

 凪沙は軽くため息をつくと、ベッドに座っているティバの隣に腰を下ろす。

「夕ご飯はおいしかった?」

「・・・・ティバ。彼に会わないようにするのは無理ってどういう意味?」

 凪沙はティバの質問を無視して問いかけた。ティバは一瞬、ぶすっとした表情を見せたが、めんどくさそうにそれに答える。

「ん~それは凪沙が彼の笛の音が大好きだから」

「・・・?」

「・・だからその音に誘われちゃうんだね。昔の私みたいに」

「は・・?」

「あっ!!でも今の私もそうかも!ほんと、こりないよね。私も」

 凪沙は言葉の意味が分からなかった・・・笛の音に誘われる?昔、ティバが笛の音に誘われた?

「んじゃ、おやすみ。凪沙~」

「あ・・・」

 ティバは凪沙呼び止める前に姿を消した。・・・本当に都合のいい奴だ。凪沙はため息をつくと、ベッドに横になった。

 自分はティバが言うように、あの青年の吹く笛の音に誘われてしまったのだろうか。凪沙の頭にいろいろな考えが渦を巻く。

 あの時彼は、「おう。来たな」と言った。それがもし、凪沙が笛の音に誘われてやって来ることを知っていたからだとしたら・・・そして自分が彼から逃げるように立ち去る時、呼び止めないのも笛を吹けば凪沙がやって来るのを知っていたからではないだろうか。

 凪沙は急に得体のしれない不安に襲われた。彼の笛の音に、誘われてはいけない。それに、凪沙には彼が笛を吹く理由が分からなかった。いったいなんの為に彼はあの不思議な音色を奏でているのだろう。





 次の日の朝。

 凪沙は母にいってきますを言うと、家を後にした。父は凪沙より早めに家を出ているので、「いってらっしゃい」を言ってもらえるのはいつも母だけなのだ。

(あの笛の音が聞こえませんように)

 凪沙は内心でそう願った。聞こえてきたら、またあの奇麗な音色に誘われてしまうかもしれない。そして焦る気持ちを抑えて、学校への道を急いだ。





 教室に入ると、だいたいのクラスメイトが登校していた。それぞれ楽しそうにおしゃべりに没頭しており、教室内は騒がしい。凪沙は久しぶりに見るクラスメートの顔を見て、なつかしさを覚えた。同時に、また新しい学年が始まったことを実感させられた気にもなる。

 そして凪沙はおしゃべりをしているクラスメイトの間をすり抜けて、自分の席へつく。

(よかった・・。無事に着いた・・)

「久しぶり。凪沙」

 顔を上げると、そこには、クラスの友達、明日香あすかの姿があった。

「久し振り」

 凪沙は微笑んで言葉を返す。すると明日香は、凪沙の前の席(明日香の席ではない)にドカッと腰をおろした。

「ねー。どうだった?春休み」

「んー。ずっと部活だった」

「だよね。うちも部活だった。少しは休ませろーって感じ」

 明日香は現在バドミントン部に所属している。やはり明日香のほうも、部活の練習はほぼ毎日あるらしかった。

「おはよ~!!お二人さん!!」

 突然、元気いっぱいの声が割り込んできた。顔を上げると、その声の主は美春だった。美春は部活の友達でもあるし、クラスメートでもあるのだ。

『おはよう』

 凪沙と明日香は声をそろえてそう返す。

「二人ともーテンション低いなー」

「いや、美春が高すぎるんだよ」

 明日香がぼそっと呟くように言う。

「えっ!?そう?普通だよー」

「ほらー。席つけー!」

 担任の先生が教室に入ってきた。教室内は急に静かになり、美春と明日香を含め、それぞれ皆が自分の席へ戻り始める。凪沙は座りなおすと、担任の話を聞くため視線を上げた。




 凪沙は大勢の生徒にまぎれて体育館へ移動すると、指定の位置に腰をおろした。これから始まるのは始業式。先生たちの長い話や、賞状伝達などの退屈な時間だ。

 凪沙は式の間中、あの青年の事で頭がいっぱいだった。彼は何のためにあの不思議な笛を吹いているのだろう。そして何となく、凪沙は“笛の音に誘われる”という話をどこかで聞いたことがあるような気がしていた。

 どこだっただろう・・・思い出せせない。

 凪沙は少なくとも今日一日、そのことに悩まされながら、一日を過さなければいけなくなってしまっていた。







「凪沙~!途中までかえろー」

 机で荷物をまとめていると、美春が自分の荷物を持ってやって来た

「え?部活は?」

「今日はないんだって。さっき伝言まわってきた」

「まじ?」

 凪沙は美春の言葉に思わず心が躍る。

(ティバのお陰だったりして・・)

