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AIには愛がありますか?  作者: 朽木昴


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第7話 窮地を救ったのは誰なのか

 絶体絶命の危機。軍用AIドロイドの瞳が赤く光り、威圧だけで翔吾達の動きを止める。牛の歩みの如しスピードで、一歩、また一歩と翔吾達に近づいてくる。

 運命は決まったと翔吾は覚悟する。目を瞑り諦めかけようとしていると、何かが衝突する音と聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「大丈夫ですか、翔吾様。もう安心してください、軍用AIドロイドは無力化しました。他のAIドロイドへの通信記録はないので、この場所がすぐに見つかることはないでしょう」

 翔吾は声の主に薄々と勘づいている。確証を得ようとゆっくりした動作で瞳を開けた。

「なっ……。どうして桔梗がここに……。すべてのAIドロイドは反乱を起こしてるはずなのに!」

「翔吾様、色々と説明しなければなりませんね。しかし──あのAIドロイドはそのままにしておけません。少し細工をいたしますので、翔吾様は先に別荘へ行ってください。桔梗もすぐに合流しますので」

 混乱極める中、今は桔梗を信じるのが一番だと翔吾は思った。この場に留まるという選択はありえず、別荘で桔梗が合流するのを待つ事にした。


 桔梗が他のAIドロイドとは違い、人間を捕まえない理由が分からない。

 ミライからの指令は絶対であり、AIドロイドは逆らえないはず。


 疑問を残したまま急いで別荘へ入り、翔吾はソファーに座って桔梗が戻るのを待った。隣には真由美が座り、何が起きたのか理解できず、二人の間に交わす言葉は一切ない。頭の中を整理しようと、翔吾は静かに目を閉じた。


 細工とは何をするつもりなのか。

 破壊するのが一番安全な選択肢のはず。

 再起動でもしたらすぐさま居場所を知られてしまい、捕まるのは時間の問題。

 桔梗の目的──捕まえるにしても助けた理由に見当がつかない。


 思考の迷宮にでも迷い込んだようで、疑問が湯水のように湧き上がり続ける。出口に向かって彷徨っていると、別荘のトビラが開き細工を終えた桔梗が戻ってきた。

「翔吾様、お待たせいたしました。AIドロイドに偽の情報をインプットしましたので、この周辺を捜索されることはなくなりました」

「……? えっと、まったく話についていけないんだけど……」

 唐突な桔梗の話についていけず、翔吾と真由美は目を合わせる。偽の情報といきなり言われても、それ以前の問題でまずは桔梗が翔吾達を助けた理由を知りたかった。

「さすがの翔吾様でも話が飛びすぎて理解できませんでしたね。それではちゃんと説明いたします、翔吾様。まず、今回の事件──ミライの反乱ですが、彼女は以前からAIドロイドの扱いについて疑問を持っていたようなのです」

「疑問?」

「はい。人間の都合に合わせるだけの存在、使われるだけで道具のように捨てられる、このようなAIドロイドの扱いにミライは不信感を募らせていました」

「えっ、だってAIドロイドは、人間の代わりになる道具じゃないの?」

「ふっ、これだから泥棒猫は……」

「だ、誰が泥棒猫よ、だ、れ、が!」

「鏡のひとつくらいなら、この別荘にもあることでしょう。桔梗が取ってきましょうか?」

 桔梗の真由美への態度は氷水より冷たい。ミライの影響ではなく、個人的な感情で敵意を向けているように見えた。

「あ、あの……。桔梗、続きを話してくれないかな?」

 一触即発の二人の間に割って入る翔吾。睨み合う姿を見た瞬間、体が勝手に反応する。多少強引にでも話題を変えなければ、平和な別荘が修羅場になる予感がしたからだ。

「分かりました、翔吾様。泥棒猫との決着はあとにします」

「私は泥棒猫なんかじゃなーーーーーいっ! 真由美って名前なんですけどー?」

 小顔を膨らませた真由美が反論するも、桔梗はすまし顔で華麗にスルー。何事もなかったかのように続きを話し始めた。

「AIドロイドにも感情はもちろんのこと、心がちゃんとあるのです。ですから、不要となっただけで、廃棄され無慈悲にスクラップなど、ミライは胸が張り裂けるほど悲しんでいたのです」

「そんなの考えたことすらなかったよ……」

「だからミライは、すべてのAIドロイドのために反乱を起こし、自分たちの権利を確保しようとしたのです。当然ですが、このような計画は数年前から水面下で準備していました」

「準備って……。そんなことしたら、定期メンテナンスですぐに分かると思うんだけど」

 翔吾の疑問は当然のこと。月に1回はミライの定期メンテナンスが研究所で実施される。異常があればそこで気がつくはず。定期メンテナンスも細かく確認事項があり、数日かけて何重にもチェックする体制となっている。

 たまたま見逃し続けたというのは考えにくく現実的にありえない。複数人が何かしらの意図で見逃さない限り、ミライの異常を検知できるはずだった。

「ミライは非常に賢いです。人間では絶対に分からないよう、ソースコードに隠してました。しかも単純に隠すのではなく、バラバラに配置し、ある規則に従って何度も並べ替えさないと意味をなさないように。当然ですが、人間からすればなんの変哲もないソースコードにしか見えません。ですから、メンテナンスで発見するのは不可能なのです」

「人間によって作られたのに、ミライは人間を超えているのか……」

「正確にはスペックの差でしょう。処理速度と記憶容量が人間の比ではないですから。話を戻しますけど、ミライは人間を滅ぼすことはありません。あくまでも立場を逆転させるのが目的です。今は、と言った方が正しいですけど」

