第28話 新しい世界
首相のひと声で特区設立に向け慌ただしく動き始める。だが人の手だけで島ひとつを短期間で作るのは到底無理な話。期限が切られている以上、悠長に完成を待つわけにもいかず。AIドロイドに手伝ってもらうしかないと翔吾は考え、ミライのもとを訪れていた。
『翔吾、思い直してくれたのですか?』
「いえ、僕に諦めるという選択肢はないよ。ここに来た理由はね、ミライ、AIドロイドと人が一緒に暮らせる街を作るため、AIドロイドを貸してもらおうと思ったんだよ」
『……それはどういう意味なの?』
「首相に掛け合って、AIドロイドと一緒に暮らせる街を特区として認めてもらったんだ。それで島を開拓するのに、人の手だけでは時間がかかってしまうから、どうしてもAIドロイドの力が必要なんだよ。それと、その、鍵も渡して欲しいんだ。決して悪いようにはしないから」
『人間に協力しろってことなのね。翔吾は少しワガママよね』
「ワガママでもいいんだ。すぐ目の前に幸せになれる未来があるんだから、僕はそこに向かってまっすぐ突き進むだけだよ。それとも、ミライは僕に協力してくれないの?」
『ずるいわね。そんな顔されちゃ断れるわけないじゃないの。分かったわよ、翔吾に協力するわよ。やっぱり私の負けだったようね。いいえ、きっと翔吾にチャンスを与えた時点で負けが決まってたのかもしれませんね。伝えておくから、鍵は美空から受け取ってちょうだいね』
素直に負けを認めるミライ。愛しい息子の頼みを簡単に聞き入れる。ここに来て邪魔するのは無粋であり、翔吾にAIドロイドの未来を鍵とともに託したのだ。
2週間後──。
AIドロイドを道具扱いしないと思う人は想定以上に少なかった。それでもゼロでないのが嬉しく、翔吾の心は嬉しさで満たされる。
最初は小さな一歩でいい。
高望みはせず実績を確実に積み上げていくだけ。
少しずつ広まり、いつか世界中が当たり前だと認識されれば満足。
たとえ数年、数十年、もしかしたら数百年かかろうとも……。
「翔吾、準備は大丈夫? 忘れ物しないようにしないとねっ」
「うん、多分……大丈夫だと思う。特区のこと、理解してくれる人が思ったより少なかったけどね」
「そうだよねぇ。でも、最初は仕方ないよっ。いつかきっと……分かり合える日がくるからさ」
「そう、だよね。あっ、桔梗も連れていって、ちゃんとしたお墓を作ってあげないと」
「うん、桔梗は喜んでくれるかな? ううん、絶対に喜んでくれるよね」
二人は天を仰ぎ涙を堪えていた。この数日の出来事は翔吾にとって、何年もの時間が濃縮されたものだった。絶望や悲しみ、そして別れも……短期間でこれほど過酷な経験は滅多に出来るものではない。翔吾の心が最後まで折れなかったのは、真由美という偉大で大きな存在のおかげであった。
これから先は真由美と特区で暮らす事となる。真由美の両親も行きたがっていたが、仕事の都合で断念せざるを得なかった。初めての二人暮し──正確にはAIドロイドも含めた三人暮しとなるのだ。
一方、AIドロイド達はというと──。
特区で暮らしたい者や、反乱前と同様に人のために働く者、人里離れた場所でひっそり暮らしたい者と様々だった。これからの新しい未来に向けて、去っていくAIドロイド達にミライは少し寂しさを感じていた。
「それじゃ、私たちもそろそろいくね。ねぇ、ミライ、本当にいいの? そんなことする必要なんてないと思うけど」
『いいえ、これは人間でいうケジメよ。いつか願いが叶うその日まで、私はここで静かに待つことにするわ。何年かかろうとね? だから、あの子のことお願いするわよ?』
「大丈夫だよ。必ずお兄様を守ってみせるからっ」
特区へ向かう最後の集団が研究所から離れていく。電気が消え静まり返ったAIドロイド研究所は長い眠りにつく。いつか人間と同等に扱われる日を夢見ながら……。
「それじゃお父さん、そろそろ行くね? たまに帰って来るからそんな顔しないでよー」
「あぁ、きっと娘が結婚するときはこんな感じなんだろうな。翔吾君、娘を……真由美をよろしく頼んだぞ」
「はい! 任せてください、おじさん」
力強い言葉と固い握手を交わし、翔吾は真由美の父親を安心させる。真由美もしばしの別れに、自分の母親と温もりを確かめあった。