「凪沙、美春、今日部活ないんだって?」

 明日香が二人の後方から声をかけてきた。

「うん。まあね」

 凪沙は肩越しに振り返り、それに答える。

「あたしはこれから部活だー。じゃね、二人とも」

 明日香はそう言うと、教室の入り口で待っていた部活の友達らしき人と一緒に姿を消した。






 凪沙は校門まで来ると、美春と別れた。美春とは家が反対方向なのだ。

 凪沙はできるだけ早足で歩くように務めるようにした。あの笛の音が聞こえないうちに早く家に帰りたいと思ったからだ。

「仲村凪沙」

 校門を出ると、突然誰かに呼び止められた。弾かれたように振り返ると、そこにはあの青年がいた。凪沙は驚きのあまり、一瞬固まる。

夕斗ユウトまたな~」

「おう」

 彼は友達らしき人に軽く答えると、凪沙に歩み寄る。

「よ。また会ったな!」

「何でここにいるの?」

 凪沙は反射的に思ったことを口にする。笛を吹いていた青年─夕斗は凪沙の言葉にたんたんと答えた。

「何でって・・俺、ここの生徒なんだけど」

「・・!」

 確かに夕斗はここの学校の制服を着ている。凪沙は馬鹿げた質問をした自分が恥ずかしくなった。

「じゃ・・・」

 一刻も早くここから立ち去りたいと思い、凪沙は呟くように言うと夕斗に背を向けて歩き出す。その時、突然腕を掴まれた。

 凪沙は夕斗の予想外の行動に驚き、肩越しに彼の顔を見る。

「放して。またあの笛で呼び出せばいいことでしょ?」

 確証はなかったが、凪沙は苛立ちの混じった声でそう言った。

 夕斗は一瞬、驚いたように目を見開いたが、それはすぐにいつもの怪しい笑みにかき消される。

「あれ、知ってたんだ。まぁいいや。一緒に帰らない?方向同じだし」

 凪沙はドキリとした・・・やっぱりティバの言ってたことは本当だったんだ。凪沙は警戒するような視線を夕斗に向ける。

「さー、行こうか」

 夕斗は凪沙の視線をかるく受け流すと、凪沙に背を向けた。

(いったい何・・・)

 彼はそんなに悪い人には見えない。しかし、いい人にも見えない様な気がする。凪沙は不安を抱きながらも、彼の後についてゆっくりと歩き出した。




「んで、その死神に聞いて、自分が俺の笛の音に誘われているって感じたわけだ」

「・・うん」

 凪沙は夕斗と肩を並べそう答える。何を言ってくると思いきや、彼が口にしたのは不思議な女の子─ティバについてだったのだ。

「っていうか・・何でティバのことを”死神”って呼ぶの?どう見てもティバは死神には見えないんだけど」

「・・・俺にとっては死神だから」

「は・・・?」

 凪沙は意味が分からなかった。夕斗にとってだけ、ティバは死神という存在になるという事なのだろうか。

「でも俺以外にも、死神になる可能性はある」

「え?どういう・・・」

「まっ!せいぜい凪沙にとっても、死神にならないように気をつけた方がいいと思うけど」

「は・・・?」

「じゃー,またな-」

 凪沙が質問を投げかける前に、夕斗は丘を下りて行った。どうやらこの近くに住んでいるらしい。

(意味分かんないし・・・)

 凪沙はただ茫然と、彼の後姿を見送ることしかできなかった。





「ただいまー」

 凪沙はそう言うと、家の玄関の扉を開けた。家に誰もいないことは分かっていたが、それが何となく凪沙の口癖になってしまっているのだ。

 すると、凪沙のすぐ隣にティバが姿を現した。

「凪沙!!えらいでしょ。ちゃんと”家にいる時以外姿を現さない”っていう約束守ったよ!」

 嬉しそうにそう言うと、凪沙の腕にしがみつく。

「あーえらいえらい」

 凪沙は流すようにそう言うと、スタスタと自室への階段を上がる。

 そして制服をハンガーにかけ、楽な格好に着替えると、机の前の椅子に腰をおろした。ティバが後ろで何かぶつぶつ文句を言っていたが、あえて聞こえない振りをする。

 その最中にも凪沙の頭の中で彼の言葉がぐるぐると渦をまいている。ティバが自分にとって死神にならないよう気をつけろ?本当に意味が分からない。それとも夕斗は、自分をからかって楽しんでるだけなのだろうか。

 そしてふと、机の上に積み重ねられている教科書の中の一冊の児童書に目がとまった。その背表紙にはこう書かれている。

『ハーメルンの笛吹きの男』

 凪沙はドキリとした。昔はこの物語が好きで繰り返し読んでいたことを思い出しながら、それを手に取る。

 ・・・確かこの本の中に出てくる笛使いは、不思議な笛を使って子供たちを呼び出していた。昔の記憶をたどるようにして、凪沙は再び物語を読み返す。あらすじはこうだ。


《場所は1200年代後半のドイツ。ある笛吹きがハ-メルンの町のねずみを人々に頼まれて駆逐した。しかし、人々はその笛吹きと約束していた謝礼を渡さなかった。そして笛吹きは数日後、その町の子供たち130人を誘拐した。子供たちが再びハーメルンの町に戻ってくることはなかった。》