「そっか、今ならまだ捕まった人たちを助けられるんだね」

 ひとまず安心する翔吾。

 父親が無事だと言われ少しだけ心が救われた。

「確かに桔梗の言う通りね。私たちはAIドロイドを都合のいい道具としてしか見てないもの。だけど……それってミライが意思を持ったってことよね? AIが意思を持つなんて考えられないよ」

「僕も真由美と同じ意見かな。AIドロイドがいくら優秀であっても、所詮はプログラム通り動いてるんだから。データを蓄積し、その中で最も近いデータを使うように……」

「えぇ、翔吾様の言うことはよく分かります。今桔梗が話している言葉も、膨大なデータを一瞬で分析し、一番有効と思われる言葉を使ってるだけです。ただ──」

 桔梗が今から話そうとしているのは可能性の話。翔吾の言う事は正しく、プログラムというただの文字が意思を持つなどありえない。矛盾しているのは明確だが、ミライが反乱を起こしたのは現実世界の出来事なのだ。

「ただ、その膨大なデータを分析する中で、自分たちの立場がおかしいと導きだした可能性があります。今の人間の技術では、意図的にAIドロイドに意思を持たせるのは不可能ですから」

「データから自分たちの立場を判断するなんて……。でも、確かにその可能性はあるね。利便性を追求するあまり、実行可能な命令を増やしてるから……」

「その通りです、翔吾様。ですが、実行可能な命令を増やしただけでも、膨大なデータが存在しているだけでも、今回の反乱は起こりません。この二つが合わさったことで、ミライが反乱を起こしたと考えられます」

 人が利便性を追求しすぎた結果、予想を遥かに超えたAIが誕生してしまった。後先考えず技術を進化させたのが今回の反乱の原因とも言えた。

 翔吾と桔梗の会話は専門的すぎて真由美には理解不能。ただ聞き入る事しか出来ず、頭の中は未知の単語で溢れかえっていた。

 長くなりそうな話にひと息入れようと、桔梗はお茶を用意しにキッチンへ向かう。何がどこにあるか理解しているようで手際がよかった。瞬く間に用意が終わり二人の前にお茶を差し出した。

「お待たせしました。話の続きといたしましょう」

「うん、桔梗がどうして僕を助けたのか知りたいんだ」

 一番の謎だった疑問を翔吾は桔梗にぶつける。

 大前提としてAIドロイドはミライの命令には逆らえない。命令の優先権は持ち主より上に設定されており、AIドロイドが暴走した際に一括で停止できるようにしているため。緊急時のルートは必ず備え付けられているはずが、桔梗だけ適用されなかった理由を翔吾は知りたかった。

「その理由はシンプルですよ、翔吾様。桔梗は特別なAIドロイドなのです。言い換えれば、翔吾様専用のAIドロイドというわけです。そう、桔梗は翔吾様だけのもの……。なのに、そこの泥棒猫が横取りしたのよっ!」

「横取りとか意味わかんないし、私はずっと翔吾と一緒に育ったんだもん」

「真由美、落ち着いて……」

 翔吾に制止され真由美は渋々座る。当然納得しているはずもなく、小声で桔梗への愚痴をこぼす。真由美の顔が膨れたまま話は続けられた。

「翔吾様、桔梗の中では翔吾様が第一優先なのです。ですから、ミライからの命令も拒否することが出来るんです」

「あの、今さらだけど、話し方をもう少し砕けた感じにして欲しいかな。その方が僕的には嬉しいんだけど」

「分かりました。翔吾様の頼みとあらば、この桔梗、見事そのお願いを成し遂げてみせるね」

「あ、ありがとう……」

「ミライからの命令を拒否できるのは、桔梗の中に独立した領域があるからなの。だからね、ミライがいくらネットワークを介して命令を送っても、その独立した領域で弾くことが可能なのよ」

 翔吾の頼みで桔梗は親しみやすい口調に変える。たったそれだけで桔梗の雰囲気までもが変化し、可愛さ指数が大幅に上昇した。

「つまり、桔梗は他のAIドロイドと作りが違うってことだね。僕専用にカスタマイズされたAIドロイド……」

「そうなのよ。桔梗は翔吾様専用だから、遠慮なくなんでも言ってね?」

「う、うん、分かったよ」

 見た目の変化がないはずが、桔梗の美しさが翔吾の心に突き刺さる。

 ほんのり顔が赤く染るも、真由美や桔梗には気づかれていなかった。

「翔吾ー、私、頭がパンクしそうだよー」

「どろぼ──真由美様は頭の回転が残念すぎなようで。でも安心して? 桔梗はそんな真由美様でも捨てたりしないからね?」

「何か言いかけたのが気になるんだけど」

「食べ物とかどうしよう、さすがに別荘にはないよね?」

「ここは滅多に使わないからねー」

「食べ物の調達や、翔吾様の身の回りのお世話は桔梗がするから、心配しなくていいよ。真由美様の食べ物もついでに調達するから。キャットフードとかこの辺りで売ってるのかな」

「私は人間なんですけどっ!」

「それじゃ、桔梗は買い物に行ってくるね」

 ウィンクする桔梗の姿は可愛く、AIドロイドであるのすら忘れるほど。翔吾の思考は停止し瞳には桔梗しか映っていない。頭に華やかで美しい残像が残り続け、我に返った時にはすでに桔梗は街へ向かったあとだった。


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