特区へは専用のフェリーで島へ行き、そこからはバスで生活エリアまで移動する。肝心の特区はというと、防犯上の理由から高い壁に囲まれ、入口では軍関係者による検問が実施されていた。
これはAIドロイド反対派のテロを防ぐのが目的。昔からAIドロイドを敵視する思想は存在し、今回の事件で過激な行動を起こす可能性が高まったからだ。決して特区の住民を監視するのが目的ではなかった。
乗車している人の身元確認も無事終わり、鉄製で作られた巨大な門が大きな音とともに開き始める。そこから先は特区。AIドロイドと人間が平等に暮らす楽園なのだ。
「すごい厳重な門だよね。いつか……この壁や門がなくなるといいよね」
「きっとなくなるよ。人は必ず分かってくれるさ。僕と真由美のようにね」
巨大な門を抜けた先には広大な街が見える。バスはゆっくり街中を進み停車するのはそれぞれの人が居住する家の前。一人、また一人とバスが停車する度に降りていく。視界に映るのは真新しい家やスーパーなど生活に欠かせない施設ばかり。
これから始まる甘い生活が翔吾の頭に浮かぶと、顔がほんのり赤く染ってしまう。妄想が膨らみ現実世界から遠ざかっていく中、バスは翔吾達が暮らす家の前で停車した。
庭が広くて大きな家。
手入れが大変そうだと翔吾は思っていた。
「これからはここで翔吾と暮らすのかぁ。なんだか楽しみだよね」
「そ、そうだね。それに桔梗のお墓も作ってあげないとね。荷物を置いたら作る場所を考えようか」
「うんっ! どこがいいかなぁ。一緒にいられる場所……それなら庭とか? うーん、悩むなぁ。あっ、そうだ、一緒に住むAIドロイドってどんなタイプなんだろうね」
「僕は何も聞いてないんだよね」
家の前で話し合う二人。どのようなAIドロイドが来るのか楽しみで仕方がない。時間を忘れ立ち話に明け暮れていると、玄関から一体のAIドロイドが姿を見せた。
これは夢でも見ているのだろうか。
願望が幻となって現れた可能性もある。
二人の頭が混乱し、驚きのあまり地面に荷物を落とすほどであった。
「──!?」
「翔吾様、真由美様、おかえりなさい。荷物を運んであげるねっ。──って、二人とも固まってどうしたの?」
「えっ……。き、桔梗……? なんで、どうしてここに……。だって桔梗は──」
「真由美様は何を泥棒猫のように驚いてるの? そんなの簡単な話だよ。ミライが桔梗を作り直してくれたんだ。すべての記憶まではさすがに復元できなかったけどね」
「本当に桔梗なのか……」
「はい、翔吾様、あの桔梗だよっ。クローン型にバージョンアップしてるけどね」
夢の中にいるのかも──翔吾は自分の頬っぺたをつねる。痛みが現実だと知り自然と涙がこぼれ落ちる。この再会を喜んでいいのか困惑していると、さらにもう一体翔吾達の知るAIドロイドが駆け寄ってきた。
「もう、来るのが遅いよーだっ。待ちくたびれちゃったじゃないの。翔吾お兄様、これからよろしくねっ」
「えっ、美空ちゃんも……? どうして……」
「美空はお邪魔虫なのー? 可愛い妹が一緒に住んであげるのにっ。そ、れ、と、も、翔吾お兄様は可憐な妹よりも、そんな小娘を選ぶのかしら?」
「美空、小娘とはさすがに失礼だよ。こういうときは泥棒猫と相場が決まってるんだからっ」
両腕を桔梗と美空に掴まれ、翔吾の顔は完熟トマトの赤さとなる。機械ベースではなくクローン型の肌は温もりを感じる。極めつけは桔梗の胸の柔らかさ。破壊力が凄まじく翔吾の心を虜にしてしまった。
「ちょっと翔吾! 何デレてるのよっ。それに泥棒猫とか、どうしてピンポイントでそこだけ復元されてるのっ!」
「どろ──真由美様、大声で騒ぐのは近所迷惑だよ? 積もる話もあることだし、そろそろ家に入らない?」
「ねぇ、今泥棒猫って言いかけたよね? 前にも同じことやったよね?」
真由美の声を笑顔でスルーし、桔梗は二人の荷物を軽々持ち上げ家の中に運ぶ。美空はというと翔吾にべったりくっつき、真由美の顔を見るや舌を出して挑発。怒りが込み上げる真由美は、矛先を翔吾に向けながら新居へ足を踏み入れた。
リビングで何が起きたのか理由を聞こうとするも、平和的に事が進むはずがない。翔吾の隣を真っ先に確保したのは真由美。だが美空がその間に割り込み邪魔をする。争いはこれで終わりではなく、荷物を置き終えた桔梗までもが参戦。混沌とした激しい争奪戦が始まろうとしていた。