 凪沙はため息をつくと、本をパタリと閉じる。この物語が彼の笛に関係しているとはどう考えてもありえない。それにこの物語はただの絵本の中の話でしかないし、実際にハーメルンの笛吹きがいたとは考えられない。

 すると、後ろからその本を覗いていたティバが口を開いた。

「あれ~?この物語、私たちが生きていた時起こった出来事とそっくり!」

「え!?」

 するとティバはベッドに腰をおろすと、昔を懐かしむかのように話し出した。

「凪沙には話してなかったと思うけど、私が生きていた時代はとっくの昔に終わってるの。でも今もなぜか私はここにいる。多分それは、あの日聞いた笛の音が忘れられないから」

「・・・笛の音?」

「うん。正確に言うと、あの日子供たちは誘拐されたのではなくて、笛吹きの男が吹く音色に誘われたの。そして私もその中の一人だったってわけね」

「・・・・・」

 凪沙はティバの真っ黒な瞳をじっと見つめる。その瞳から伝わってくる少しだけ寂しそうな雰囲気は、それが嘘ではない事を証明しているように感じた。

「あ!そういえば言おうと思ってたことがあるんだけど!多分、彼の笛の音に誘われているのは凪沙じゃなくて、私。私が凪沙を気にいちゃったからその影響が凪沙にも出たんだね」

 ティバはくるっと表情を変えて楽しそうにそう言った。

 凪沙はしばらくの沈黙の後、「あっ。・・そう」と呟くようにそれに答える。

 そして何となくだが、ティバの謎に包まれていた部分が少しだけ見えてきたような気がして安心した。凪沙は椅子から立ち上がると、ティバの隣に腰を下ろす。そしてボソッと呟いた。

「ティバがあの音に誘われるの分かる。私もあのメロディー大好きかも」





「ただいまー」

 夕斗はそう言いながら玄関の扉を開けた。

「お帰り兄さん」

 玄関からリビングへ向っていると、リビングの扉から弟の夕理ユウリがひょっこりと顔を出した。

「おー!帰ってたのか。夕理。中学のほうが早かったんだな」

「うん。まーね」

 夕斗はソファーに鞄を置くと、そのまま隣にある和室へ向かう。そしてその部屋の端にある仏壇の前まで来ると、そこに腰を下ろした。

 その仏壇には夕斗にそっくりな顔で笑っている男性の写真が置かれている。

 ─五十嵐 夕希イガラシユウキ

 夕斗と夕理の一番上の兄にあたる人物だ。夕斗はおりんを一回鳴らすと、静かに手を合わせる。

(ただいま。兄貴)

 夕希は今から約四年前に死んだ・・・いや、殺されたと言ったほうが正しいかもしれない。あの死神の手によって。

「おーい!!夕理。夕理も兄貴に挨拶しろよー」

「はーい」

 すぐに返事が聞こえ、夕理が部屋に入ってきた。夕斗は夕理と入れ違いに部屋を出ると、二階にある自室へ向かった。





 そしてその日の夜。夕斗は漫画を読む手を止めると、机の引き出しを開けた。

 そこには錆びついた銀色の笛がしまってある。これが自分の一族が呪われている、原因の“ハ-メルンの笛”だ。

 以前はこの笛は夕希が使っていた。しかし四年前、死神の呪いによって殺された・・・そして次は自分が殺される番だ。

 自分がこの呪いを解かなければ、兄貴のように三十歳まで生きられないだろう。

(でももういいんだ)

 そう・・・呪いをかけた死神が見つかったのだ。凪沙の体に住みついているみたいだが、そんな事は関係ない。

 130人目である、あの子供をこの笛に封印すれば自分の一族の呪いは解かれる。自分も普通に年をとって死ぬことが許されるのだ。

「何かいいことがあったのですか?夕斗」

 突然穏やかな声がした。肩越しに振り向くと、とんがり帽子を深くかぶり、長いローブを着た男がそこに立っていた。

 彼こそがあの“ハーメルンの笛吹きの男”と言われているコーガンドだ。

「あれ。分かった?」

 夕斗は引き出しを閉めると、ベッドにどかっと腰をおろす。

「あんたが誘った130人目の子供が見つかったんだよ」

「ほう。それは良かったですね」

 すると夕斗は顔をしかめた。

「ってか、コーガンドのせいで呪われたのに“良かったですね”はないだろ!」

「はいはい。そうでした。呪いが解ければ私も子孫の事を心配せずに、この世から巣立つことができそうです」

「ほんとに成仏する気あんのかぁ?」

 そう言うと、夕斗は仰向けに寝転がった。顔には無意識のうちに笑みが浮かんでしまう。

 それはそうだ。あと少しでこの呪いから解放されるのだから。

 ・・・兄貴が成し遂げられなかった事を自分が代わりに成し遂げることができるのだから。

 夕理が自分と同じ運命に陥ることもないのだから。

(必ず・・・)

 そう・・・必ず、どんな事をしても、あの死神を封印してみせる。


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